ニュー・セクレタリー

       エイミー・ブレット


CopyRight(C)2002 by Amy Brett
Based on the text FictionMania
Translated by Rino Maebashi



第1章  第2章  第3章  第4章  第5章  第6章  第7章  第8章
第9章  第10章  第11章  第12章  第13章  第14章  第15章  第16章
第17章  第18章  第19章  第20章  第21章  第22章  第23章  第24章 



第1章


 そんな噂は、ここ何週間か社内にくすぶっていた。そのせいで、オフィス全体が薄氷を踏むような雰囲気に包まれてもいた。
 でも僕は、わりとのんびりかまえていたのだ。
 たしかに事務部門としては高給取りの方だが、それは、会社から高評価を得ている結果だろうし、自分としても、それに見合う仕事はしているつもりでいたからだ。
 ところが、金曜日、そんな自信はもろくもくずれた。

 その日、職場の男たちが、次々に総務部長のミセス・コンクリンの部屋に呼ばれていた。しばらくして出てくると、おろおろしているか、しゅんとしているか、それとも怒り狂っているかのどれかだった。で、そのあと、おもむろにデスクまわりの私物をダンボール箱につめ、同僚に別れを告げた。
 それがどういう意味なのか、言うまでもないだろう。
 たまにいっしょに飲むこともある郵便物担当のタイニーは、その300ポンド(約136キロ)の体を腹立たしげに揺さぶり、ふてくされた顔で僕のデスクまでやって来た。
「くそったれ!」
 いつもながらの乱暴な口調をさらに荒らげ、彼は言った。
「俺のケツをダウンサイジングするんだとよ。どうやら、男のかなりの数が首を切られるらしいぜ。問答無用でな。くそっ、全部、あいつらのせいだ」
 しばらくすると、今度は、仕事のできる部類だと思っていた経理課のポール・ウィッカムまでが部長室に呼ばれた。そして、戻ってきたときには、明らかに涙ぐんでいた。
 なぐさめとお別れを言いに近づくと、ポールは悲しげに、でも、未だ承伏できないという感じで目を潤ませ、タイニーと同様のことを口にした。
「部長の話だと、ここ5年間の雇用実績が問題視されて、是正を勧告されたんだってさ。総務部だけでも、20人以上の男を辞めさせて、かわりに女子社員を雇わなきゃいけないって」
「男ばかり採用して、女性の雇用機会を奪ってると見なされたってことか。男女比を均等にするために、はみ出す男はクビにする‥‥」
 同じ男として‥‥というか、総務部の男性メンバーである以上、僕にとっても他人事ではなくなってきた。
 と、案の定、午後二時には、僕も、その余分の男のうちに入れられることになった。

「さあ、アンディ、座って」
 部長室に入っていくと、ミセス・コンクリンは、そう言って椅子をすすめた。
「もう、察しはついてると思うけど」
「ええ、どうしたってね。会社中、まるで避難訓練みたいですから」
 ミセス・コンクリンの名誉のために言っておけば、彼女はけっして、これを喜んでやっているようには見えなかった。まるで、これから生死に関わる手術に臨むとでもいうように、憔悴し、気のすすまない様子なのだ。
「まったく、ひどい話なのよ。わかってほしいんだけど、あなたにまでこんなことを言わなきゃならないのは、私にとって、ものすごくつらいことなのよ。誰が好きこのんでレイオフなんてしたいものですか」
 会社はレイオフという表現を使っているようだが、それはいわば「逃げ」だろう。これは、明確に解雇なのだ。再雇用など、まずあり得ない。
 そう思い、僕は落ち込んだ。
 僕は、しごくつつましやかな生活を送っている。大きな借金はないし、あるのは毎月の決まった払いくらいだ。でも、クビになれば、そんな収支バランスさえ崩れる。
 退職手当のようなものは出るかもしれないが、その額は、せいぜい来月の部屋代分くらいにしかならないはずだ。次の月には、僕はホームレスというわけだ。中古で買った車にしても、まだローンは残っているから、使えるのは、ローン会社が僕の失業に気づくまでのせいぜい一・二か月というところだろう。
 じゃあ、この街で再就職のあてがあるのか? いや、その可能性はゼロに近い。
「なにより理不尽なのは、実績ある男性社員をわざわざ辞めさせておいて、その上で、代わりになるような女の子たちを雇えってことよ。そんなの、無理に決まってるじゃない」
 男の仕事口がないわりに、このところ、どういうわけか、女性は売り手市場になっている。それは、僕にも実感できた。この前、課の女子事務員が妊娠して辞めたのだが、その代わりに雇われたのは、箸にも棒にもかからないひどい子だった。彼女に働くということの意味を理解させるために、何度も本来の仕事がとまったのだ。
「アンディ、あなたを辞めさせなきゃいけないことが、私にとってどれほどつらいことか、わかってほしいの。でも、これは、上からの命令だから。今日中に、デスクの私物をかたづけてくれる? 月曜日には小切手の用意ができてるはずだから、もう一度、取りに来て」
「給料以外に、退職手当かなにかあるんですか?」
「雇用契約では、解雇は二週間前に通告されることになってるでしょ。だから、その分の給料は上積みされるわ。それから、使わなかった有給休暇分もね。でも、それだけ。許して。それじゃあ、次の働き口を見つける間をしのぐにも十分じゃないのはわかってるんだけど」
「まあ、求人自体ありませんしね」
 僕がそう言うと、彼女もうなずいた。雇用市場については、僕の所属する人事課の上長でもある彼女の方が詳しいだろう。
「アンディ、中には辞めてもらうことに気がとがめない人もたしかにいるわ。でも、あなたをはじめ、たいていの人には、ほんとはつづけてほしいのよ。だけど、うちの部だけじゃなく、各部署均等に解雇人員が割り振られた結果だから」
「僕が女の子だったら、よかったってことですね」
 僕は、何の気なしにそう言った。
「たしかにね。もしあなたが女の子になれるなら、今の給料の1割増しでも雇いたいくらいよ。ううん、もっと出してもいいわ」
 僕はさらに落ち込みながらも、彼女の気持ちもわかって、かすかに笑い返した。
 おかしかったのは、その一瞬、ほんとにそうなったら問題はすべて解決するのになどという考えが、頭をよぎったことだ。
 そしてそれは、僕だけではなかったようだ。僕の苦笑にまぎれたそんな感情を読み取ったのだろう。彼女もちょっと表情を変えた。
 そして、僕の顔をあらためてじっと見つめ、驚いたような顔をした。
 しかし、そんな考えを振り払うとでもいうように首を振り、ふたたびほほえんだ。
「ふふ、残念だけど、それは無理よね」
 彼女はそう言ったが、その語尾には、クエッションマークがついているような気もした。
 僕もまた、それについてちょっと考えたが、結局はうなずいた。

* * *

 月曜の午前中、僕は、職安と民間の職業紹介所三カ所をまわり、求職の登録をした。そして、そのすべてで同じ答えを受け取った。
「あんまり期待しないでくださいね」
 うち一カ所だけは、120マイル(約190キロ)離れたところにぴったりの仕事があると言われた。窓口の女性は「通えないわけじゃないですし」と言ったが、彼女だって、僕同様、通勤に片道三〜五時間かけたくはないだろう。その上、中身もたいした仕事ではなさそうだし、給料も今よりずっと安いのだ。

 その夕方、僕は、最後の給料を受け取るために会社へ行った。
 そしてまず、もしかしたらミセス・コンクリンが心変わりしているかもしれないという淡い期待を抱き、彼女のオフィスをのぞいた。
「こんにちは」
 うつむいてデスクワークしていた彼女に、声をかけた。
「‥‥ああ、アンディ」
 顔を上げた彼女は、苦笑気味にほほえみ返した。
「あなたたちが戻ってこられるなら、どれだけうれしいか。今日、部の中は、しっちゃかめっちゃか。仕事になんてなりゃしない。あなたたちに代われる人なんて、そもそもいないんだから」
 彼女には同情したが、その言葉と表情に、再雇用の可能性がないこともわかった。
 僕はただうなずいただけで、入ってきたとき以上に意気消沈し、部屋を出ようとした。いや、入ってきたとき、すでに泣きそうだったから、その涙を隠すためにそうせざるを得なかったのだ。
 と、ドアノブに手をかけたところで、ミセス・コンクリンが、声をかけてきた。
「アンディ、もし女の子になる気になったら、連絡して」
「えっ?」
 ミセス・コンクリンの口調に、どこかマジな響きがある気がして僕は聞き返した。
 今回も奇妙だったのは、振り向いた僕と目があったところで、彼女がまじまじと見つめてきたことだ。そして、10秒くらいしてから、やっと笑いながら首を振った。
「冗談よ、もちろん」
 その言葉にもまた、冗談ではない響きが混じっていた。

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第2章


 言わないでくれ。
 僕だって、酒がなんの解決にもならないことくらいわかってる。
 グラスの底に答えがあるわけではないし、外で飲むなんて、僕がかかえている経済的問題をさらに深刻化させるだけだ。今の僕に許されるのは、せいぜい、缶ビールの半ダースパックを買って帰ることくらいだろう。
 でも、僕には、酒場の喧噪が必要だったのだ。
 馬鹿話。から騒ぎ。
 そんな中にでも身を置かないことには、心の中のどす黒い憎悪がどんどんふくらんでいきそうだった。
 おびえ。焦燥。世の中すべてへの復讐心。
 もし、部屋に帰って‥‥そう、来月には自分のものでなくなる部屋に帰って、一人で食事でもしていたら、僕の気持ちは、どんどんそんなダークサイドへと傾斜していくにちがいない。
 現に今でも、EEOCタイプ(※)のやつを見かけると、そいつを銃で撃ち殺すところを想像し、にたにたしているのだ。
 いや、もちろん想像だけで、本気でそんなことをするほど馬鹿ではないが‥‥。
 (※訳注 ‘EEOC’=‘Equal Employment Opportunity Commission’雇用機会均等委員会 女性や有色人種、障害者への雇用・就労差別を監視するための連邦政府機関 アンディの会社も、このEEOCから是正勧告を受けたわけだ 当然、白人男性には評判の悪い制度・組織で、その推進者・賛同者に対しては、もともと隠然たる反感を抱いている)

 ともかく、解雇されたばかりの会社をあとにした僕は、馴染みのバーに入っていた。
 職場の誰かの誕生祝いとか、子供の出産祝いとかをやっていた店だ。「打ち合わせ」と称する飲み会も、よくやった。まあ、金曜の夜に、長時間の「打ち合わせ」もないものだが。
 しかし、今日は月曜日。店内はすいていて、おおよそ静かだった。
 今、「おおよそ」と言ったのは、そこにタイニーがいたからだ。彼は、肉体労働者ふうの二人連れ(どっちの男も、100ドルも持っていなさそうだ)といっしょにくだを巻いていた。けっして気持ちよく酔っている感じではない。
 たしかにタイニーは酒癖のいい方ではないが、以前は十時前にここまでの酔い方はしなかったし、その酔い方にもマッチョだからこその陽気さがあった。それが今日は、まだ夕方の五時だというのに、そうとう悪酔いしている。
 「ホモ野郎と女」に「コケにされた」とわめきちらし、CEOのビル・ミラーをはじめ、会社の重役連中の名を次々に挙げては「ホモだ」「オカマだ」と悪態をついている。
 そんなタイニーに声をかける気にはならなかったが、あちらもどうやら、僕を無視するつもりらしい。僕より先にクビになった彼は、僕がまだ、その「ホモ会社」の社員だと思っているにちがいない。まあ、向こうからからんででもくれば、誤解も解けるのだが‥‥。
 ふと見ると、他にも元同僚がいた。バーカウンターで、ポールが水割りを飲んでいたのだ。それで僕は、ビールを注文しながら、その隣に座った。
 ポールに、今日一日どうだったかきいてみると、それはまるで、僕の一日をコピーしたようなものだった。
 職業紹介所の女の子に、通勤三時間の仕事を紹介されたところまで同じなのだ。あの女の子が「ちょうどあなたにぴったりの仕事がある」と言ったのを思い出し、僕はちょっと鼻白む思いがした。
 しばらくそんな話で時間をつぶし、ビールのお代わりを頼もうとしたところで、男が一人、入ってきた。
 部署が離れていたので、そんなに親しいわけではないが、彼も同じ会社の社員だったはずだ。たしか、役員秘書だったんじゃないだろうか。
「あれ? ‥‥アンディ・ブレット‥‥だったっけ?」
 彼の方から近づき、声をかけてきた。
「ああ。君はたしか、マイク‥‥?」
「そう、マイク・レアドンだよ。こんな時間にここにいるところを見ると、もしかして君もリストラ組?」
 マイクは、そうきいてきた。
「ああ、残念ながらね。このポール・ウイッカムもそうさ」
 僕が紹介すると、マイクはポールに「やあ」と言って、その隣に座った。
「三人とも、同じ身分ってわけだ。まあ、僕は、ある程度、覚悟できてたけどね。秘書は、そもそも男性社員が少ないから解雇対象者は限られてる。それに、CEO室にいれば、いやでもそんな話が耳に入るしね」
 マイクは、僕やポール同様、二十代半ばらしいが、すでに頭が薄くなり、そのせいでちょっと老けて見える。
「CEOの秘書だった君までやられるなんて、ほんとにごっそり抜かれたってわけだ」
 言ってから言葉の選択を誤ったかと思ったが、マイクは気にする様子もなくつづけた。
「で、どう? 次の仕事は見つかった?」
「いや、二人とも、ヘムスレーで、同じ仕事を紹介されただけさ」
「ヘムスレーって、職業紹介所の? じゃあ、二人とも、やっぱり通勤三時間は耐えられないって思ったわけだ」
 マイクは、そう言って笑った。
「それにしても、誰かれなく勧めるところをみると、そうとうひどい仕事にちがいない」
「いや、僕らの方が足もとを見られたってことかもしれないな。よっぽど困った顔してたんだろう」
 僕が言うと、ポールもつづけた。
「うん、ひょっとすると、一週間後には、三人でその仕事を取り合ってるかもしれないしね」
 と、そこでまた、タイニーがCEOをののしる声が聞こえた。
 それに気づいたマイクが、ちょっと複雑な顔で言った。
「できれば、君たちは、ミスター・ミラーのことを、あんなふうに思わないでほしいな。彼も、必死で抵抗したんだから。僕は、EEOCの連中がやって来て、ミスター・ミラーに勧告するところをずっと見てたんだ。やつらは、早急に女性従業員の比率を増やさないと、罰金として300万ドルを課すと脅した。そんなことになれば、会社自体が危なくなるわけだし」
「CEOのせいだとは思ってないよ」
 ポールが言い、僕もつづけた。
「EEOCの連中は、現場の実情がわかってないんだ。だいいち、この街に、そんなに優秀な女性がいるとでも思ってるのかね」
「ああ、ミスター・ミラーもそう主張したんだ。べつに女性差別をしたわけじゃない。優秀な人間を採った結果、たまたまこうなっただけだってね。でも、やつらに通じる話じゃなかった」
 と、そこで、ビリヤード台の方から、大きな音がした。驚いて見ると、タイニーが、床に倒れていた。台の端に腰をのせてキューを突こうとし、すべって落ちたらしい。
 さらに悪態をついているタイニーを仲間たちが抱き起こしたが、そこで今度は喧嘩が始まった。連れの一人が「もう帰った方がいい」と言ったのに腹を立てたようだ。
 しかたなくバーテンが乗り出し、タイニーをなだめながら追い出した。
 おかげで、店内はいよいよ静まりかえり、僕らはぼそぼそと愚痴をつづけた。
 ポールはスコッチの水割りを追加し、マイクも二杯目を頼み、僕も三杯目のビールを飲んだ。まだ話の内容がわからなくなるほどではないにしろ、三人とも、その域に近づきつつあった。
 今の自分たちの身分を考えれば、そろそろ切り上げ時だ。早く家に帰り、なにかお腹に入れて寝た方がいいだろう。なにしろ、明日も就職活動に動きまわらなければならないのだ。
 でも、マイクが次の一杯をおごると言い出したのに甘え、僕もポールも飲みつづけた。
 そんなふうにして六時をまわった頃だった。今度はミセス・コンクリンが入ってきて、少し離れた席に座った。
 ジントニックを注文する彼女に気づき、僕は、とげとげしい口調にならないように気をつけながら声をかけた。
「顔色が冴えませんね、ミセス・コンクリン」
 それに顔を上げた彼女は、どこか力なく笑い返してきた。
「ああ、アンディ。見てのとおりよ。今日は、私の人生で二番目にひどい日だったわ。最悪だったのは、この前の金曜だけどね」
「いい人が採れないんですか?」
 ポールがのぞき込むようにしてきいた。
「面接にやってくるのは、ろくでもない連中ばかりよ」
 首を振りながら、ミセス・コンクリンは言った。
「頭のからっぽな女の子。出産までの一か月なら働けるっていう奥さん。パソコンには触ったことないけれど、タイプライターなら得意だっていう大昔のOL。チューインガムを噛みながらやってきた女子高生も二人‥‥いえ、三人いたわ」
 そこで、手にしたグラスを一気に飲み干し、彼女は要約した。
「まったく、クソ食らえよ!」
「就職希望の男子なら、何人か、いいのを知ってますけど」
 ポールが言った。
「言わないで!」
 ミセス・コンクリンは首を振りながらそう遮ると、手にした二杯目のグラスを持ったまま、立ち上がった。ブース席に移るつもりらしい。まあ、やり手の未亡人、ミセス・コンクリンであろうと、女一人でカウンター席にいるのは落ち着かないのだろう。
 空いている席を見つけた彼女は、そちらに向かいながら、声をかけてきた。
「一人でテーブルを独占しちゃうのも気が引けるわ。いっしょに移らない?」
 僕らはそれにうなずき、彼女に従った。
「で、そっちはどう? 次の仕事は見つかったの?」
 席に着くと、ミセス・コンクリンがきき、僕らはそろって首を振った。
 彼女にマイクを紹介しなければならないかと思ったのだが、どうやら、すでに顔見知りらしい。CEO室に呼ばれたとき、言葉を交わしたりもしたのだろう。
「今日は三人とも、ヘムスレーで同じ仕事を紹介されたんです」
 僕は、そう報告したところで、また腹が立った。
「くそっ、ヘムスレー! 通勤三時間が通える距離かよ!」
「だけど、まあ、それを聞かなかったら、僕ら三人、こんな仲良くしてませんけどね。今ごろ、その仕事を奪い合ってたはずだから」
 ポールが言うと、ミセス・コンクリンはまた首を振った。
「お気の毒に」
「そちらこそ」
 僕も、思わず激昂したのをとりつくろうために、そう返した。
「じゃあ、気の毒な私たち全員に、とりあえず乾杯ね」
 彼女はそう言って、グラスを掲げた。
 その後、僕らは、お互いの今日一日の行動を、もう少し詳しく報告し合い、なぐさめ合った。
 ミセス・コンクリンの話によれば、窮地に立たされた人事課は緊急会議まで招集し、各部署の責任者から人材採用のためのアイデアを募ったらしい。しかし、有効な方策はなにひとつ出なかったと彼女はぼやいた。
「私が聞いたうちで、唯一のまともな案は、アンディのアイデアだけよ」
 その言葉に僕がポカンとしたのを見て、彼女はききかえした。
「覚えてないの?」
 僕は、首をかしげるしかなかった。
 ‥‥そんなこと、言ったっけ?
「ほら、あなたが女の子になるって話よ。この三人が女の子になって戻ってきてくれれば、問題はずいぶん解決するんだけどな」
 その言葉に、僕らはひとしきり笑った。
 マイクは、テーブルの上にあったナプキンを取り上げ、ネッカチーフのようにかぶってはげ頭を隠すと、裏声で言った。
「ああら、アンディったら、なんてかわいい子なの」
 僕は、笑いながら、その首を絞めていた。
 僕らはそこでしばらく、冗談のようにそのアイデアについて話していたのだが、驚いたことに、ポールの声が次第に真剣なものになってきた。
「もしかしたら、マジでやれば、けっこううまくいきそうな気もするな」
 僕は、ポールの顔を見て聞き返した。
「マジって‥‥女の子になるって?」
 と、ポールはちょっと恥ずかしそうにつづけた。
「うん、正直に言ってよ。子供の頃とかに、母親や女きょうだいの目を盗んで、彼女たちの服を着てみたことって、あるんじゃない?」
 そう言われて思い出した。僕は、いとこのお姉さんに、よく、頭からつま先まで女の子の服を着せられ、遊んだものだ。
 でも、幸いなことに、僕がそれを白状する前に、マイクが口を開いた。
「じつは、高校の頃、両親が旅行で留守の時、母さんの服を着たことがあるよ」
「で、どうだった?」
 ミセス・コンクリンが、興味深げに聞き返した。
「それが、けっこう美人だったんで、自分でも驚いちゃったわ」
 マイクは、またナプキンをかぶって、おどけてみせた。
「僕も、女装経験は何度かあるんだ」
 ポールも言った。
「ハロウィンパーティにスカーレット・オハラの衣装で出かけて、その年のクイーンに選ばれたことだってあるんだから」
「へえ、その揺れる赤毛に、ぜひ会ってみたかったよ」
 僕の言葉に全員が笑ったのだが、今度は、ミセス・コンクリンがちょっとマジな調子で言った。
「そうね。あなたたち三人とも小柄だし、あなたたちより男っぽい女なんて、いくらだっているわね」
「ヘイ、お嬢さん、できればバックでやらせてくれ」
 マイクが、ジョン・ウエインふうの口まねで茶化した。
 それに笑いながらも、ミセス・コンクリンはつづけた。
「バカね。その手の話じゃなくて‥‥。メイクや服で、男はだまされてるってことよ。実際の話、あなたたちより男っぽい顔つき体つきの女なんて、ざらにいるんだから」
「たしかに、世の中には、ひと目見ただけじゃ、男か女かわからない人間は、いるよね」
 僕は、それにうなずいた。
「ええ。でも、それだけじゃないわ。たとえば、あなたたちが美人だって言ってるような女の子の中にだって、すっぴんだと、男みたいな子はけっこういるのよ。世の中の女のうち半分くらいは、上げ底の胸とか短いスカートとかで、ごまかしてるだけなのよ。逆に言えば、男だって、ちゃんとメイクして女装すれば、それくらいにはなれるってことでしょ」
 僕らはそこで、もう一杯飲み物を追加し、考え込んだ。
 マイクとポールがなにを考えていたかは知らないが、少なくとも僕は、今の話にとりつかれていた。もしかしたら、うまくいくのではないかと‥‥。
「もちろん‥‥」
 考えに沈んでしまったテーブルの雰囲気を盛り立てるとでもいうように、ミセス・コンクリンがつづけた。
「人事課の採用基準は仕事ができるかどうかで、美人かどうかは関係ないわ。今うちで働いてる女の子たちのことを思い出してみて。あなたたちよりブスな子なんて、いくらでもいるんじゃない?」
 そんな言葉に、僕らはさらに考え込んだ。
「まあ、これまでいっしょに働いてきた人たちには、さすがに正体を見破られるかもしれないけどね。それがEEOCにもれでもしたら、問題はもっとやっかいなことになるでしょうね。だけど、たとえばマイク。ビルの秘書だったあなたは、うちの部にはほとんど来たことないでしょ?」
「え、ええ、一度も」
 ミセス・コンクリンの言いたいことがわかったらしいマイクは、自分の思っていることをごまかすように笑いながら答えた。
「じゃあ、アンディとポール、あなたたちは、CEO室に行ったことはある?」
 僕らも、笑いながら首を振った。それは、直属の上司だった彼女もよく知っていることだ。

 結局、その一杯が終わったところで、この夜の奇妙な飲み会はお開きとなった。
 そして、帰り際、ミセス・コンクリンはこう言った。
「もし私に、あなたたちの仕事探しを手伝えるようなことがあったら、協力するから、言ってね」
 その言葉を、僕ら三人は、同じ意味にとったようだ。でも、僕らは、そのことについてそれ以上話すこともなく帰路についた。

 翌日から僕は、職さがしのために、あらゆることをした
 食料品店のオヤジから市役所の窓口まで、さまざまな人に会い、頼み込んだ。
 その結果、得られたのは、たくさんの「申し訳ない」の言葉だ。あとは、トラックターミナルで肉体労働に挑戦したとき、まわりから浴びせかけられた嘲笑だけだった。
 で、僕は、未だ失業者のままだ。

 そして金曜日、僕は買い物に出た。

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第3章


 まず行ったのは、ドラッグストアだ。そこで、化粧品の類とヘアスプレーを買った。
 次に向かったのはデパート。黒のスカート、白い安めのブラジャー、パンスト、そして女性用のブラウスを買った。ブラウスは、襟つき前ボタンの男物とさして変わらないものを選んでいたし、お金を払うときには、いちいち「彼女へのプレゼントなんだ」と言い訳もしていた。
 店員が近寄ってこない安売りの靴屋を見つけ、そこで女性用の平靴を買うのさえ、びくびくものだった。
 ディスカウントショップでアクセサリー類を買ったときが、いちばん説明に困った。チープなプラスチック製のブレスレット、ネックレス、イヤリング。そして、数週間で止まってしまいそうな15ドルのレディスウォッチ。そんなものを彼女にプレゼントする男がいるわけもなく、理由が見つからなかったのだ。それで僕は、こちらをちらちら見るレジの女の子の視線を避け、カウンターに置いてあった「TVガイド」をめくったりした。

 その日の午後は、報われない試行錯誤で過ぎていった。

 鏡の前に立って30秒もしないうちに、僕は、いくつかの買い物の失敗に気がついた。マスカラは、金髪の僕には色が濃すぎるようだし、ブローペンシルを買い忘れてもいたのだ。
 そこで、つけかかったマスカラを洗い流し、ふたたび、近くのドラッグストアに走った。
 今度は、じっくりと商品の説明などを読み、その結果、メーキャップベースというものも必要なことがわかった。

 部屋に帰ったところで、ヒゲをできるかぎり深ぞりし、そのメイクベースから始めた。
 気前よく塗りたくったのだが、鏡を見ると、のっぺりと気味悪く、まるで死人のような顔だった。
 僕は、そのメイクベースを捨て、ふたたび顔を洗った。どうやらこれは、僕には向かないようだ。
 アイブロウは、そんなにむずかしいとは感じなかった。昔から、塗り絵とかは得意だったのだ。
 ただ、僕の眉に沿ってめいっぱい塗ったおかげで、なんだか、金髪のブルック・シールズ(※)という感じになった。
 (※訳注 女優ブルック・シールズは、若い頃、太い眉がチャームポイントになっていた ただしそれは、彼女が黒髪の美人だったからこそ似合ったのだ)
 それはまあ、許せる範囲だと思えたので、僕は次にマスカラにかかった。
 もちろんそれが、まつげにつけるための化粧品だということは知っている。でも、どうしても鼻すじやまぶたにもついてしまう。
 余分な部分は洗い落としたのだが、せっかくつけたマスカラを台無しにしないため、簡単にしか洗えず、完全にはとれなかった。まあ、アイシャドーでカバーできるだろう。
 そして数分後、僕は、鏡の前で大笑いしていた。
 銀ラメの入ったシャドーを濃いめに塗った僕の顔は、タミー・フェイ(※)よりひどかった。
 (※訳注 ‘Tammy Faye’1980年代に活躍したカントリー・シンガー 厚化粧で有名)
 でも、ここまでやったんだから最後までやってみようと、口紅を塗った。
 これは、子供の頃、母さんが塗るところを何度も見ている。なにしろ、母さんときたら、日に十回は口紅を塗り直すのだ。
 慎重にやったおかげで、唇からはみ出すことも、歯を赤く染めてしまうこともなく、うまくできた。
 ところが、鏡を見ると、とても成功とは言えなかった。その顔を見て、僕はまず「恐い」と思った。
 試しに、歯をむき出し、両手をひっかくような形にして顔の横に添えると、まるでベラ・ルゴシ(※)が襲いかかるシーンみたいだった。
 (※訳注 ‘Bela Lugosi’往年のドラキュラ俳優)
 どうも、僕の白い肌とブロンドの髪に、その口紅の色は濃すぎたようだ。
 その髪をブロウし、スプレーで固めてみたが、寝癖で逆立っているようにしか見えず、メイクと合わせると、なんだか顔全体に奇妙な仮面をかぶっているような感じだった。
 それでも僕は、楽屋ものの映画とかによく出てくるセリフをつぶやいてみた。たとえば、ベティ・デイヴィス(※)にでもなったつもりで。
「さあ、本番の準備は完璧よ」
 (※訳注 ‘Betty Davis’1930年代に活躍したハリウッドの美人女優 ここでは、50年に、自らの境遇とも重なる老いた大女優の悲哀を演じ、演技派として復活を遂げた『イブの総て』を言っていると思われる)
 いや、これでは、ベティ・デイヴィスどころか、やはりベラ・ルゴシだ。せいぜいのところがピーター・ローレ(※)だろう。
 (※訳注 ‘Peter Lorre’ハンガリー出身の個性派俳優 東洋的な平板な顔にぎょろ目という特徴を活かした不気味な役が多かった)
 いや、それもちがうかもしれない。もちろん彼らはビッグ・スターではなかったが、僕がこれで女の子だと言い張るのにくらべれば、ずっといい役者だった。
 そう感じた僕は、結局、頭も顔も洗って、メイクをあきらめた。
 さっきまでがひどかったせいか、メイクなんてしない方が、ずっと女の子っぽく見えた。
「そうよ。素顔がいちばん。あなたを笑う人なんて、誰もいないわ」
 むりやり自分を納得させ、服を着てみることにした。
 パンツだけになって、苦労しながらブラをつけた。二つのCカップには、ソックスを丸めてつめこんだ。
 なんだか硬くてごつごつした感じではあったが、それなりのふくらみには見える。
 僕は、鏡に向かってポーズをとってみた。
 そのあと、ベッドに座り、パンストを履いた(最初にたくし上げて足を入れることくらい、僕だって知っている)。
 つま先から膝に向かって、その薄い生地がすべる感触には、ちょっとぞくぞくした。
 僕は、すね毛も金髪だから、さほど目立ちはしないものの、ストッキングの生地の中でとぐろを巻いていた。
 スカートと靴は問題なかった。
 ブラウスのサイズも、おおよそ合っていたが、ごつごつと硬い胸の出っ張りのせいで生地がつっぱり、ベッドに座ると、スカートの後ろから裾が出てしまった。
 アクセサリーを着けてみたが、それはやはり安物でしかなかった。小さな女の子がつけるおもちゃにしか見えないのだ。
 例の腕時計も、箱から出したときにはもう止まっていた。
 どう見てもこれでは、「ママの真似をして遊んでいる三歳児」だ。
 そんな姿をバスルームの姿見に映した僕は、今日二度目の大爆笑をした。
 しかし僕は、こんな女の子をどこかで見たことがあると思った。
 そう、あれは中学校の時だ。強制的に参加させられたダンスパーティで、最後まで体育館の壁に残っていた女の子。そのうち、勇気ある男子生徒の一人が、フロアに連れ出したものの、彼女の方がずっとごつくて、男より頭ひとつ分飛び出ていた。もちろん、男の方もリードなんてできず、お互いに足を踏んでばかりいた。
 もし、こんな姿を人前にさらすことになるなら、しかもそれが知っている人の前なら、僕は即座に自殺するだろう。いや、冗談じゃなく。
「なあ、アンディ、こんな女がどこにいる? 下水道か? 養豚場か?」
 ミセス・コンクリンは、美人かどうかが採用基準じゃないと言ったが、それが不快の域に達するなら、話は別だろう。
 やっぱりこんなバカなことは、うまくいくはずがない。
 そう思い、自分がここまでみじめなことをやっていること自体に情けなくなった僕は、思わず涙ぐんでいた。さっき、マスカラをとっておいてよかった。
 30秒でその「仮装」を脱ぎ捨てた僕は、もとのズボンとシャツに着替え、部屋を出た。
 この「涙ぐましい努力」は、ビール二杯分に相当するだろう。

* * *


 その二杯目のビールを注文したとき、カウンター席の僕の隣に、ポールが座った。顔色は僕と同じくらい冴えない。
「やあ、アンディ」
 口調も、見かけどおり落ち込んでいた。
「なんか、いいことあった?」
「いや。そっちは?」
 わかっていたが、一応きいてみた。
「この街には、クソみたいな仕事もないよ。誰かが引退するか、死ぬのを待つしかないみたい」
「ああ、どうやら、葬式の情報でも集めた方がよさそうだ」
 と、ポールは、まわりを気にするような素振りでささやいた。
「例のは、試した?」
「例のって‥‥女装?」
「う、うん」
 僕がはっきり言ったことに、神経質に目を泳がせながら、ポールはうなずいた。
「今日一日つぶしてやってみたけど、みじめな気分になっただけさ」
「やっぱり。僕もじつは、昨夜やろうとしたんだ。だけど、最初からつまずいた。女物の服さえ、ビビって買えなかったんだ」
「僕は、なんとか買ったぜ。それくらいは、どうってことないだろ。でも、着てみたらひどいもんだった。その前に、化粧で挫折したんだけどな」
「うん、そっちは僕もやったよ。あれこれ塗ったくったけど、とても女なんてもんじゃなかった」
 僕らは、しかたなく、ビールを飲んだ。
「そういえば、タイニーは、働き口を見つけたみたいだよ。『ロードサイド』って店で見かけたんだ」
 「ロードサイド」は、郊外にある与太者のたまり場のような飲み屋だ。
「バウンサー(※)をやってたよ」
 (※訳注 ‘bouncer’アメリカの酒場にいるドア係兼用心棒)
 あそこには僕も一度だけ行ったことがあるが、ビール一杯飲む間に、喧嘩が二つあった。
「それにしても、なんであんなところに行ったんだ?」
「そりゃ‥‥この街を出たくないから。できる仕事なら、どんなことでもしようと思ったんだ」
「きいて悪かった。そんなことまで考えてるとは思わなかったから」
「もう、この街には何の希望もないな。『ロードサイド』のマネージャーさえ、話も聞いてくれない。僕を見るなり、笑い出したんだ。よく一人で来れたなって」
「ああ、殺されなかっただけ、ましだよ。僕も、前に行ったときは、15分もしないうちに逃げ出した」
「聞いてはいたけど、あんな恐ろしいとこだとは思わなかった」
 そこでビールがなくなり、僕らは、もう一杯注文した。
 お互いなにも言わずに、そのビールを飲んでいるときだった。後ろから肩を叩かれ、驚いて振り返ると、ミセス・コンクリンだった。
「お二人さん、お元気?」
 僕もポールも、とりあえず、それにうなずいた。
「まあ、なんとか」
「ねえ、ジントニックとスコッチの水割りを注文してくれない? それが出来たら、私たちの席に持ってきて。せっかくだから、いっしょに飲みましょ」
 そう言ってブース席に向かったミセス・コンクリンを目で追うと、その席にもう一人女性がいた。ついたてのせいで膝から先しか見えていないのだが、それだけでも、なんだか魅力的な女性だという気がした。
 酒の用意ができたところで、僕らは、自分のビールとともにそれを持ってその席に向かった。
 ポールは、僕が座るより先に、さっと席に着いた。
 僕の方は、例の女性を見やっていた。思ったとおり、その女の子は、魅力的だったのだ。
 ポールがあわてて座ったのは、どうやら、その女の子の前の席を取るためだったらしい。
 僕も腰掛け、ちょっと恥ずかしげにうつむくその女の子の姿に、もう一度目を走らせた。
 きれいにセットされたブルネットの髪は、真ん中あたりで分けられ、やわらかいウェーブを揺らせながら肩にかかっていた。かわいくふっくらとした唇。白いおとなしめのブラウスがかすかに透けて、その下に着けたレースの――どうやらBカップらしい――ブラがわかった。さっき、ついたてからのぞいていた脚は、グレーのスカートから出た膝小僧がきちんとそろえられ、その先に履いたシンプルなグレイのパンプスがよく似合っていた。
 と、彼女が僕の顔を見て、恥ずかしげに目を瞬かせた。その目は平凡な茶色だったし、マスカラとかも最小限のものであるにもかかわらず、やさしげで女らしい。
 形よい鼻も小さくてキュートだ。
 見つめる僕の眼差しに、女の子は笑いかけてきた。その瞬間、僕は、動悸が速まった。
「ミッシェル、こちら、ポールとアンディよ」
 ミセス・コンクリンが、僕らの方を示しながらなんだか楽しそうに言った。
 ミッシェルという名らしいその女の子が差し出した手は、しなやかで女らしく、僕は、握手すべきか、それとも指先を軽く握る程度にとどめるぺきか、ちょっと迷った。
 と、女の子の方から僕の手を軽く握ってきた。それは、セクシーだけれど、挨拶の範囲を出ない握手だった。
 僕は、彼女の、そんな慎み深さにいよいよ好感を持った。
 「よろしく」と言い合った彼女の声は、ちょっとハスキーで、低く落ち着いた感じだった。これもまた、上品だ。
「ミッシェルは、一昨日から、うちの部で働いてるの」
 ミセス・コンクリンが、そう説明した。
「アンディ、あなたの仕事を引き継いでもう即戦力になってくれてるのよ。私としてもずいぶん助かってるの」
 その言葉に、今度は内心、いら立った。
 もちろん、彼女に罪がないのはわかっている。でも、自分の仕事を彼女に奪われたという気持ちも働いたのだ。
 僕は、必死でそんな感情を抑え込んだ。
「どうやら、あなたたちの方は、イマイチみたいね」
「イマイチならまだいいですけどね」
 僕が言うと、ポールもうなずいた。
「なにしろ、この街には、野犬捕獲員の求人さえないんですから。まあ、あったとしても、僕には無理でしょうけど」
「日雇いの人夫仕事すら、人があぶれてる」
「もお。そんなに落ち込んでても、なにも解決しないでしょ」
「だけど、落ち込むしかないでしょう」
 僕が言うと、ミセス・コンクリンが、含むような笑顔を向けてきた。
「そんなことないでしょ。この前の話は、考えてみた?」
 その言葉に、ポールはビールにむせ、僕はツバを飲み込んだ。
「ほんとうのことを言えば、二人とも、やってはみたんです。でも、あんなこと、とても無理です」
 言葉を濁しながら言った僕に、ポールがつけ加えた。
「っていうか、もっとみじめに落ち込むことにしかなりませんでした」
「ふふ、詳しく聞かせてよ」
 ミセス・コンクリンがそんなふうに言うので、僕は思わず、隣の女の子の顔を見やった。
 それに対して、彼女はほほえみ返し、手にした飲み物に口をつけた。その指の赤いマニキュアが印象的だ。
「とにかく、まあ、うまくいかなかったってことです」
 僕は、ひとことでそうかたづけようとした。
 こんな美人の女の子の前で、あんなみっともない話なんてできるわけがないだろう。
 と、その女の子自身がきいてきた。
「なにがうまくいかなかったの? マスカラ?」
 その言葉には、なんだかからかうような声音が混じっている。そして、その口もとにも、にやにや笑いが浮かんでいた。
 明らかに、知っている顔だ。
 その冷やかすような笑いは、僕をぞっとさせた。
 いったい、どう答えろというのだ。あんなことをしたなんて、言えるわけがないじゃないか。大の男が、あんな馬鹿な真似‥‥。
 僕は、思わずミセス・コンクリンをにらみつけていた。
 ‥‥なんで、この子に、そんな恥ずかしいことを話したんですか?
 僕は、裏切られたように感じていた。
「なあ、アンディ、はっきり言えよ。なにがうまくいかなかったんだ?」
 その声は、女の子の方から聞こえた。しかも、さっきの甘い感じのしゃべり方ではなく。
 ‥‥えっ、その声‥‥!?
 驚いて見つめた僕のイメージの中で、かわいらしい笑顔が揺れ、光沢あるブラウンヘアの下に、やはり光り輝いてはいるが、それとは違う‥‥はげ頭が現れた。
 まだ飲み込んでいなかったビールが、のどの奥でごぼごぼと音を立てた。
 ポールも、その女の子を穴が空くほど見つめていた。
 そして、言った。
「‥‥マイク?」
 彼女は、ポールを見つめてうなずいた。
「き、君は、なんて‥‥その‥‥かわいいんだ」
 その言葉に、マイクはうれしそうにほほえみ返した。
 その笑顔を、僕は、これまで会ったうちでも、トップクラスの美人だと感じていた。

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第4章


 いったん自宅に戻った僕は、今日買ったあれこれをバッグにつめ、10分かそこらでミセス・コンクリンの家にたどり着いていた。
 バーから直接戻ったミセス・コンクリンとマイクが玄関の鍵を開けている時に、もう到着していたのだから、どれほど急いだかわかるだろう。

「二人は、この週末、なにか予定でもあるの?」
 バーで、僕とポールが目の前の女の子の正体に気づいたところで、ミセス・コンクリンはそうきいてきた。
 それに対するポールの答えは、面倒なやりとりをすっ飛ばしたものだった。
「ええ、僕らはいつからでも始められます」
 その目は、なんだか血走ってさえいた。きっと僕も、同じような目をしていたにちがいない。

「で、なにからやればいいんですか?」
 ミセス・コンクリンやマイクとともに家の中に入ると、僕は、ここまで来た勢いそのままにきいていた。
「そうね、まずはお風呂に入って。シャワーじゃなく、バスタブにつかるのよ。バスオイルと石けんは、トレイの上の棚にあるわ。しばらくお湯につかったあと、体毛を剃って。石けんでよく泡立ててね。カミソリも中に置いてあるから。頬から足まで、むだ毛はすべて処理してほしいの」
 その言葉に従ってバスルームに向かいながら、僕は、思わずマイクを見やっていた。ソファに座った‥‥「彼女」の、形よく組んだすべすべの脚が気になったのだ。
 オフィスで女性として働くなら、せめてあの十分の一でも、きれいな脚になりたいと感じていた。

 バスタブにお湯をため、服を脱いだところで、僕は、着替え用の服を入れたバッグをリビングに置いたままなのに気がついた。でも、それは後で考えることにし、とりあえずお湯に入った。まわりに、湯気とバスオイルの甘い香りが立ちこめた。
 しばらくつかっていると、玄関のチャイムの音が聞こえた。どうやらポールも到着したようだ。
 もれ聞こえてきた会話から、彼が途中で酒屋に寄って、ビールやスコッチやジンを仕入れてきたことがわかった。
 僕のすね毛はブロンドでやわらかい方だから、剃るのも簡単だと思っていたのだが、それは思った以上に大変な作業だった。剃った毛がカミソリの二枚刃の間に挟まり、すぐに切れ味が落ちる。いちいち、それをとらなければならないのだ。足首から膝あたりまでひと剃りすると、すぐにお湯の中でカミソリを揺すり、挟まった毛を落とす。そんなことの繰り返しだった。
 その作業がひととおり終わったあと、手でなでてみると、まだあちこちにざらざらした感触が残っていたので、もう一度脚全体を泡立て、二度剃りした。
 ありがたいことに、僕には胸毛がない。だから、あとは腋毛だけでよかった。しかし、これもまた、脚同様に神経を使い、同じくらい時間がかかってしまった。
 腋毛の処理がもう少しで終わるというところで、マイクが入ってきた。といっても、きれいな女性にしか見えないのだから、裸でそんなことをしている僕はおたおたと前を隠した。マイクの方は、そんな僕の様子がおかしかったらしく、くすっと笑った。
 見ていると、彼女は僕が脱いだ服をまとめ、代わりに、シンクの上にレースのパンティを置いた。
「どう、うまくいってる?」
 彼女がきいてきた。
「う、うん、あと少しで終わるよ。そのズボン、持ってくの?」
「ええ、少なくとも、しばらくは使わないでしょ。終わったら、これを履いてね」
 彼女はそう言ってパンティを示すと、出ていった。
 そこで僕は、もう一度、とこかに余分な毛が残っていないかと、全身をくまなく点検したあと、覚悟を決めてバスタブを出た。
 そして、ていねいに体を拭き、さらに、時間をかけて髪を拭いた。ほんとうのことを言えば、体をきれいに乾かしたいというより、そのあとにしなければならないことを、できるだけ先延ばししていたのだ。
 ついにそのパンティを手に取った僕は、そこでもまたためらった。いや、今度は履くのをためらったというより、どっちが前かわからなかったのだ。
 いろいろ観察し、内側にラベルがついているのが後ろだとわかったところで、足を通した。
 今朝、女装用品をそろえたとき、僕はパンティを買う勇気はなかった。だから、もちろんこれは、僕のものではない。もし自分で買っていたなら、これほど生地の少ないものは選ばなかっただろう。
 そう思いながら、僕はそれをしかるべき位置まで引き上げた。
 櫛かブラシがないかさがしたのだが、見つからないので、手ぐしで髪をそろえた。といっても、整うというにはほど遠かったが。
 そんな時間延ばしももうできず、僕はまた覚悟を決め、バスルームのドアを開けた。

 そんな姿の僕に笑うこともなく、ミセス・コンクリンはやさしく温かい眼差しを向けてきた。マイク‥‥いや、さっきから「彼女」と言っているのだから、もうそう呼ぶのはおかしいだろう‥‥ミッシェルは、これまで僕が知っていた人物だとは思えないほどの色っぽい眼差しで見ている。
「ごめんなさいね、アンディ。あなたがどんなものを買ったか知りたくて、バッグの中を勝手に見てしまったの」
 ミセス・コンクリンが言った。
「スカートとブラウスはともかく、他のものはいただけないわね。あなたも、それはわかるでしょ」
 僕は、うなずくしかなかった。もともと反論する気はなかったが、それどころではない状況に置かれていた。なにしろ、両手で小さなパンティの前を隠すのに必死なのだ。
「と、とにかく、あせってたし‥‥。もっと余裕があれば、いろいろ選べたんだろうけど‥‥」
「ふふ、余裕ね。ハンガーラックや棚のいちばん手前にあったのを、とりあえず買って、あわてて店を出る姿が目に浮かぶわ」
 ミッシェルは、ちょっとからかうような笑いを浮かべ、言った。
「このアクセサリーとかも、無駄だとは言わないけど、あなたには似合わないし、会社勤めにはふさわしくないわね」
 ミセス・コンクリンがつづけ、さらにミッシェルがつけ加えた。
「それに、パンティも買ってないしね。パンティ履かなきゃ、女の子の気持ちにはなれないわよ」
「さあ、じゃあ、ブラからつけてみて」
 ミセス・コンクリンに言われ、僕はそれを手に取った。
 と、ミッシェルが、つけ方を教えてくれた。まず、後ろから体に巻くようにして、ホックを前でとめる。それから、ぐるっとまわし、そのあとでストラップに腕を通す。たしかにこの方がラクだ。
 縁を引っ張って位置を直していると、ミセス・コンクリンが、重みのある肌色のかたまりをカップの中に差し入れた。
「亡くなった私の母親は、乳ガンを患ってたの。それは、彼女が使ってたブレストフォームよ。病気にくじけるような人じゃなかったから、いろんなサイズのブレストフォームをそろえて、楽しんでたの」
 僕が、ふくらんだ自分の胸を見ていると、ミッシェルがそこに手を触れ、揺すってきた。そのゆたゆた揺れる感じがなんだかくすぐったくて、僕は照れ笑いしていた。
「ほんとのことを言えば」
 ミセス・コンクリンが言った。
「最初はおとなしめのものの方がいいと思ったのよ。たとえば、シースルーのブラウスやミニスカートや高いヒールは、あなたたちには、まだ荷が重いでしょ。だから胸も、あんまり大きいのじゃない方がいいと思ったの。でも、あなたがたまたまCカップのブラを買ってたから、それに合わせてみたの。まあ、たしかにその方が、あなたには似合いそうね」
「じゃあ、次はパンストを履いて」
 ミッシェルが言った。
 僕は、ソファに座り、言われたとおり、それを取り上げた。
 ただ、慎重にしたつもりだったのに、昼間履いたパンストはすでにでんせんしていた。それで、いったん履いてから、ミッシェルが出してくれた新品に履き替えなければならなかった。
 と、そこへ、ミセス・コンクリンの寝室らしい部屋からポールが出てきた。どうやらこちらからもバスルームに出入りできるようだ。火照ってピンク色になった肌に、濡れてぼさぼさの髪、そして、ブルーのパンティを履いている。さっき僕が出てきたときと同じように、ちょっとおどおどした顔をしていた。
「ミッシェル、私がポールの面倒を見るから、あなたは、私の部屋で、つづきをやってあげて。アンディ‥‥いえ、エイミーのね。それでいいでしょ、エイミー」
 ‥‥エイミー? 僕のこと? ‥‥僕の、新しい名前?
 なんだか、かわいい響きだ。
 僕は照れ笑いしながらも、うなずいていた。
「じゃあ、エイミー、ついてきて」
 ミッシェルも、ほほ笑みながらそう呼んだ。

 寝室に向かいながら、パンストがこすれ合うのを感じた。その瞬間、毛のなくなった両脚の上をしびれのようなものが走り、僕は思わず体を震わせていた。
 一歩踏み出すごとに、誰かに撫でられているようなその感触に、僕は胸の震えを感じた。どうやら僕は、こんな感触がきらいじゃない。
「あたしのやるのを、よく見ててね」
 僕をベッドに腰掛けさせると、ミッシェルは、爪ヤスリと小さなはさみを取り出しながら言った。
「やってあげるのは、最初だけ。あとはあなた自身でやるのよ」
 どうやらそれは、将来、僕自身でやれという意味だけでなく、最初の一本はやってあげるけど、残りの指はそれを真似て自分でやれということのようだ。
 そう思った僕は、ミッシェルに手を差し出しながら、そこを凝視した。
 このところ爪切りどころではなく、僕の爪は長めに伸びていた。ミッシェルは、その両サイドに慎重にはさみを入れ、爪の中央だけが突き出す形にカットした。さらに、奇妙な形のスティックで甘皮を押し込むようにした。そして、爪の表面や先にヤスリをかけた。
 そこまでやったところで、思ったとおり、ミッシェルは僕に、それらの道具を手渡した。彼女自身は、床に横座りしてベッドの上にひじをかけ、僕がするのを見守った。
 そのブラウスの下で揺れる胸も、スカートの裾を整える仕草も、まったく違和感がない。そんな、女性になりきっている姿に僕は感心した。
「ねえ、ミッシェル。君は、月曜日にバーで別れたあと、すぐ決心したわけ?」
 僕は、そうにちがいないと思い、きいてみた。
「ええ、あの夜、あたしはマーガレットを追いかけて、そのままここについて来ちゃったの」
 ミッシェルは、ミセス・コンクリンをファーストネームで呼んだ。
「で、マーガレットは、今あたしがあなたにしてあげてることを、あたしにしてくれたのよ」
「でも、すごいよね。こんな短い間で、そこまで変われるなんて。さっきバーで会ったときは、ほんとに女の子だと思ったよ」
「最初の二・三日は大変だったのよ。慣れないことばっかりで。でも、恥ずかしさを捨てて開き直っちゃえば、コツはすぐつかめるわ」
「それにしても、水曜日にはもう再就職してたわけだろ」
「ええ。あの日がいちばん大変だったし、びくびくもしたわ。会社のビルの中で、何人も顔見知りとすれちがったし。でも、マーガレットから事前にいろいろ聞いてたから、今の部署にはすぐ慣れた。もちろん、あなたのいた課の人たちなんて誰も知らないし、仕事の中身も初めてのことばかりだったけど、逆に、それがよかった気もするわ。おかげで、これまでの自分を捨てて、すんなり新しい自分に生まれ変われたの」
「ふーん、僕もそうなればいいけど‥‥」
「まあ、片一方で会社のことはよく知ってるわけだし、そのへんはラクよ。初めて女子トイレを使うとき以外はね」
 ミッシェルは、そう言って、ちょっと顔を赤くした。
「なにしろ、子供の頃から入っちゃいけないって教えられてきた場所だし、自分の中に抵抗があるの。スカートをたくし上げて座る方法とかも、いちいち、考えながらしなきゃいけないしね。女子トイレを自然に使えるようになれば、たぶん、他はうまくいくわよ」
 そんな話を聞きながら、僕は、すべての爪の形を整え、ヤスリかけも終えていた。
 と、ミッシェルは座り直し、透明なマニキュアのビンを取り上げた。
「まずこれね。ベースコートっていうの。爪の表面のでこぼこをならして、なめらかにするのよ」
 そう説明しながら、ミッシェルは、僕の親指と人差し指にそれを塗り、後は僕に任せた。
 それは、見ているよりずっと大変な作業だった。でも、少しやったところで僕はコツをつかみ、なんとかやり通した。
 その爪がどこかに触れないように気をつけて乾くのを待っている間に、ミッシェルは、鏡台の引き出しからまた次のビンを選んでいた。ベースコートはすぐ乾き、今度はそのピンクのエナメルだった。
 ミッシェルは、それを親指に塗ったところで、僕に手渡した。これは、前以上に神経を使った。一本の指を塗り、他の指に移ったあとも、塗り終えた指に気をつけていないと、どこかに触れて、せっかく整えた表面が崩れてしまうからだ。
「きれいに仕上げるには、二度塗りしなきゃいけないの。最後まで塗ったら、もう一度最初の指から塗り直して」
 コツを覚えた二度目は、最初よりは簡単にできた。
 と、ミッシェルは、さらにもうひとつマニキュアのビンを出してきた。今度のは、カバーコートというらしい。
 そんな作業を進めながら、僕らは、仕事の話もしていた。僕が働いてきた職場のあれこれを、ミッシェルに教えたのだ。
 ミッシェルの方は、火曜日にマーガレットといっしょにショッピングに行ったときのことを話してくれた。マーガレットは、ミッシェルにさほどお金を使わせることなく、着まわしのきく服を何着も選んでくれたという。
 もちろん、女の子としての初めての外出だったミッシェルにとって、その買い物はびくびくものだったらしい。
 そう語ったところでミッシェルは、「明日は、あなたとポールがそれを味わうのよ」と、冷やかすように笑った。明日の土曜日、僕とポール用の服をそろえるため、ショッピングに行くことになっているらしい。
 マニキュアをすべて塗り終わると、僕の指は、まるで新車のボディのような光沢で輝いた。
「じゃあ、次ね。これは、メイクする上でいちばん大事なところよ。すぐには無理だと思うから、今日のところはしっかり見てて。明日からは、あなた自身で練習してね」
 ミッシェルはそう言うと、小さなはさみを取り出し、僕の眉をカットしていった。手鏡で見ていると、全体に細くしながら、眉頭から眉尻に向けてなめらかに持ち上がるような輪郭をつくった。眉尻近くを山形にし、そこから先を細めてまとめる。
 そのあとミッシェルは、今日の昼間、悲惨な結果しか招かなかった僕のブロウペンシルを使い、昼間とはまったくちがう、きれいなアーチを描き出してくれた。僕は、そのテクニックを身につけようと、彼女の手つきを見つめつづけた。
 ミッシェルは、マスカラはまだ苦手だと言ったが、彼女がそれをワンストロークしただけで、僕のまつげは、驚くほど長く見えるようになった。できあがると、いかにもマスカラをつけましたという感じはないにもかかわらず、僕の目は、これまでと比べものにならないほどぱっちりした印象になっていた。
 ミッシェルがマーガレットの鏡台からとりだした口紅は、ネールとおそろいのピンクだった。
 輪郭をていねいになぞるように上唇と下唇を塗り、そこでミッシェルは、唇を閉じてすりあわせるようにしろと言った。そういえば母さんも、こうしていたはずだ。
 言われたとおりすると、口紅が唇全体に馴染み、そのピンクが、まるで僕のもともとの唇のように見えた。
「あなたはラッキーね。ヒゲが薄いし、毛の色も明るいから、そりあとが目立たないわ。これだったら、ファンデーションも必要ないくらいよ。全体に薄めに塗って、くすんだところだけ、ちょっと厚めにすればいいわ。あとはパウダーをはたけば、きれいな肌になるはずよ」
 その作業を終えたところで、ミッシェルは、もう一度僕の顔を見つめた。
「これなら、アイシャドーもいらないくらいね。仕事中は、つけなくてもだいじょぶでしょ。でも、夜のお出かけとかは、こんなふうに、ブルー系を入れるといいわ。あなたの目の色とも合って、引き立ててくれるはずよ」
 彼女は、そのできばえににっこり微笑むと、次にクローゼットに向かった。
「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、マーガレットのママがガンだったことは、あたしたちにとってはありがたいことよね。そのおかげで、いろんなものがそろってるんだから」
 ミッシェルはそう言いながら、クローゼットの棚の上から箱を降ろした。
「ほら、きれいでしょ」
 ミッシェルがその箱から取り出したものを見て、僕も大きくうなずいた。それは、ブロンドのウィッグだった。内側を持って掲げたミッシェルのひじくらいの長さで揺れている。
 ミッシェルはもう一方の手で、からまりをほぐすようにしながら言った。
「そこのブラシを使って、あなたの髪をオールバックにまとめて。自毛を均等に押さえてかぶれば、かかしみたいにはならないはずよ」
 ウイッグを持って近づいてきたミッシェルは、僕がそのとおりするのを見ていた。
 それができあがると、ウイッグを僕の頭にかぶせ、両サイドに手を当て左右の位置を決めた。かぶるとき、ちらりと見えた内側はメッシュの水泳帽のようになっていた。つけた感じも、耳までかぶらないことをのぞけば、水泳帽のような感じだ。
 ミッシェルはさらに、ウィッグを前後にずらすようにしながら位置を調え、そのあと、鏡台の引き出しを開けてヘアピンをとった。それを、前の部分から後ろに向かって2本、さらに、首筋のあたりから頭頂部に向かって2本さした。頭皮に食い込むようなそのピンの感触にちょっと違和感はあったものの、ウィッグは、僕の頭にしっかりなじんで固定した。
 ヘアブラシを持ち出したミッシェルは、サイドとバックの髪を軽くといたあと、額にかかる前髪を慎重に整えた。
「すごいわ。びっくりするくらいかわいくなったわよ」
 その言葉に僕は鏡台をのぞこうとしたのだが、ミッシェルがそれをとめた。
「ちょっと待って。その前に、スカートとブラウスを着ましょ。どうせなら、完全に変身したところを見たいでしょ」
 スカートを履いたあと、ブラウスのボタンをとめる僕を、ミッシェル自身が待ちきれないように見ていた。
「それ、あたしもまだ慣れないわ。どうして、男と女でボタンが逆なのかしらね」
 たしかにおぼつかない手つきではあったが、僕はなんとか一人でそれをとめ終えた。
「ブラウスの裾をスカートの中に入れて。少しでいいわよ、そしたら、私が魔法を見せてあげるから」
 言われたとおりすると、ミッシェルはいきなり僕のスカートの裾から手を突っ込み、その下に出たブラウスの裾を引っ張った。
「ね、こうすれば簡単だし、きれいになるでしょ」
 ミッシェルが四方八方の裾を引き下ろしてくれたおかげで、ブラウスの生地がピンと張り、だぶついた感じもなくなった。さらにミッシェルは、乱れたスカートの裾も整えてくれた。
「じゃ、これを履いて。その間にベルトを選ぶから」
 ミッシェルはそう言うと、白いハイヒールを差し出した。ミッシェルが履いているグレイのと色違いのシンプルなパンプスで、2インチくらいのヒールがついている。ハイヒールとしてはそんなに高くないのだろうが、足を入れたとたんに、つんのめりそうになった。
 なんとか体勢を立て直したところで、ミッシェルは、幅6インチ近くある白いベルトを僕のウエストのまわりに巻いた。そして、僕が思っていたより穴2つ分はきつめにバックルをとめた。
「ふふ、あなたはきっと、女の子でいることが大好きになるわよ」
 僕の全身をもう一度確かめながらそう言うと、ミッシェルは僕の手をとって、この部屋につづくドアからバスルームへと導いた。
 バスルームの中は照明が灯っておらず、暗かった。ミッシェルは僕を、その暗闇の中に一人で立たせた。僕はまだ、慣れない足首の角度のせいで、必死にバランスをとっていた。
「心の準備はいい?」
 ミッシェルの言葉に、小さく返事をすると、その瞬間スイッチの音がして、バスルームの照明が煌々と灯った。
 僕の目の前には、見たことのない人物が立っていた。見たこともないほどの‥‥美人。
 僕はその見知らぬ女性の目をしばらく見つめていた。
 そして、かすかに体を動かしたところで、やっと、このバスルームの中に第三の人物がいるわけではないことを理解した。
 僕が動いたのと同じように、彼女も動いたのだ。
 その姿見の中に立っているのは、まぎれもなく、ひとりの女の子だった。
 そのかわいい女の子がそこに実在することが信じられなくて、僕はいったん鏡に背中を向け、振り返って肩越しに確かめたりした。
 黒いスカート、白いブラウス、すらりと伸びた脚には白のパンプス。
 そして、ブラウスの中で揺れる胸のふくらみ。‥‥そう。それは、これ見よがしなほど突き出た二つの‥‥乳房。
 さらにそれを強調する、白いベルトが巻かれたウエストのくびれ。
 僕はもう一度、正面を向き、その顔を見つめた。
 一度目が合えば、そらすことができなくなりそうなほど印象的な青い瞳。ほどよいボリュームの唇は、頬のあたりを確かめるようになでている指のネールとおそろいの、かわいいピンクだ。
 光り輝くブロンドのロングヘアは、緩やかに波打ちながら肩で前後に割れ、前の毛先は胸の近くまで達して、二つのふくらみの上で遊んでいた。
 最初の驚きからやっと醒め、僕はミッシェルの方を見て笑いかけた。ミッシェルもまた、うれしそうに笑い返してきた。
 と、ミッシェルが背後に近づき、僕の肩越しに姿見を見ながら、腕を僕のウエストにまわしてきた。
「すごくきれいよ、エイミー。これからもずっと、お友だちでいてね」
「ん? なに、それ?」
「だって、あたしたち、女の子どうしでしょ。もし、あたしが男だったら、ベッドに連れ込もうと一生懸命口説いてるところだけど」
「ふふ、それは、あのバーで僕が思ってたことだよ。君に対してね。こんな美人は見たことないって」
 僕は笑い返しながら言い、もう一度鏡を見てつづけた。
「だけど、君の‥‥あなたの言うこともわかる‥‥わ。ぼ‥‥あたしだって、もし自分が男だったら、このブロンドを押し倒してると思う‥‥もの」
 僕らは、同時に吹き出していた。

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第5章


 リビングルームに戻ると、マーガレットが驚きの眼差しを向けてきた。彼女と向かい合わせに座っていた女の子も、その眼差しに気がついたらしく、こちらを振り向いた。僕もまた、その顔を驚きとともに見つめていた。
「今ね、ポーラが、あなたはきっと美人になるって言ってたのよ。ほんとに、そのとおりね」
「‥‥ポーラ?」
 僕は、その顔に笑いかけた。
「ワオ、すげえ!」
 ポーラと呼ばれた女の子は、その名と可憐な赤い唇には似合わない男っぽい声のままで言った。
 赤毛の髪はショートだが、いかにも女の子らしくカットされ、光を受けた部分がつややかに輝いていた。
 緑の目は、白い肌に映え、僕を見た驚きで、さらにパッチリと見開かれていた。
「どう? おかしくない?」
 僕がきくと、ポーラはソファを立ち、こちらに近づきながら言った。
「おかしいなんて、そんな‥‥。アンデ‥‥エイミー、信じられないくらいきれい‥‥よ」
 彼女が履いているのはこげ茶のスラックスだったが、デザインは明らかに女物だ。その先には、ヒールが低めのベージュのサンダル。さらにそのつま先からは、真っ赤なペディキュアの指がのぞいている。
 赤と黄色のシルクのブラウスは大きめの立て襟がつき、その下で、さほど大きくはないけれどかわいいふくらみが盛り上がっている。
 耳には、やはり赤と黄色で花をかたどった大きなイヤリングが揺れ、襟元のゴールドのネックレスにも、おそろいの花がついていた。
 そのショートカットの赤毛は、どうやら自毛を利用しているようだ。でも、もともとカールのかかった髪をうまく活かしてカットし、これまでとは見違えるほどのかわいらしさをかもし出している。
 僕の方に差し出された手の指には、大きめの指輪が三つ輝いていた。
 と、その手がなんと、僕の胸に触れてきた。
「ふふ、すごい‥‥のね」
 さらにそれが、大きさを確かめるというように「乳房」を持ち上げたせいで、僕は思わず顔を赤くし、体をよじるようにしていた。
「ポ、ポ‥‥ポーラ」
 慣れない呼び名でもあり、舌がもつれた。
「あ、あなたの方こそ、すごくかわいい‥‥わ」
「う、うん、さっき鏡を見て、自分でも驚いた‥‥の。こんなになれるなんて、思ってなかったから。でも、あなたには負ける、わ。たしかに、ぼ‥‥あたしも女の子に見えるけど、あなたみたいに、目の前にいるだけで、相手をその気にさせちゃうような女じゃない‥‥もの」
 ポーラは、そう言いながら、僕の全身に目を走らせてきた。その目つきに欲情と言っていいものがあるのを感じ、僕はちょっとたじろいだ。
 たぶん、女としては名誉と受け取るべきなのだろうが、なりたての女の子としては、そんな目つきにどう対処したらいいのかわからないのだ。
 それて僕は、彼女から目をそらせ、マーガレットの方を見やった。と、ソファに座ってそんな僕らをニコニコ見ていた彼女が言った。
「で、お嬢さんたち。決心はついた? それなら、うまくいきそうでしょ」
「で、でも‥‥、自信ない‥‥わ。こんな格好で人前に出るなんて‥‥」
 僕が言うと、ポーラもうなずいた。
「ぼ‥‥あたしも恐い‥‥わ。エイミーほどの美人でもないし」
「あ‥‥あら、そんなことない‥‥わよ。あなたの方が、女の子っぽいもん。かわいいけど、すごく自然っていうか、いい意味で、ふつうの女の子っていう感じ」
「ほんとに? それなら、まあ、ねらいどおりだけど‥‥」
 ポーラはそう言ったあと、僕の体にもう一度目を走らせ、いたずらっぽく笑った。
「んふ、だって、一日中、男に触られるんじゃないかって、びくびくして過ごすなんて、大変そうだし」
「まあ、いいから、座りなさい」
 マーガレットの言葉に、僕らは、ソファに着いた。座るときには、ちゃんとスカートの後ろをなでつけるようにし、座ったあとも、膝をそろえて裾を整えた。
 その点、スラックスのポーラは気楽だ。僕はちょっと、ポーラがうらやましかった。
 そこでミッシェルが、カクテルを飲まないかきいてきた。僕がビールを頼むと、ポーラもちょっと恥ずかしげに笑いながら、うなずいた。
 ミッシェルはすぐにビール二缶と、そしてグラスを二つ持ってきてくれた。すかさずマーガレットが「女の子なら、缶から直接飲んだりしちゃダメよ」と言った。
 ミッシェルは、自分とマーガレットの分のカクテルをつくりにもう一度キッチンに戻り、その間、僕らは、お互いのマニキュアの色を比べ合ったり、僕のウィッグやポーラのアクセサリーについて、あれこれしゃべり合った。
 ミッシェルがカクテルを持って戻ってきたところで、マーガレットがあらためて言った。
「さあ、お嬢さんたち。今のうちに身につけておかなきゃいけないことが、たくさんあるわね」
 僕らは、マーガレットを見つめ、深くうなずいた。

 それから三時間あまり、マーガレットは、僕とポーラに、さまざまなことをレクチャーし、実際に練習させたりもした。
 歩き方(どう歩いたら女の子らしくて、どう歩いたらみっともないか)、しゃべり方(無理に裏声を出そうとするより、ちょっと高めの声でやさしく話す方が効果的)、TPOに合わせた座り方、女の子っぽい仕草、そして、今夜のような外見を保つためのメイクやヘアのポイント‥‥などなど。
 それは、単純にノウハウを教えるというだけでなく、僕とポーラの意見も聞きながら、個性に合わせてどう変化をつけたらいいかということにもおよび、さらに、具体的に、月曜の就職面接の時、どんなふうに振る舞ったらいいかということまで話し合った。
 そんなことをとりつかれたように話し、お互いの恐れと希望を出し合い、全員で真剣に考えている様は、客観的にはかなり奇妙なものだったかもしれない。でも、おかげで僕らは、夕方あのバーに行った時とは打ってかわった明るい未来を手に入れていた。
 全員が、それにわくわくしていた。

 おおよその話がすんだところで、僕は、そろそろ帰り仕度を始めた方がいいかもしれないと思った。帰る前に、服を着替え、メイクも落とさなければならないのだ。
 ところが、僕がそう言うと、マーガレットとミッシェルは首を振りながらほほえみ返してきた。
「エイミー、明日は、できるだけ早く出かけるつもりよ」
 マーガレットが言った。
「だから、泊まっていきなさい。その方がラクでしょ」
 その言葉にぽかんとする僕とポーラの返事も待たず、マーガレットはひとり納得して席を立ち、寝室へと向かった。そして、1分もしないうちに、両手に白と黒のなんだかふわふわした感じのものを持って出てきた。
 そこでちょっと考えるようにしたあと、マーガレットは、白い方を僕に、黒の方をポーラに手渡した。
 持って広げてみると、ベビードールふうのネグリジェだった。全体が白いレースでできていて、アンダーバストだけは弾力ある生地で絞ってある。そこから、ふわりとした短いスカートが広がっている。
「二人とも、パンティとブラはつけたままでそれを着て。エイミーは、ウィッグもつけたまま寝なさい。その方が、明日の朝、すぐにその気になれるでしょ」
「でも、お肌が荒れるといけないから、メイクだけは落としてね」
 ミッシェルがそうつけ加えた。

 僕らは、言われるままに、それを持って寝室に入り、僕の方は、先にバスルームでメイクを落とすことにした。
 クレンジングしてマスカラや口紅を落とし、顔を洗ったところで鏡を見てちょっと驚いた。つけたままのウィッグやカットした眉のせいだろうか、メイクをとったというのに、その顔は女の子に見えるのだ。
 僕は、そのままバスルームでパンストを脱ぎ、スカートやブラウスもとって、その白いネグリジェを着た。
「シンク、替わってもらってもいい?」
 バスルームのドアが開き、ポーラが入ってきた。
 そちらを見た僕は、思わず笑いかけていた。黒のネグリジェ姿がかわいかったからだ。
 ポーラも僕に近づきながら、ほほえみ返した。
「すごく似合ってる。かわいっ!」
 ポーラが言った。
「ぼ‥‥あたしは、なんだかおかしいでしょ」
 さらに、恥ずかしそうに言って、ネグリジェの裾をつまんでみせた。
 言葉とは裏腹に、その仕草はまるで童話の中の妖精のようだ。
「そんなことない。あなたもすごくよく似合ってる、わ。かわいっ!」
 僕も、ポーラの言葉と仕草を真似て、言ってみた。
 シンクに向かってメイクを落とし始めたポーラの後ろ姿を、僕は、そこに立ったまま見ていた。
 その小さなお尻と細い脚は、ボーイッシュだ。いや、男のようだというのではない。それは、あくまでボーイッシュなのだ。
 そのかわいいお尻を、思わずなでたくなり、僕はあわてて、そんな気持ちを抑えた。
 顔を洗い、タオルで拭いたところで、ポーラは振り返り、また僕を見つめて笑いかけた。メイクを落としたはずなのに、その頬はなぜか紅く色づいている。
 素足に触れるカーペットの心地よさを感じながら、僕らは並んでリビングに戻った。

 さっきまで僕らが座っていたのはソファベッドだったらしく、マーガレットとミッシェルが、すでにベッドメイクしてくれていた。
 その快適そうなベッドにすぐにでも身を横たえたいと思っていると、それが伝わったのか、マーガレットとミッシェルは、そのまま「おやすみ」と言って寝室に入っていった。
 僕とポーラは、部屋の灯りを消し、ふたりそろってひとつのベッドに入った。しばらくは、寝室の方から、マーガレットたちが寝る準備をしている気配がしていたが、やがて静かになった。
「‥‥ふふ、おかしな一日だったね」
 僕の横に寝たポーラの声が、暗いリビングルームに静かに響いた。
「ほんとにね。夕方までは、まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかったもん」
「っていうか、こんなふうになれるなんて、ね。でも、もう、あたしたち、そっちに向かって動き出しちゃった。きっと、うまくいく‥‥わよね。逮捕されるとか、そんなことにはならないわよね」
 ちょっと心配そうに言ったポールの言葉に、僕も考え込んだ。
「べつに女装すること自体は、犯罪じゃないでしょ。でも、それで就職するとなると、やっぱり問題あるかも。特に、EEOCにバレたりしたら‥‥」
「ほんとに、いやなやつら。勧告を出した以上、しばらくしたらまた、再監査とかに乗り込んでくるわけでしょ。その時にバレないように、ちゃんと女の子らしくなっておかなきゃね。いっしょに働いてる人には、もしかしたら正体を見破られるかもしれないけど、そうなったとしても、監査官がやってきた時、あえてばらしたりはしないんじゃないかな」
「そうね、あたしたちが感じてるのと同じように、会社だって、EEOCをうっとおしがってるわけだから、きっと味方してくれるわよ。女子の採用が順調にいってるなら話は別だけど、そういうわけじゃないんだし」
 そこで話が途切れ、しばらく沈黙がつづいたが、やがてまた、ポーラが口を開いた。
「ほんとのこと言えば、あたし、こんなことするなんて、気味が悪いと思ってたわ。あなたは?」
「ええ、そりゃあ、あたしだって」
 僕も、それに同意した。
「だけど、どういうわけか、今、わくわくしてるの。ちょっと恐いんだけど、どこまでできるか、やれるところまでやってみようって気になってる。なんだか面白そうだって感じさえしてるわ」
「まず乗り越えなきゃいけないのは、明日の買い物ね」
 僕が言うと、またしばらく黙っていたあとで、ポーラはつづけた。
「ええ、こんな姿を人前にさらすと思うと、やっぱり、ちょっと恐いもんね」
「うん」
 僕は、それにうなずいた。
「でも、あなたやマーガレットたちがいっしょにいてくれれば、平気だって思える。明日が待ち遠しいって気さえするの。少なくとも、一人でびくびくしなくていいわけだし」
「そうね」
 そう、すべてわかって協力してくれる人がいると思うから、こんなことも平気でできるのだろう。もし一人なら、自分のことを、変態だと感じてしまうにちがいない。
 そんなことを考えていると、横で寝ているポーラがごそごそと体を動かし、こちらに向きを変えた。そして、その手を、僕の体にかけた。ブラの下あたりを抱くようにしてきたのだ。その上、脚までからめてきた。
「ねえ、エイミー」
 呼びかけてきたポーラに、僕はおたおたとし、返事さえできなかった。
「今、自分のことを、女の子だって感じてる?」
 その言葉に導かれるように僕の思いがそちらに向くと、ポーラの手がネグリジェの上をすべり、ブラのふくらみの上へと動いた。そして、そこをまさぐるようにゆっくりと揉みはじめた。
「え、ええ。なんだか、そんな感じがしてるわ。これまで、その手の願望なんて持ってないと思ってたのに‥‥」
 落ち着かない僕は、そう言いながらごそごそと体を動かし、その結果、ポーラのなで肩に片腕をまわし、腕枕するような格好になっていた。
「あたしもなの」
 ポーラはそう言ったきり、また黙り込んだ。しかし、その手は、僕のにせ物の胸を揉みつづけていた。
 そして、僕は、それに感じはじめていた。パンティの中のものが、むずむずして、次第に硬くなってくるのがわかった。
「ふふ、感じてる? それは、女の子になってるから? あたしは、そうよ」
「う、うん」
 僕は吐息をもらすようにうなずいていた。
「ちょっと、変な感じね。でも、いやじゃない」
 ポーラは、僕の耳に唇を寄せささやいた。
「これって、ゲイってことになるのかな?」
「そう‥‥なんだろうけど‥‥でも、ちょっとちがうような‥‥」
「それとも‥‥レズ?」
 その言葉で、僕の心の中のイメージが百八十度転換した。
 たしかに、僕は今、自分のことをゲイの男だとは感じていなかった。ポーラの言った感覚の方が近い気がした。
「ええ、たしかにそうね。さっきも、そんなふうに感じたの。着替えたあと、ミッシェルが抱いてきたとき、お互い、相手のきれいさに興奮してた気がする」
 そう言ったとたん、ポーラの手の動きが止まった。
 そして僕は、しまったと思った。
 こんなことをしている最中に別の相手の話を持ち出すなんて‥‥女の子どうしとしては、無神経だったかもしれない。
 僕はあわてて、つけ加えた。
「それだけじゃなく、リビングであなたを見たときも、同じように感じたわ」
 と、彼女の緊張が解け、その手がまた、ゆっくりと動き出した。
「だって、すごくかわいかったんだもん。こんなかわいい子となら、やりたいって感じたくらいよ」
 ブラのふくらみを揉むポーラの手の動きが、今度は、なにかをためらう感じになった。
 そしてまた、長い沈黙があった。
「いいわよ」
 ぽつりと言ったポーラの言葉に、僕は、それがなにに対する返事なのか見失った。
「あなたがいいなら、あたしも‥‥」
 僕は、その前に自分の言ったことを頭の中で反芻し、やっとその意味に気がついた。そして、さらに戸惑った。
 あれは、いわば言葉の弾みだ。けっして本気で言ったわけじゃない‥‥よね?
 自分でも、どうだったか、よくわからなくなってきた。
 と、ポーラが動いた。胸を揉んでいた手を僕の肩にかけて引き寄せ、自分の方に向かせると、唇を僕の唇に重ねてきたのだ。
 その瞬間、僕の体は、理性でとらえているのとはまったくちがう反応を示していた。腕枕していた方の腕で、ポーラの肩を抱いて引き寄せていたのだ。
 それは、僕の感性が、実体と完全にかけ離れたイメージにとらわれているせいだった。
 客観的には、これは、一人の男がもう一人の男と抱き合って寝ているということだ。いうまでもなく、それがリアルな現実だろう。
 それを、なんとか言い訳するとすれば、今、目の前にいる赤毛の子があまりにかわいすぎて、僕は、男としてがまんできなかったと言うこともできる。
 あるいは逆に、自分をむりやり女の子だと思おうとした僕が、それにつけ込んできた友人のポールのいいなりになってしまったという言い訳もできるだろう。
 でも、今、僕の心に浮かんでいるイメージは、そのどちらでもなかった。
 僕は今、自分のことを、あの鏡の中に見たブロンドの女性としてとらえていた。すらりとした長い脚は、いっさいのむだ毛もなくすべすべで、ハイヒールで歩いたり、斜めに組んで座る姿がよく似合う。胸にある二つの重みが、歩くたびに揺れ、弾むのが、すでに当たり前の感覚になっていたし、今それが、もまれ、押しつぶされることで、セクシーな気持ちになっている。僕は今、そんな‥‥女だった。
 一方、目の前にいるのは、赤毛の妖精。ボーイッシュなヒップと堅いつぼみのような胸を持ち、キュートな唇をとがらせて、ちょっとわがままっぽく甘えてくるかわいい‥‥女の子なのだ。
 そしてそれは、けっして僕の妄想だけでなく、はた目からもそう見えるはずだ。今、ベッドの上では、二人の女が、お互いの体をまさぐり合い、お互いの心をとらえようと唇を吸い合っているのだ。
 ポーラの舌が、僕の唇の上を這い、そのすき間を見つけて中に入ってきた。お互いの唇に残る口紅の味が混ざり合った。
 僕は、ポーラの甘い唇を味わい、そのショートヘアに香るシャンプーの匂いや、その皮膚から立ちのぼるバスオイルの香りをかぎ分けようとしていた。
 二人の体の間で、乳房どうしが合わさり、押しつぶし合っていた。
 僕の膝が、ポーラの膝の間に割って入り、ポーラの腿が、僕のパンティの生地とその中で張りつめているものをこすっていた。
 ポーラは僕の舌を強く吸い、二人の濡れた唇が、強く押しつけ合いながら、こねるように動いた。
 ポーラのかわいい鼻からもれた息が、僕の頬をなでた。
 口の中を出たり入ったりするポーラの舌をとらえ、吸おうとすることで、僕の唇も次第にワイルドになり、二人とも、身をよじるようにして、お互いの体をさらに密着させていった。
「ああ、エイミー、きれいよ」
 ポーラは、僕の耳にキスしながら、ささやいた。
「かわいいわ、ポーラ」
 僕も、悶えるように言っていた。
 ポーラの唇は、僕の首筋を這い、あごから首、そして胸へと下りていった。
 僕はいちおう、それをとめようとした。でも、ポーラは、そう思って差し出した僕の手をつかみ、そこにキスしてきた。手のひらにキスし、指一本一本をくわえるように舐める。僕は、もう片方の手で、そんなポーラの頭を抱くようにしていた。
「あっ、あー、ポーラ」
 今度は、股のあたりにポーラの唇を感じ、僕は思わずもだえ声を上げていた。
 僕の手を放したポーラが、その代わりに、内腿を舐めはじめたのだ。そのあたりの柔らかい皮膚を舐め、そして、唇で軽くくわえるようにしてきた。それに耐えられず、僕は反射的に腰を引いていた。
 それでもポーラはあきらめず、今度は、右の内腿をやさしく攻めてきた。
 ポーラが股の間にもぐり込むようにしているせいで、いつしか僕の脚は大きく開き、その腿の合わせ目あたりをくすぐるように、ポーラの指が動いた。背筋にしびれのようなものが走り、膝が震えた。
 その指は、僕のレースのパンティの縁をたどり、股のあたりの生地を大きくずらした。そしてそこに、ポーラの舌が侵入してきた。
 その舌が、僕のプッシーがあるはずの場所を舐めはじめた。
 そう、そこには、僕の‥‥あたしのプッシーが‥‥。
 そう思った瞬間、体が震え、心が舞い上がり、僕はオルガスムに達していた。それはまるで、何分も、いや何時間もつづいているように思えた。
 気がつくと、ポーラが僕の体を這い上がるようにして、ふたたび乱暴にキスしてきた。僕は、その体を挟むように両脚を上げ、さらに、彼女の背中で両方の足首をからめ、包み込んだ。
 僕のオルガスムが最後を迎えようとしているときには、ポーラは、僕の股に自分のものをこすりつけるようにして、激しく体を前後に動かした。
 僕は、片腕を、離れそうになるポーラの首にまわし、その激しいキスを受けつづけた。そして、もう片方の手を彼女のかわいいパンティのお尻にあて、そこを自分の体に引き寄せながら、彼女の動きを助けた。
 さらに、そのリズムに合わせ、持ち上げている自分の腰を反対方向に揺すって、そこへの摩擦を強めた。
 僕の口の中に、ポーラのうめき声が伝わり、その体が、はねるように緊張した。
 ポーラは、オルガスムが過ぎ去るまで、何度も体を波打たせ、そのたびにうめき声を上げた。
 その体が、どさりとのしかかり、僕の肩に頭を預けるようにしてきた。その激しい息づかいが、耳のすぐそばで聞こえていた。
「ありがとう、エイミー」
 息が静まったところでそうつぶやいたポーラの声は、すでに寝息まじりだった。
 僕は、お互いの体の汚れを拭こうと言おうと思った。それ以前に、覆い被さったままのポーラの体を降ろそうと思った。
 しかし、そうする前に、僕自身も眠りに落ちていた。

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第6章


 目覚めると、目の前に、ポーラのうなじがあった。僕の唇は、ポーラの背中にあてられ、僕の膝は、ポーラの膝の裏側に密着していた。
 どうやら、ポーラはまだ寝ているようだ。
 僕が、その首筋にキスすると、そこから肩にかけてのうぶ毛が、さーっと震えるように動いた。
 その先につづく腕の肌も、すべすべとなめらかで、完璧だと思えた。
 首筋や鎖骨のあたり、それに二の腕の内側には、ちょっとそばかすがあるが、それもまた、赤毛と似合ってかわいい。
 その赤毛のカールが、窓から差し込む朝の光に透け、キラキラと輝いている。
 寄り添っていたポーラの背中から体を離すと、その間に朝の冷気がまぎれ込み、まだ火照りを残す僕の体を冷やした。
 ポーラも、それが寒かったのだろう、かすかな声をあげながら、仰向けに寝返った。
 それが幸せそうな笑い声だったので、僕は、ひじをついて上体を起こし、ポーラの顔をのぞき込んだ。わずかに開いた口の端には、まだ、口紅の跡が残っている。
 僕は、その寝顔をほんとうにかわいいと感じ、くすっと笑っていた。

 そんな少女っぽい世界に現実が割り込んできたのは、バスルームに行き、便座に座った時だった。そこでやっと、べつにこういう姿勢で小用を足さなくてもいいものが、自分の体にあることを思い出したのだ。
 さらに現実的なことを言えば、その部分にはまだねっとりしたものが残り、まわりの陰毛は、それが乾いてごわごわしていた。
 トイレットペーパーを多めに繰り出し、拭いてみたが、それだけでは取りきれず、僕は入浴しようと思った。
 それで、便器を立つと、そのままパンティを足から抜き取り、ネグリジェを脱ぎ、ブラもとって洗濯カゴに投げ入れた。もちろん、シリコンのつまったブレストフォームとウィッグは、ていねいにシンクの上に置いた。
 体をバスタブに沈め、甘いバスオイルの香りの中で、僕はふたたび女の子っぽい気分を取り戻していた。
 しばらくお湯につかり、簡単に体を洗い、拭いたところで、僕はまず、ウィッグを頭に戻した。そして、替えの下着をさがすため、寝室の側のドアを開けた。
 マーガレットとミッシェルが寝ているといけないと思い、抜き足差し足で入ったのだが、二人はすでに起き出したらしく、そこには誰もいなかった。
 カンを頼りに探したにもかかわらず、最初に開けた引き出しに、それはあった。ブルーのブラとパンティのペア。さっきまでつけていたものに比べ、ブラはずっとレース使いが多く、パンティの生地は小さい。
 さらにそこには、パンストもあった。こちらは、昨日履いたのより、生地の張りが強く、脚をほっそりと絞めつけるタイプだった。
 それらを身につけたあと、僕は鏡台の前に座り、メイクにかかった。昨夜ミッシェルがやってくれたのをひとつひとつ思い出し、一生懸命、それを真似ようとした。
 濃くなったり太くなったりしないためのブロウペンシルの微妙な動き、まつげ以外の部分につけたりごわごわにしたりしないためのマスカラの慎重さ、上唇と下唇の輪郭をきれいに描き出すための口紅の正確さ。
 僕は昨夜のミッシェルの手つきを、きちんとなぞれたようだ。鏡の中の顔が、昨夜と同じようにかわいくなったことに、自分でも信じられない思いがした。
「あたしも、そんなに美人ならいいのにな」
 背後から聞こえたポーラの声に驚いて振り向くと、いつの間に入ってきたのか、ベッドに座り、片方の膝の上でほおづえをつくようにしてこちらをながめていた。
「あなただって美人じゃない。あたしとタイプがちがうだけで」
 僕はそう笑い返し、つづけた。
「あなたもお風呂に入ったら。何十倍も気持ちよくなるわよ」
「うん、そうしよ」
 ポーラはそう言って、勢いよくベッドを立った。
 バスルームに入っていくそのお尻が、かわいくスイングするのを、僕はにっこりと見送った。
 そのあと数分のうちに、僕は服をさがし、それを身につけていた。
 ブルーのスカートと白のシェルトップ。裾あたりには小さな花柄があしらってあり、細いブルーのモールでかがられたネックラインが大きく開いて、そでも短い。

* * *

「あっ、おはよう」
 キッチンに入っていくと、マーガレットがそう言いながらテーブルを立った。
「コーヒーでいい?」
「ええ、ありがとう」
「ふふ、ちゃんと似合うのを見つけてるじゃない。メイクも自分でしたの?」
 やはりテーブルについていたミッシェルが言った。
「うまくできてる?」
「上出来よ。あなたって、学習能力高いのね」
「ほんと。すごくきれいよ」
 マーガレットも、コーヒーを注ぎながら言った。
「ありがとうございます。あの、それから、この服、勝手に借りちゃって、すみません」
「それを言うなら、ミッシェルによ。それ、ミッシェルのなんだから」
「あっ、ミッシェル、ごめんね。でも、このブラもそうなの?」
 僕は、ネックラインを少しずらしブラのストラップをのぞかせながらきいた。
「あなたはBカップくらいだと思ったけど‥‥」
「ふふ、あたしも最初、Cカップを試したのよ。でも、もうひとつしっくりこなくて、今のにしたの。Cカップのブラが、他にも2つか3つあるから、あなたにあげるわね」
「ありがとう。でも、ちゃんと買い取るわ」
「それはそうと、もう一人のかわいい子はどうしたの」
 ミッシェルがきいてきた。
「今、お風呂に入ってるわ。もうそろそろ出るころよ」
 そう言ってから僕は、朝からお風呂に入らなければならなかった理由を思い出し、ちょっとうろたえた。
 ミッシェルとマーガレットは、昨夜僕らがしていたことに気がついただろうか?
 もし知っているとしても、そのことを言い立てたりしないだろうけれど‥‥。
「朝食はなにがいい? 大したものはできないけど、ポーラが来たら、始めましょ」
「そんな、気を使わないでください」
「気なんか使ってないわよ。だって、選べるメニューは、卵料理とトーストの組み合わせか、あとは、フレンチトーストしかないんだもの」
 マーガレットは笑いながら言った。
「じゃあ、スクランブルエッグを」
 僕も、そう言ってほほ笑み返した。
「あなたもそれでいい? それとも、ウエストラインと相談する?」
 マーガレットがきくと、ミッシェルもにっこり笑って答えた。
「その言い方、すてきよ」
 テーブルに着いた僕は、マーガレットが調理する手際のよさを、なりたての「同性」として感心して見ていた。
 ボウルに卵を割り、ミルクを加える。泡立て器で手早く混ぜる間に、フライパンを温める。そこに落としたマーガリンのかたまりが溶けたところで、卵を流し込み、炒りながら、トースターにパンをセットする。それぞれの皿にスクランブルエッグが盛られた頃には、卵を混ぜたボウルも、すでに洗い終わっていた。
「ジャジャーン!」
 キッチンの入口から声がした。ポーラだった。
 黒のレギンスに黒のTシャツ。その上から、ミニのストラップドレスを重ね着している。
 その姿はキュートで、赤い口紅と赤いネールをのぞけば、まるでローティーンの少女という感じだ。
「ワオ! ポーラ、すごーい! よく、そんな服、選べたわね」
「どう?」
「ほんとにあなたにぴったりよ。そのドレス、買ってはみたものの、じつは始末に困ってたの。あなたみたいな子が、そんなふうに着ればいいわけね」
 マーガレットが、感心したように言った。
 彼女がそれぞれの前に置いたパンと卵を食べ終わるころには、最後になった彼女自身のパンも焼け、すぐに朝食は終わった。

 そのあと、僕とポーラがあれこれ言って先延ばししようとしたにもかかわらず、マーガレットとミッシェルがさかんにせき立て、三十分後には、全員がマーガレットの運転する車に乗っていた。
 いよいよ、週末で人のあふれる街に出るのだ。

* * *

 僕だって、デートで女性のショッピングにつき合ったことくらいあるから、そんな店に入ることにも、並んでいるものにもたじろぎはしないが、そこでショッピングするのが自分だとなれば、話は別だ。
 なにを買うにしても、「これ、いまいちかわいくないわ。こっちのがすてきよ」といった類のおしゃべりを求められ、それを試着したりすることになるのだ。
 僕らは、そのモールの中心にある大きなデパートに向かった。
 その入口を入って数歩も行かないうちに、マーガレットとミッシェルは、そこに飾られた服に目をとめ、例の「見て見て、これ、かわいいっ」というおしゃべりを始めた。彼女たちが言うところのその「ボディス」はライトブルーで、スタイルのいい僕に「ぴったり」だというのだ。
 人の行き交う場所でそんなことを言われ、僕は顔を赤くし、ポーラに助けを求めた。
 ところが、驚いたことに、ポーラはすでに自分に似合いそうな服さがしに夢中で、こちらのことなど眼中にないようだった。
 ミッシェルは、そのマネキンが着ているのと同じ、僕に「ぴったり」の服を探し出すと、僕の手を引き奥の試着室まで行ってカーテンを開けた。
 僕には、抵抗する余地さえなかった。もしそこであれこれ言えば、かえって目立ってしまい、店中の人たちの注目を集めそうだったからだ。
 気がつくと僕は、ここに来てまだ1分もたっていないというのに、武装解除させられていた。試着室の中で、ブルーのスカートとブラウスを脱いでいたのだ。
 もし僕が女装して外出することにおびえていなかったなら、たぶんこれは、心弾むことなのだろう。でも僕は、すでに、ここに来るまでの間、たとえばマーガレットの家から一歩踏み出す時にも、このモールに足を踏み入れる時にも、ビクビクしどおしだった。
 そんなおびえが募り、服を着替える手はもちろん、体全体ががたがた震えていた。
 恐れと興奮が、極度まで高まった。
 でも、結果としては、それが逆に僕の自信へとつながった。
 着替え終わって鏡の中の姿を見た時も、振り返ってカーテンを開けその姿を人目にさらした時も、そして、その人たちの反応を見て自分の感覚が正しいと確認できた時も、そのたびに僕の中の恐れは消えてゆき、興奮は質を変えた。
「まあ、ハニー、なんて似合ってるの!」
 マーガレットが上げた大きな声に、そばにいた人たちがみんなこちらを振り返った。ちらりと見たそれらの視線が、驚いたような凝視に変わり、さらに、僕の着た服と僕自身に対する賞賛に変わっていくのがわかったのだ。

 でもそれは、始まりに過ぎなかった。
 その後、婦人服売場の他のコーナーでも、化粧品売場でも、デパート外の十軒におよぶレディスショップでも、三軒の靴店でも、同じことが繰り返された。
 買い物がすべて終わった時、僕の全財産は半分以下になっていたが、でも僕は、それに見合うだけのものを手に入れていた。さまざまなシチュエーションに対応できる服や靴、美容部員が僕の髪や肌に合わせて選んでくれた化粧品、けっして高くはないけれど趣味のよいアクセサリー類、そしてなにより、女の子としてのプライドを。
 そのアクセサリーを買ったジュエリーショップでは、勧められてピアスもあけ、そこにはめておくためのダイアつきのピンも買った。
 すでにひととおりのものをそろえているミッシェルは、さほどたくさん買ったわけではない。
 いちばん大胆な買い物をしたのは、ポーラだった。といっても、大胆な服を選んだということじゃない。買ったものの数が多かったという意味だ。彼女が買った衣類は、むしろおとなしめのものが多い。スカート丈も三人の中ではいちばん丈の長いものを選ぶ傾向にあったし、下着も無難なものを選択した。たとえばレースのコルセット(ミッシェルと僕は1つずつ買った)や、ガーターベルト(僕は2つ、ミッシェルは手持ちのものと合わせれば4つ目を買った)は選ばなかったのだ。
 ミッシェルはもっと高いヒールに挑戦したいと言い出し、5インチのピンヒールを買っていたが、僕が選んだ靴の方が、靴屋の男性店員も含め、まわりからセクシーだと思われたようだ。おおよそ3インチのヒールとアンクルストラップの、先端がとがった黒いエナメルパンプス。僕がそれを履いて歩いたとたん、あちこちから口笛が聞こえてきたのだ。
 もちろん、OLとしての仕事着なのだから、飛び抜けておしゃれなものを選んだわけではない。スカートもブラウスも着まわしのきくものだったし、あとは、ビジネススーツをそれぞれ2着ずつ、Aラインのワンピースと、シャツカットのワンピースを1着ずつといったところだ。
 ランジェリー類については、マーガレットが、自分の家に、母親や妹が使っていたものがあり、もしサイズが合えば、それを使ってもいいと言ってくれたが、僕らは全員、新品のパンティ、ブラ、スリップ、それにネグリジェを何枚かずつ揃えた。

 帰り道、僕とポーラとミッシェルは、今後、必要なときには、お互いの服やアクセサリーを自由に貸し借りできることにしようと約束を交わした。
 途中、マクドナルドのドライブスルーで夕食を仕入れ、家に戻ったのだが、着く少し前に、マーガレットは、僕らさえよければ、女性としての暮らしが落ち着くまで自分の家にいてもかまわないと言ってくれた。

 夕食をすませたあと二時間ほど、僕らはカクテルを飲みながら、わいわい言って今日買ってきたものを着替え合い、ファッションショーをした。そして、最後に、やはり新品のネグリジェを着て「おやすみ」を言った。

 僕とポーラは、そのファッションショーのノリのまま、ベッドで抱き合ってくすくすと女の子っぽいおしゃべりをつづけた。

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第7章


 翌日の日曜日は、ある意味、マーガレットに解雇を言い渡された日以来の精神的混乱を来した日だった。いや、だから、ある意味で‥‥。

 ミッシェルは、すでにこの前の月曜からマーガレットの家で暮らしているわけだし、今後もしばらくそうするつもりだろう。彼女は、僕とポーラが言われる以前から、マーガレットとの間でそういう約束を交わしていたようだ。
 それに対してポーラは、あれこれ考えた末、やはり自分のアパートに戻ろうと思うと言った。ただ、もし僕がここにとどまるなら、自分もつき合うとも言っていた。
 で、僕はといえば‥‥迷っていた。
 もちろん僕は、三人のことが好きだ。そして僕は、金曜日以降のことをけっこう気に入っている。というか、僕は、三人から何度も「美人だ」と言われて気をよくしていた。
 でも僕は、これまで何年もの間つづけてきた、気ままな独身男としての生活にも未練があった。「孤独だけれど自由」な暮らしというのも、捨てがたいと感じていたのだ。そのあたりが、決心のつけかねるところだった。

 いずれにしても僕は、一度アパートに戻らなければいけないと思っていた。日用品や貴重品をアパートに置いたままなのだ。今後、どれくらいの間ここで暮らすとしても、一度帰って、それらの物をとってこなければいけないだろう。
 女の子だけの家の日曜らしく、ネグリジェのままのんびりした朝食をすませたところで、僕はいったんアパートに戻ろうと決めた。
 と、頼んだわけでもないのに、ポーラがついてくると言い出した。隣近所の目を考えると、僕としては避けたいのだが‥‥。
 いや、それを言うなら、問題はむしろ僕の方だろう。アパートの隣人たちが、僕の部屋に出入りする女装した僕(あるいは“見ず知らずのブロンド女”と思うにしても)を、見過ごすはずがないということだ。
 だから僕は、男姿に戻って行くことにした。
 そして、この日の混乱は、すべてそこに起因していた。

 バスルームに行った僕は、顔をすべて洗い、ウィッグをはずし、その下の髪をこの20年来見慣れた形(赤ん坊のころの坊主頭をやめて以来、あるいは、母親が櫛をかけるのを拒んで以来だから、20年にはなるはずだ)に整えた。
 でも、その顔にはなんだか違和感があった。ものすごくふつうで平凡。目にも力がなく、面白味のない顔に思えるのだ。
 そこで両耳のピアスに気づき、どうしようか迷ったが、片方だけピアスをしている男ならよくいると思い、右側だけはずした。
 リビングのクローゼットの中から、ここに着てきた服を見つけ出し、身につけていった。ズボン、カッターシャツ、ソックス、そして靴‥‥ただ、一昨日履いてまだ洗っていないパンツをもう一度履く気にはならず、下履きは、パンティのままにした。
 ブラとブレストフォームのないシャツの胸にも、なんだか、物足りないような感じを覚えた。
 この時間、ポーラは、寝室の方で、いそいそとお出かけの準備をしているはずだ。かわいいドレスを着、メイクしているにちがいない。僕は、それをうらやましいと感じている自分に気がついた。
 すね毛を剃ってしまったせいだろうか、ソックスを履いたときにも、ズボンの肌触りにも、違和感があった。たった二日履いただけなのに、パンストの方が、十倍も心地よい気がするのだ。
 靴もまた、野暮ったくて、ぶかぶかした感じに思えた。
 そして僕は、全身を姿見で確認した。
 その最初の印象は、なんだかなよなよしたものに見えた。どうやらすでに、女としての姿勢や表情が身についてしまったらしい。それで僕は、意識的に腹に力を込め、男っぽいポーズをとってみた。
 でも、鏡の中の姿は、とてもかっこいいとは言えない。
 たぶん僕は、長年、こんな冴えない男として生きてきたのだろう。
 そう思うと、さらに落ち込んだ。
 キッチンに戻り、そこにいたマーガレットとミッシェルに、アパートに行って一・二時間うちには戻ると伝えた。
 そんな僕を見て、二人とも、この二日間見せたことのないがっかりしたような顔をした。
 まあ、僕自身もそう感じているのだから、彼女たちを責めることはできない。
 と、そこへ、ポーラが入ってきた。ひざ丈の赤いタータンチェックのスカートを履き、ふわっとした感じの白いブラウスを着ている。マーガレットとミッシェルは、まだネグリジェのままだったから、ちゃんとしたおしゃれをしているのは彼女だけだ。
「ねえ、ついてっていいでしょ」
 ポーラが言った。
 一瞬、僕は、やはり断ろうと思った。
 でも、よく考えてみれば、これならさほど問題ないことに気がついた。ポーラは完全に女の子に見えるのだし、今の僕のなりなら、新しくできた彼女を部屋に連れ込んだというくらいにしか思われないだろう。
「まあ、どうしても来たいって言うんなら」
 僕の言葉に、ポーラはにっこりとほほ笑み、マーガレットとミッシェルに女の子っぽくバイバイをしてみせた。
 そして、家を出て車に向かう僕に、腕をからめてきた。
 どうやらポーラは、すっかりデート気分になっているようだ。
 車のところまで行くと、そこに立ったままで、僕が助手席のドアを開けるのを待っていた。

 アパートに到着した時も、先に降りた僕が助手席側にまわり、ドアを開けなければならなかった。差し出す僕の手をとって降り立ったポーラは、そのまま、僕の腕にすがりつくようにして歩いた。
 アパートの前の芝生で、ここに住む子どもたちが遊んでいた。以前いっしょにフットボールをして、顔見知りの彼らは、ちょっと冷やかすような眼差しで手を振ってきた。
 アパートに入ろうとしたところで、中から、最近、結婚してここにやってきたミセス・マックスウェルが出てきた。そして、ポーラの方をちらちら見ながら「こんにちは」と言った。僕は、ちょっとおたおたしながらも、駐車場に向かう彼女の後ろ姿に挨拶を返した。

「ポーラ、ほしかったら、冷蔵庫にビールが入ってるからどうぞ。僕は、持っていくものを荷造りするから」
 部屋に入ったところでそう言うと、ポーラはうなずいた。
 最初にバッグに入れたのは、電気カミソリだった。マーガレットの家のカミソリでは、そのうち、大けがをするにちがいないと思ったからだ。明日の月曜は就職面接に行かなければいけないのだから、その前にきれいにヒゲを剃る必要もあった。
 そのあと僕は、バスルームから、歯ブラシとかの日用品をとってきて、バッグにつめた。
「アンディ」
 その声に振り向くと、キッチンの入口にもたれるようにして、ポーラがほほ笑んでいた。
「冷蔵庫の中に、食料品がたくさん残ってるわよ。長い間留守にしてダメにしちゃうくらいなら、マーガレットのところに持っていって使ってもらう方がいいんじゃない?」
「うん、そうだね。流しの下にポリ袋があるから、よかったら、つめてくれないか。その間に、僕は着替えるから」
「それ、見てちゃだめ?」
 ちょっとからかうように言ったポーラの言葉に、僕はすぐ言い返していた。
「なんでよ。この二日間、僕がいろんなものを着るところも、それを脱いで裸になるところも、さんざん見ただろ。なんで今さら‥‥」
「だって、見たいんだもん」
 僕は、彼女がなにを思っているのかよくわからなかった。でも、そのちょっと甘えるような、いたずらっぽい口調の中に、なにかを感じ、どう反応すべきか戸惑った。
 で、結局、なにも答えず、靴を脱ぎ、ソックスを脱いだ。さらに、そのソックスを片手に持ったまま、カッターシャツのボタンをはずした。
 そのシャツとソックスをベッドの上に放り投げ、ズボンのファスナーを下ろしたときだった。いつの間に近づいてきたのか、ポーラが、僕の裸の胸に手をかけ、笑いながら唇を突き出した。
 僕の身長は5フィート7インチ(約170センチ)しかないが、それでも、ポーラより少し高い。ちょうどキスしやすそうな位置に、その唇はあった。
 僕がその唇に、自分の唇を重ねると、ポーラは、キスしながら言った。
「ほんとの意味で二人きりになれたのは、これが初めてね。それに‥‥」
 ポーラは、もう一度唇を押しつけてから、つづけた。
「男のあなたに抱いてもらうのも、これが初めて。すてきよ」
 その言葉とともに、ポーラは、僕の首に手をまわし、飛びつくようにさらにキスをせがんできた。
 もちろん僕は驚いたが、いやだとは思わなかった。
 だいいち、この二晩、彼女とは何度もこんなことをしているのだ。
 ただ、シチュエーションはちがうし、僕のなりもちがう。
 これまでは僕の方にも大きな乳房があったから、ポーラの胸をさほど意識していなかった。ところが今は、僕の裸の胸の上で、二つのやわらかなふくらみがこねるように動くのを感じた。
 僕は、この二日間、ベッドで交わしたよりずっと力強いキスで応えていた。
 と、ポーラはそれにあえぎながら、僕の首にかけた手をはずし、胸から腹へとすべらせていって、最後はズボンの両脇にかけた。そこで止まるのかと思っていると、彼女の手は、さらに下へと動いた。同時に、彼女のワンピースの腰あたりを抱いていた僕の腕の中で、その体が沈みはじめた。
 キスも、僕の唇をはずれ、あごから首、胸へと下りていった。そこで僕は、彼女が、僕のズボンとその下のパンティを持ってずり下げているのに気がついた。キスが僕の胃のあたりに達した時には、ズボンとパンティは膝まで下ろされていた。さらにそのキスがお腹から陰毛のあたりに達し、そこで唇を離したポーラは、かわいい笑顔で僕を見上げた。
「ほんとはね、ずっとこうしたかったのよ」
 ポーラはそう言うと、僕のペニスを握り、それを自分の口へと導いた。それをくわえ、口の奥まで入れていき、その先がのどにあたると、さらに吸い込むようにして、のどの奥まで呑み込んだ。
「あッ‥‥あーっ!」
 思わず大きな声をあげ力を込めた僕の手の中で、ポーラの細い肩が、嘔吐感をこらえて震えた。
 しかし、それでもポーラは、僕のペニスをくわえた唇をきつく絞め、首を前後に振り始めた。
 その動きは、なにかに取り憑かれてでもいるように、次第に速度を速めていった。吸い込み、ゆるめ、さらに吸い込む。彼女ののどと唇の間を、充血した僕の亀頭が激しい勢いで往復していた。
 正直に言えば、僕はこれまで、誰かからこんなことをしてもらった経験はない。だから、驚きと、彼女の積極的な攻撃の前に自制心を失い、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
 なにかを言う余裕もなく、言う必要があるのかどうかさえ、よくわからなかった。
 次の瞬間、僕は、ポーラの赤毛の頭を抱えるようにして爆発していた。
 その爆発は、彼女が動きをゆるめるまで何度もつづき、動きが止まったところでやっとおさまった。その最後の一滴まで、ポーラは、きれいに飲み干してくれた。
 天井を仰いでいた僕がやっとのことで視線を落とすと、僕の膝はまだガクガクと震えていた。柔らかくなった僕のものがポーラの口からはずれ、腿を叩いた。と同時に、ポーラは、あどけないとでもいう顔で僕を見上げてきた。
 僕は、のどがからからで、しかもまだ荒い息がおさまらず、やはりなにも言えなかった。
 と、ポーラが僕の両脚を抱きしめてきて、僕は思わず後ろに倒れそうになった。
「どうして、服を着替えるのをじゃましたんだ?」
 ひざまずいていたポーラが立ち上がったところで、僕はやっと笑いかけながら言った。
「あら、あたしは、ズボンを脱ぐのを手伝ってあげたんじゃない」
 彼女も笑い返しながら、また抱きついてきた。
「よく言うよ。でも、どうやら僕は、お返ししなきゃいけないみたいだね。どうしてほしい?」
 僕は、首のあたりに甘えてきたポーラにきいた。
 するとポーラは小声で、「あなたはもう、あたしのしたいことをかなえてくれたわ」と言った。
 でも僕は、それではいけないと感じていた。
 僕はまず、ポーラをベッドに座らせ、中途半端な状態になったままのズボンを脱いだ。そして、やはり膝のあたりに引っかかっていたパンティをもとの位置に引き上げた。
 と、それを見て、ポーラがからかった。
「んふ、かわいッ」
「人のことは言えないと思うけど。今は、君の方が、ずっとかわいいんだから。もっと女の子になりたいって思ってるんだろ。今朝からの様子や、あんなことしたところを見ても、マジでのめり込んでるよね」
「ええ、女になるのが、こんなにわくわくすることだなんて、思ってもみなかったわ。あたし、もっともっと女の子になりたいの。あたしらしい女の子に。そんなに大きくないけどかわいいおっぱい、ピンヒール、スカート。みんな大好き。女の子でいるのって、楽しいんだもん」
 僕は、苦笑しながらうなずくしかなかった。それに反論できない感覚を、僕自身が抱いていた。
 そこで僕は、そんなポーラの願いをもっと叶えてあげるために、バスルームへ行って、ある物をとってきた。
「さあ、ベッドに横になって」
 僕はそう言い、身を横たえた彼女の隣に自らも寝そべり、キスした。
 ポーラは体をわずかに僕の方に向け、笑いかけてきた。
 僕は、その体を軽く押すようにしてもう一度仰向けに寝かせ、そのAカップの胸に手をかけた。
 そこを揉みながらキスしていると、ポーラはやがて、声をあげながら悶えはじめた。
 僕がその手を巧みに動かし、ブラウスのボタンをはずしていることを、ポーラ自身は気づいていないようだった。でも僕が、はだけた胸のブラをずらし、彼女の本物の乳首を舐めたときには、さすがにそれに気がついた。
 その刺激に、ポーラは、僕の体にしがみつくようにして大きな声をあげた。さらに、僕がそのエンドウ豆ほどの乳首を吸うと、くすぐったそうな笑いの間に悲鳴のように高いトーンのもだえ声をあげた。
 僕は、その乳首に対する愛撫を、彼女も僕も飽きて反応が鈍くなるまでつづけた。
 そんなふうに乳首を吸ったり舐めたりしながら、僕は、ポーラのスカートを、ウエストのあたりまでたくし上げていた。そして、次には、彼女のパンティの前の部分を、なでたりこすったりした。
 さらに、唇を彼女のお腹の方にすべらせ、徐々にそこに近づけていった。
 ポーラは、バンザイするように両手を枕の上に投げ出し、次になにが起こるのか期待する眼差しで、見下ろしてきた。
 僕は、彼女の股の間の敏感な部分を刺激しながら、そんな彼女の顔を見返した。すると、ゆっくりと彼女の両腿が開いていった。

 ペニスのサイズが、人によってさまざまなのはたしかだろう。
 たとえば、高校の体育館のロッカールームで、男はたいてい他人のもののサイズをそれとなく確かめている。
 あるいは大学の水泳の授業で、海パンの前が大きく出っ張っているやつのことが気になったりもする。
 そして、男は、その手の自慢話やうわさ話が好きだ。
 でもそんな話やエロ雑誌に書いてあることを真に受けたとすると、たいていの男が、長さ10インチ直径3インチのペニスを持っていることになってしまう。
 いくらなんでも、それは信じがたい。
 まあ、そんな男がいるかもしれないということは否定しないが、実際のところ、僕の6インチくらいが標準で、直径もせいぜい1インチなのだろう。それに、ひどく寒いときや恐怖に襲われたときには、それが、ほとんど見えないくらいに縮こまってしまうものだ。

 ポーラのパンティを下ろしたとき、その下から現れたのは、ポルノ映画の巨根男優とは、まさに対極にあるものだった。
 たしかに、男としてはちょっと恥ずかしいサイズかもしれない。でも、今、彼女が演じている役には、ふさわしいものに思えた。
 長さは5インチくらいか、立ち上がっているにもかかわらず、亀頭にはまだ多少皮がかぶっている。直径も、僕のより小さい。
 ポーラは、陰毛もすべて剃ってしまっていたから、それは隠しようもなかった。
「どう? あたしの‥‥クリトリスよ」
 くすくす笑うように言った声に顔を上げると、ポーラは、片手の指を唇にくわえるようにして、甘えた顔で見てきた。
「うん、かわいくて、舐めるのにちょうどよさそうだ」
 僕はその言葉どおりに、唇をその先に近づけ、やさしく舐めた。
 と、ポーラは、ヘッドボードに頭をぶつけそうな勢いで、のけぞった。
「ふふ、これがクリトリスなら、プッシーの方もかわいがってあげなきゃね」
 僕はそう言い、先刻バスルームから持ってきたワセリンのビンに指をつっこみ、それをすくい取った。
 その「クリトリス」をくわえながら、腿にからまるパンティをさらに引き下げ、その場所を見つけた。
 僕の指が、そこにめり込み、深く入っていくごとに、ポーラは、もだえ声を上げ、頭を支点にしたさらに大きなアーチを描いてのけぞった。
 僕は、第二関節を超えてすっぽりと彼女の中に入った指先で、敏感な部分をさがした。
「あー、エイミー。あたし、あたし‥‥イキそう。あ〜、あ、あ、ああああ!」
 その声とともに、ポーラのかわいい亀頭から僕の口の中に、発射が起こった。
 僕の指が「プッシー」を出入りするのに合わせ、また、僕が口の中のものを飲み込むのに合わせ、それは何度かつづいた。
 最終的に、僕が動かしていた指を抜き、パンティをもとの位置に戻すまで、ポーラは、悶えながら、なにかをわめきつづけていた。
「あー、エイミー‥‥アンディー、いい、いいわ‥‥」
 僕は、キスでその言葉をとめさせ、笑いかけたあと、ベッドを立ち、着替えの服を出した。
 まだベッドでぐったりしているポーラを見ながら、その服に着替え、ポーラが起きあがったところで、乱れたベッドを直した。
 そのあと僕らは、二人で冷蔵庫をカラにし、お気に入りのCDも二三枚バッグの中に放り込み、部屋をあとにした。

 マーガレットの家に戻り、持ってきた食料品をミッシェルに渡すと、僕はさっそくベッドルームに走り、着替えてメイクした。
 ディナーを食べ、就寝までの時間テレビを見ている頃には、僕らは完全に、四人の「女の子たち」に戻っていた。

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第8章


 その月曜日、僕とポーラが面接に行く最もよいタイミングは、定例の重役会が終わる十時頃だろうというのが、全員の一致した意見だった。

 最初の日のレクチャーはもとより、そのあと二日間も、僕ら四人は、折に触れ、この就職を成功させるための方策を話し合ってきた。履歴書の内容や面接での対応をはじめ、作戦を練りあげていたのだ。
 もちろん、希望職種を以前の部署にしないことは、最初から決めていた。いくら僕たちの女装が完璧だとしても、それはちょっと無謀だろう。
 ミッシェルは僕に、彼女の前職だったCEO秘書としての仕事を勧め、全員がそれに賛成した。
 僕にはその仕事に向くさまざまな資質があると、ミッシェルやマーガレットは言ってくれた。その言葉に、二人が僕をどう見ているかがわかり、僕は思わず顔を赤くした。
 彼女たちに言わせれば、CEOのビル・ミラーは相当な面食いで、女性秘書を持つなら、社内一の美人を選びたがるだろうというのだ。
 ただ、それだけでなく、マーガレットは、僕が「有能で知的で臨機応変」だから、この仕事にぴったりだと言ってくれた。かつての上司からのこの評価は、本当にうれしかった。
 彼女たちはポーラに、CFO(※)であるロジャー・ウイルソンの秘書としての就職を勧めた。
 (※訳注 ‘Chief Financial Officer’最高財務責任者)
 この重役のことを僕はあまり知らないのだが、マーガレットによれば数字の虫といった人物らしい。経理課の中でも財務数字の読み取りに長けていたポーラには、うってつけだろう。
 ミッシェルは、言うまでもなくマーガレットの下で働きつづけるつもりでいる。
 議論するうち、新しくボスになるはずの二人には、いっそのこと、僕らの秘密を明かしてしまってもいいのではないかという意見まで出た。マーガレットやミッシェルの話では、彼らはけっして杓子定規な堅物ではなく、逆にそれを面白がるような人物だという。ただ、EEOCの再監査の件もあり、しばらくは様子を見ようということになった。
 マーガレットは総務・人事の責任者だし、ミッシェルは僕の代わりに人事課で働いている。だから、履歴書に法的トラブルを起こすような「詐称」がないか――つまり、二人以外の人間に疑われそうな点がないか――、事前に相談できた。
 彼女たちの協力も得て、僕とポーラは、日曜の午後、名前や育ち、学歴などについてのちょっとしたフィクションをつくりあげ、それに従って履歴書の欄を埋めていった。
 といっても、僕の場合は、まったくのフィクションというわけでもない。僕には一人、妹がいる。僕は彼女の立場を借りることにしたのだ。妹ということなら、これまでのラストネームもそのまま使える。もちろん、ファーストネームは「エイミー」に変えてだが。
 ポーラは、ミッシェルがそうしているのと同様、ラストネームも含めて架空の人物をでっち上げることになった。
 いずれにしても、一人の女の子の人生や人格を思い描き、つくりあげるのは、けっこうわくわくする作業だった。
 会社の規定によれば、新人の採用・不採用を最終的に決めるのは二次面接する各部署の上司だが、履歴書記載事項の事実確認は総務部長の一次面接に任されている。つまり、この履歴書はまずマーガレットのデスクの上に置かれるのだ。そういう意味では、就職の時点で、これが不正ととらえられる危険性はきわめて薄かった。
 ただ、不測の事態に備えなければならないのもたしかだ。
「心配しなくてもだいじょうぶよ。これは、会社のためにもなることなんだから。私はなにより、そう思ってやってるんだもの。あなたたちが持てる力を思う存分発揮してくれれば、問題はなにも起こらないと思うわ」
 マーガレットはそう言ったが、それに僕はこう答えた。
「あたしたちのことをそこまで買ってくれるのはうれしいけど、でも、もしこれが表沙汰になったら、いちばん窮地に立たされるのはあなたでしょ。あなたを守るために、あたしたちにできることをしたいの。万が一に備えてね」
 じつは、僕とポーラとミッシェルは三人で、一通の念書をつくっていた。
 今回のことは僕ら三人が自らの意志でやったのだということ、非合法な行為であるのは承知の上だということ、そして、これに関する全責任はすべて三人が負うのだということ‥‥そこにはそう記され、三人の署名がされていた。
 たとえ将来、僕ら三人のうち誰かが、なんらかの理由で会社やマーガレットを提訴しようと考えたとしても、この念書があれば、それはできない。男性から女性への転換も、履歴の詐称も、すべてが僕らの自己責任だと宣言しているのだ。
 僕らがそれを見せると、マーガレットは、その第一項に、これがもともと彼女の発案であったとつけ足し、自らも署名した。
 彼女が僕らに責任をなすりつけることもできなくしたのだと、彼女は言った。
 いずれにしても、これは、もしものための備えである。

 僕とポーラは、ネグリジェ姿のままで朝食をつくった。その間に出社準備を整えるマーガレットとミッシェルのためだ。そして、七時十五分には彼女たちを送り出していた。
 そのあと、僕たち自身も食事をとり、ゆっくりとコーヒーを飲んでから、入浴し、メイクし、今日着ていくための服を着た。
 僕が選んだのは、ブルーのリネンのスーツだった。スカート丈は膝上3インチ。靴は白のパンプスだ。白いブラウスは丸首で、ネックラインのまわりに女らしいフリルがほどこされている。右手の指にはフェミニンなデザインリングを二つはめ、左手首には女性用のスウォッチをつけた。土曜日にあけたピアスには、その時買ったリングピアスのうちひと組をとめた。
 ポーラは僕よりもかっちりした感じの服を選んでいた。黒のピンストライプのスーツでスカートはちょうどひざ丈くらい。パンプスも黒だ。ブラウスはシャツタイプだが、立てた襟の中に赤いストライプのスカーフを巻いていた。
 気持ちを落ち着かせるため、出かける前にもう一杯コーヒーを飲んだのだが、僕の車に乗ったときには、すでに二人とも緊張で動悸が速まっていた。

 土曜日、初めて人前に出た時もドキドキしたが、こんな格好で、ついこの間まで勤めていた職場に入っていく緊張感は、それ以上だ。
 知っている人間とはできるだけ顔を合わせたくなかったので、僕らは、総務部前の廊下で、わざわざ、他の部署の社員に声をかけ、どこに行ったらいいかきいた。
 と、その男は、にやついた顔で僕らの全身に目を走らせてから、人事課に取り次ぎ、小会議室へと案内してくれた。
 そこにやってきたのは、打ち合わせどおりミッシェルだった。僕らはうなずき合い、ミッシェルに案内されるふうを装って、総務部長室まで行った。
 本来はこれが一次面接ということになるわけだが、マーガレットはコーヒーをいれてくれ、しばらく雑談したあと、履歴書につけた決済票の総務部長欄に「推薦」の文字とサインを書き入れた。
 そのあと僕らは、マーガレットに連れられ、重役室のあるエリアまでの長い廊下を歩いた。
 CFO、ロジャー・ウイルソンの部屋の前まで来たところで、マーガレットは僕に待っているように言い、ポーラを連れて中に入った。
 二分くらいして出てきた彼女は、今度は僕を、CEO、ビル・ミラーの部屋まで案内した。前室に入り、彼女がその奥にある内ドアをノックする音を聞きながら、僕は大きく深呼吸した。
 「どうぞ」という声が聞こえ、僕はマーガレットに従って中に入った。

 CEOなのだから、もちろん顔は知っているし、社内でも何度か見かけたことがある。そんな時、彼はいつも気むずかしげな顔をしていた。僕が入っていったときも、やはり眉間にしわを寄せ、デスクの上の書類をにらんでいた。
「ビル、こちら、あなたの秘書に応募してきたエイミー・ブレットさん」
 マーガレットが声をかけたところで、やっと彼は顔を上げた。
「もしかしたら、あなたも名前くらいは聞いたことがあるんじゃない? この前までうちの部に勤めてたアンディ・ブレット。彼女は、彼の妹さんなの。アンディはとてもまじめで優秀な社員だったから、彼女もきっとしっかり働いてくれるわ」
 マーガレットはそう言って履歴書を渡すと、部屋を出て行った。
 ビル・ミラーは、気むずかしげな顔のままマーガレットの後ろ姿を見送っていたが、ドアが閉まると同時に僕の方に視線を向けてきた。
 僕と目が合い、そのあと、視線が足もとまで下り、また上がってきたところで、表情を変え、ほほ笑みかけた。
「どうぞ、座って、エイミー」
 彼はデスクを立ちながら、そう言った。
 僕は、慎重にソファに腰を下ろし、膝をそろえて脚を傾けるようにした。座ったせいでスカートが少しずり上がり、その裾から白い腿が顔を出したのが気になった。
 彼も、向かいのソファに座りながら、そのあたりに目を走らせた気がした。
「ここで、僕のアシスタントとして働きたいと?」
 彼はまずそう切りだした。
「はい、社長」
「うむ、これまで会社勤めの経験はあるの?」
 僕はそれにうなずいた。
 昨日、履歴書を書く段階で、職歴や資格は、できるだけ実体に近いものにしようと決めていた。
「はい、人事関係の仕事をしてきました。ちょうど、あたしの兄がこちらでしていたのと同じように。ただ、これまでの会社は、お給料があまりよくなくて転職を考えていたんです。そこへ、兄から御社の事情を聞いたんです。女子の採用を強めていると。これはステップアップのチャンスだと思い、応募させていただきました」
「でも、秘書は未経験ってことだよね。この仕事をどんなものだと思ってる?」
 そうきいてきた彼の視線が、また、僕の腿に流れた。
「はい、社長。電話の取り次ぎ、タイピング、スプレッドシートの作成、それから、社長がビジネスに集中できるよう、雑音をシャットアウトすること。そんなところでしょうか?」
「他にもあるさ。僕のきらいなやつを、そのドアの向こうで撃退すること。朝、予定を報告する時、面倒な話は省くこと。それに、仕事はじめのコーヒーにつき合うこと」
 そこまで言ったところで、彼は、少しまじめな顔になり、つづけた。
「じつはこれまで、男の秘書を使ってたんだ。優秀なやつだった。僕が煮詰まったときには、それとなくアイデアを出してくれたし、社内のちょっとした動きも、彼を通じて知ることができた。上司と部下というより、友人として接してくれたんだ。要するに、立場を超えたプライベートなつき合いができたということだな。君にも、それを期待していいのかな?」
「ええ、たぶん。社長のおっしゃるプライベートなつき合いというのが、どこまでのものかわかりませんけれど」
 僕は、緊張を隠すためのほほ笑みとともに答えた。
 と、彼の顔つきが変わった。
「誤解しないでほしいな。うちには、厳しいセクハラ防止規定があるんだから」
 しまった。なんだか機嫌を損ねてしまったようだ。
「そんなことは、けっしてありえないと保証するよ。もし社内に少しでもそんな気配があったとしたら、僕自身が許せない。むしろ、そんなことが起こらない、風通しのよい社風をつくりたいと思ってるんだ。今言ったのも、そういう意味だよ」
「は、はい、社長。あたしも、そういう意味にとってます」
 僕はあわてて言った。
「思ったことをなんでも言い合える、オープンな関係ということですよね」
「ああ、そういうことだ」
 彼は満足したようにうなずいた。
「もし、僕が君に、少しでも気に障るようなことをしたら、その時は、遠慮なく指摘してほしい。いっしょに働く仲間として、対等なつき合いがしたいんだ」
「はい。よくわかります、社長」
 僕は笑い返しながら言った。そんな人間関係は、もちろん、僕としても大歓迎だ。
「じゃあ、まず、その『社長』と言うのをやめてくれ。そのドアの向こうにずっと座っているつもりなら、僕のことはビルと呼んでくれればいい。まあ、社外の客を取り次ぐようなときは、ミスター・ミラーの方がいいがね。わかったね」
「はい、その‥‥ビル。でも、それはつまり、あたしは合格したってことですか?」
「ああ、そのつもりで言ったんだけど。マーガレットの推薦もある。君には、わが社に向かないようなところはどこにも見あたらない。採用しない理由はないだろ。君は、わが社にとって必要な人材だと思うよ」
「ありがとうございます、社‥‥いえ、ビル」
 僕はにっこりと笑って言った。
「で、いつから出社すればいいですか?」
「君の都合さえつけば、いつからでも。部屋さがしとか引っ越しとか、準備の期間が必要か?」
「いえ、だいじょうぶです。兄がいなくなったあとの部屋を譲り受けましたから」
「それはいい。じゃあ、今日からでも働いてくれ」
「あの、ちょっとだけ待ってもらっていいですか? じつは今、あたしの‥‥その‥‥女友だちが、ミスター・ウイルソンの面接を受けてるんです。もし彼女が採用されてれば、すぐにでも仕事に取りかかれますけど、不採用なら、慰める時間もいりますし‥‥」
「わかった。そこにいて」
 ビルはそう言うと、ソファを立ちデスクのところまで戻った。
「ロジャーに、直接きいてみるよ」
 そして、椅子に座ると受話器を取り、三桁の内線番号をプッシュした。
「やあ、ロジャー? ビルだ。そっちも面接してるんだって?」
 ‥‥‥‥。
「そうか、こっちはもう決めたよ。そっちにいる子の友だちなんだそうだ。今から人事に行って、入社手続をとってもらおうと思う。納税調書とか、あれこれあるだろ。そっちが決まったなら、いっしょに行ってもらえばいいと思ってさ」
 ‥‥‥‥。
「ああ、彼女も今日から働けると言ってる。ただ、そっちの子がダメだったら、落ち込んでるだろうって心配してるんだ」
 ‥‥‥‥。
「そうか。そりゃよかった。じゃあな」
 そう言って受話器を置くと、ビルは僕に笑いかけた。
「すごく気に入ったそうだ。えーと‥‥ポーラって言ってたっけ?」
 僕は大きくうなずいた。
「じゃあ、そのポーラと二人で人事課まで行ってくれ。行き方はわかるか?」
「ええ、だいじょうぶです。たとえ道に迷ったとしても、一生懸命探せば、思いがけないルートで道が開けたりするものでしょ。あたしたち二人とも、早く新しい環境に慣れなきゃいけませんし」
「まさにそのとおりだな。あっ、それからもうひとつ」
 彼はふたたびデスクを立ちながら言った。
「僕は毎朝、出社するとコーヒーを飲むのが日課になってる。それから、たいてい午後にも一杯、ちょうど息抜きしたいくらいの時間にね。厳密に言えば、それは秘書の仕事じゃないが、でも‥‥」
「はい、かまいません、社長‥‥いえ、ビル」
「さっき、朝のコーヒーにつき合えと言ったのは、けっして冗談じゃないんだ。できれば、午後の休憩の時も、いっしょにコーヒーを飲んで、ゆっくり話したい。お互い、行き違いやわだかまりをつくらないためにも、そういう時間が大切だと思ってるんだ。ともかく、さっそく入社手続をとってきてくれ。そのあと、社内を見てまわるといい。マーガレットが案内してくれるはずだ。くだらん電話には出たくないから、終わったら、なるべく早く戻ってきてくれ」
「はい、社長」
 僕は、そう言ってからドアに向かい、そこで気がついて振り返った。また「社長」と言ってしまった。
 僕が肩をすくめると、ビルはおかしそうにほほ笑み、自分のデスクへと戻った。
 デスクに戻る前に、もう一度、僕の全身に目を走らせたのもたしかだ。

 CEO室のドアを閉めたところで、廊下の角から、満面の笑みをたたえたポーラが現れた。

* * *

「‥‥ええ‥‥ええ、‥‥ええ、‥‥はい、わかりました。‥‥ええ、まちがいなく。‥‥はい、そうします」
 ビルからの電話を受けているらしいマーガレットの声は終始弾んでいて、不安のかけらもなかった。会話の間にはくすくす笑い、入ってきた僕とポーラに気がつくと、笑いかけながら大きくうなずいた。
 そして、受話器を置いたところでこう言った。
「ビルったら、二人とも、することがすんだらすぐに戻せって」
 そして、またにっこりとほほ笑みながらつづけた。
「これで、EEOCが再監査に来ても文句はつけられないだろうって、喜んでたわ。あなたたち二人なら、うちの改善努力が印象づけられるだろうって。それにね、二人の給料は、規定にとらわれず出すようにって言ってきたわ。それだけじゃないわよ。ふつう、新入社員には六か月の試用期間があるでしょ」
 僕もポーラも、覚えのあることだったからうなずいた。
「それを一か月に短縮しろって。しかも、給料は全額支給。その間も、昇給査定の対象に含める。まあ、試用期間なんてないも同然ね。どうやら、あなたたち、いきなり出世コースに乗ったみたいよ。ちょっと嫉妬しちゃうわ」
 もちろん、僕たちも興奮していた。そんな待遇は、ヘッドハンティングしたような場合にしかないものだ。

 それから僕たちは、何枚かの人事書類に記入し、そのあと、じっくりとそれを点検し、サインした。時間をかけたのは、終わったら、マーガレットが社内の人間に紹介してまわると言ったからだ。
 以前からよく知っている連中と、こんな姿で会うのはやはり気が重かった。もちろん、正体を見破られるのではないかという不安も大きかった。
 ところが、そんな心配はまるでいらなかった。それどころか、かなり面白かった。
 僕らはそこで、以前とはまるでちがう扱いを受けた。僕たちに対する社員たちの反応が前とはがらりと変わったのだ。
 女子社員たちはみんな、温かく迎えてくれたけれど、ほとんどが簡単な挨拶だけで終わった。こちらに接してくる態度が、以前と比べ、なんというか‥‥そう、「クール」なのだ。
 一方、男たちは、やたらと熱心に話しかけてきた。そして、その間、ずっと僕たちの顔や体を見つづけた。
 知り合いから、これだけじろじろ見られてもバレないということは、僕らは、どこへ行っても女として通用するということだろう。
 もちろん、それはこの服のおかげだが、彼らの態度がここまで変わったのは、胸のサイズが効果を発揮しているにちがいない。
 そのあとマーガレットは、社員食堂に案内するふうを装っていっしょに昼食をとり、僕たちの新しい職場まで送ってくれた。

 奥の部屋のドアをノックしたあと、僕は言葉をかけながら入った。
「ただ今戻りました。手続はすべて終わったはずですから、すぐ仕事を始められます」
「もう昼はすんだの?」
「はい」
「じゃあ、そっちの部屋の君のデスクで、電話を受けながら、パソコンとかを確認してくれ。前に使ってたマイクがセットアップしたままだから、わからないところもあるかもしれない。もしなにかあったら、呼んでくれ。僕にもわからなかったら、しかるべき人間を呼ぶから」
「はい、ビル」
 僕は歯切れよく返事した。
「ふふ、君は学習能力が高い」
 ビルは、そう言って笑った。

 前室に戻り、デスクについた僕は、さっそくパソコンのスイッチを入れた。
 ウインドウズが立ち上がるいつもの時間が過ぎ、デスクトップ画面が落ち着いたところで、いきなりなにかのグラフィックソフトが自動起動した。
 画面いっぱいに浮き出してきたのは、マンガチックなほど巨大な、二つの‥‥おっぱい。
 そして、その中央に文字が現れた。
 『さあ、今日も張り切ってイカせて!』
 僕は、ドキュメントのフォルダーを開き、中のファイルをざっと見渡しながら、ミッシェルに内線電話をかけた。
「君のパソコンを立ち上げたビルが、なにか話があるそうだ」
 いきなりそう言うと、ミッシェルはハッとした感じで息をのんだが、僕がつい笑い出してしまったので、「もお」と言った。
 お互いの笑いがおさまったところで、僕はきいた。
「ふふ、もしあたしが見る前に、ほんとにビルが立ち上げてたら、どうするつもりだったの?」
「きっとビルは、すけべなマイクがまたやりゃあがったとか思うでしょうね」
 ミッシェルは、そう言ってからつづけた。
「で、大笑いしてくれるわよ。あなたも面接でわかったでしょ。ああいう人だから」
「他には、もう仕掛けはない?」
 僕がきくと、ミッシェルはくすっと笑って答えた。
「ええ、残念ながらね。もし、なにかわからないことがあったら、いつでも電話して」
「ええ、ありがと」
 僕も、笑いながら受話器を置いた。
 ディスプレイ上に並んだフォルダーの構成やファイル名を見て、僕の顔はさらにほころんだ。それが、よく考えられ、しかも、わかりやすく整理されたものだったからだ。
 どのフォルダーにどんなものが入っているかが容易に推察でき、ほどよい長さのファイル名も、わかりやすく中身を表している。
 ワープロのファイルは、日付ごとにフォルダーがつくられ、その中にさらにメモと手紙のフォルダーがあり、その他としてまとめられたフォルダーには、なにかの報告書など長い文書が保存されていた。
 表計算のファイルもわかりやすく分類され、いくつかを開けてみると、数字さえ変えればそのまま使えて、きれいにプリントアウトできるフォーマットがつくられていた。
 さまざまなプレゼンテーションの企画書ファイルもきちんと整理され、中身もわかりやすい。そのうちいくつかは社内向けのもので、僕も見たことがあった。
 他に、メーラーやアドレス帳、ウェブブラウザなども使いやすそうにカスタマイズされている。
 カレンダー形式のスケジューラーを開けてみると、毎日二時の欄が「打ち合わせ」として埋められていた。どうやらこれは、ビルが言っていたコーヒータイムらしい。
 時計を見ると、その時刻まであと五分ほどしかない。
 それで僕は、インターホンのボタンを押し、きいてみた。
「コーヒー、おいれしましょうか?」
「ああ、エイミー、ちょうど飲みたいと思ってたんだ。ブラックで。カップはこっちにあるよ」
 デスクを立って入っていくと、ビルは、まわりに大きく“ Stay Awake ! ”と文字の入ったマグカップを渡してよこした。
「エイミー、君のもいれてくるんだよ」
 僕は、さっきビルが言ったことを思い出し、いったいなにを話せばいいんだろうと思いながら、うなずいた。

 湯沸室にマグカップを持っていき、コーヒーメーカーをセットしたところで、僕は覚悟を決め、もう一度廊下へ出た。
 ついにその時が来てしまった。もうがまんできなかった。僕は、思いきって隣の女子トイレへと入った。
 心を鎮め、個室に入って膀胱の張りを解放し、そこを出たまではよかった。
 そこで壁につけられた姿見を見ると、ブラウスがスカートの上のへりからずり上がり、だぶついていた。それで、この前ミッシェルに教えられたように、スカートをたくし上げ、ブラウスの裾を下から引っ張って直した。姿見の中には、腿の上の方までスカートがまくれ上がった姿が映っていた。
 と、ちょうどそこへ、背の低い女の子が入ってきた。このフロアの廊下ですでに数回顔を見ていたし、先刻、社内をまわったとき、挨拶もした、やはり誰かの秘書をやっている子だ。
 そんな格好を見られ、僕はどぎまぎしたが、その子はべつに気にとめる様子もなく個室に入っていった。でもやはり、これは、個室の中でやっておくべきことなのだろう。僕は、頭の中にそうメモしながら、スカートを整えた。
 シンクに向かって口紅を直していると、個室を出てきたその女の子が、横に並んで髪をブラッシングしはじめた。
「あなた、ミスター・ミラーについたのよね。どう、うまくいってる?」
「えっ? ええ、今のところは。といっても、まだ、ほとんどなにも‥‥」
「いいわね、あんなかっこいい人の秘書になれて」
 僕の言葉を遮るように彼女は言った。
「その上、リッチだし。あなた、ラッキーよ。ねえねえ、あなたも、面接の時、なにかさせられた?」
「なにか‥‥って?」
 僕が首をかしげると、彼女がつづけた。
「だからぁ、たとえば、おっぱい見せろとか。私はそう言われたわ。まあ、それはべつにいいんだけど、彼ったら、スカートの中は、いつもノーパンでいろなんて言うのよ。じゃないと、採用しないって」
「そ、それは、セクハラじゃない」
 僕は、人事課だったから、それが懲戒解雇にも値する社内規定違反だということを知っている。
「そんなの、わかってるわよ。でも、私、どうしても就職したかったんだもん。それに、おかげでボスとの関係は、まあ、うまくいってるし」
「あなた、訴えるべきよ」
 僕は強く言った。
「ミセス・コンクリンに言えば、ちゃんとしてくれるわ」
「訴えるって、なにを?」
 彼女はくすっと笑いながらつづけた。
「彼が、毎日、あたしのプッシーをチェックするってこと?」
 彼女は、僕の言うことの方が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、笑顔のままで首を振った。
「訴える必要なんてないでしょ。あたしだって、それが好きなんだもん。彼ったら、ときどき、それだけじゃがまんできなくなって、重役室の中でしてくれるし」
 僕は、彼女のボスが誰だったか思い出さなければいけないと思った。その重役に近づかないために。
 コピー室とかに入る時は、気をつけなければいけないと思った。そこで押し倒されたあげく、僕には穴がひとつしかなく、その代わり、別のものがついていることを知られないために。
 そして僕は、このことを、早くポーラやミッシェルにも知らせなければいけないと思った。
「それにさ、そんなの、女の子なら誰でもしてることでしょ。ボスって、そういうもんよ」
 僕は、その「女の子の常識」が、社内にどれくらいはびこっているものか知りたくて、彼女を見た。
「マーブは、入社二日目で、ツッコマれたって話よ」
「ツッコマれた?」
 それが、僕の頭に浮かんだことでなければいいがと思いながら、聞き返した。
「ボスにファックされたってことよ。わかるでしょ。今では、彼女もそれが楽しみで、毎朝、ボスの部屋にやってくるわ。それから、リンダ。面接の時にもう、フェラしたんだって。私の時は、無理強いはされなかったから、まあ、よかったと思って」
 彼女は、顔をしかめながら言った。
 僕はやっと、この子の上司の察しがついた。今名前のあがった二人の女の子を知っていたのだ。二人ともマーケティング部の子だ。たぶん、この子も、マーケティング担当重役の秘書なのだろう。
「どこの課の子でも、たいていは、そんなことしてるんじゃないの。でも、そのおかげで、いいことだってあるのよ。リンダは、ラスベガスであった広告関係のコンベンションに連れてってもらえたんだから」
 僕にできたのは、ただあきれて首を振ることだけだった。
「で、あなたは、まだなにもされてないの?」
 彼女が、またきいてきた。
「え、ええ。まあ‥‥」
 彼女はまるで、そんな僕を哀れむという目で見ながら肩をすくめた。

 トイレを出た僕は、考え込んでしまった。
 もしかしたら、僕はまだ初日だから、そんな目にあっていないというだけなのだろうか、というか、今のところビルがその気になっていないというだけなのだろうか?
 で‥‥僕はどうしたらいい?
 少なくとも、早急に、マーガレットやミッシェルやポーラと相談しなければいけないことだけはたしかだ。
 いずれにせよ、このトイレでの体験で、僕の仕事に臨む感覚は大きく変わり、なにがあっても冷静でいようと肝に銘じながら、CEO室にコーヒーを運んだ。

 僕がデスクの上にコーヒーを置くと、ビルはそれを持って立ち上がり、ジェスチャーで、ソファーに掛けろと示してきた。
 そして、僕がそこに腰を下ろし、注意深くスカートの裾をそろえるのを待って、やっと自らも席についた。そのやり方は、あくまで紳士的だった。
 でも、ソファに座った彼と僕の膝が、2インチくらいしか離れていないのが気になった。
「さて、と。ここへ来てそろそろ二時間だろ。これまでのところの感想を聞かせてくれないか?」
 ビルにそうきかれ、僕はちょっと迷ったが、トイレでの会話で生まれた不安には触れないことにした。
「前に秘書をやってらした方は、ほんとに優秀な方だったんですね」
 言葉を選びながらも、先刻思ったことを正直に言った。
「すべてのことがきちんと整理されて、すごくわかりやすくなってました。あれなら、あたしも、なんの問題もなく仕事を引き継げます」
「もう、いろんなソフトは試してみた?」
 僕がうなずくと、ビルは、コーヒーを口もとでくゆらせながら、背もたれに身をあずけた。そして、僕の方を見てきた。
「君は、本当に美人だね」
 ビルは、ほほ笑みながら言った。
「あ、ありがとうございます」
 僕はそう答えたが、本当のところ、なんだか落ち着かなかった。
「彼氏は、いるの?」
 僕はもちろん首を振った。でも、そうしながら、ほほ笑みかけていた。なんだか、頭で考えているのとは別のところで計算が働いたような気がした。
「じゃあ、デートとかはしないの?」
「え、ええ」
「飲みに行ったりは?」
「つき合い程度に。たいていはビールですけど、その場に合わせて」
「真面目なんだね。まあ、僕もこのところ、家へ帰って、一人で寝酒を飲むくらいだけどね」
「ビル、ご結婚はされてないんですか?」
「バツイチなんだ。子供がいなかったことが、今となっては救いかな。彼女も仕事を持っててさ。ニューヨークに転勤して遠距離夫婦。その結果、心が離れちゃったってことさ」
「どれくらい、つづいたんですか?」
「四年」
「それでも、子供ができなかった?」
「お互い、いずれはほしいと思ってたんだけどね。仕事が忙しくて、もう少し先って言ってるうちにタイミングを失った」
「それで、うまくいかなくなって?」
「まあ、そういうことかな。お互い疎遠になっていって、新婚当時のような気持ちが薄れていった。気がついたら、もう相手が必要じゃなくなってたってわけさ」
「今は、誰かとデートするようなことはないんですか?」
「まあ、たまにはね。でも、決まった人はいないし、長つづきもしないんだ」
 ビルがこちらを見ながら、なんだかしみじみした口調で言ったので、もしかしたらそこに下心でもあるのかもしれないと感じた僕は、あわてて話題を変えた。
「あの、知っておいた方がいい懸案事項とか、ありますか?」
「うむ、二日うちには来月の予算案を策定しなきゃいけない。それから、来週月曜の取締役会に向けて、数字の整理をしなきゃいけない。もちろん、それは僕が考えるが、書面にまとめるのは君に頼みたい。ちゃんと指示するから、心配いらないと思うよ」
 僕は、それにうなずいた。
「あと、急いでタイプしてもらいたい指示文書が二つある。口述筆記をやろうとしたこともあったが、マイクは速記が得意じゃなかった。で、口述ソフトも使ったんだが、それも結局、修正に手間がかかるだけで、まどろっこしくてさ。最終的には、僕が思いつくまま書き殴ったメモを渡して、それを文章としてまとめてもらってた。慣れるまで時間がかかるかもしれないが、意味がわからないところはなんでもきいてくれればいい。読めないとか言われても、傷つかないから。ひどい字だってのは、自分がいちばんよく知ってるしね」
 ビルは、そう言って笑った。
「ああ、それから、来週ちょっと残業してもらうことになるかもしれない。どうしても勝ちたいコンペがあってさ。企画書をまとめなきゃならないんだ」
「これまでつくったもので、なにか見本になるようなもの、ありますか?」
「ああ」
 うなずいて立ち上がったビルは、デスク後ろの扉つきの棚から、厚さ半インチほどもある企画書を取り出した。
 それを受け取り、ぱらぱらとめくっていると、脇に立ったビルは、僕の肩越しにのぞいてきた。
 その厚さにちょっとたじろいだのだが、企画書の大半は、さまざまな実証データとかが並んだできあいのもので、最初の数ページだけが、特定のクライアントに向けてつくられているようだった。
「ええ、これならなんとかなると思います」
「ああ、たぶん、そんなに超過勤務にはならないはずだ。でも、日中は、あれこれあって、やってる暇がないんだ。だから、残業につき合ってもらうことになると思う」
 そこでちょうど、会話に区切りをつけるというように電話が鳴った。
 デスクに近づきかけたビルを、僕は呼び止めた。
「あたしが出ます」
 ソファを立って急いでデスクのところまで行き、受話器を取った。
「はい、ミラーのオフィスです。どちら様ですか?」
「ああ、エドだ。ビルはいるかな?」
「少々お待ちください」
 僕は保留ボタンを押し、受話器を手渡しながら、首をかしげた。
「エド‥‥様?」
「ああ、エド。マーケティング担当の常務だよ」
 ビルはそう説明してからデスクに座り、保留を解除した。
「やあ、エド。どうした?」
 ビルは、相手の言葉を聞きながら、なぜか僕の方をちらりと見てほほ笑んだ。
「ああ、そうさ。今までのところを見るかぎり、よくできた子だよ。‥‥ああ」
 ビルはそこで、くすっと笑った。
「‥‥まさか」
 その話題が僕のことだと気づき、僕はまた、落ち着かない気分になった。今話されているのが、さっきトイレで聞いた“マーケティング系”の話でなければいいがと思ったのだ。
「馬鹿言うな。そんなこと、考えてないよ」
 ビルはそう言い、また僕の方をちらりと見た。
「‥‥ああ、ありがとう。あとで見とくよ。‥‥えっ? だから、ちがうって。もう、いい加減にしろよ。じゃあな」
「あと、なにかありますか?」
 ビルが受話器を置いたところで、僕はすかさずきいた。
 今の電話の話題に深入りしない方がいいような気がしたのだ。もちろん、会話の内容を知りたいのはやまやまだが、それがやぶへびになって、ビルにおかしな気持ちを抱かれても困る。
「今のところは、それだけだ」
 ビルはそう言って、机の上にのった手書きのメモをとると、渡してよこした。
「じゃ、これ頼むよ」

 それから二時間近く、僕は、五・六本の電話に応対しながら、そのメモから文書を起こした。ディスプレイ上で出来を確認してからプリントアウトし、ビルのところに持っていった。
 それに目を通し、ビルは、うれしそうな顔をした。
 そこでちょうど定時になり、僕は、五分におよぶビルからのおほめの言葉とともにキャリアウーマンとしての第一日目を終えた。

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第9章


 駐車場でマーガレットやミッシェル、そしてポーラと落ち合ったところで、例のバーに行くことになった。マーガレットが、就職祝いにおごってくれると言ったからだ。

 バーに入ると僕らは、この前のブースに向かい、それぞれが同じ席に着き、同じ飲み物を注文した。でもそれは、この前と大きくちがった。
 店に足を踏み入れたとたん、たくさんの視線が集った。よそを見ていた客も、隣の男にひじで小突かれ、僕らのことを目で追った。
 飲み物もすぐ届き、持ってきたウエイトレスが、誰かからのおごりだと告げた。驚いてカウンターの方を見ると、男が一人、にやついた顔で合図を送ってきた。
 それだけでなく、二杯目も三杯目も、店内のあちこちから酒が届けられた。
 僕らはいつもどおりのゆっくりしたペースで飲んでいたのだが、際限なくやってくる酒のせいで、いつもよりずっとたくさん飲むことになった。
 僕らはどんどん幸せな気分になり、まじめな話をする雰囲気ではなくなっていった。
 いや、話そうにも、十分とあけず、一人で来ている男や、男だけの二人連れ、時には男たちの集団が押しかけ、僕らの話に割って入った。
 彼らは、酒をおごると言っては、すでに定員いっぱいのブースにむりやり入り込み、僕らのうちの誰かに、あるいは全員に声をかけ、これからどこかへ行かないかとナンパしてきた。
 僕ら全員が、映画とかディスコとか、あるいは男の部屋に誘われていた。
 声をかけられたのはミッシェルと僕が多かったのだが、ポーラはもちろん、マーガレットでさえ、ナンパの声をかいくぐってトイレに行かなければならなかった。
 そんなふうにちやほやされて一時間半ほど過ごし、席を立った僕らに、重大な問題を話す機会はなかった。昼間、僕がみんなに話さなければいけないと思っていたことも、切り出せずに終わった。というか、僕自身、それを、重大問題だと思わなくなっていた。

 途中でハンバーガーを買い、家に帰ってそれを食べながらさらにビールを飲んだ僕らは、シャワーや就寝前のケアもそこそこに、ベッドに入っていた。

* * *

 一介のヒラ社員に過ぎなかった僕は、言うまでもなく、秘書など持ったことはない。秘書が働く現場も、実際にはほとんど見たことがない。でも、秘書という仕事にとってなにが大切なのか、おおよその見当はついていた。
 要するにそれは、「気がきく」ということだろう。いちいち指示を仰がなくとも、上司が仕事をする上で必要なことを察し、先手を打って段取りを整えておく。それができるかどうかが、いい秘書かどうかを決める。
 そんな心構えで、僕は、秘書としての最初の朝を迎えた。
 定時より早めに――と言っても、ほんの数分のことだが――出社した僕は、デスクにつくと、パソコンでスケジューラーを立ち上げ、今日のアポのリストをプリントした。
 ビルが「おはよう」とやって来たときには、にっこり微笑んでそれを手渡していた。
 そして、湯沸室ですでにできているはずのコーヒーをとりに行った。
 そのコーヒーを持って戻り、デスクのコースターに置いたとき、ビルはまだ、席に着いたところだった。
「他に、つけ加えるべきスケジュールがあれば、おっしゃってください」
 僕は、自分の顔が最高の笑顔に見えるよう心がけながら言った。
 と、ビルも、それにつられたようににっこりと笑い返してきた。そして、コーヒーカップを持ち、ソファ席へと移った。
「その服、よく似合うね。すてきだよ」
 僕が前の席に座ると、ビルはそう言ってきた。
 今朝、僕は、ミッシェルやポーラのすすめもあり、ぴっちりして胸のラインなどは出てしまうものの、露出度の少ないシャツタイプのワンピースを着ていた。スカートもちょうどひざ丈くらいだ。
「秘書としては申し分ない服装だと思う。ただ、役員というのは誰でも、自分の秘書が、社内でいちばん美人だと自慢したいものさ。君ならもう少し‥‥その、なんというか‥‥セクシーでもいいんじゃないのかな。たとえば‥‥」
 ビルは、僕の方に手をかざすようにしてつづけた。
「スカートはもっと短めで。もちろんタイトで。肩や胸元も、もっと出していいと思うよ」
 僕は、あ然としていた。
 トラブルを避けるため、秘書にはおとなしめの服装をさせた方が無難だと思うのだが、そう考えるボスは、世界中どこにもいないのだろうか。
 そんなため息を抑え、僕はしかたなくうなずいた。
 それから十五分ほど、ビルはコーヒーを飲みながら話した。
 昨日帰宅してからのあれこれの出来事(取り立てて変わった話はなかった)、そしてビジネス上のいくつかの留意事項‥‥。
 スケジュールの変更など、必要なことがあればすぐに呼ぶとビルが言ったところで、朝のコーヒータイムは終わった。

 そのあと僕は何本もの電話に応対し、単なる営業電話か事前に接触のある人物かをビルに確認してから取り次ぎ、必要のあるものは他の部署にまわした。
 同時に、ビルから頼まれた十通以上の文書をタイプし、ビル宛のメールの内容を確認し、そのメールへの十数本の返事も僕が打って送信した。

 ポーラといっしょに社員食堂でランチをとっているとき、どこか顔色が冴えないのが気になった。なんだか、上の空という感じなのだ。
 でも、僕がきくと、彼女はただ首を振っただけだった。
 この時、もう少し突っ込んで問いただすべきだったかもしれない。

 二時になり、二人分のコーヒーを持って入っていくと、ビルはこれまで同様、笑顔で迎えてくれた。
 やはりこれまでどおりソファに座り、僕もビルに微笑み返しながら、自然な感じでおしゃべりしはじめた。このコーヒータイムごとに緊張がほぐれ、僕はちょっと自信さえ出てきた。
 ところが、そんなふうにビルの顔を見ていて、今回は、これまでとちがうものを感じた。
 なんだか、これまでよりじろじろ見てくる気がするのだ。
 まるで値踏みでもするようなその眼差しは、面接の時さえ感じなかったものだ。ついさっきまでも、こんな露骨には見てこなかったと思う。
 それに当惑しながら、僕は、その視線が、全身を順に動いていくのに気がついた。最初こそ目を合わせていたものの、やがて顔の輪郭を確かめるように動き、それから首、そして胸(じっと見られるのはいやなのに、そう思うほど、なぜか体がうずいた)へと下りていった。
 さらに、話をしながら、ビルの目は、膝をそろえた脚にとまった。僕はやはりどぎまぎし、スカートの裾をそれとなく引っ張ったり、そのあたりに手を置いたりした。
 そんなことに気をとられていたせいで会話への集中力を欠き、何度か聞き返すことにもなった。
 僕の方が意識過剰になっているだけなのか‥‥とも考えたが、どうも、そうではない気がする。
 いつまでもつづくその粘り着くような眼差しに、僕はさらに落ち着かなくなっていった。だからといって、むろん、逃げ出すわけにはいかない。
 これは、女なら、ふだんから覚悟しなければならない男の視線なのか?
 それとも‥‥ビルが僕に、なにかを期待しはじめたということか?
 その想像に、僕はおびえた。いや、もちろん、ふつうの女性が抱くおびえとは意味がちがうのだが‥‥。
 そんなふうだったから、ビルがそろそろ仕事に戻ろうと言い、ソファを立ったとき、僕の気持ちは昨日の午後のコーヒータイム以上に余裕がなかった。何食わぬ顔を装い、すましてドアに向かいながらも、心の中は時速90マイルで動揺していたのだ。
 そこへ、背後から声をかけられた。
「あっ、そうだ、アンディ」
「はい、なんでしょう?」
 なにか頼まれるのだと思い、僕は即座に振り向いた。
 ところが、ビルはなにも頼んでこなかった。
 その代わり、僕の目をまじまじと見つめてきた。
 そして、僕が自分の失敗に気づきハッとすると、苦笑するとでもいう顔をした。
 僕の方は、なんとかその失敗をとりつくろおうと、のどから言葉をしぼりだそうとしていた。
 でも、僕にできたのは、水からあげられた魚のように、ただ口をパクつかせるだけだった。ビルの表情から、ごまかす余地などもうないことがわかったからだ。
「もう一度、座ってくれ」
 ビルが言った。
 僕は、初めてハイヒールを履いた金曜の夜のように、足をもつれさせながらソファに戻った。
「じつは今日、ロジャーといっしょに昼食をとったんだ。そこで、面白い話を聞かされてね」
 ふたたびソファに対座したところで、ビルが話し始めた。
「なんでも、ロジャーの新しい秘書が、今朝、目の前でハンドバッグを落としたんだそうだ。中のものが床に散らばったんで、彼は、紳士らしく拾うのを手伝った。と、その中に運転免許証があった。そこにはなぜか男の写真があり、しかも、財務担当重役のロジャーには聞き覚えのある名前が書かれていた。‥‥いや、もちろん彼は、ポーラを秘書として気に入っているんだよ。ただ、‥‥ちょっと難点があるようだと相談されたよ」
 僕は、息をするごとに大きな胸が上下するこれまでにない経験に、さらにうろたえ、必死で呼吸を整えようとしていた。
「よかったら、君も、免許証を見せてくれないか?」
 ビルが、低く問い詰めるような口調で言った。ただそこには、なんだか、こちらの反応を面白がっているという感じもあった。
 僕は、免許証は向こうの部屋のバッグの中だと言おうとし、すぐ、そんな時間稼ぎはなんの意味もないと悟った。
「べつに、見なくてもわかってるんですよね」
 僕が言うと、ビルはうなずいた。
「で、あたしは‥‥僕は、身分詐称で採用取り消しということですね」
 それはほんの数秒だったかもしれない。でも、僕にはひどく長い時間に感じられた。その間、ビルは、ただ微笑を浮かべ僕の顔を見つづけた。
 静かな部屋の中で、僕の耳には、自分の心臓の音が聞こえていた。
「君は、申し分ないよ」
 ビルがやっと言った。
「申し分ない秘書だ。少なくとも、ここまで見たかぎりではね。そしてたぶん、つづけていけば、もっとすばらしい秘書になると思う。ただしそれは、あくまでエイミーとしてという話だ。そこには、明らかに不正があるわけだ。もっとも、正しくないという意味でなら、最大の不正は、君がそんなに美人だということだろうがね。より正確に言えば、そんなに‥‥セクシーなこと」
 ビルはまた、黙ったまま僕を見つづけ、しばらくしたところで言った。
「きっと君は、仕事を得たくて、必死だったんだろうね」
 ビルの言葉に、僕はうなずいた。
「でも、そんなモチベーションだけで、よくそこまで‥‥その、つまり‥‥とにかく、ちょっと信じがたいよ。僕はこれまで、たくさんの女を見てきた。もちろん、本物のってことだ。でも、君ほど人を惹きつける‥‥というか‥‥人を惑わす女には会ったことがない。正直言ってあの面接の時、僕は会社の代表者にあるまじき気持ちを抱いた。EEOCが知ったら、けっして許しはしないだろう考えをね」
 そこでビルは、これまでの微笑ではなく、顔全体でおかしそうに笑った。
「君と僕に関して、はっきりしていることが二つある」
 彼は、あごにあてた手の指先で、唇を叩くようにしながら言った。
「君はこの仕事を失いたくないと思っている、そして僕は、有能な秘書を失いたくないと思っているということだ。僕らのニーズは、とりあえず合致するわけだ。ただ、どうしても確認しておきたいのは‥‥」
 彼は、そこでひと息おいてからつづけた。
「君たちが、仕事が欲しいという一念だけで、そこまでやったということがやはり信じられない‥‥というか、そこまでやれたということがね。そこには、君たち以外の誰かの存在がある気がする。まちがってるか?」
 僕は、がたがた震えるように首を振っていた。
「さて、じゃあ、君たちにそんな考えを授け、手助けしたのは誰なのかということだが‥‥」
 ビルのさぐるような目に、僕は思わず口を割りそうになったが、白状してもなにもいいことはないと思い、あわてて口をつぐんだ。
 でも、それは無駄な努力だったようだ。
「ははーん、なるほど。マーガレットか。たしかに彼女なら、そのくらいのことはやりそうだ。だいいち、一次面接で履歴確認をしたのも彼女だ。彼女の部下だった君たちが、その目をごまかせるとも思えんしな」
 僕は、しらを切りとおそうとしたのだが、それも無駄だった。そんな僕の表情から逆に、ビルは答えを読み取ったようだ。
「うむ、まあ、それなら問題はない。彼女なら、社内の不祥事を外部にもらす心配はないだろう。それに、おそらくポーラもだいじょうぶだ。今ごろ、ロジャーとの間で、話がついているはずだからね。とすれば‥‥」
 そこでまた、ビルは僕の顔を見つめた。
「あとは君が、同様の方向で納得してくれればいいということだ」
 僕には、ビルの次の言葉を待つしかなかった。
 たとえばこの部屋に、古い大きな柱時計とかメトロノームとかがあったとしても、その音は、僕の心臓の音に負けるだろう。それほど、僕の鼓動は、大きくはっきりと聞こえていた。
 一方、頭の中では、僕を絞首台へと導くドラムロールが響いていた。
「僕がビジネスで成功してきた最大の理由は、きわめてプラグマティックな人間だということだ。僕には、目の前のことが真実かどうかなんて興味ない。大事なのは、それが、僕にとって利益になるかどうかだ。そして、利益になると感じたら、チャンスを逃さず、そこから最大限のものを引き出してきたということだ」
 頭の中のドラムロールは、いまだやんだわけではなかった。それで僕は、今の言葉の真意を探ろうと、恐る恐る聞き返した。
「それはつまり、僕‥‥あたしは、辞めなくてもいい‥‥ってことですか?」
 そうききながらも、また脳裏には、悲惨な職さがしの日々がよみがえっていた。不安にさいなまれ、路頭に迷う日々‥‥。
「いや、まだ早い。ほとんどその気になっているが、あとひとつだけ、確かめておきたいことがある。君の忠誠心だ」
「忠誠‥‥心?」
「ああ、会社に対する忠誠心。そして、僕に対する忠誠心。君が、このことを、EEOCに内部告発したりしないという確証がほしい」
「も、もちろん、そんなことしません!」
 僕は、即座に言っていた。
「それから、このことをネタに、僕やロジャーを利用しようと考えないこと」
 そこでビルが席を立ったので、僕もあわてて立ち上がった。
「たとえば、異常な性役割を強要されたと訴訟を起こす‥‥とか」
「そんなこと、ぜったい‥‥」
 言い終わる前に、背の高いビルの体が一歩近づき、目の前にそびえた。そして、腕が僕の背中にまわり、僕はその体に引き寄せられていた。
 予想外の展開と力強さに、僕には身をかわす余裕もなかった。とっさにできたのは、迫る胸を押しとどめようと手を当て、もう一方の手で太い二の腕をつかむくらいだ。
 僕が言葉を失ったのは、むろん驚きのせいだったのだが、あらためてなにか言おうにも、今度は物理的に無理だった。次の瞬間、ビルの唇が、僕の口をふさいだからだ。
 さらに驚いた僕の目は、きっと直径2インチの円になっていたにちがいない。
 僕は男に抱かれ、キスされていた!
「いいかい、これは、最終テストだよ」
 ビルは、僕の唇から口をはなさず、口紅をこねるようにささやいた。
「採用か、不採用かのね」
 ビルの唇がふたたび強く押しつけられた時、僕は不思議と力が抜け、その口の中に、小さな吐息をもらしていた。
 考えてみれば、ポーラも実際には男なのだから、男とキスするのはこれが初めてではない。でも、ベッドの中の僕らは「女の子どうし」‥‥要するにあれは、バーチャルな世界で戯れている「ごっこ」なのだ。
 ところが今、目の前にいるのは、正真正銘のリアルな男だった。
 肩幅の広い体が僕の前を完全にふさぎ、覆い被さるようなキスをしてくる。それを受けて、僕の首は、仰ぐようにのけぞっている。そんな僕の背中を大きな手のひらが支えている。
 厚く硬い胸板に、やわらかな僕の胸が押しつぶされている。ごつごつした太い膝が、固く閉じた僕の腿を割って入ろうとしている。
 たくましい男の腕の中で、僕は自分を女だと感じ、女としての反応をしていた。
 ビルの胸を押し返し、かすかな抵抗を試みていた僕の手は、いつしか太い首にまわり、そのキスを逃すまいとしていた。
 唇をさぐるビルの舌に、僕はそこを開き、受け入れていた。
 下腹に押しつけられた、硬く脈打つものに気づいたときでさえ、それをここまで硬くさせたのが、他ならぬ僕なのだということに、心が震えた。
 一分ほどの間に、僕の唇と体をさまざまな瞬間が通り過ぎていった。
 その強引さにおののく瞬間、その情熱に震える瞬間、そして、そのやさしさにとろける瞬間‥‥。
 やがて、唇が離れると、ビルは僕の体を抱いたまま、ゆっくりと体を後ろに沈めた。その結果、僕は、ふたたびソファに腰を落としたビルの大きく開いた股の間にひざまずき、頭をその胸に預けていた。
 体を包むビルの腕が離れたとき、僕はどこかさみしいような感覚をいだき、その手がふたたび両手首をつかんで膝の上に導いたときには、これからなにが始まるのだろうというおびえとともに、どこかわくわくするものを感じていた。
 と、ビルの手が今度は自分のベルトにかかり、バックルをはずした。さらに、僕が何か言う間も与えずファスナーを下ろし、ズボンとパンツをずり下げた。
 腰を浮かしたついでに浅く座り直したビルは、背もたれに体を預けると、前を覆っていたカッターシャツの裾も両脇によけた。
 目の前に現れたそれは、硬くいきり立ち、生い茂る黒い陰毛の中からそびえていた。太さ1インチ以上、根もとから7インチか8インチのところには、紫色に張りつめた亀頭が、さらに太く光っている。その先からはすでに、とろりとした液が浸みだしてもいた。
 と、ビルの手が、僕のブロンドの髪の中に差し入れられ、首筋を強くつかんできた。そして、僕の頭を引き寄せながら、下に向かって押しつけた。
 さらにビルは、催促するように、またちょっと腰を浮かせた。
 そのせいで、それが、僕の鼻先で揺れた。
 僕はビルの膝に置いた手に力を込め、多少抵抗したのだが、そのペニスの先が唇に触れたところで、そんな力も萎えた。
 僕はその亀頭に口づけ、くわえ、頬ばっていた。
 そしてそこで、上目づかいにビルの顔をうかがった。
 ビルは、あえてそれを見せるとでもいうように、口を半開きにし、ほうけた顔をしている。
 と、ビルの手の力が強まり、さらに深くくわえさせようとしてきた。それにも僕は、ちょっと抗った。
「いや、もっとだ、エイミー」
 ビルがあえぐように言った。
「根もとまでくわえてくれ」
 結局、僕はあきらめ、首の力を抜いてビルのなすがままに任せた。そして、徐々に、それを呑み込んでいった。
 ポーラの小さな‥‥「クリトリス」を別にすれば、こんな経験は初めてだったから、僕にはどうすればいいのかよくわからなかった。いや、自分がどうしたいのかさえ、わからなくなっていた。
 ただ、その大きな亀頭がのどに達したときは、さすがにむせ、僕はまた頭を跳ね上げようとした。しかし、ビルの手ががっちりと首筋を抑え、許してくれない。
 結局、僕は、それをのどの奥まで呑み込むしかなく、唇は、ビルの陰毛の中へと没した。
「あーあ、そうだ。いいよ」
 ビルのもだえ声とともに、その力がゆるんだので、僕は、ちょっとだけ首をもたげることができた。
 胃の中のものが逆流するのではないかと思ったが、どうやらそれはがまんできた。僕ののどは、その突きに耐えられるようだ。
 唇が亀頭近くまで戻ったところで、僕はほっと一息ついた。
 ところが次の瞬間には、またビルの手に力がこもり、僕はそれを深くくわえさせられていた。
「ああー」
 ビルがまたあえいだ。
「感じるよ、エイミー」
 声とともにまた力がゆるみ、首を戻したのだが、ビルの体はまだ痙攣し、なかなか次の力が加わってこない。それで、ちょっと迷ったが、ひと息ついたあと、今度は自分の方から頭を下ろしてみた。と‥‥。
「うぅッ! あっ、ああー」
 ビルの声がこれまで以上の大きさで響いた。
 僕はなぜか、その声をもっと聞きたいと思った。そして、そのまま何度も頭を上下した。
 今や、主導権は、僕の方がとっていた。
 ビルの手も、いつしか僕の首を離れ、肩に移動している。
 それがしばらくつづいたところで、ビルのものがぐいっと太さと硬さを増すのを感じた。それで僕は、亀頭のまわりをこれまで以上に強くくわえ、そのまま、根もとまで下ろした。そして、吸い込むようにしながらも、一気に唇を引いた。
「あっ、あ、あああー」
 僕は、ビルを完璧にイカしていた。大きなあえぎ声とともに、その先から大量に放出されたものが僕の口を満たしていった。
 ビルは、さらに何度か体を突っ張らせながら、射精をつづけた。その量は驚くほど多く、口の中いっぱいになった。
 僕はそのほとんどを飲んだのだが、それでも、口の端からこぼれ落ちた。
 やっとそれがおさまり口を離したところで、こぼれたものが、ビルの内腿を伝っていくのに気がついた。
 それで僕は、あわてて立ち上がった。このままいくと、ソファを汚してしまいそうだ。
 デスクの端にのっていたクリネックスの箱をつかんで戻った僕は、そこから二枚ほど抜き出し、ビルの腿をぬぐった。
 さらに陰毛のあたりを拭き、まだ大きさを残し揺れているそれを包むようにして拭いた。
 ティッシュ越しに亀頭を握るようにしたときには、ビルがまた大きなあえぎ声を上げた。
 そこで、僕は、きかなければならなかった。
「で、あたしは、合格?」
「マグナ・カム・ロウド!(※)
 ソファにぐったりと体を預けたビルは、身震いするように言った。
 (※訳注 ‘Magna Cum Laude’《ラテン語》準優等 アメリカの大学で首席に次ぐ成績優秀者に授与される称号 一方で「‘magna’=膨大な ‘cum’=《俗》精液 ‘load’=放出」とも聞こえる)
「なにか他に、御用はありますか? ビル」
 僕は優秀な秘書の口調に戻り、きいた。
「は、ふー」
 まだそう言うのがやっとのビルに、僕は顔を近づけキスした。

 前室のデスクに戻り、少ししたところで、僕はインターホンのボタンを押した。そしてビルに、ちょっと席を外すので、その間、電話に出てほしいと頼んだ。
 僕の方も、トイレで下着の始末をする必要があったのだ。

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第9章  第10章  第11章  第12章  第13章  第14章  第15章  第16章
第17章  第18章  第19章  第20章  第21章  第22章  第23章  第24章 



第10章


 この日は、そのあと、電話が何本かあったくらいで大したこともなく過ぎていった。
 じつは、この手記を書くことを思い立ち、第1章を書き出したのはこの時、そんな時間をもてあましてのことだ。

 五時になるちょっと前、またビルに呼ばれた。
 もうすっかり習慣になってしまい、僕は、ソファのいつもの場所に座ったのだが、ビルは、デスクについたままできいてきた。
「君は、さっきのを、セクハラだと思うかい?」
 僕は、これまでの職務経験に照らし答えた。
「ええ、まちがいなく」
「ふふ、君は正直者だ」
「というより、ずっと人事課で、それに目を光らせる立場でしたから。上司はあのマーガレットでしたし。もっともこの二日間で、男の目からはなにも見えていなかったと痛感しましたけど」
「ん? どういうことかな?」
 僕はちょっと迷ったが、思いきって言ってみた。
「まじめな動機でまともに働きたいと考える女性が、もし本気で告発する気になったら、あなたの会社は、つぶれかねないということです」
「ふむ。でも、今のところ、女子社員からそんな訴えは上がってきていない。それは、どうしてかな?」
「そんなに不思議なことじゃない気がします。どうやら女性の側にも、そういうことを楽しんでいる人はいるようです。それに、自分の保身や出世のために、利用したり、口をつぐむ人もいる。あとは、波風を立てたくないということでしょう。へたに騒ぎ立てれば、傷つくのはむしろ女の方ですし、他の女性の行いを密告するようなことにもなる」
「君も、それを知ったのに、今まで黙ってたね」
「今言ったのは、全部あたしの実感です。あたしもこの二日間、女の立場で考えてましたから。そんなことを言って、あなたの機嫌を損ねたら、せっかくの仕事がふいになるんじゃないかと恐れた。それに、同僚の女性たちを傷つけるようなまねはしたくないと感じた‥‥」
「‥‥それだけ? 全部、君の実感なんだろ」
 僕はしばらく、膝に置いた自分の手を見ていた。そして、ゆっくりと目を上げた。ビルは、まじめな顔で見返していたが、そこには明らかに、次の答えを期待している感じがあった。
「それから‥‥、どうやらあたしも、女として、それを楽しむ部類らしいから」
「なんと !?」
「なんと‥‥ですか? そんなふしだらな女は、クビだとでも?」
「ふふ、君をクビにしようなんて、じつは最初から考えてなかったよ。そんなこと、できるわけないだろう。君は、そこまでして、僕のところに来たんだからね。我が身を犠牲にしてまでつくしてくれる社員を、見放せると思うかい?」
「犠牲‥‥でもないです。最初こそ抵抗ありましたけど、あたしもポーラも、女の子でいることが嫌いじゃないみたいなんです」
 僕は、ちょっと照れながらも、笑い返していた。
「ふふ。ところで、それは、ウイッグなんだろ。その下もやっぱりブロンド?」
「ええ。長くはないですけど」
「じゃあ、伸ばしてくれ。もちろん、本物の髪の方がいい。必要ならパーマもかけて」
 僕は、うなずいた。
「それも、本物じゃないよな?」
 ビルは、今度は僕の胸を指さし言った。
 そして、僕が浮かない顔でうなずいたのを見て、こうつづけた。
「女性ホルモンとかは、考えたことがある?」
「えっ、そんな‥‥。まだ、金曜に始めたばかりですし」
「知り合いに、セックスセラピストがいる。その手の専門医だ。君がその気なら、紹介するよ。もちろん、援助もする」
 そこでちょっとにやりとし、ビルはつづけた。
「さっき、昼のコーヒータイムの時、僕は君の体を観察してたんだ」
「え、ええ。気づいてました」
「ふつう、男の体には、一目でそれとわかる特徴があるもんだろ。それを見きわめようとしたんだ。のど仏は突き出てないか、膝はごつくないか、ヒップやウエストのサイズ、形はどうか。二の腕や肩の筋肉が盛り上がってないか。肌のきめが粗くないか。もちろん、ヒゲや体毛もね」
「で、あたしはどんなふうに見えました?」
 僕がきくと、ビルはひとつうなずいてから言った。
「のど仏は多少出ているものの大きくはない。それくらいだったら、女にだっているだろう。膝にしてもそうだ。たしかに腰まわりはほっそりしているものの、ごつごつした感じはなくて、それがかえって若い女の初々しさにも見える。どこも、標準的な女性とはちょっとちがう気がするんだが、だからといって、とても男とは思えない。指紋照合でもしないかぎりわからないと感じたよ。そもそも、ポーラの件を聞かされてなかったら、疑ってもみないことだったしね」
 そこでビルは、また笑いかけ、つづけた。
「さっき、名前を呼んだ時、もし君が、なんのことかわからないという顔で振り向いていたら、僕は、自分の方が馬鹿なことを考えたと思っただろうね。君は、もう少し気をつけなきゃいけないな。たとえば社内で、同じ名が呼ばれることだってあるだろう」
「この会社に、アンディという呼び名の社員は、他にはたぶんいないと思います」
「そうか、元人事課だったな」
 ビルはそう言って笑ってから、またしばらく、黙って僕を見つづけた。そして、言った。
「エイミー、ちょっとこっちへ来てくれないか?」
 僕は、ソファを立ち、ビルの大きなデスクに近づいた。
 と、ビルは、そんな僕の動きを誘導するように、エグゼクティブ用の回転椅子をまわした。その結果、僕は、デスクをまわりこみ、腰掛けるビルの目の前に立っていた。
「それにしても、きれいな脚だ」
 ビルはほほ笑んでいたが、僕の顔は見上げず、ずっとそこを見つづけている。
「もう少し、スカートを上げてみてくれないか?」
 もちろん僕はためらったが、結局、スカートの両サイドを持ち、パンティのラインぎりぎりまで上げていた。
「いや、信じられないくらい見事だ。こんなにきれいな脚をアピールしない手はないだろう。そのくらい短いスカートを履けば、君はすべての男を味方につけられるはずだ」
「こんなに短いのは、ミニスカートとすら言いません」
「いや、まあ、とにかく、もっと短く。いいね」
 僕は、それにうなずいていた。
「もう少し、上まで見せてくれ」
 僕は、やけっぱちな気分になりながら、さらにスカートを持ち上げた。
「もっと上へ」
 結局、ウエストあたりまでたくし上げることになってしまった。
 と、ビルが上体を傾け、その手がお尻のあたりのパンストをなでた。
「すばらしい。パンティもキュートだ」
 ビルの手は、僕の肌の上をすべって前へとまわりこみ、そのあたりをなでながら、股間へと近づいていった。そして、そこに指先を突っ込み、股の下をさぐるようにした。
 僕のペニスは、そこに折り曲げ、しまわれている。
「ふむ、たいしたものだ」
 ビルは驚いたように言った。
「ここまでしても、まだよくわからない」
 ビルはそこで、座った椅子をちょっと後ろにずらし、さらに前屈みになると、僕のパンストの両サイドを持ち、それを腿のあたりまで下げた。
 そこをのぞき込んでいるせいで、僕からはビルの表情がよく見えないのだが、性的行為というより、なんだか冷静に観察している感じだ。
 そんな奇妙な雰囲気に、僕の方も、仕事の出来を点検されているようなおかしな緊張を抱いていた。そのせいで、そこが立ち上がってこないことだけが唯一の救いだった。
 ビルはさらに、パンティも股ぎりぎりまでずり下げ、奥を一瞥したが、そこで、注意深くもとの位置に戻した。どうやら、あれも、位置をずれずにすんだようだ。
 そしてそのあと、パンストももとのとおりに上げた。
 ビルがなにをしたいのかよくわからなかったが、かといって、それを問いただせる雰囲気でもない。
 僕がスカートをもとどおりに戻していると、今度は、ビルの手が、シャツタイプのワンピースのボタンに伸びてきた。そして、上から順にそれをはずしはじめた。
 さらに、ウエストあたりまではずしたところで、両手でそこを持ち、はだけた。
 ビルの目の前には今、ブレストフォームに満たされたフェミニンなコットンブラが揺れていた。それは、アンダーバストとしてはワンサイズ小さめだったから、そのきついしめで、僕の実際の肌が持ち上げられ、カップの間には、ちょっとした谷間らしきものもできている。
「ミラクル・ブラとかいうのがあるだろ」
 ビルは、高ぶりも下卑た感じもない、大まじめな口調で言った。
「最近いろいろなところで宣伝している。あれを買えば、もっと胸が開いたブラウスも着られるんじゃないかい。このかわいい谷間を見せない手はないだろう」
 そこでビルは、やっと顔を上げ、笑いかけてきた。
 そして、今はずしたボタンを、下から順にはめていった。
 僕が、その最後のひとつを自分ではめようとすると、ビルの手が僕の手を抑え、下ろさせた。
「そこは開けておきなさい。その方が魅力的だ。僕も、その方がいいよ」
 ビルはそこで、この「点検作業」が終わったという感じでうなずいた。
 それで僕は、またデスクをまわりこんで、これももう習慣になっている、いつもの立ち位置に戻った。
「他に、なにか、ご要望はありますか?」
 僕は、ビルがなにを言い出すかビクビクしながらも、従順な秘書らしく確認した。
「エイミー、君はすばらしい。すばらしい人材だよ。くだらない照れや見栄など捨て、その資質を活かしてわが社のために貢献してほしい。君が持てる能力を最大限に発揮するためには、その女としての魅力にもっと磨きをかけるべきだ」
 ビルは言った。
「もっと女らしく、もっとセクシーに、もっとおしゃれに。いいね」
「はい、ビ‥‥社長。できるかぎりは」
 業務命令らしいその言葉には、そちらの方がふさわしいと思い、僕はそう返事した。
「ふふ、君ならできるよ。期待してるからね。じゃあ、今日はこれで」

 前室に戻り、服の乱れを直した僕は、そこで一番目のボタンをとめようとし、結局それをやめた。
 そして、バッグを手に取り、二日目の仕事を終えた。

 定時をだいぶ過ぎていたので、急いで駐車場に行ったのだが、待っていたマーガレットやミッシェルは、べつに気にとめている様子はなかった。
 ただ、ポーラだけは、僕の方をちらりと見ただけで、なにかを思い悩むように目を伏せた。
 車の中でも、どこか元気のない様子で、ずっと押し黙っていた。

* * *

 この日は、僕とポーラが夕飯の炊事当番だったのだが、二人でキッチンに立っている間も、ポーラはいつもの彼女らしくなく、沈んだ顔をしていた。
 そしてそれは、夕食のテーブルで他の三人が今日職場であった出来事(僕はあえて、あのことは伏せた)を話している時も、そのあと四人でテレビを見ている時も変わらなかった。
 いつもより早めにポーラは席を立ち、「おやすみ」と言った。やはり、その様子は、元気なく見えた。
 僕は、マーガレットの頬とミッシェルの口におやすみのキスをし、急いで彼女を追った。

 バスルームで並んでクレンジングしているときも、服を脱いでクローゼットに掛けたときも、彼女は何も言わなかった。
 そして、ネグリジェを着ながら最初に話しかけてきた言葉は、僕が予想していたのとはちょっとちがった。
「ねえ、あたしに、薄いパンストとミニスカートなんて、似合うと思う?」
「もちろんよ」
 僕は、ためらいなくうなずいた。
 たしかに彼女の脚や腰はボーイッシュだが、「ボーイッシュ」という言葉は、ふつう男には使わないものだ。女の子に対するほめ言葉だろう。ポーラは、十代の少女のようにかわいいのだ。
「胸元があいた服とかノースリーブとかも、だいじょぶかな?」
「そりゃあ、セクシーとは言えないかもしれないけど‥‥」
 今度はつい、言わずもがなのことを言ってしまい、あわててつけ加えた。
「でも、小柄で女の子っぽい体つきなんだもん、ぜんぜん変じゃないわ。かわいく見えると思う」
 その言葉に、ポーラは、浮かない顔のままうなずいた。
「だけど、どうして?」
「ロジャーがね‥‥そうしろって」
「ストッキングにミニスカート、それに、上も素肌の出た服を着ろってこと?」
「う、うん。明日から、そうして来いって」
 ポーラは、それを気に病んでいるように見えた。
「あたしが、脚を見せたくなくて、長めのスカートを履いてるのは知ってるでしょ。短いのを履くときは、レギンスを着けてるし」
「ええ、あなたがそれを気にしてるのはわかってるわ。でも、もっと冒険してもいいと思うわよ。似合うと思うけどな」
「だけど、そんな格好じゃあ、正体がバレちゃう気がして‥‥」
 彼女は、心細そうに僕の目をのぞき込んできた。
「だから、だいじょうぶだって。ポーラ、あなたは、ちゃんと女の子に見えるから」
 ポーラはそれにうなずきはしたが、まだ、なんだか煮え切らない顔をしていた。
 そんな話をしながらネグリジェを着た僕らは、電気を消し、ベッドに入った。
 僕には、隣に寝たポーラが、けっしてリラックスしていないのがわかった。
 まだ、話したいこと、話さなければいけないと思っていることがあるにちがいない。もちろん、その内容も、おおよその見当はついていた。
 でも、それをこちらから言い出さない方がいいと思い、彼女が口を開くのを待った。
 しかし、それでもまだためらっている感じがしたので、もっと話しやすくしようと、彼女の方を向いて、手をさしのべた。
「ねえ、いつもみたいに、抱き合って寝ましょ」
「ダメよ。あたしみたいな子に、どうしてそんなこと言うの?。あたしなんて‥‥」
 僕は、彼女が話し出そうとしているのがわかった。
「どうしたの? ベイビー」
「今日、あたし、みんなに迷惑をかけるような、とんでもない失敗をしちゃったの」
「どういうこと?」
「‥‥最初は、ハンドバッグ。あたし、朝、ロジャーの前でバッグを落としてしまったの。中身が散らばって、そしたら、ロジャーが‥‥」
「ええ、聞いたわ」
 僕は、短く言った。
 息を呑むような長い沈黙のあと、ポーラが言った。
「‥‥知ってるの?」
「ええ、だいたいはね。ビルが話してくれたから。免許証を見られちゃったんでしょ」
「えっ? だ、だけど、それじゃあ‥‥」
 ポーラの口調は、完全に混乱していた。
「‥‥た、たしかにお昼にロジャーはビルと‥‥でも、だとしたら‥‥大変なことに‥‥あたしたち‥‥ううん、へたすれば、マーガレットやミッシェルだって‥‥」
「少なくとも、あたしについてはだいじょぶみたい。クビは切られなかったわ」
「え? もしかしてビルは、あなたのことも?」
「ええ、バレちゃった」
「そ、そんな‥‥。でも、それで、ビルはなんて?」
「ビルはね‥‥」
 僕はそこで自分のことを言おうとしたが、ちょっと順番を変えた。
「ロジャーが、あなたのことを秘書として気に入ってるって言ってたわ。だから、この程度のことで、辞めさせるわけにはいかないって」
 ポーラはそこで、深いため息をついた。
「あたしも同じ。このことをEEOCや世間にばらしたりしないと約束するなら、このまま勤めていていいって。あたしを辞めさせても、どちらの得にもならないだろうって言ってくれたわ」
 僕は、その間にあったあれこれは省き、簡潔に伝えた。そんなことをわざわざ言う必要もないだろう。
「マーガレットやミッシェルのことも話したの?」
「う、ううん。あたしからは言ってないわ。だけど、マーガレットについては、ビルは見破った。もしマーガレットが噛んでなかったら、こんなことはできないだろうって。ミッシェルのことは、まだ知らないけどね」
「あたしは、自分のことしか言ってないわよ」
「ええ、わかってるわ。あたしのことも、ビルが見破ったの。ロジャーから聞かされた話をヒントにね。たぶん、マーガレットにもおとがめはないと思うわ。でも、マーガレットとミッシェルには、明日の朝、きちんと話しましょ。二人とも、いずれはビルとロジャーに打ち明けた方がいいって言ってたくらいだから、そんなに動揺はしないんじゃないかな」
「え、ええ」
 ポーラはうなずいたが、もう一度きいてきた。
「でも、ほんとに、あたしたち、だいじょぶよね」
「ええ、だいじょうぶだと思うわ」
 そうは答えたものの、なにをもってだいじょうぶというのか、僕には自信がなかった。ことはすでに、僕らの想定を超えて進んでいるのだ。
「それであなたは、ロジャーに、ミニスカートや肌を出した服を着ることを約束させられたわけね」
「あー、どうしよう‥‥。会社にそんなの着ていくなんて、あたし、恐いの」
「ほんとにね。でも、あたしたちなら、うまくやれるわよ」
「えっ? 『あたしたち』?」
「う、うん、そうなの。あたしも、ビルから同じようなこと言われたの。ビルとロジャーはランチを食べながら、どうするか相談したみたいだから、きっとその時、そんな話も出たのね」
「ええ、そうかもしれない」
 ポーラはそこで、思い出すようにしてつづけた。
「あたしの免許証を見たあと、ロジャーはあたしを部屋に呼んで、すべてを話せって言ったの。しかたなく、あたしは、女の子になるまでのことを話したわ。あなたやマーガレットのことは伏せたままね。金曜日に初めて女装して、土曜日に買い物して、日曜日に練習して‥‥で、月曜日に、女の子として面接を受けましたって」
 まだ話が途中なのはわかったが、僕はそこでひとこと挟んだ。
「それで今日の昼、なんだか落ち着かない感じだったのね」
「うん。あたしの話を聞いたあと、ロジャーは、結論は午後まで待てって言ったの。あたしは、ほんとのところ、ランチどころじゃなかったわ。でも、あの時点では、あたし、ロジャーがビルと相談するつもりだとは知らなかったのよ。あとでそれを聞かされて、あなたにまで迷惑がかかるんじゃないかって、心配になったの」
「で、お昼休みが終わってから、ロジャーはなんて?」
 その言葉に、ポーラからためらうような気配が伝わってきた。
「‥‥部屋に戻ると、あたしはまたロジャーの部屋に呼ばれたの。で、働きつづけたいなら、いくつか条件があるって言われた。まず、ここでの取り決めは、ぜったい外部にもらさないって約束させられた」
 そこで彼女は、また黙り込んだ。
「それから?」
「う、うん、ロジャーはあたしに、ブラを見せろって言った。にやにやしながら」
「それは、まあ、本物の女の子でも、あることみたいだけど‥‥」
 昨日の話を思い出し、僕は言った。
「うん。でも、あたしはそれだけじゃなかった。明日、あるところへ行けって言われたの。ロジャーは、その場から電話で予約を入れたわ。知り合いの‥‥お医者さん。あたしが、本物のおっぱいをつくるためにって。ロジャーは、どれだけ大きくなるか楽しみだって言ったわ」
 ビルも僕に同じようなことを言った。彼は予約までは取らなかったが‥‥。
「それからロジャーは、あたしにレギンスを脱げって言ったの。その上で、もう一度、ヒールを履いて部屋の中を歩いてみろって」
 僕は、今日、ポーラが着ていた服を思い出していた。レギンスは着けていたが、その上に着ていたのはミニのワンピースだ。あれだけ脚を見せるのをいやがっていたポーラにとって、それがどれほど恥ずかしかったか、そして、その思いに反して、どれほどかわいく見えたか、僕には容易に想像できた。
「ミニとストッキングを履いて来いって言われたのは、その時なの」
 僕は、ポーラの肩に頭を預けるようにしてうなずいた。
「そのあと、ロジャーはあたしを彼のデスクの上に座らせた。で、あたしの腿の上に手を置いてこう言ったわ。『いいかい、セクシャルハラスメントというのは、異性間にだけ成立する概念だよ』って。最初にそうことわっておいて、その上で、こうつづけたの。契約関係にある二者がいて、取引上でなんらかのトラブルが生じた場合、関係を修復するには、そこにある利益とリスクを整理して、双方がバランスよく持ち合うことだ、って」
 ポーラはそこで、またちょっと沈黙したあと、つづけた。
「で、ロジャーはあたしの顔をじっと見て、この仕事をつづけることは、君にとって利益だろってきいた。あたしがうなずくと、じゃあ、君と僕が性的関係を持つことは、利益だと思うかリスクだと思うかってきいてきた」
 僕は、ポーラが次になんと言うのか、息をつめて待った。
「あたしは、よくわからないって言ったの。そしたら、一見リスクに見えるかもしれないけれど、それは、君にとって利益でもあるんだよって。僕にとっては、利益ばかりでなく、大きなリスクにもなる。君のことを簡単にはクビにできないような秘密を知られることになるんだから、つまり、僕が男を抱いたっていう秘密をね‥‥って。ひどいでしょ」
 その声は悲しげに響いたが、次にポーラがつづけた言葉を聞いて、僕には、じつのところ彼女がなにに心を痛めているのかよくわからなくなった。
「ロジャーったら、あたしのこと‥‥男って言ったの」
 それで、とりあえず、先をうながした。
「で、どうなったの?」
「ロジャーは、あたしのスカートをまくり上げて、パンティや股の間を触ってきた」
 ポーラの息づかいが、ちょっと荒くなっていた。
「そのあと、パンティを脱がせて、デスクに座ったままのあたしを、ちょっと離れたところから見てきた。で、言ったの」
 その声から、嘆きのトーンが消えていた。
「やっぱり君は、男には見えないな。どう見ても女の子だよって。あたしが、かわいいって」
 僕は、黙って次の言葉を待った。きかなくても言うだろう。口をはさめば、かえって照れが戻ってくるだけだ。
「でね、そのクリトリスもかわいいよって。うふ、クリトリスだって。信じられる?」
 その声は、まちがいなくうれしそうだった。今度は僕の方ががまんしきれなくなってきいた。
「それから、どうなったの?」
「ロジャーったら、あたしの脚を大きく開かせて、そのクリトリスをいたずらしたり舐めたりして、最後は、あたしの‥‥プッシーを攻めてきたの。あたし、がまんできなくて‥‥イッちゃった」
 ポーラは、さらに息を弾ませて言った。
「前にあなたも、おんなじようなことしてくれたでしょ。でも、あれとは全然ちがった。やっぱり、本物の男ってちがうわね」
 僕はそれに、笑うべきか、怒るべきか迷った。まあ、僕自身、自分のことをまともな男とは言いにくくなっているのだから‥‥。
「ねえ、男の人ってすごいのよ。あんなにすごいなんて、ぜんぜん知らなかった。今、あたし、攻めてきたって言ったでしょ。うふ、それはね、指でって話じゃないの。わかるでしょ。まるで、あたしに本物のプッシーがあるみたいに‥‥してくれたの」
 僕はちょっとあきれながらも、ポーラのネグリジェをはだけ、毛のない下腹部をなでながらパンティを下げた。そして、指を股の間に差し入れ、その場所を探り当てた。
「んふ、そう、そこよ。‥‥あんっ!」
 ポーラの体が、かわいらしく震えた。
 そこをなで、さらに固く閉じた中に指を入れていくと、ポーラはもだえ声を上げた。
 そして、何度か指を出し入れしただけで――前には触れてもいないのに――、オルガスムまでのぼりつめた。その瞬間、ポーラは僕に抱きつき、キスをせがんできた。
「あっ、あー、エイミー‥‥許してね」
「ふふ、許すもなにも‥‥」
 僕は、指を拭くためにクリネックスに手を伸ばし、ポーラにも、お腹の上に広がったものを拭くためにそれを渡した。
「あなたはもう、女の子よ」
 満足げに、そして幸せそうに、ポーラは僕の肩に頭を預けて寝息を立てはじめた。
 僕は、この二日間だけでもこれだけいろいろなことがあったのだから、明日もきっと、考えてもみないことが待ち受けているにちがいないと思いながら、眠りに落ちた。

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第11章


 朝の入浴を終えたところで、僕は、この前買ったパンティとブラのうち、おそろいのひと組を身に着けた。パンティはレースづかいが多く、ブラの方は、いわゆる「よせてあげる」タイプだ。
 持っているうちでいちばん薄いパンストに足を通し、いちばん短いピンクのスカート(もともとはスーツの片われだ)を履く。上は、パフスリーブの白いブラウス。丸いネックラインが、ブラぎりぎりまで開いている。
 そこからのぞく谷間を強調するために、シルバーのペンダントを首から下げ、さらに、それとおそろいの大きく揺れるピアスを耳たぶにぶら下げた。
 メイクを終えたところへ、ちょっと寝坊気味のポーラがあわててやって来て、僕の胸を手のひらで持ち上げるようにしてにっこり笑うと、そのまま、バスルームに駆け込んだ。
 昨夜あれだけ心配そうにしていたのに、どうやら、服を選ぶ手助けはしなくてよさそうだ。

 テーブルにコーヒーとドーナツが並んだキッチンに入っていくと、マーガレットとミッシェルは、僕の服を絶賛してくれた。
 朝食を食べながら、僕は、昨日起きたことを話し、彼女たちが置かれている立場についても説明した。
 ミッシェルは、べつになんの心配もしていないようだった。マーガレットも、さほど動揺した様子はない。彼女はむしろ、僕とポーラのことを心配してくれた。
 僕は、だいじょうぶだと答えながら、心の中で、ほんとうにそうであってほしいと願った。
 そこへ、服を着替えたポーラが現れた。
 やはり、アドバイスは必要なかったようだ。
 やせぎすな感じはするものの、パンストに包まれた彼女の脚は、すらりときれいに見えた。
 タイトな白のスカートは、もしその丈が1フィート以上なら、膝を縛り、満足に歩けそうにないが、幸い、その裾は腿の上部までしかなかった。
 やはり白の地に赤と青のラインストーンで花が描かれたTシャツは、彼女のかわいい胸のふくらみをぴっちりと包み、大きく開いたネックラインからは、キュートなブラのストラップがちらりとのぞいている。
 手首にはいくつか真ちゅう製のブレスレットをはめ、やはり真ちゅう製のコイン型ペンダントが、その胸の存在を印象づけている。そして、同じコインが、両耳でも揺れていた。
「まあ、ハニー、なんてかわいいの!」
 誰よりも早く、マーガレットがそう叫んだ。
「ほんとによく似合ってるわ、ポーラ」
 ミッシェルが言い、僕も、それに大きくうなずいた。
 ポーラは、照れることもなく、うれしそうに笑い返した。

* * *

 CEO室に入りかけたところで、僕は一瞬、部屋を間違えたのかと思った。あわててドアのプレートを確かめると、まちがいなく[ Mr. Miller ]と書かれている。
 昨夕、ここを出るとき、僕の黒い木製デスクは、奥の部屋につづくドアの脇に、側面を接して置かれていた。手前側には、本体デスクとL字型になる形でパソコンデスクがあった。
 さらにその手前、つまり、廊下側のドアを入ってすぐの場所には、ちょっとした打ち合わせスペースがあり、テーブルと椅子が設置されていた。
 ところが今朝は、その打ち合わせスペースだった場所に、むこう向きにデスクがある。それも、天板がガラス張りの新品のデスクなのだ。さらにその隣には、やはりガラス製のサブテーブルが並び、ディスプレイとキーボードはその上に置かれていた。パソコン本体やプリンターはこちら側の壁際にセットされ、ケーブル類は床下配線されているようだ。サブテーブルの下が丸見えだから、そこをごちゃごちゃさせないためだろうか。
 打ち合わせテーブルと椅子二脚は、昨日までデスクがあった奥のドア脇に寄せられ、その上には、しゃれた絵が、こちら向きに飾られていたりもする。
 首をかしげながら、これも新品の、白いレザー張りのオフィスチェアに腰掛けた僕は、とりあえずパソコンのスイッチを入れた。
 パソコンが立ち上がる間、ふと目を上げると、ディスプレイの向こう側、つまり、サブテーブルの真正面に、奥のドアがあった。
 わけがわからないまま、昨日と同様、定時前にスケジュールをプリントアウトし、コーヒーを取りに行った。
 戻ってくると、ビルが出社したらしく、奥の部屋のドアが開いたままになっていた。ただ開いているというだけでなく、クリスタル製の飾りのついたドアストッパーが床から引き出され、ドアが固定してある。
 また首をかしげながらそこを通り、奥の部屋に入っていくと、デスクの上のスケジュール表から顔を上げたビルが、僕の全身に目を走らせ、笑いかけてきた。
 そして、僕がソファテーブルにコーヒーを置いたときには、デスクを立ち、近づいた。
 そこで僕は、息を呑み、身を固くすることになった。
 ビルの手が僕の胸に伸びてきて、今朝ポーラがしたのと同じように、そこを持ち上げたのだ。
「ふふ、いいね」
 ビルはそう言って、目を下に落とした。
「脚もいい。そのスカートから出た脚の線は、うっとりするくらい魅力的だよ。‥‥で?」
「‥‥は?」
「スカートの下はどんなのを履いてるんだい?」
 僕はそれにあ然としたが、ビルは、そこに目を向けたまま待っている。
 しかたなく、開いたままのドアを気にしながら、スカートをたくし上げた。
「うーむ、イマイチだな。パンストは色気がない。せめて腿でとめるストッキングか、できれば、ガーターベルトでとめるストッキングがいい」
 僕は肩をすくめた。それ以外に選択肢はないのだろう。
 そこでソファに座り、コーヒーに口をつけたところで、ビルが言った。
「そうそう、君にアポが入ってる。九時半にドクター・フィリップスのクリニックまで行ってくれ。ポーラも、その時間に行くそうだ。帰りに、二人で買い物でもしてくるといい。どうせ、そんなには持ってないんだろ。ミニスカートとか、おしゃれなドレスとか‥‥」
「え、ええ。まだ少ししか‥‥。そんなに高級なのもありませんし」
「これからそろえればいいさ。なじみのテーラーも紹介するよ。僕の名を出せば、大至急で仕立ててくれるだろう」
「あ、あの、社長、でも‥‥」
「社長と呼ぶなと言ったろ」
 ビルがたしなめた。
「あっ、はい、すみません‥‥ビル。で、でも、お金が‥‥。失業中でしたし‥‥」
「ああ、だいじょうぶだ。社長秘書は会社の顔。広報予算で落とせるよ。ロジャーも文句は言わんだろう」
 そのあと、ビルが話題を変え、今日のスケジュールに関する留意事項や、追加項目を挙げている間も、僕はまだぼう然としていた。
「ああ、そうだ。病院と買い物には、社用車を使えばいいからな。警備課に話を通しておいたから、ボディガード兼運転手として一人つくはずだ」
 僕は、ただ肩をすくめるしかなかった。
 自分の関知しないところで、ものごとがどんどん進んで行く感じだ。
「さて」
 ビルがそう言って席を立ち、デスクに向かったので、僕も、前室の新しいデスクに戻った。
 さっそく、パソコンに向かい、今日のスケジュールに追加事項を書き込んでいると、ビルが受話器を取り上げた。
 ドアが開いたままだから、その様子も、電話の声も、すべてわかる。
「ああ、ロジャー? 小口現金から800ほど用意してポーラに渡してくれ。広報費に計上しとけばいいだろう。‥‥そうだ。‥‥ん? だからさ、君だって、かわいい服を着た秘書が見たいだろ?」
 ビルは、そう言って笑い声を立てた。
「‥‥ああ、今後も、予算枠をつくっといてくれ。ポーラとエイミーの服のためのな。‥‥そうさ。優秀な秘書になってもらうための必要経費だよ。いいな? ‥‥ありがとう、ロジャー。‥‥ああ、半分はエイミーの分だと言って渡してくれ。九時に出ればいいだろう。‥‥うん、ありがとう。じゃあな」
 ビルは、電話を切りながら、こちらに笑いかけてきた。
 それにほほえみ返し、ふたたびディスプレイに目を落としたところで、その下の透明テーブルが目に入った。
 そこでやっと、この部屋の模様替えの意味に気がついた。
 僕は、ビルのために、ミニスカートの脚を組み替えた。

* * *

 そのクリニックには、最初、肩すかしを食らわされたような気がした。
 待合室は小さくて4人分の椅子しかない。応対した受付の女性も、なんだか、スーパーのレジ係みたいだ。
 そのへんの歯医者と変わらないと言ったらいいのか。白衣の看護師の白いストッキングと看護帽も、どこの病院でも見かけるものだった。
 待っていると、その看護師が、まずポーラを呼んだ。僕は、そこにあった「リーダース・ダイジェスト」を読んでさらに待った。しばらくしたところで、今度は僕が呼ばれた。
 看護師についていくと、招き入れられたのは小さな部屋だった。椅子と、さまざまな医療器具ののったワゴン、そして一面の壁には、薬品棚がある。
「最初にちょっと採血させてね」
 看護師は、採血用の注射器で小さな試験管4本分の血を採り、そのあと脱脂綿で押さえて腕を曲げさせた。
 次には、もう片方の腕を自動血圧計に入れさせ、デジタル表示された血圧と心拍数をカルテに書き込んだ。
 そこで立たされ、ブラウスを脱いでブラ(とブレストフォーム)をはずし、靴も脱ぐように言われた。そして、身長と体重を測り、次に、メジャーをあてられ、胸囲、胴まわり、腰まわり、さらに、腿、ふくらはぎ、足首、手首、前腕、上腕、首まわりを測定された。
 これまで使ってきた靴、ズボン、シャツ、それに、ワンピース、スカート、ブラウス、ブラジャーのサイズもきかれた。
 そこで看護師は服を着てもいいと言った。
 そして、もう一脚の椅子に腰掛けると、バインダーに挟んだカルテに書き込みながらあれこれ質問してきた。
 待合室にいる間に、僕らはすでに、一般的な患者向け質問票には書き込んでいたのだが、「なにか既往症はありますか?」から始まるそれらの質問がもう一度繰り返され、その上で、さらに細かくあれこれときかれた。
 ふだん飲んでいる薬、喫煙や飲酒などの習慣、子供の頃かかった病気‥‥ことに、薬物アレルギーや麻薬常用に関する質問は微に入り細にわたった。
 その間、看護師は、やさしい口調で質問するだけで、いっさいのコメントを差し挟まなかった。明らかに標準から逸脱している僕のなりにも、顔色ひとつ変えず平然と対応している。
 きっとこれまで、この部屋には、スカートとハイヒールを履いた男たちが、数え切れないほどやって来たのにちがいないと僕は感じた。
 そこでいったん部屋を出た看護師は、すぐに戻ってきて、僕を診察室へと案内した。

 ドクター・フィリップスは、大柄でやさしそうな人だった。握手した手も大きくて、僕の手をすっぽりと包んだ。
「私のことは、フィルと呼んでくれていいからね」
 いかにも診察室という感じのその部屋の中で、ドクター・フィルは、患者用の椅子を示しながら言った。
 彼のデスクも、そして待合室などからつながったタイルカーペットも、どこの病院でも見かける感じだ。あとは医学書が整然と並んだ本棚と、窓がひとつというところが、その診察室のすべてだった。
「診察の予約を入れてきたのはビルだが、君自身は、なぜここに来たのか、わかっているね?」
「ええ。いちおうは」
「ビルは、君にホルモン療法をしてくれと言ってきた。君自身は、それに同意してるんだね?」
 僕は肩をすくめた。
 実際のところ、それをきちんと話し合ったわけではない。最初、ビルはそれを匂わせ、次の段階では、もうこの診察の予約が入っていたのだ。
 僕はドクター・フィルに対し、正直にそう説明した。
「ふむ。じゃあ君は、まだこれに同意していないということかな?」
「ええ、はっきりと同意したわけじゃありません。でも、あたしはここに来ている。そして、なにしに来たのかもわかっている。それがすべてです」
「ビルが、それを雇用の条件にしたということ?」
「いえ、あたしが記憶してるかぎり、そうは言ってないと思います」
「うむ。君の明確な同意がないことには、この療法は始められないんだが‥‥。どうやら、まず、治療の内容を詳しく説明した方がよさそうだね」
「はい、そうしてください」
 僕は、うなずいた。
「治療過程は何段階かに別れるんだが、まず最初は注射だ。君の同意が得られたら、今日、明日、あさってと三日間連続して通院してもらい、三本ずつ注射を打つ。二本は、君の胸部に直接刺激を与えるもの。あと一本は、体全体のテストステロンと女性ホルモンのバランスを変えるものだ。今日は、どちらも標準的な量を投与するが、明日から二日間は、君の血液検査の結果を見ながら投与量を決めることになる。その結果、君の顔つきは若干ふっくらとし肌もきめ細かくしっとりした感じになるはずだ。体毛の発育のペースも落ちる。腕や脚の筋肉量が若干減少して、皮下脂肪がつく場所も変わってくる」
 僕は、それにうなずいた。
「その間、君の体内のホルモンバランスには最大限の注意が払われる。性衝動や性欲、性的反応に過度の異常をきたさないようにね」
 そこでちょっと咳払いし、ドクター・フィルはつづけた。
「今日だけでなく、明日もあさっても、君の血を採らせてもらう。注射への反応を見るサンプルとしてだ。それを詳細に分析し、ホルモンが君の体にどのような影響を及ぼすか、君の体組織がどれほどの反応を示すかを見きわめるつもりだ。そこでまた一度、じっくりとカウンセリングを行いたい」
 ドクター・フィルは、ちょっと座り直すようにして、話をつづけた。
「三日間の血液検査の経過を分析すれば、今後のホルモン投与量も決定できる。そこから先は経口ホルモン剤による療法が中心となる。通常、注射だけで即座に結果が現れるわけではないし、飲み薬を始めたあとも、しばらくは効果は可逆的なものだ。つまり、君のもともとの性機能を破壊するわけではないし、薬をやめれば自然にもとに戻る。投薬期間が長期にわたれば、次第に戻りにくくなるし、戻るスピードも遅くなるがね。これまでの経験から言えば、だいたい三か月がひとつの目安だと考えていい。それを超えてつづければ、戻るのに何か月も何年もかかるし、完全には戻らない場合が多い」
 そこでドクター・フィルは、僕のカルテを見ながら、ちょっと間をとった。
「薬の効果は人によってずいぶん差があるんだ。患者さんの体質‥‥筋肉の量や質、体格、体脂肪率、体毛の量、もともとのホルモン分泌量などによって、さまざまな経過をたどる。人によっては、すぐに効果が現れる場合もある。そのあたりも、一週間の経過を見ればだいたいわかるはずだ。だから早計には言えんが、君の場合、体型や肌の色、体の大きさや筋肉量から判断して、ペースは速いと思う。おそらく、早期に顕著な結果が現れる体質だろう。三日間の注射が終わって、投薬の処方をしたあとは、一週間後と二週間後に検査のために通院してもらう。それ以降の一年間は、経過を見ながら、月に一度程度の通院でいい」
「あの、お金は‥‥どのくらいかかるんでしょう?」
 僕は、ちょっと心配になってきいた。
「君が思っているほど高くはないよ。もっとも、君の場合は、それも心配する必要はない。請求書はすべてビルにまわすように言われているからね。君がこの療法をどの段階でやめたとしても、そこまでの代金は彼が払うことになっている。逆に、つづける場合にもね。もし君が会社を辞め、彼との縁が切れたとしても、その後二年間は彼に請求してくれということだ」
「あと、心理的な影響とかはあるんでしょうか?」
 一方で、その不安もあった。
「多少はね。しかし、性格まで変わってしまうようなことはないよ。ちょっと情緒の振幅が大きくなるという程度かな。たとえば、これまでならなんでもないようなことで、思わず泣いてしまうとかね。でも、君の外見が変わるほどには、心が変わるわけではない。つまり、急に家事にめざめて、専業主婦になりたくなったりはしないということだ。もともと君に、家事衝動といったものでもあれば別だがね」
 ドクター・フィルは、そう言って笑った。
「まじめな話、ちょっと憂鬱な気分になって落ち込むようなことはあるだろう。逆に、ハイになることもあると思う。そんな気分の変化がわけもなく起こって、最初は多少戸惑うかもしれない」
「他に、聞いておいた方がいいことはありますか?」
「いや、今の説明に君が納得できるというなら、あとテストをひとつして、注射を打つだけだ」
 いよいよ決断の時だった。
 ドクター・フィルの言うとおりだとするなら、少なくとも今の段階では、オール・オア・ナッシングの選択ではないようだ。途中で心変わりしても、ダメージを受ける前に後戻りする余地はあるわけだ。
 それなら、そんなに迷う必要はない気がした。
「わかりました。してください」
 僕は、そう言っていた。
「いいだろう。じゃあ、いやでないのなら、立ち上がってスカートをまくってみてくれないか?」
 ちょっと戸惑ったが、医者の言うことはきかなければならないと思い、前に立って、スカートをウエストあたりまでたくし上げた。
 と、ドクター・フィルは、ちょっと前屈みになり、僕のパンストとパンティを引き下げた。
「いいかね。これはあくまで、診察の一環だからね。二つのことを調べるためのね」
 ドクター・フィルは、僕の股のあたりに手を伸ばし、睾丸を触りながら言った。
「ひとつは器官の大きさや形態を確認するため、もうひとつは正常な反応をするかどうかのテストだ。必要があってやることだから、気を悪くしないでほしい。君の性機能に少しでも異常があれば、あらかじめ知っておきたいし、今後の療法を決定するデータともなる。いいね。私は変質者じゃないからね」
 そんなことを言いながら、ドクター・フィルは、僕のペニスのあちこちを触り、睾丸を軽く握ったりした。
 そして、硬くなってきたペニスをゆっくりしごきはじめた。
「どう? なにか問題でも‥‥?」
「うっ、あっ‥‥い、いえ、その‥‥なにも」
 すでにドクター・フィルがパンティを下げたときから、僕のものは変化し始めていたから、その手の動きが速くなるに従って、どんどん大きくなっていった。
 ドクター・フィルのもう一方の手は、未だ僕の睾丸にあてられ、それを、腹腔の中に押し上げたり、戻したりしている。その間もペニスを握る手は、ずっと動きつづけていた。
「うむ、いいでしょう」
 その動きがいきなり止まった。
「じゃあ、今度は後ろを向いてくれるかな」
 言われたとおりしながら、ちらりと見ると、ドクター・フィルは引き出しから薄いゴム手袋を取り出し、片手にはめた。さらにKYゼリー(※)をとりだし、その指先に塗った。
 (※訳注 ‘KY jelly’アメリカで一般的に使われている潤滑ゼリー)
「ちょっと前屈みになってくれるかな。‥‥そう。‥‥それでいい」
 と、僕の肛門あたりになにかがあたり、ぐりぐりとこじるように入りこんできた。さらに、その指らしきものは、僕の体の中でなにかをさぐるように動いた。
 もちろん、こんな不快な診察は初めてだった。
 ところが、ドクター・フィルのもう片一方の手が股の下から差し入れられ、ふたたびペニスを握って動き出したとたん、その不快が快感に変わっていった。
 どうやら前立腺をなでているらしいその指と、ペニスをしごく手の動きが連動し、僕は、またたく間にイカされていた。
 そこから発射されたものが、僕の靴先の床に散った。
 それを確かめると、ドクター・フィルはすぐに僕のお尻から指を抜き、机の上にあったクリネックスの箱から二・三枚を抜き取って僕に渡した。
「これで拭いて。ゴミ箱はそこ。床のことは、気にしなくていいから」
 ドクター・フィルがカルテになにか書いているのを肩越しに見ながら、僕はペニスの先をぬぐい、さらに、お尻のまわりのKYゼリーをも拭いて、そのティッシュを医療用の金属製ゴミ箱に捨てた。
「パンティを上げる前に、注射を一本しておこう」
 ドクター・フィルはそう言うと、ピンクの液体の入った注射器を取り上げ、ふたたび椅子の向きを変えた。
 そして、僕が警戒心を抱く前に、手早くそれを僕のお尻に刺した。実際、さほどの痛みを感じる暇さえなかった。
「もう、上げていいよ」
 その言葉に、僕は、パンティとパンストをもとの位置に戻し、スカートを下ろして整えた。
 その注射器をゴミ箱に捨てたドクター・フィルは、また別の注射器を手にしていた。
「今度は前。ブラウスとブラジャーを上げてくれるかな」
 くだくだした説明抜きで、彼は言った。
 僕がブラウスを引き上げ、その下のブラとブレストフォームをずらすと、ドクターフィルは、アルコールを浸ませた冷たい脱脂綿で、僕の乳首のあたりを拭いた。そして乳輪とふつうの皮膚の境目あたりに針を刺し、その下に薬液を注入した。
 今度のはそうとう痛く、僕は顔をしかめていた。
「もう一本」
 そう言って、また別の注射器をとると、ドクター・フィルは、もう片方の乳首にも同じようにした。
「オーケー。今日はこれでおしまい。明日も同じ時間に来られるかな?」
「は、はい、たぶんだいじょぶだと思います」
 僕は、そう返事しながらブラをもとに戻し、ドクター・フィルに背を向けて、スカートの下からブラウスの裾を引っ張り下ろした。
 ぼう然としたまま待合室に戻ると、雑誌を読んでいたポーラが目を上げ、にっこりとほほ笑んだ。

 そのあと僕らは、一時間半ほど使ってモールで買い物をした。
 新しいブラ、パンティ、ミニスカート、薄いブラウス、キャミソール、ストッキング、そしてガーターベルト‥‥。
 そこで出たおつりの10セントコインをすべて使い、おしゃれなフレンチレストランでランチも食べた。

 一時少し前に会社に戻った僕は、ビルに、明日もあさってもこの時間帯に病院に行くことになったと伝えてから、パソコンの前に座った。
 目を上げると、ビルが、僕の脚を見ていた。
 店で履き替えてきた新品のストッキングから、ナマの腿がのぞいていることに気づいただろうか?

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第12章


 午前中に書かれたらしいビルのメモがいくつかあり、僕はそれに従って、文書を起こし、スプレッドシートの数字を書き換えた。
 ところが、取り組んで三十分くらいしたところで、集中力がかき乱された。ブレストフォームの下の乳首あたりが、なんだかむずむずするのだ。ブラウスの間からそっと指を突っ込み、ブラの下を掻いてみたり、椅子の上で体をもぞもぞと動かしたりしても、どうにもおさまらない。
 ついにがまんできなくなった僕は、ちょうど膀胱の張りを覚えていたこともあり、席を立って女子トイレへと向かった。

 個室の中に座り、さっそくブラウスとブラを持ち上げた僕は、片方の乳首に指先を当て――ひっかいて傷つけないよう気をつけながら――、つまんだり、こすったりした。
 見ると、乳首とそのまわりの乳輪が、ちょっと腫れたように盛り上がっていた。大きさもこれまでより大きくなっている気がするし、指先でさぐるとこりこりしたしこりのようなものも感じる。まわりの肌も、どことなく盛り上がってきている感じだ。
 乳首の先が、なんだか敏感になっている気もする。もう成長を始めたということなのだろうか‥‥?
 どちらにしても、居ても立ってもいられないほどむずがゆいことだけはたしかだった。

 メイクを点検し、トイレを出て行こうとしたところで、ポーラが飛び込んできた。
 その顔は、やはりなんだかいらついている。
「あっ、エイミー」
 ポーラは、すぐに僕に駆け寄り耳打ちした。
「乳首がむずむずしてたまらないの。このままだと、あたし、おかしくなりそう」
 手を洗い口紅を直している間は忘れていたのに、ポーラの言葉を聞いたとたん、僕の方もまた、むずがゆさがぶり返してきた。
「あたしもよ。強くつまんだりして刺激してやると、多少は落ち着くわ」
 僕がそう言うと、ポーラは、さらに顔をしかめた。
「もうしたわ。トイレに来るの、これで二度目なの。いったん治まっても、すぐまたむずむずしてくるのよ。ひどいんだから」
「よかったら、ちょっと見せて」
 僕は両手で、ポーラのTシャツの上から、そのかわいいふくらみを揺するようにして言った。
 ポーラがTシャツとブラをすばやく持ち上げたので、僕はそこに目を寄せ観察した。僕のより盛り上がりが大きく、しかも、乳首や乳輪はピンク色っぽくなっていた。
「もうふくらんできてるってことなのかなあ?」
 ちょっと不安そうな口調でポーラが言った。
「いくらなんでも、早すぎる気がするけど‥‥。 注射のせいで、敏感になってるだけなんじゃない」
 僕はそう言いながら、指先でポーラの乳首をころがすようにした。
「‥‥あっ。‥‥ああ〜ん、気持ちいい」
 ポーラは、ちょっと体を震わせた。
「ん〜んっ。‥‥感じやすくなってるのは、たしかみたい」
「でも、なるべくがまんして、ひっかいたりしちゃダメよ。傷でもついたら、きっともっとひどくなるから」
「そうね。がまんする。でも、誰かさんに吸ってもらったりしたら、もっと気持ちいいと思うんだけど」
 ポーラは、ねだるように笑いながら言った。
「ふふ、今晩ね」
 僕も笑い返しながら言い、ポーラがブラをもとに戻すのを手伝った。

 ポーラを置いて部屋に戻ったあとも、僕は落ち着かなかった。というか、ポーラとあんな話をしたせいで、さらにそれを意識してしまった感じだ。
 仕事に集中しようとするのだが、どうしても気が散ってしまう。ふと気がつくと、胸の近くを掻いていたり、体をごそごそ動かしていたりするのだ。そして、そのたびにビルのことが気になって、そっとうかがった。うち何度かは、見られていたことに顔を赤くした。
 なんとか忘れようと思うのだが、ますますむずがゆさは募り、それをがまんすることで、ますますビルの視線が気になった。

 それでもなんとか文書を仕上げ、ビルのところに持っていくと、ビルは腕時計を見て、笑いかけてきた。
「ちょっと早いが、そろそろコーヒーにしようか?」
 ビルの言葉にうなずき、僕はコーヒーを用意した。
 それを持って戻り、ソファテーブルに置くと、ビルはすぐに立ってきた。
「ゆっくり話せるように、ドアを閉めないか?」
 ビルの言葉にうなずいた僕は、前室との間のドアまで戻って、クリスタルのドアストッパーを床の中に戻し、ドアを閉めた。
 ふたたびソファのところまで行き、いつものようにビルの向かいに座った僕は、脚をそろえ、短いスカートの裾をそれとなく隠すよう手を置いた。
 と、そこにビルの手が重ねられた。自分の膝の上にひじをついて身を乗り出し、その手で僕の手を握ってきたのだ。
「さっきから、なんだか落ち着かないみたいだけど、具合でも悪いの?」
 ビルは、心配そうに声をかけてきた。
「い、いえ、なんでもありません。ただ、帰ってからずっと‥‥その、体がむずむずして」
 ビルはそれにうなずき、重ねてきいてきた。
「フィルのところでは、どんなことをしたんだい?」
 細かく言うのも恥ずかしく、僕は、単語を並べるように答えた。
「問診、身体測定、カウンセリング、それに注射。あとは‥‥まあ、その‥‥今後の予定とか」
 僕が話している間、ビルは、僕の手をやさしく握りつづけていた。そのビルの手の感触に、なんだか、胸のむずむずが増してきたように感じる。
 でも、手を押さえられていては、揉むこともどうすることもできない。
「むずむずするというのは、その胸のあたり?」
 僕は照れながらうなずいた。
「ふくらんできているの?」
 ちょっと首をかしげながらも、僕は、やはりうなずいていた。
 ビルも僕の手を押さえているのだから、そんなことはできないはずなのに、なんだか、その指先で、そこをくすぐられているような気がして、さらにむずむずが募ってきた。
「むずむずして、感じやすくなってる?」
「え、ええ」
 僕は、さらに照れ笑いしながら言った。
「あなたがこんなふうにしているから、なおさら」
「掻くとか、揉むとかしたいんだけど、それができないってこと?」
「ええ、まあ」
 ビルは、けっして強く握っているわけではないから、そこから手を抜き、揉めないわけではない。でも、ビルの目の前で、そんなことはできないだろう。
 ‥‥いや、もしかすると、この人は、それをわかった上で、わざとこうしてるってこと?
 ビルは、そんな僕の胸をさらに面白そうに見つめ、手を押さえつづけている。
 その視線に、胸のむずむずがますます激しくなってきて、僕は思わず身震いしていた。
「ちょ、ちょっと、お手洗いに行かせてください」
 と、ビルは首を振りながら、さらに面白そうにほほ笑んだ。
「べつに、揉みたかったら、ここで揉んでもかまわないよ。恥ずかしいことなんてないだろ? ‥‥おや? 一生懸命、そのことを忘れようとしているね。でも、そうすればするほど、余計にむずむずしてくるんじゃないのかな?」
 僕は、悶えるように体を揺すっていた。ビルの言うとおり、ますますそこがむずむずし、がまんできなくなってきた。
「そうか。よく考えれば、今、君と僕は同じ問題を抱えているってわけだ」
 ビルが言った。
「君の胸はむずむずしている。で、僕はそんな君を見てむずむずしている。‥‥さて、どうしたものか?」
「もう‥‥、わかりました。あたしが揉むのを見てていいです」
 僕は、そう言って、ビルの手の下から、自分の手を引き抜こうとした。
 と、今度は、ビルの手が強く握ってきて、それをとめた。
「いや、そういうことじゃないよ」
 ビルは、また首を振った。
「僕が今言ったのは、僕の手で揉んであげるってことさ。さあ、ブラウスを脱いで。君は、肘掛けにでも手を置いて、ゆったりしてればいい。全部、僕がしてあげるよ。君だって、ほんとは、その方が気持ちいいんじゃないのかい?」
「い、いえ、あの‥‥、ええ、じゃあ‥‥」
 ビルが手を放したので、僕は言われたとおり、急いでブラウスを脱ぎ、腕を肘掛けにのせた。
 と、ビルは、にやりと笑って、ブラの上から僕のにせ物の乳首をつまんだ。
「も、もお、ちがいます。意地悪しないで‥‥ください。するんなら、ちゃんと‥‥。ねえ‥‥お願い‥‥」
 僕は、肩を揺すり、懇願していた。
「ふふ、ちょっといじめてみたくなってね」
 ビルはそう言いながら、僕の体に両腕をまわして背中をまさぐり、ブラのホックをはずした。そして、そのストラップを肩から腕へとすべらせた。
 男からそんなことをされる初めての経験に、なんだか震えるような感覚を抱きながら、僕も腕を前に差し出し、それを抜きやすくしていた。
 ブラとブレストフォームがはずれた自分の胸を見下ろし、ちょっと驚いた。
 その二カ所がさっきの倍は突き出ていた。乳首はさっきより赤みがさし、そこを中心に盛り上がっている皮膚の範囲もさっきより二インチは広がっている。
 乳首自体の大きさも、さっきまでは標準的な男のもので、せいぜい鉛筆についている消しゴムくらいしかなかったのに、今や、ピンク色に立ち上がり、もとの倍以上に見える。それを取りまく乳輪もまた、丸い輪郭がはっきりし、二倍近くに広がっている気がした。
 ビルは、両方の指先で、左右の乳首と乳輪に触れてきたが、それは、なでるという程度で、効き目がないばかりか、逆にむずがゆさを助長した。
 僕は、ソファの肘掛けに爪を立てるようにして悶えていた。
「うぅうん、もぉ。意地悪」
「ふふ、どうしてほしいのかな?」
「つ、つまんで。‥‥あっ。も、もっと‥‥つねるみたいに‥‥あ、あんっ。もっと‥‥つよく‥‥あっ、‥‥あ〜ん」
 ビルが、ちょっと強めにつまむたび、全身に快感が走った。僕は、思わず腰を浮かし、のけぞっていた。
「その顔、かわいいよ」
 ビルが、ほくそ笑むような声で言った。
「もう。ねえ、お願い。もっとぉ‥‥」
 その快感をさらに味わいたくて、僕は、ねだっていた。
 と、ビルは、親指、人差し指、中指の三本で、両方の乳首を強くつまみ、そこからなにかを搾り出すとでもいうように指先を動かした。
 僕はさらに快感に震え、それとともに、まだ残っていた緊張や照れが溶けていった。
「あ、あぁん、いい〜」
「ふふ、そんなに気持ちいいのかい。じゃあ、こうすれば、もっといいんじゃないかな」
 ビルはそう言うと顔を僕の胸に近づけ、舌の先で、片方の乳首を強くころがすようにした。
 それは、ほんとうによかった。
 しかし、僕がその新たな快感にのけぞった瞬間、ビルは頭を少し起こした。
 僕は、それを追うように、自ら胸を突き出していた。
 そこでまた、ビルは一瞬だけそこを舐め、さらに体を引いた。
 僕は、ソファの前の端まで腰をずらし、それを追っていた。
 ビルはふたたびそこをひと舐めし、さらに体を起こした。
 それにつられて、僕はソファを離れ、中腰になっていた。
 そこでもまた同じことが繰り返され、ビルは、今度は自分のソファの背もたれに身を預けてしまった。
 僕は、ビルの膝をまたぐように、そのソファに膝立ちしていた。
 と、ビルは、もう一方の乳首に手をかけ、そこをこねるようにもんだ。
 僕はたまらず、さっきから舐められていた方の胸を、ビルの口もとに突き出していた。ビルは、まるでそれを食べるとでもいうように口をあけ、食らいついてきた。
 僕は、思わずビルの頭を抱きしめていた。と、ビルはそこを強く吸いはじめた。
「あ、あっ、あ〜んっ、いいわ」
 その口の動きに、僕の息づかいが荒くなってくると、ビルは、胸の上で唇を這うように移動させ、もう一方の乳首を吸ってきた。そして、そこに添えていた手を背中側にまわし、抱きしめながら次第に下ろしていった。
 その手が、お尻のあたりをなでながらスカートをまくり上げ、さらにパンティの中に入ってきた。そして、お尻の谷間をたどり、まだKYゼリーの残るそこに指を突き立てた。
 男の太い指がそこを出入りするのは、今日二回目だった。パンティの中のその刺激と、胸に加えられている刺激に耐えきれず、僕はすぐに、かん高い声をあげ絶頂に達していた。
 僕がその興奮から醒めるまでの間、ビルは、ふたたび手を僕の前にまわし、心ゆくまで、乳首と乳輪を揉んでいてくれた。
「んぅ〜ん、すごく、よかった。これからも、がまんできなくなったら、また、してくれるぅ?」
 僕は、完全に甘え声で言っていた。

 ブラジャーをつけ直していると、ビルがホックをとめてくれ、上からブラウスを着せかけてくれた。それだけでなく、ブラウスの裾をスカートの中に入れると、下からそれを引っ張って形を整えてくれた。
 そのお礼に、ドアを開けてストッパーでとめる時、僕はしゃがんだりせず、スカートの裾からパンティをのぞかせることを忘れなかった。

 そのあと、汚れたパンティを処理するためにトイレに行くと、やはり部屋を出てきたポーラと出会い、また彼女の乳首を揉んであげることになった。
 デスクに戻り、いくつかの仕事をかたづけたところで、ふたたび、ビルがこちらを見ているのに気づいた。ちょうど僕も、むずむずがぶり返していたので、ためらわずにビルのデスクのところまで行った。と、彼は、僕のブラウスの前をはだけ、ブラの下に手を突っ込んで、そこを揉んでくれた。
 そんなことを繰り返しながら、この日は過ぎていった。

 帰宅して、寝る前にも二度ほど、僕とポーラはお互いのむずむずをなぐさめ合った。僕は、昼間、ビルがしてくれたように、ポーラの乳首を吸ってあげ、ポーラもそれをしてくれた。
 夜中にもがまんできずに目が覚めたが、その時は自分でそこを揉み、なんとか眠りについた。

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第13章


 会社に着ていった服が黒でそろえたタイトスカートとシルクブラウスだったことを除けば、翌日も同じような一日が過ぎた。
 モーニングコーヒー(乳首へのマッサージつき)、病院(身体測定、採血、注射3本、指でのオルガスムつき)、早めのランチ‥‥会社に戻ったあとも、むずむずするたびにビルが胸を揉んでくれ、午後のコーヒータイムには、前日同様、指でイカしてくれた。

 胸はまた一段とふくらんできた感じだが、ドクター・フィルによれば、このペースは標準の範囲内だという。むろん、本物の女の子が発育する標準という意味ではないだろうが。

 夜、僕とポーラは、この二日間の出来事を、初めてミッシェルとマーガレットに報告した。
 それを聞いて、ミッシェルはちょっとむっとした顔をした。知らないうちに置いてきぼりにされた気がしたようだ。
 でも、そのあと、こと細かに聞いてきたところを見ると、彼女も、僕らのあとを追いたがっていることはまちがいなかった。

* * *


 金曜日もまた、同じように始まった。
 朝起きると、胸はまた少し大きくなっていた。これまではまだ、皮膚が腫れている感じだったのに、この朝ははっきりと内側からふくらんできている感触があった。注射が効いていることはたしかだ。
 乳首と乳輪は鮮明なピンク色になって大きさを増し、ますます敏感になり、ますますむずむずしていた。
 この日は、なぜかそういう気分になり、赤のブラとパンティを選んだ。おそろいのガーターベルトも初めて着けてみた。それだけでなく、パンプスもワンピースも全部赤だ。このワンピースは、重さにしたらせいぜい2オンス(約58グラム)くらいしかないだろう。細いストラップだけで肩を露出し、スカートも短いそのデザインはちょっと恥ずかしかったけれど、マーガレットやミッシェルはよく似合うと言ってくれた。

 ただ、クリニックに行ったところで、ワンピースは失敗だったことに気がついた。身体測定の時、これまでだったら上だけ脱げばすんだのに、今日は、まったくの下着姿を看護師の目にさらすことになったのだ。
 僕は彼女に見られながらそのワンピースを脱ぎ、ブラもはずし、おまけにヒップサイズを測るためにガーターベルトもとらなければならなかった。
 真っ赤なパンティと落ちかかったストッキング姿で立つ僕を見て、彼女は「ふふ、もう、女の子にしか見えないわね。おっぱいもふくらんできてるし」と笑いかけてきた。
 その言葉に顔を赤くしていると、さらに彼女は「ちょっと確かめてみようかしら」と言い、なんと、いきなり僕のパンティの中に手を突っ込み、その部分を実際に確かめた。
 あ然とする僕に笑いかけた彼女は、お返しにとでもいうように、今度は自分の白衣とスカートをまくってみせた。
 彼女も僕と同じようにガーターベルトをしていたが、なんとパンティは履いていなかった。そこにあるのは、もちろん僕の「クリトリス」よりずっと小さかったが、彼女はくすっと笑いながら手をとり、僕にも確かめさせてくれた。
 そのあと、僕が服を着るのを手伝いながら、彼女は「ガーターベルトのストラップは、パンティの下に通した方がいいわよ」と言った。
「その方が、先生にしてもらう時、ラクでしょ」

 診察では前日までと同じように三本の注射を打たれたが、胸への注射は、これまでのように乳輪のそばへの皮下注射というより、「ふくらみ」の中に注入される感じだった。
 いつものように睾丸とペニスを調べられ、そのあと、ゴム手袋の太い指を後ろに抜き差しされ、イカされた。
 そこをティッシュで拭き、服を直したところで、ドクター・フィルは僕をもう一度腰掛けさせ、話し始めた。
「とりあえず、第一段階の急激な変化を誘発させる療法は完了だ。ここから先は、新しいホルモンバランスを定着させていく段階に入る。君から採った血液の分析に基づいて薬を処方するから、明日からは一日三回、朝、昼、晩、それを服用すればいい。次の診察は来週の金曜日。その時には、君の体も、新しいホルモンバランスになじんできているはずだ」
 まずそう言ってから、ドクター・フィルはさらに細かい所見に移った。
「この三日間、大量のホルモン投与によって、副作用が出ないか見ていたんだが、どうやら君の場合、その心配はなさそうだ。投与量を調整しなければならないような悪い兆候はなにひとつない」
 ドクターは、そこで、カルテに目を落とした。
「それどころか、さまざまな数値を見るかぎり、最良の経過だと言っていい。この『ボールゲーム』の第1クォーターは、大きなアドバンテージをとって終わったわけだ。もちろん、第1クォーターでリードしたからといって、試合に勝つとは限らんが、そのスコアが44対0だったとしたら、もう勝ったも同然だろう。この三日間で君の体が示した変化は、そういう数値だ。身長はもちろん変わっていないし、体重も2ポンドほど増加している。でも、この段階では、それは悪いことじゃない。体組織は確実に柔らかくなっているし、上腕や腿やヒップでは筋肉が減って脂肪が増えている。体重増はそのせいだ。一方で、前腕やふくらはぎ、それにウエストは細くなってきている。他の部分、たとえば首まわりや、手首足首なども、サイズが漸減している。ペニスや睾丸の機能は未だ正常だが、ここも、わずかに小さくなっている。多少、早漏気味ではあるが、それはまあ、君が、新しい立場に慣れていないというだけだろう」
 そこで、ドクター・フィルは、あらためて僕の全身に目を走らせてからつづけた。
「すでに君のヒップは1インチ大きくなって、ウエストは2インチ近く減っている。このままいけば、いずれ、いくつかの服は、サイズが合わなくなるだろうね。バストについては、当然、君も気づいているだろうが、乳首も乳輪も大きくなって全体がふくらみはじめている。今日までの注射の影響で、あと三・四日は急激な脂肪の増加がつづく。そのあとペースは落ちるが、ホルモンの服用はつづけていくわけだから、一か月もすれば、君の胸は、もう乳房と呼ぶしかないものになっているはずだ」
 そこまで言ったところで、口調がより医者らしくなった。
「今後は、ダイエットに気をつけること。三度の食事はバランスよく摂って、間食は控える。さもないと、余分なところにまで肉がついて、せっかくの体型が台無しになる。それから、精神的な問題にも注意を払って欲しい。知ってのとおり、生まれついての女性の場合、月経周期に合わせてホルモンバランスが変わる。それに従って、気分の変動が起こる。不快感まで含めて女の気分が味わいたいというなら話は別だが、一定量の薬を摂るだけなら、そこまで顕著な周期変動は起こらない。ただし、ホルモンバランスが大きく変わっていくことに変わりはないから、その過程で、精神的混乱が起こることもある。もし、ひどく落ち込んだりしたら、治療を再検討することになる。ただ、私が見るところ、君には、そんな不快も起こらない気がするがね」
 そこでドクター・フィルは、また口調を変え、今度はにっこりとほほ笑んだ。
「エイミー、最終的に君がどんなふうになるか説明するために、ちょっと君の友だちを引き合いに出させてもらうよ。ポーラの場合も、三か月後には乳房と言えるものができているだろうし、乳首や乳輪も女らしくなっているはずだ。でも、彼女の場合は、大きなバストというほどにはならないと思う。ヒップも1インチ程度は大きくなるだろうが、ウエストはそれほどの変化はないはずだ。彼女はもともとスレンダーだからね。君とくらべると筋肉もついていないから、その点でも目立った変化はあまりない。もともと小食なのか、あるいは、代謝率がいいのかはよくわからないが、太りやすい体質でもないようだ。だから、ダイエットの気苦労はないが、そのぶん、女性化のスピードも結果も、君ほど劇的なものにはならないと思う。ボーイッシュな女の子という今の印象を出ることはないだろう。さっき彼女にそれを伝えたら、彼女自身は、むしろその方がうれしいと言っていたよ。それに比べ君の場合は、大きく異なる。われわれ専門医の間では、君のような体質を、自己達成力の高い個体と言っている」
 ドクター・フィルは、ちょっとからかうような顔でつづけた。
「おそらく君のウエストは、標準的な患者にくらべ3倍から4倍は細くなるだろう。ヒップも通常の2倍は増加すると思う。今でもそれとわかるほどふくらみはじめているバストは、今後もサイズが増えつづけ、最終的には人目を引かざるを得ないものになるはずだ。君のブレストフォームの選択はまちがっていなかったと言っていい。三か月後、そのCカップのブラが、君自身のもので満たされることはほぼまちがいない。確約はできないが、それでもまだ、君の乳房の発育は止まらないんじゃないかな。まあ、ペースは落ちるだろうがね。ウエストは2インチから3インチ細くなって、逆に、ヒップは2インチから3インチ大きくなる。太腿はむちむちした感じになって、そこから伸びる脚は、逆にすらりと細くなる。腕やふくらはぎの筋肉も落ちて、ごつごつした感じはすっかり消えるだろう。監督としての私が気をつけなければならないのは、せっかくの勝ちゲームを、点をとりすぎて、だらけたものにしないことだけだ。結論として言えば、君は、みごとなプロポーションになるということだな」
 そう言葉を結ぶと、ドクター・フィルはにっこり笑い、僕の反応をうかがうように見てきた。でも僕はまだ、それにどう答えたらいいのか、戸惑っていた。
「あの‥‥、つまり、あたしの体は、大きなおっぱいと、まあるいお尻と、くびれたウエストになる‥‥ってことですよね?」
「ああ、今、そう言ったろ。それに、すらりとした脚もね」
「それは、喜んでいいこと‥‥ですよね?」
「大いに喜ぶべきことだと、私は思うがね」
 ドクター・フィルは、うなずいてからつづけた。
「いいかい。ここに来る患者のほとんどは、そんな体を手に入れたくて、私の治療が終わったあと一年以上もかけて、今度は美容外科医の手を借りることになるんだ。君の場合は、ここでの三か月だけで、彼女たちが望むようなものが手に入る。専門医の立場から言わせてもらえば、これほど恵まれたことはない」
 そう言って、ドクター・フィルは、さらににっこりほほ笑んだ。
「おまけに、君の場合、その過程で情緒不安に悩むようなこともないってわけだ。もし、私の見立てがまちがっていて、不安や落ち込みに襲われたとしたら、いつでも電話してくれればいい。調整の方法はいくらでもある。投薬に精神安定剤を加えたり、ホルモンの量を変えたり、あるいは、系統のちがう薬に変えたりね。場合によっては、一時的に服用を中断することもできる。君が、少しでも精神的な異常を感じたら、どんなことでも相談してくれればいいよ。‥‥で、最後に聞きたいんだが‥‥」
 ドクター・フィルは、そう言いながら、身を乗り出して真剣な顔になった。
「君は、この結果に満足しているかい?」
 僕はまだ即答できず、ちょっと考えた。
 ほんの一週間前、僕は、前途に希望を失った失業中の男だった。
 今、僕は、自分にぴったりの仕事を手に入れた、でも、性のあいまいな人間だ。
 そして将来は‥‥「超セクシーな美女」?
 ‥‥人生はいい方に転がっている気がする。
「あたし、なんだか、わくわくしてきました」
 僕はそう答えていた。
 と、ドクター・フィルの顔にふたたびほほ笑みが広がった。
「ふふ、じゃあ、次の診察は一週間後。そうそう、その時にはまた、君の体に指を入れさせてもらえるかね? 私はぜひそうしたいんだが」
 ドクター・フィルは笑い声を立てながら言った。
「いや、もちろん、目的は検査だよ。プロクトロジー(訳注 肛門医学)における性感反応のサンプルとして、君ほど興味深い被験者はいない。まあ、専門用語は、時として、本音を隠すのに都合がいいということだがね」
「んふ、あたしも、先生の指、好きよ」
 僕が言うと、ドクター・フィルは、さらににんまりした。

* * *

 会社に帰る途中、僕とポーラは、また昼食をとりながらおしゃべりした。ドクター・フィルが言っていたとおり、ポーラは、今日の診断結果に大いに満足しているようだった。

 社に戻ると、すぐビルに呼ばれた。
 どうやら彼はすでに、ドクター・フィルから、電話で報告を受けているようだった。医者の守秘義務はどうなっているんだと思わないではなかったが、まあ、治療費はすべてビルが出しているのだから、文句は言えないのだろう。
 それに、ドクター・フィルがおおかた伝えてくれたおかげで、恥ずかしい思いをして、いちいち説明する必要もなかった。
「予想以上の最高の結果だと、フィルも驚いていたよ」
 ビルはそう言ったあと、なにかつけ加えることはないかときき、僕は、今後の通院予定などを話すだけですんだのだ。
「うむ、すばらしい」
 ビルは、大きくうなずき、笑いかけてきた。まだコーヒータイムには早い時間だから、デスクについたままだ。
「君も、うれしいだろ」
 ビルの言葉に、僕は、秘書らしい微笑みで答えた。
「ええ、まあ。この仕事をつづけるかぎりは、より女らしく見えるに超したことはないでしょうし、与えられた仕事にはベストをつくしたいですから。次の検診か、遅くとも来月の検診までには、もっとちゃんとした答えもできるかと思います」
「ん? その言い方、なんだか他に言いたいことがありそうだね。いいから言ってごらん」
 ビルは、視線を落とした僕の顔をのぞき込むようにして言った。
「なにか問題があるなら、いくらでも力になるつもりだよ」
 それでも僕が黙っていると、しばらくしたところで、またビルが口を開いた。
「エイミー、君にとって、これは不本意だったということかな? こんなことになったのを後悔してる?」
 僕はまだしばらくうつむいて考えていたが、自分の心の内を正直に話そうと、顔を上げた。
「ビル、あまりにもものごとが速く動いていくんで、ほんとうのところ、自分でも気持ちの整理がつかないんです。もともと、薬を使って体を変えることまでは考えてなかったわけですし。そこに、あなたからの圧力を感じなかったと言えば、ウソになります」
 思い切って言い、ビルの顔色をうかがった。
 しかしビルは、ほほ笑みかけながら次の言葉を待っていた。その顔は高圧的ではなく、かといって、笑ってごまかすという種類のものでもなかった。
「考えてもみてください。あたしがはじめて女装したのは、ほんの一週間前ですよ。それが、今はもう、こんなになってる」
 そう言いながら、僕は自分の体の上に手を這わせていた。
「もう、あたしのバストは、それとわかるくらいにふくらんできています。単純に女装して女に化けてるってことじゃなくて、体ごと女になってきてるんです。自分ではコントロールできない変化が、自分の体に次から次へと起こってる。それは、なにも体型のことだけじゃなくて‥‥感じ方まで‥‥、つまり、その‥‥あなたに、あんなふうにされたときの‥‥」
 僕はまた、ビルから目をそらせた。頬がぽっと赤らんだのが自分でもわかった。
「まさか自分が、あんなふうに‥‥感じるなんて‥‥」
「いやだった?」
 ビルがきいてきた。
「い、いえ、そういうわけじゃあ‥‥」
 さらに顔を赤くしながら、僕は首を振っていた。
「じゃあ、すべてが仕事のためってわけでも‥‥?」
「‥‥え、ええ、ない‥‥です」
「今日、フィルから、君の将来の可能性を聞かされて、それに惹かれるところはまったくなかった?」
「‥‥いえ、その、かなり‥‥」
「ふふ。それでも君は、これが不本意だと言う? 僕に押しつけられたと思ってる? 僕が医者の予約をとったのは、余計なお世話だったのかな?」
「いえ、その‥‥」
「なんだか、僕がしなくても、いずれ君は、自分からそっちへ向かってたような気もするけどな」
「‥‥え、ええ、もしかすると‥‥いえ、たぶん」
「じゃあ、問題はないんじゃないの?」
「‥‥は、はい」
「で、君はまた、むずむずしてる?」
 僕の様子を面白そうに見ていたビルが、ちょっと目をぎらつかせながら言った。
「えっ? ええ。でも、コーヒータイムまでがまんします。がまんしなきゃいけないのは、あたしだけじゃないみたいですけど」
 本音を見透かされたような悔しさもあり、僕はそう付け加えた。
「ふふ、そうだな。仕事中だし、一時間後のお楽しみってことか」
 その言葉に、僕はいったんドアに向かいかけ、もう一度振り返って言った。
「今日はブラウスじゃなくて、こんなワンピースだし‥‥」
 そしてまた、顔を赤らめながらつけ加えた。
「二時まで、待って」
「ああ、そうしよう。でも‥‥」
 ビルは、さらににやにやしながら言った。
「がまんするぶん、僕の方もむずむずはどんどんたまっていくよ。今日は、そっちの解消も、してくれるのかな?」
 その言葉に、僕はさらに赤面した。
 この前のフェラチオのことを思い出したからだ。いや、あの経験が恥ずかしかったというより、それにわくわくしている自分を発見したからだった。

 しかし、ビルが考えていたのは、そんな僕の想像を超えることだった。

* * *

 ビルにはああ言ったものの、結局はがまんできず、僕はすぐに女子トイレに駆け込んでいた。胸のむずむずは、最初の日から変わることなくつづいている。というか、さらにひどくなっている。
 赤いワンピースを胸近くまでたくし上げ、ブレストフォームの下に手を突っ込んで揉んだりつまんだりしているのだから、目では見えないのだけれど、手のひらには、ぷにょぷにょした脂肪のかたまりがはっきりと感じとれた。
 思いっきりつねったりしたおかげである程度はおさまったものの、むずむずがなくなったわけではない。パソコンの前に座ったあとも、僕はずっと落ち着かなかった。だから、ビルがマグカップを持ち上げ、コーヒーブレイクにしようと呼んだときには、すぐに席を立っていた。

 僕は、急いでコーヒーをいれ、部屋に戻った。
 そのコーヒーをテーブルの上に置いたあと、ビルの目配せで前室との間のドアを閉めたときには、胸のむずむずはピークに達していた。
 ところが、ソファで膝どうしが触れそうな位置に対座しているにもかかわらず、ビルは、僕の顔を見ているだけ。手にしたコーヒーをゆっくりと口に運びながら、ただ笑いかけてくるだけなのだ。
 僕から声をかけるのを待っているのか、そうでなかったら、僕を拷問にかけて楽しんでいるとしか思えない。
 やっぱり、こっちから「おねがい」って言わなきゃいけないんだろうか?
 それとも、僕のをしてもらう前に、この人のをしてあげなければいけないんだろうか?
 そんなことを考え顔を赤くしていると、やっとビルが口を開いた。
「昼からずっと、君のことを見ていたんだ」
 僕はうなずいた。もちろん、僕はそれに気づいていた。パソコンのディスプレイから目を上げると、たいていビルと視線が合ったし、そうでない時は、その視線が僕の脚に向いていた。
「君はほんとにかわいいよ。むずむずをこらえて、体をくねらせているような時さえね」
 僕の顔は、さらに火照った。
「もぉ‥‥、お仕事しなくていいんですか?」
 その赤面をごまかすため、僕はちょっとふくれてみせた。
「一日中、秘書の顔を見てにやにやしてる社長なんて、信じられません」
 ビルは、それに声を立てて笑いながら言った。
「トップがなにもしなくても会社がまわってるのは、けっこうなことじゃないか。それだけ、優秀な社員が多いってことだろ」
 と、そこで電話が鳴り出した。僕が立とうとすると、ビルがそれを制し、自ら受話器を取った。
「‥‥やあ、どうした? ‥‥うむ、そうか、わかった。じゃあ、一時間後に来てくれ」
 電話を切ってソファに戻りながら、ビルは言った。
「マーガレットが、なにか話があるそうだ。ほら、優秀な社員は、問題が起これば、ちゃんと報告してくる。上司は、それに適切な答えを出してればいいのさ。それにしても、相談ってなんだろう? またEEOCがらみのことでなければいいが‥‥」
 ビルは問いかけるように僕の方を見たが、マーガレットの抱える問題など、僕にわかるはずもない。
「ともかく、これで次のスケジュールがつまったってわけだ。さっさと懸案事項をかたづけなきゃな」
 ビルは、そう言ってにやりと笑った。
「で、むずむずするのは、どこだっけ?」
 その言葉に、僕は、胸のあたりに手を当ててみせたが、もちろん、彼が求める答えがそんなことでないのはわかっていた。
 見つめてくるビルの前で、これまで経験したことのない種類の興奮が湧き起こった。たとえば、ステージに立つ前のストリッパーのような‥‥。
 以前読んだ小説に、公衆の面前で裸体をさらす夢を見て、それだけでオルガスムに達するヒロインが出てきたが、今の僕には、その気持ちがわかる気がした。
 そんな興奮に足をもつれさせながら、僕はソファを立った。そして、ビルの前で、黙って背中を向けた。
 と、背中のジッパーに手がかかり、それがゆっくりと下ろされていった。背中が開いたことで、ワンピースのストラップが肩の上を滑った。それが肩さきをはずれ、二の腕を滑り落ちる感触に、僕は思わず吐息をもらしていた。
 そのままワンピースを脱がされるのかと思っていると、その前に、ビルの指がブラのホックにかかった。そこがはずされ、今度はブラのストラップが、肩を滑った。
 それに、僕はちょっとあせった。ブレストフォームが、その重みで、カップからずれ落ちそうになったのだ。僕はひじにワンピースとブラのストラップを引っかけたまま、両手でそのにせ物の乳房を押さえていた。
 そこで僕にできることは、ブレストフォームを抜いて、目の前のソファに置くことだけだった。
 前屈みになってそれを置いていると、後ろでビルが立ち上がった。そして、僕がふたたび体を起こそうとしたところで、その手が、とんと背中を突いた。そのせいで僕は、またつんのめるように前に倒れ、ソファに両手をついていた。
 上体を支えるために両腕が伸び、ひじに引っかかっていたストラップが手首まで落ちた。そのせいで、ワンピース自体も体をすべり落ち、お尻があらわになった。
「‥‥えっ? なにを、するの?」
 そこにビルの手がかかり、パンティが引き下ろされたのに驚いて、僕はきいた。
「ふふ、まあ、僕に任せて」
 ビルがそう言うのを聞きながら、僕は、手首にかかったストラップを片方ずつ抜いた。
 ブラはそこに残ったが、ワンピースの方は、薄い生地がさらにストッキングの脚を滑り、完全に床に落ちた。膝下に引っかかっていたパンティも、いっしょに落ちてしまった。
 そのままでは、繊細な生地をヒールで踏んづけて破いてしまいそうな気がして、僕はそこから片足を抜いた。そして、もう片方の足先に引っかけるようにして、ワンピースとパンティを脇によけていると、ビルが一歩近づくのを感じた。
 見ると、その靴先が、僕の両足の間に割り込むように入ってきていた。
 そして、そこに目をやったことで、僕自身の胸も視野に入った。乳首が大きくなって突き出ているだけでなく、そのまわりにはっきりとしたふくらみがある。ソファに両手をついて前屈みになっていることで重力を受け、それは、小さいながらも、まぎれもなく乳房の形で震えていた。
 それに驚いて見入っていると、ビルの手がお尻をつかみ、その指が、アヌスをまさぐってきた。
「‥‥ぅぅん、むずむずしてるのは、そこじゃないわ」
 僕が言ったことを無視し、ビルは、その指を左右に回転させるようにしてねじ込んできた。
 そして、深くまで入ったところで、今度は、その指を抜き差ししはじめた。
 この間、僕がそれに慣れたこともあるのだろう。指は、さほどの抵抗もなく、僕の中を出たり入ったりしていた。そして僕は、その感触に、さっきの抗議も忘れて悶えていた。
 とはいえ、それが、胸のむずむずを癒してくれるわけではない。それどころか、アヌスへの刺激のせいで、むずむずがいよいよ募ってくる気がする。しかも、両手をついて体を支えている僕には、自分でそこを掻きむしることさえできないのだ。
 一方で、そんないらだつような状態が、いよいよ僕の体を興奮させてもいた。見ると、揺れる小さな乳房のむこうで、僕のコックが硬くなって立ち上がってきていた。
「ふふ、感じるかい?」
 ビル自身も、興奮気味の声できいてきた。
「え、ええ、んぅ〜ん」
 僕は、身もだえながらうなずいた。
「でも、これじゃあ、胸のむずむずは治まらないんだろ。そうだ、いい方法がある。こうすれば、二人いっしょに、むずむずを解消できるんじゃないかい」
 その言葉とともに、僕の体からいったん指が抜かれ、すぐにまた、そこが押し開かれた。
 今度は、さっきより大きく開かれる感じがあったことで、僕は最初、指が二本入ってきたのだと思った。
 でも、それは、指二本分よりさらにそこを開いてきた。穴の周囲の皮膚が引き裂かれるような痛みが走った。
 押し入ってくる力がさらに強まり、なにか巨大なものがそこを通り抜けようとした。その瞬間、僕は悲鳴を上げ、脚の力が萎えて崩れ落ちそうになった。
 ビルはあわてて僕の腰に腕をまわし、体を引っ張り上げると、さらに、自分の方に強く引き寄せた。
 今度こそ、そのしまりを押し広げ、大きなかたまりが通り抜けた。その瞬間また、激しい痛みが燃え上がり、体を貫いた。
 そこで僕はやっと、それが指などではないことがわかった。今、僕の中に入ってきたのは、ビルの亀頭なのだ。
「だいじょうぶかい? ‥‥いいね?」
 ビルがきいた。
 ‥‥こんなことをして、だいじょうぶだろうか?
 ‥‥こんなことをして、いいのだろうか?
 僕はこんなことをして‥‥欲しいのだろうか?
 答えは、すぐ出た。
「ええ、来て」
 僕は、吐息まじりに言っていた。
 そんな僕の声にくすっと笑い、ビルは、僕の腰を両手でつかみ直すと、ふたたび力強く引いた。
 それがさらに僕の中に突き刺さり、その串刺しされるような激痛に下半身がつっぱり、僕は思わずつま先立ちしていた。
 それに気づいたらしく、ビルはしばらく動きを止めてくれ、僕のヒールはやっと床をとらえた。
 でも、僕が落ち着いたと見るや、ビルはいったんゆっくりと腰を引いて、次の瞬間にはさっきより強く突いてきた。それが、さらに深く僕の中に打ち込まれた。
 ビルは、そのサイクルを何度か繰り返した。両手で僕の骨盤を痛いほど握り、その手を引くと同時に自分の腰を突き出す。そのひと突きごとに振幅が大きく、強く、速くなっていく。
 僕は、抵抗することもできず、そのたびに、ただ泣き叫ぶような声をあげていた。
 でも、そんなビルの動きがいったん静まり、僕の背中に覆い被さるようにして胸をつかんできた時、お尻に感じていた痛みがすっと和らいだ。そして、ビルがふたたび動き出した時の、背中の上を滑るシャツやネクタイの感触に、僕は、彼に包まれ守られているような感じを抱き、痛みはさらに薄らいでいった。
 汗ばんだビルの手のひらが、乳首に押し当てられると、そこのむずむずした感覚も治まっていった。その大きくて力強い手に揉まれ、僕は、自分の胸が、思っていた以上に柔らかく弾力あるものになっていることに気がついた。
 と、ビルが、ゆっくりと、じらすように腰を引いた。それが出ていきそうになる感覚に、僕は切ないような思いを抱いた。
 だから、乾いた唇を舐め、足の位置を少しずらして股を開き、次を待った。
 次の瞬間、猛烈な勢いで、僕の中にそれが戻ってきた。ビルの腿が、僕のお尻に激しくぶつかった。ビルの荒い息が、僕の裸の背中を這い、体全体を包み込んだ。
 そんな、じらすようにゆっくりとした後退と猛烈な突きが何度も繰り返された。引いて‥‥突いて! 引いて‥‥突いて! そうしながら、ビルの手は、僕の胸を揉み、しだき、こねくった。
 やがて、そのピストン運動のペースが荒々しい速さに変わり、胸を揉む手もさらに乱暴なものになり、ビルの体全体が痙攣するように突っ張りだした。
 その衝撃に合わせ、僕の中で、次から次へと爆発が起こるのが伝わった。その苦しいのかうれしいのか自分でもよくわからない感覚に、僕は、目をぎゅっと閉じ、口をゆがめて‥‥。

 自分の肩がぴくっと震えたことで、僕はやっと我に返った。
 震えたのは、どうやら、ビルが指先で両方の乳首をつまんだせいらしい。いや、首筋にキスされたせいか‥‥。
「‥‥ふふ、君も、そうとう感じたみたいだね」
 ビルが言った。その口調は、さっきまでのあえぐようなものでなく、すでに平生に戻っている。
「え、ええ」
 かろうじて答えた唇が、また乾いていた。
 閉じたままのまぶたの裏では、未だ、赤や黄色の光が明滅している。
 僕は、からからの口で、つばを飲み込むようにしてから、今の言葉をもう一度言い直した。
「ええ、すごく‥‥よかった」
 ビルは、僕の胸を揉んでくれながら、ゆっくりと自分のものを引き抜き、体を起こした。胸で動くその手に持ち上げられるようにして、僕も上半身を起こしていた。と、そこで、まだゆるんだままの感じのお尻の穴あたりに、じゅくっとなにかがしみ出した。
「ぅん〜ん」
 ビルがまだ胸を揉みつづけていることに甘え声を上げながら、僕はその大きな体に身を預けていた。自然に、両手を後ろにまわして、ビルのものをまさぐってもいた。
 でも、そんなふうに体の力を抜いたせいで、内腿のあたりにさらに大量のものが流れ出した。どうやら、まずは、そこを拭かなければならないようだ。
 と、僕がそう思ったのが伝わったかのように、ビルがデスクの上に手を伸ばし、そこにあったクリネックスを何枚か抜き取った。そして、僕の股のあたりに、後ろからあててくれた。というか、そこにふたをするようにこじ入れてきたのが、敏感になった内側の感覚でわかった。
 ビルはそこで、もう二・三枚ティッシュを取り、僕に手渡した。
 その視線につられ、下を見たことでやっと、先刻、僕自身もビルといっしょにクライマックスに達していたことに気がついた。
 あわててペニスをぬぐい、そのあと、ソファの上にこぼれたものも拭こうとしたのだが、それは、ティッシュ二・三枚では、とても足りそうにない。ソファの座面に広がる液体は、奥にあるブラやブレストフォームにも達しそうだ。
 それで僕は、まず服を着ることにし、ブラに腕を通してホックをとめ、僕自身の乳首の上に慎重に重ねてブレストフォームを入れた。
 股の間にはさんだティッシュが落ちないように、手で押さえながらかがんで、ワンピースとパンティを拾い上げ、さらに、まるでおもらしした五歳児のように内腿に伝っているものを拭き取った。
 そこまでやったところで、どうやら、これ以上の作業はここでは無理なことがわかった。
 下は履かずに、とりあえずワンピースだけはかぶり、僕は顔を赤らめながら言った。
「ねえ、ビル。トイレに行かなきゃいけないみたい」
「ああ、行っておいで、ハニー。ここは、僕が始末しておくから」
 おかしそうに笑いながら、さらにクリネックスを引っ張り出し、ソファの上や床にもこぼれた僕のものを拭き始めたビルに、ちょっと申し訳ないような思いを抱きながら、僕はドアを開け、トイレへと向かった。

 手の中に丸めたパンティを握りしめ、股間のティッシュが落ちないように気をつけながらトイレに急ぐ僕の姿は、かなり不格好なものだったろう。
 幸い、廊下でも女子トイレでも、誰とも出会わなかったことに感謝しつつ、僕は個室へと飛び込んだ。
 便座に腰掛け筋肉をゆるめると、そのとたん、大量の熱い液体がお尻からほとばしった。その音はまるで、本物の女性が小用を足すときのようだ。
 さらに、すべてを放出するためには、ちょっと息まなければならなかったし、粘り着く液体をきれいに拭き取るためには、いつも以上にトイレットペーパーを使わなければならなかった。
 便座に座っている間にパンティに足を通し、立ち上がったところでそれを引き上げた。でも、まるで僕の体の構造が変わってしまったとでもいうように、そこでまた少しもれてくるのを感じ、結局、もう一度座り直さなければならなかった。
 もう、もれてくるものがないことを確信できたところで立ち上がり、パンティをもとに戻したのだが、なんだかまだ、そこが野球ボールほどにも開いている感じがした。
 もし、このままなにか食べたら、体を素通りして出て行ってしまうのではないかと、本気で心配になった。

 しかし、個室を出て鏡を見たところで、僕は思わずほほ笑んでいた。
 急いで来たせいでバッグを持っていなかったから、メイク直しができない。化粧がひどく崩れていたらどうしようと心配していたのだが、どうやらその必要はなさそうだ。
 考えてみれば、さっきの行為の最中、キスはしなかったし、ビルが僕の顔に触れることさえなかった。だから、美しさはなにも損なわれていなかった。
 その顔つきは前より女らしくなっている気がするのに、まだ男を知らない処女のように、きれいなままなのだ。

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第14章


 ビルの膝に抱かれ、「むずむずを解消してくれたお礼」のキスをしていると、外のドアが開く音がした。あわてて立ち上がり、前室に戻ると、マーガレットだった。どういうわけか、ミッシェルまでついてきている。
 間のドアは開いているし、ふだんからビルと親しいこともあるのだろう。マーガレットは取り次ぎを頼むこともなく、さっさと奥の部屋に入った。そしてそこで、ストッパーに気づき、はずしてドアを閉めてしまった。
 その結果、前室には、僕とミッシェルが残された。
「ねえ、どうしてあなたまで来てるの?」
「うん、じつは、ゆうべ、あなたとポーラが言ってたことを、マーガレットと話したの。例のお医者さんの話」
「ええ」
「そしたら、マーガレットが、あたしのこともビルに頼んでみるって言い出して‥‥。あたしの秘密を知って、ビルが怒り出したら、味方してね」
「彼は怒ったりしないわよ。それは、あたしなんかより、あなたの方がずっとわかってるんじゃない。彼だって、あなたのことはよくわかってるわけだし」
「そんなこと、ないわよ」
 ミッシェルはそう言ってうなだれてみせたが、僕の赤いワンピースから出た腿を見ながら、その目が笑っていた。
「だってあたし、彼の下で二年働いたけど、その間、膝に抱かれてキスされたことなんてないもん」
 その言葉に、僕は顔を赤くした。そして、次に自分が言い出そうとしていることに、さらに頬が火照った。
 ミッシェルが顔を上げたところで、僕は言った。
「ふふ、じゃあ、あなたは、ビルにファックされたこともないのね」
 一瞬の間があったあと、ミッシェルの口があんぐりとあいた。ほんとうに驚いたようだ。その口を閉じるのに、手であごを押し上げなければならないほどだった。
「ウソーっ?」
 僕は、にっこり笑ってうなずいた。
「ほんとに?」
「うん。注射のせいで乳首がむずむずして、ビルの目の前でもがまんできなくなっちゃうって話はしたでしょ」
「ええ、だから、つい揉んだりしちゃうって‥‥」
「ふふ。ほんとはね、そこを揉んでるのは、あたしの手じゃないの。彼ったら、揉んでくれるだけじゃなくて、他にもいろいろと、ね。で、さっきはついに‥‥最後までいっちゃった」
「きゃー」
 ミッシェルは、正確に、親友から初体験を告白された女の子の反応をした。
「彼のって、すごいのよ。すごく‥‥大っきい」
 僕は、思い出してくすっと笑っていた。
「で、すごく‥‥よかった。彼ったら、あれをしながら、おっぱいを揉んでくれたり、乳首をつまんでくれたりしたの。おかげで、この三日間苦しんできたむずむずも、すっかり消えちゃった」
 僕は、自分のしゃべっていることに、また赤面していた。
「もう、この子ったら、幸せそうな顔しちゃって」
「うふ、だって、幸せなんだもん。こんな気持ちになるなんて、思わなかったわ。ほんとに、よかったんだから。あなたも、そのうちわかるわ」
 と、そこでドアが開き、マーガレットがミッシェルを呼んだ。
 しかし、ミッシェルが入っていったん閉まったドアが、すぐにまた開いた。
「エイミー、ビルが、あなたも同席してくれって」
 顔を出したマーガレットが言った。
 入って行くと、ビルは自分のデスクに着いたままで、マーガレットとミッシェルはソファに腰掛けていた。
 それで、僕は定位置に立った。
「エイミー、君も知ってたんだってな」
「ええ」
 ビルの言葉に、僕はうなずいた。
「じゃあ、どうして教えてくれなかったんだ?」
「彼女自身が黙ってるのに、あたしが勝手に話せることじゃないと思ったんです」
「うむ」
 ビルはうなずいたが、その声音には、どこか不機嫌な響きが混じった。
 それで、僕は、ちょっと緊張した。
 もしかしたら、本当に怒らせてしまったのだろうか?
「こんなことをしてるのは、ポーラと君だけだと思ってたんだが‥‥。もしかして、他にもまだいるのか?」
 その声は、やはり、どこかとがっている。
「いえ、ビル。これですべてよ」
 僕が答える前に、マーガレットが言った。
「結局、僕は、知らぬ間に、前の秘書と今の秘書を再雇用してたってことか。しかも、連邦法を犯してね。せめて、先に耳に入れておいてほしかったな。君の立場なら、そうすべきじゃないのか、マーガレット」
「私自身、まさか、こんなにうまくいくとは思ってなかったのよ」
 マーガレットには、自らの保身をも含め、なにか策略があるように見えた。
「だから問題なんだろ。もし彼らが、女子トイレの中で、フェミニストの活動家かなにかに見破られでもしたら、どうなっていたやら」
「ううん、それはほとんど心配してなかったわ。私がいちばん気がかりだったのは、彼女たち自身が、途中で心変わりするんじゃないかってこと。三人のうち誰かは、こんなバカなことやってられるかって逃げ出すんじゃないかって思ったの」
 彼女は、まずそう言ってから、つづけた。
「それに、どこかの時点で、あなたやロジャーに見破られるだろうとも思ったしね。そしたら、私が四の五の言う前に彼女たちはクビだろうって」
 マーガレットの向けた視線に、ビルは気まずそうに目をそらし、指先であごのあたりを叩きながらなにか考えていた。
「ところが、あなたもロジャーも、秘密を知った後も、彼女たちを辞めさせなかった。三日も持たないだろうと思ってた彼女たちも、この一週間、誰ひとりとして抜けることはなかった。どうやら三人とも、覚悟を決めてるなって思ったわ。これならうまくいくかもしれないって。じつは、あなたに話す前に、それを確かめたいと思ってたのよ。ここまでやってるんだもの。彼女たちがどれほど本気か、信じていいと思うけど」
「ああ、たしかに信じていいだろう。でも、信じられない思いだよ」
 ビルの口調からとげとげしさが消え、その視線が、ミッシェルに向けられた。
「まさか君が、そんなふうに変わるなんてな。マー‥‥いや、ミッシェルか。君がそこまで美人になるとわかってたら、僕は、二年前に女装するよう命じてたよ」
「ありがとうございます、ビル」
 ミッシェルが恥ずかしそうに言うと、マーガレットがつけ加えた。
「そうね。あなたの秘書が、これほどの美人だったら、EEOCの監査官の心象も、もう少しよかったでしょうね」
「オーケー。ともかく、すでにわが社は、三人の新しい女子社員を雇ってしまった‥‥というか、三人の新しいタイプの女子社員をね。その上に立って話を進めよう」
 ビルがさらに口調を変えて言った。
「で、この件が問題化するリスクは、どれほどある?」
「彼女たちの正体を見破る可能性があるとしたら、まずは、以前の彼女たちを知ってる社員たちでしょうね。それについては、今後も警戒が必要だと思うわ。私は、正直、五分五分だと思ってた。ただ、もう一週間もたったのに、気づかれた様子はまったくない。ポーラとエイミーもうまくやってるようだし、ミッシェルがばれてないのは、毎日見てる私が保証するわ。ばれるどころか、有能な女の子として、課の中にすっかり溶け込んでる」
 マーガレットは、ミッシェルにひとつうなずいてからつづけた。
「今後も気を抜いちゃいけないだろうけど、三人とも、いちばん危険な時期は、うまくパスできたってことじゃないかしら。今後大事なのは、さらにまわりの社員たちの信頼を得ることね。親しい友人になってしまえば、万が一の時にも必ず味方になってくれる。たとえ秘密を知られたとしても、それを言い立てたりしないと思うわ。三人が今のまま仕事をしていけば、そんな信頼は勝ち取れるはずよ。今のところ、三人とも、仕事は申し分なくこなしてるわけだし、社内の人間が告発するようなことは、まずないんじゃないかしら。で、もし今後、彼女たちの正体がばれて、会社が法的に問題視される危険があるとしたら、それは‥‥」
 そこまで言ったところで、一拍おいてから、マーガレットはつづけた。
「もっぱら肉体上の問題だと思うわ。ポーラとエイミーは、それにも、もう手が打てたみたいだけど」
 マーガレットは、そこで僕の方を見て笑いかけた。
「いずれあるはずの再監査で、胸のふくらみの見える服とかを着ていれば、彼女たちが疑われることは、まずないでしょ。EEOCの監査官たちも、まさか、スカートをまくって女の証拠を見せろなんて言わないでしょうし」
 くそまじめに社会正義を唱える人たちが、そんなことをしているところを想像し、みんな、思わず笑ってしまった。
「‥‥でね、ビル、ものは相談なんだけど、ミッシェルにも、ポーラやエイミーと同等の医療給付をつける予算はある?」
「なるほど、そういう話か。いいだろう。エイミー、フィルの病院に電話して、月曜日にミッシェルの予約をとってくれ」
 ビルがそう言ったので、僕はうなずいてからきいた。
「わかりました。でも、ひとつ質問なんですけど、今後、他の従業員にも、希望があれば、同じようにするということですか? たとえば、また今回のような人員削減が起こった場合」
「おいおい、これはここだけの話にとどめといてくれよ。おかしな前例はつくりたくない。そんなことが制度化されれば、クビになりたくなくて、それに飛びつくやつが、けっこう出てきそうな気がするぞ」
「ええ、たしかにね。あなたの言うように、彼女たちはあくまで特例措置ってことにしといた方がいいわ。彼女たち自身が特殊な立場にいた。もともと自分を女性だと思っていたってことにね」
 マーガレットの言葉の意味がいまひとつ飲み込めず、僕は首をかしげた。
「万が一、三人の正体が世間に知れた場合の話よ。性同一性障害に理解ある会社ということなら、むしろ世間は評価するでしょうけど、それが上司からの強制だったなんてとられたら、ただじゃすまないわよ。少なくとも、あなたがCEOの座を追われることは確実ね」
 その言葉に納得し、僕はうなずいた。
「そうね、なんだかあたし、自分でもそんな気がするわ。だって、女の子でいる方が、ずっと幸せなんだもん」
 僕の言葉に、三人が笑い返した。
「しかし、まあ、たしかにそうだな。むりやりやらせたとでもいう評判が立てば、とんでもないセクハラ会社だということになる」
 ビルは、ちょっと目をそらせ、どこかばつが悪そうに言った。
 それに気づき、ミッシェルと僕は顔を見合わせ、さらに笑ってしまった。
「でも、セクハラってことなら、他にも、悪い評判が立つ危険はいっぱいありそうだけど」
 ちょっと間をおいで僕が言うと、ビルとマーガレットが視線を向けてきた。
「じつは、ここに来た最初の日に、マーケティング部の子から、ひどい話をいろいろ聞かされて‥‥」
 今度はビルとマーガレットが目を合わせ、眉をひそめた。
「どういうこと?」
 マーガレットがきいてきた。
「その子の話だと、マーケティング部では、採用の条件に面接でフェラチオさせたり、不倫のごほうびに会社の経費で旅行に連れてってもらったり、そんなことがひんぱんにあるらしいの」
「くそっ」
 ビルが小声で、でも、いまいましげに言った。
「エドのやつ、懲戒解雇ものだ。そうだろ、マーガレット?」
「ええ、それが事実だとしたらね」
 その言葉に僕が口をはさもうとすると、マーガレットは、それを制してつづけた。
「まあ、女の子から直接聞いたんなら、まちがいないでしょうけどね」
「さて、どうする?」
 ビルが、マーガレットにきいた。
「規定に従えば、まずはその女子社員を呼んで、正式に事情聴取するということだが‥‥」
「ちょっと待って。これまでに問題化してるならともかく、そうじゃないなら、こちらから騒ぎ立ててわざわざ表沙汰にしちゃうのは賢明じゃないわ」
「あの子の雰囲気だと、女の子たち自身も、それをいやがってるふうじゃなかったし」
 僕は、そうつけ加えた
「その子自身は、フェラはきらいで断ったようだけど、採用はされたわけだしね。それより問題なのは、あの子が、あたしにべらべらしゃべっちゃったことだと思うわ。初めて会ってまだよく知らない相手だっていうのに」
「そうね。そのおしゃべりは、あまりにも軽率ね。愚かだし、警戒心がなさ過ぎる。その子は、他の人、たとえば社内規定にうるさいような人にもしゃべりそう?」
「そのあと、二度ほど顔を合わせた時には話題にしてこなかったけど」
「じゃあね、まずはこうして。今度、彼女を見かけたら、あなたから言って聞かせるの。そんなことが表沙汰になったら、どんなことになるかってね」
「ええ、そうするわ」
 僕が答えると、マーガレットは、今度はビルに向かって言った。
「ビル、どこかプライベートな場で、エドと話す機会はない? それとなく諭すって感じで」
「ああ、週末にゴルフコンペがある。たぶん、そこでいっしょになるはずだ。友人として話してみるよ。やつもバカじゃない。それで、身を慎むだろう」

 今日のところはそこで話を終え、マーガレットが席を立ち、ミッシェルもそれに従った。
 ドアまで行ったところで振り返ったミッシェルは、ビルに、通院の件について礼を言った。ビルの方は、クビを切られたにもかかわらず、この会社に戻りたいと思ってくれたことがうれしいと答えた。

 前室でミッシェルを待たせ、僕は、ドクター・フィルの病院に予約の電話を入れた。月曜朝の診察が決まったところで、例の看護師は、ミッシェルも僕やポーラと同じケースかときいてきた。「そうよ」という僕の返事にも、彼女は、いつもどおり平然と対応した。

* * *

 その週末は、土曜日にちょっとしたショッピングに出かけたくらいで、比較的平穏に過ごした。僕はそのショッピングで、第一週目の給料(※)を使い、フリル使いがかわいいワンピースを買った。 (※訳注 アメリカの企業では週給制が一般的)
 この日は、夕食も外でとり、帰りにはバーにも寄った。またたくさんの男たちが言い寄ってきたが、僕らは――特にポーラは――そのほとんどを蹴散らした。それでも、それぞれが、五人くらいとは踊っただろうか。

 そうそう、酒と言えば、その前日の金曜日、家で飲んだ僕とポーラはちょっと酔っ払い、マーガレットを狼狽させることになった。
 いい気持ちになって、昼間、ボスとの間であったことをべらべらしゃべってしまったのだ。
 この日、僕がビルに処女を捧げたちょうど同じ時刻、ポーラもロジャーとしていたらしい。
 成長した娘たちの行状を知りおたおたする母親のようなマーガレットをよそに、僕ら二人は、きっとまたボス二人が示し合わせたにちがいないと、くすくす笑いあった。

 土曜日の朝から、僕らは、ドクター・フィルが処方した薬を飲み始めた。

 日曜の夜、いったんポーラとともにベッドに入ったあとで、リビングに忘れ物をしたのを思い出し、僕は、それを取りに行った。
 廊下を歩いていると、ただならぬ声が聞こえてきた。廊下の角からのぞくと、ソファに座ったマーガレットの股間で、ミッシェルの頭が揺れていた。
 幸い、二人とも僕には気づかなかったようなので、僕はあわてて身を隠した。
 べつに驚くほどのことでもないだろう。僕とポーラだって、最初の夜からしていたのだ。まあ、ちょっとしたちがいはあるが。

 月曜日、社員食堂で昼を食べていると、病院から戻ったミッシェルが、パニックになってやってきた。例のむずむずが始まったらしい。
 僕の方はもうほとんど治まっていたので、彼女には、数日のがまんだと伝え、だんだん慣れていくと慰めた。
 それでもつらそうだったので、食後にトイレで、先週ビルがしてくれたこと――もちろん、セックスは抜きでだが――をしてあげた。
 それ以降、ミッシェルが、またしてくれと言ってこなかったところをみると、たぶん、マーガレットにしてもらっているのだろう。
 水曜日に三日目の診察から帰ったミッシェルは、わざわざCEO室まで来て、ドクター・フィルから、僕と同じくらい速くて完璧な変身を遂げるだろうと言われたと、うれしそうに話していった。
 僕の方の変化としては、むずむずはなくなったものの、そのぶん、乳首などが、以前にも増して敏感になっている。見かけも、前以上に変わってきた。ビルの言葉を借りれば「ティーンエージャーの女の子みたいだ」ということだ。その時は恥ずかしくて気がまわらなかったのだが、ティーンエージャーの女の子の胸をどこで見たのか、ちゃんと問いただせばよかった。

 例のマーケティング部の子を見かけたのは、火曜日だった。駆け寄った僕は、女子トイレに誘い、ちょっと長い時間をかけて話した。
 部の中でされていることが、セクハラとして問題になったら、どんなことが起こるのか諭したのだ。
 どうやら彼女は、会社ではそういうことがあるのが当たり前だと思っていたらしい。これまで何度か転職したが、どこでもあったことだと言った。
 それでも、最後は納得して、こういう話は僕と二人だけの秘密にすると約束した。おかげで僕は、マーケティング部で起こっていることをひそかにモニターできる立場になった。

 ビルがエドと話したかどうか、ビルの口からはなにも聞いていない。まあ、それは、僕が知らなくてもいい上層部の問題だ。

 その週、僕は、毎日ちがう服を着て出社し、ビルはもちろん、CEO室にやってきた他の人たちからも、おほめの言葉をいただいた。
 ビルは、相変わらず、仕事の間に僕の脚を見つづけ、僕のむずむずを(それはもう治まったと言っているのに)手や口で癒してくれた。それでもがまんできなくなったらしく、火曜日の午後にはもう、セックスしてくれた。
 はっきりしてきた「ふくらみ」をもまれたり吸われたりする感覚は、むずむず解消のためにしてもらっていたときとは比べものにならないし、ましてや、男の「できもの」のような乳首ではけっして味わえないものだ。

 金曜日は検診があったので、先週のことを思い出し、ワンピースでなく、ブラウスとスカートで出かけた。
 身体測定がすんだところで、看護師は、僕の胸が、この前からまた1インチ増え、ウエストは逆に1インチ減っていると教えてくれた。そして「うらやましいわ」とつけ加えた。
 ドクター・フィルは、僕の体の変化を「まれにみるものだ」と評した。彼の経験から想定していた数値をはるかに超えているというのだ。もし同じペースで増えつづけたら、来週にはAカップになっているだろうと予測した。そして、少しエストロゲンの量を減らしておくと言った。
 そのあと、また、例の性反応の検査をした。
 その結果にも、ドクター・フィルは、バストサイズの変化同様驚いた。というか、バストサイズの変化にもかかわらず、立ったときのあれのサイズがほとんど変わっていないのに驚いた。

 ドクター・フィルの言ったとおり、翌週終わりには、僕は、ポーラがふだん使っているブラなら、ブレストフォームなしで着けられるようになっていた。これまでのブラを使うためには、ブレストフォームをCカップ用からBカップ用に変えなければならなかった。
 そして、一か月目の検診の頃には、Aカップ用でもきゅうくつになったブレストフォームをやめ、代わりに、パッドが厚めに入った新しいブラを買った。
 バストが2インチ増え、他の部分も順調に変化しているのを見たドクター・フィルは、ふたたびエストロゲンの服用量を減らした。

 そしてこの日は、僕の女としての人生にとって、たぶん、二度目の大きな節目となった日だ。

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第15章


「君は、どんな女をめざしてるんだい?」
 検診から戻った午後のコーヒータイム、目の前に座ったビルがきいた。
「どんな‥‥って?」
「そうだなあ、たとえば‥‥バリバリのキャリアウーマン? 男を恐れぬフェミニスト? 野心家の女重役? 温室育ちのお嬢様? 模範的な奥さん? ブランド大好き女? かわいいおバカさん? ダンスとパーティに目がないアゲアゲギャル? それとも逆に、インテリ女史?」
「ふふ、まあ、仕事のできる女にはなりたいわね。でも、男を敵視する気はないわ。偉くなりたいとも思わない。だけど、誰かに頼り切って生きるつもりもない。どうやら専業主婦にも向かないみたい。最近やる機会が増えて、かえって家事が苦手なことがよくわかったし。インテリって威張れるほどじゃないけど、おバカなとこがかわいいってタイプでもないでしょ。‥‥あと、なんだっけ?」
「ブランド女」
「まあ、おしゃれはしたいわね。でも、これ見よがしに高いものばかりで飾りたてるのは趣味じゃない」
「それじゃあ‥‥、男狂い? 淫乱? 娼婦? ひょっとしてレズ? まさかセックス恐怖症?」
 ビルは、さらに調子に乗ってきいてきた。
「少なくとも、処女じゃないことだけはたしかよ。知ってるでしょ」
 僕も、笑い返しながら言った。
「レズッ気はあるかもね。今でも、かわいい女の子を見るとむらむらするもの。でも、あなたを見るともっとそんな気になる。だから、女としての性欲も強い方なんだと思うわ。だけど、どんな男でもいいって女じゃないつもりよ。もちろん、お金のためにセックスする気はないしね」
「じゃあ君は、男にデートに誘われたら、オーケーするかい?」
 ビルがそう言ったので、僕はちょっと考えた。
「‥‥そうね、まあ、許せる相手なら」
「僕は、許せる男?」
「目下のところ、あたしが許した唯一の男、だと思うけど」
「君は、レストランとかで、男がドアを持って待ってないと、怒るタイプ?」
「そうしてくれたらうれしいかも知れないけど、実際にされたら、慣れてないからおたおたしちゃうんじゃないかしら」
「それなら、僕の家でビデオでも見ようって言ったら? 夕飯つくるの、手伝ってもらうことになるけど」
「ふふ、たぶん、そっちのが、うれしいと思うわ」
「いろいろ準備があって迎えに行けないから、自分の車で来いって言ったら、ひどい男だと思うかな?」
 僕は、思わず笑っていた。
「これまでデートで、迎えに来てもらった経験なんてないから、そんなことされたら、どんな顔していいかわからない」
 僕はそこで、ちょっと考えてからきいた。
「どんな格好で行けばいい?」
「自宅だから、僕は、ラフなズボンにTシャツだよ」
「特に、注文はなし?」
「このところ君は、僕以上に僕の好みをわかってるみたいだからね。いつもどおり、僕を喜ばせてよ。でも、二人っきりでくつろいで過ごしたいから、着飾らない方がいいな」
 僕は、頭の中であれこれ考えながら、うなずいた。
「イタリアンは、好き?」
「ええ、大好き」
「じゃあ、明日の土曜、七時でどう?」

* * *

 その日の帰り、マーガレットとミッシェルには遅くなると伝え、僕は、ポーラを誘ってモールへと出かけた。レストランでの食事もそこそこに、あちこちの店を見てまわり、買い物客がほとんどいなくなる閉店ぎりぎりまで「おしゃれだけどフォーマルじゃない」服をさがした。

 そのあと二人で、予約しておいたヘアサロンに飛び込んだ。遅い時間だったこともあり、店は、僕らの独占状態だった。
 僕らは二人とも、フルコースをオーダーし、僕は、この一か月間ではじめて人前でウィッグをはずした。
 ひとりの美容師がウィッグの洗浄と再セットをしてくれている間に、もうひとりの美容師が僕の本物の髪を担当した。もちろんポーラにも、別の美容師がついた。
 髪以外にも、フェイスケアやマニキュア、ペディキュア、それに、初めてのワックス脱毛も体験した。
 そのすべてに、僕たち二人はわくわくし、きれいになっていく自分を楽しんだ。美容師の女の子たちもみんな仕事するのが楽しそうだったから、僕らは、実際にきれいになっていったのだろう。
 自分の髪がカットされ、パーマをかけられ、セットされる感じは、ウィッグとは比べものにならないくらいすてきだった。ちょっと心配でウィッグの方のセットも頼んだのだが、どうやらそれは必要なかったようだ。ほぼ三か月切っていない(あの失業の時点ですでに二か月床屋に行っていなかった)僕の髪は、すでに肩にかかるくらいまであり、ソフトなウエーブが、僕の顔によく似合っていた。

 帰った僕らに気がついたミッシェルとマーガレットが、もつれるようにソファを立ったところを見ると、どうやら彼女たちも、僕らがいない時間を楽しんでいたらしい。
 そのあと寝るまで、四人でテレビの深夜番組を見ている間も、ミッシェルとマーガレットは何度も、僕らのことをすてきだとほめてくれた。
 僕とポーラは、すべすべになった脚をからめ、抱き合って寝た。でもこの夜は、それ以上のことはしなかった。二人とも昼間、ドクター・フィルから、例の性感テストを受けていたからだ。おまけにポーラは、会社に帰って病院での結果を報告したところで、ロジャーからごほうびのセックスをしてもらったという。

 翌朝、僕は十時に起き、ゆっくり朝食を食べながら、マーガレットと例のセクハラ問題について話した。(ビルはすでにエドに話をしたらしく、もうあんなことは起こらない――少なくとも、外部に漏れて問題化するようなことは起こらない――だろうとマーガレットは言った。)
 そのあと二時間ほどは、読書して過ごした。
 はやる気持ちをなんとか抑え、バスオイルとフレグランスをたっぷり入れたバスタブにつかって、さらに読書をつづけた。
 自分でも理由がよくわからないのだが、なぜか僕はそこで陰毛が気になり、バスの中ですべて剃ってしまった。
 ヒゲは、この一か月でうぶ毛程度に退化していたが、いちおう脱毛剤で処理した。
 これでもう、僕の体にまとわりつくしがらみは、なにもなくなった。

 それから三十分をかけ、とっかえひっかえ迷った末、下着を選んだ。
 ガーターベルトとストッキングにしようとも思ったのだが、ホットワックスですべすべになった肌をなでてみて、思い切ってナマ脚で行こうと決めた。
 昨夜、やはり迷った末に買ったリーバイスの超ミニのスカートを履き、体の線がはっきりとわかるピチピチの青いTシャツを頭からかぶる。大きく開いたネックラインからは、寄せて上げた胸がはっきりと見えている。いつものパッド入りブラでなく、ハーフカップのブラをしているぶん、胸全体はちょっと小さく見えるが、このみごとな谷間やもりあがりには、自分でもどきりとする。きっと、ビルも奮い立つにちがいない。
 あとは、ほどほどにヒールの高い黒のサンダル。先からのぞくペディキュアがかわいい。それから、ブレスレット、ネックレス、イヤリング。
 鏡の前でポーズをとってみて、僕は、自分ながら美人だと思った。

 ポーラとミッシェルも、すごくかわいいと言ってくれた。
 マーガレットは、座ったまま、ただにこにこ笑っていたが、その目は、初デートに出かける娘を見送る母親のように、ちょっと感動している感じだった。

 それでも七時にはまだ早かったので、僕は、飲み物を飲みながら気持ちを落ち着かせた。

* * *

 ビルの邸に着いて車を停めたあと、玄関までは、まるで森のような樹々の間を抜けていかなければならなかった。
 チャイムを押したところで、僕は、あらためて家を観察した。チューダー様式の屋根の高い一階建てで、シンプルな造りだが、切妻式に突き出た玄関の大きさだけを見ても、ふつうの意味でシンプルとは言いがたかった。
 ドアが開いて出てきたとたん、ビルは、僕のスタイルを一か所も見逃すまいというように、足先から頭までゆっくりと視線を這わせ、目が合ったところで、にっこりとほほ笑んだ。
 彼自身は、茶色のコットンパンツにモカシンシューズ、上は真っ白なTシャツという姿だった。髪はいつものようにセットしておらず、洗ったまま、ラフに乾かした感じだ。僕は、こんな彼もすてきだと思った。
「さあ、入って」
 ビルは、さらに大きくドアを開け、僕を招き入れた。
「粗末なるわが城へのご来館、光栄の至り。お姫様」
「ふふ、ありがとう」
 そう言いながら、僕は、おしゃれな玄関ホールを見まわしていた。赤煉瓦ふうの床に、熱帯植物の鉢がよく合っている。
「すごくすてきだよ」
 あらためて僕の姿を眺めていたビルが言った。そして、その目が、ネックラインから出た胸の谷間にとまった。
「それ、全部、君自身?」
「ええ。今夜は、にせ物もパッドも入れてないわ」
「髪も、自前だね?」
 僕は、それにほほえみ返した。
「ええ、どう?」
「すごく似合ってる。これからは、もうウィッグはいらないんじゃないかな。仕事の時もそれでいいよ。もしセットとかが面倒なら、話は別だけど」
「ううん、こっちのがラクよ」
 そう言ってふわりと髪をかき上げた自分の仕草が、ものすごく女っぼかったことに、僕自身が驚いた。
 と、ビルもそう感じたらしく、次の瞬間、腕を僕の背中にまわし、抱き寄せてきた。そのキスに、僕はどぎまぎした。いきなり舌が入ってきたからだ。
 単なる「いらっしゃい」のキスだと思っていたのに、それは、1分はつづいた。いや、もっと長かったかもしれない。
 最初こそ戸惑ったものの、そのうち、僕自身も体が火照りだした。
 気がつくと僕は、抱きしめてくるビルに応え、両手を背中にまわしてしがみつき、脚をビルの脚にからめさえしていた。
 やっと唇が離れ、すぐ近くからビルの目が見つめてきたときには、興奮に震えていた。
「来てくれて、ありがとう」
 ビルは、あらためてそう言った。
「ふぅ、あなたって、お客さんにはいつもこんなふうにするの?」
 僕がきくと、ビルは笑った。
「あっ、いけない。そういえば、料理の途中だったんだ。こっちへ来て」
 僕の手をとったビルは、廊下を急ぎ、まるで「ハウス・ビューティフル」(※)に載っていそうなキッチンへと導いた。
 (※訳注 “House Beautiful”アメリカのインテリア雑誌)
 豪華な冷蔵庫や調理機器が壁沿いに取りまく真ん中に、島のように、大きな調理台が造りつけられている。四つあるガス台すべてに、銅鍋やぐつぐつ湯だつステンレス鍋がのっていた。
「ワインかなにか、飲む?」
「できれば、スコッチの水割りを」
 僕が言うと、ビルは、カウンターの上のキャビネットから、シーバス・リーガルのボトルを出し、さらに冷蔵庫から氷とミネラルウォーターを出して、水割りをつくってくれた。
「サラダをつくるのとソースを混ぜるの、どっちがやりたい?」
 ビルがきいたので、僕はソースの方を選び、木じゃくしを使って、鍋の中でいい匂いを立てるスパゲッティソースをかき混ぜた。といっても、水割りをちびちびやりながら、ただ混ぜるだけだから、その間、ビルがレタスをちぎり、トマトとキュウリを切り、ボウルに盛ってイタリアンドレッシングをかけるところをずっと見ていた。その上に、クルトンと細く切ったベーコンをちらし、サラダは完成した。
 僕は、サラダとスパゲッティを盛り合わせるのだと思っていたので、それならレタスがもう少し大きい方がいいと思ったのだが、どうやらサラダもスパゲッティも、テーブルで取り分けるつもりらしい。もちろんその方が、二人っきりのディナーらしくてすてきだ。
「オーケー、かき混ぜるのはもういいよ。隣の鍋に、スパゲッティを入れて。それが出来れば、もう食べられる。パスタは、そのレンジの横の缶の中」
 そこにあった円筒形の容器のふたを開けたところで、僕は、中に入っていたスパゲッティが、自家製らしいのに気がついた。市販品にくらべると、長さや太さが、微妙にそろっていない。それに、沸騰するずんどう鍋に入れたとたん、ふわっといい香りが広がったのも、市販品にはないことだ。
 鍋の中に溶け落ちるように沈んだスパゲッティが、沸騰にあおられ踊り出したところで、僕は、ちょっと差し水をしてからふたをした。
 スパゲッティがゆであがる間、ビルはチーズといっしょにスパゲッティに添える野菜(ビルによればブロッコリーというのだそうだ(※))をゆで、水切りして器に盛った。そして、ソースをサーバーに移した。
 (※訳注 アメリカにももちろんブロッコリーはあるが、家庭料理でひんぱんに使う食材ではない だから、若い男は名前を知らないことが多い)
 最後に、スパゲッティをざるに上げ、ボウルに移した。
「運ぶの、手伝ってくれる?」
 ビルがそう言ってスパゲッティとソースサーバーを持ったので、僕も、ブロッコリーの器を持ってあとに従った。

 入って行くと、そこは、庭に面したサンルームだった。天板がガラスになった鉄製の飾りテーブルと、そろいの椅子が二脚据えられていた。
 僕が座ろうとすると、ビルが、その細工のきれいな椅子をそっと引いてくれた。
 もう一度キッチンに行ったビルを待っていると、少しして、サラダとワインボトルを持って戻ってきた。
 そこで僕が選んだ最初の話題は、植物についてだった。僕らを取りまくサンルームの観葉植物も、全面ガラス張りの向こうに見える庭の芝生も、その両サイドを囲む森のような樹々も、みんな見事で美しかったからだ。
 高台らしく、正面は遠くまで見渡せ、太陽はまだ、地平線のわずか上にあった。このディナーの間に、僕らは夕焼けを眺め、そして‥‥夜を迎えるのだろう。
 席に着いたビルは、持ってきた赤ワインを慎重に開け、ワイングラスに少しだけ注いで、テースティングした。
 げッ! この男、なんて‥‥、‥‥すてきなの?
 グラスを揺すって香りをくゆらせ、口に含んで転がし、かすかにうなずいてから僕のグラスに注いでくれるビルを、僕はいつしか、うっとり見ていた。
 テーブルに用意された大きめのチャイナ皿は、真っ白で銀のふちどりがほどこされている。サラダ皿もおそろいだ。
 口の中にだ液が溜まるのを感じながら僕が自分の分のパスタを取り分けていると、その間に、ビルが二人分のサラダをよそった。
 スパゲッティの上にソースをかけていると、今度は、チーズの入った小さな器が差し出された。
「自家製のパルメザンをおろしておいたんだ。そのソースには合うと思うよ」
「あなたって、最高の奥さんになれるわ」
 僕は、にっこり笑って言った。
「それが無理でも、最高のシェフにね。もう、この匂いだけで、あたしがこれまで食べたうちで、いちばんおいしい料理だってわかるもの」
 ビルは、それにほほ笑みながらうなずいた。
 食事はおおむね静かに進んだ。僕が何度も発したかん高い叫びをのぞけば。料理のおいしさにはもちろん、ワインにも、そして、まるで映画のスクリーンのような夕焼けの光景にも、僕はいちいち、女の子っぽい歓声をあげていた。
 そんな僕を、ビルはうれしそうに見ていた。
 僕がその大皿のスパゲッティを食べ終わるのを見計らうように、ビルはいったん席を立った。そして、ブリーチーズとチーズケーキののった皿を持って戻ってきた。
 お腹いっぱいだったにもかかわらず、僕は、そのチーズとチーズケーキふた切れを平らげ、おまけに、ビルがワインのボトルをカラにするのを手伝った。

 ディナーが終わり、ビルが立ち上がったとき、外はもう暗くなっていた。
 僕の手をとったビルは、今度は、リビングルームへと導いた。ここもやはり、庭に面した側がガラス張りになっていて、他の壁面には、暖炉や、見たこともないほど大画面のテレビが設置されていた。
 二人並んでソファに腰掛けたところで、ビルは、リモコンでビデオをスタートさせた。始まったのは、評判は耳にしていたけれど、僕はまだ見たことのない名作恋愛映画だった。
「くつろいで、楽にしてよ」
 その言葉に、僕は靴を脱ぎ、両足をソファの上にのせた。と、ビルが僕の肩を抱いてきた。
 映画が半分くらいすぎたあたりで、僕らはキスし、その流れで、僕はビルの膝の上に抱かれていた。
 画面のベッドシーンが終わったところで、ビルがまたキスしてきた。そして、映画が終わる頃には、僕は画面どころではなくなり、そのキスにあえいでいた。
 エンドタイトルが終わり、ビデオの音がやむと、広い邸内に、僕ら二人の息づかいだけが響いた。
 ビルは、ずっとキスしつづけながら、僕の体をまさぐった。その手は休むことなく、ミニスカートから出たナマ脚の上を滑り、休むことなく、胸を包み、揺すり、もんだ。その唇も休むことなく、大きく開いたネックラインの下にもぐり込んで乳首を探り当て、そこを吸い、舌の先で転がし、前とはちがう僕のむずむずを刺激しつづけた。その間にも彼は、休むことなく、スカートの中に手を差し入れ、股の前側のそれを巧みに刺激しながらパンティを脱がし、その手を後ろにまわし、家を出る前に潤滑剤をたっぷり塗り込んできたそこをまさぐった。
 そんなことが、たぶん一時間以上もつづき、僕の方が、もうがまんできなくなっていた。
「ああ、ビル。お願い。‥‥して」
 僕は悶えながら言っていた。
「あたし、もう、立ち上がることもできない」
「ふふ」
 ビルは、ちょっと笑って、そんな僕を抱きかかえるようにしてソファを立った。
 その太い腕に甘えながら邸の中を歩き、気がつくと、部屋つづきながら暗い一角に導かれていた。
 ナイトスタンドの薄明かりに目が慣れたところで、そこにあるのが天蓋つきのベッドであることがわかった。
 僕が首にしがみつくようにすると、ビルは僕のTシャツの裾に手をかけまくり上げた。それで僕は、バンザイするようにして、彼が、Tシャツと、もうホックがはずされていたブラを抜き取るのに協力した。
 ビルは、キスしながら、僕の体をまさぐってスカートのジッパーのありかをつきとめると、それを下ろしてスカートを床に落とした。
 僕もビルのTシャツを脱がしにかかったのだが、途中からビルが自分で脱いだので、僕はズボンのベルトをゆるめた。
 ビルがTシャツを放り投げるのとほぼ同時に、ズボンが床に落ちた。
 そのズボンから足を抜いたビルは、もうがまんできないという感じで、裸の僕を抱いて吊り上げ、ベッドの端に腰掛けさせた。
 僕がベッドの上に足を上げ、身を横たえかけると、そこでビルは下着も脱いだ。コックが、まるで僕にねらいを定めるというように、こちらに向かっていきり立った。
 僕は、すぐにでもそれを受け入れたくて、ベッドの上にうつぶせになった。
 でも、ベッドに上がってきたビルは、キルトカバーの真ん中に枕を置き、そこに僕の腰をのせて仰向けに寝かせた。そして、覆い被さるようにキスしてきた。
 その唇が乱暴に首筋から肩に移動し、乳首を吸ってきたとき、僕は大きな声をあげて悶えていた。
 と、ビルは僕の脚を大きく開かせ、それを両腕で抱え上げるようにした。
 そんなふうにして手が使えないにもかかわらず、ビルのコックは、正確にその場所をつきとめた。
 そして、僕がなにか考える間もなく、それに反応する暇さえ与えず、気がつくと僕の中に入っていた。
 最初はゆっくりと、そして、次第に速くストロークしながら、それが僕の体の奥へと入ってきた。そのたびに、敏感になった僕の乳首や肩に、ビルの毛深い胸がこすりつけられた。
 体を折り曲げた形で押さえつけられ、その下で悶える僕の声はいやが上にも大きくなり、毛を剃ってしまったそこにビルの陰毛を感じたとき、最高潮に達した。その悦びを逃したくなくて、僕は、ビルの肩に掛かった足を、彼の首の後ろでからめ、きつく絞めた。
 そこで、ビルのストロークがゆっくりとしたものになり、そのぶん大きくなった。それがほとんど出てしまいそうなところまで腰を引き、今度はのどに達するほど深く突いてくる。
 そのたびに僕があげる悦びの声を楽しむように、ビルはそれを次第に速め、その突きを強めてきた。
 その時が、二人ほぼ同時にやってきて、僕らはいっしょに、悶え、うめき、叫び、達していた。しかも、その波が幾度も押し寄せた。
 その果てに、ビルの体がどさりとのしかかってきて、僕はその下で、不自然な体勢のまま、身じろぎもできないほどきつく組み敷かれ、でもそれに、大きな幸せを感じた。

 この夜の交わりは、これ一回では終わらなかったし、この体位だけでも終わらなかった。
 ビルはそのあと、僕をバックから犯し、さらに、二人で体を洗ったあと、今度はお互いのものを口でくわえて、イッた。
 僕らは、抱きしめあって眠りに落ち、翌朝、ほぼ同時に目を覚ました。
 そして、そこでもビルは僕の体を離すことなく、また求めてきた。

 朝の一戦を交えたあと、僕は真っ裸のまま起きだし、ビルがベーコンエッグといい香りのパンケーキを焼き、野菜スープをつくるのを、ぼんやりと見ていた。
 そんな朝食がすんだところで、ビルはデザートを欲しがった。モーニングテーブルにひじと頬を着けお尻を突き出した僕を、食べたのだ。

 大きなバスルームで二人でシャワーを浴び、僕はビデを使った。
 と、今度は、きれいになったそこを、ビルが「僕のかわいいプッシー」と言って舐めてくれた。
 そこに入ってきた舌の動きに、これまで経験したことのないイキ方でイカされ、僕は、自分自身、そこを、彼の呼んだとおりのものだと感じていた。

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第16章


 三か月目の検診の時、僕のスリーサイズはバスト36(胸まわりの筋肉が減ったせいか、じつは「胸囲」としては男の時とさほど変わらない)、ウエスト24(驚くほどくびれ、胃のあたりも引っ込んだ)、ヒップ37(ビルに言わせれば「ビジネス上も効果満点なベイビー・ヒップ」)になっていた(※)
 (※訳注 センチ換算すると、およそ 91−61−94)
 Cカップのブラがつめものなしでぴったり。乳首はいつも立ち気味に突き出ているが、それを隠すのにじゅうぶんなほど、髪が伸びている。
 意識しているわけではないのだが、前より姿勢がよくなった気がする。体の前側にかかる重みとバランスを取るため、背筋が自然と反るせいらしい。
 これも自分では気づいていなかったのだが、ビルの言葉によれば、仕事中の脚の組み方とかも、前よりさらに女っぽくなっているという。まあ、あれだけ見つづけている人から、連日「ヤル気」を引き出すのだから、それはまちがいないだろう。
 毎日どこかしらコーディネイトを変え、同じ服の取り合わせは避けているおかげで、手持ちの女物もずいぶん増えた。うちいくつかは、週末デートでの、ビルからのプレゼントだ。

 この日、いっしょにドクター・フィルの病院に行ったポーラの胸もBカップに達していた。彼女の「ファンタジー」だったAカップのかわいい胸を超えてしまったわけだ。とはいえ、スリーサイズはキュートな34−21−33だ(※)
 (※訳注 センチ換算 86−53−84)
 今も毎晩、彼女とひとつのベッドで寝ていることに変わりはないが、じつは、その場所が変わっている。今は二人で、僕のアパートで暮らしているのだ。
 そんな毎晩の経験から言えば、乳首だけはポーラの方が僕より大きく、しかも感じやすい。といっても、僕のだって負けないくらい敏感だ。ポーラのテクニックが上達したこともあり、彼女にそこを吸われると、気が狂いそうになる。一度など、それだけでオルガスムに達してしまったほどだ。
 ちなみに、Bカップになったミッシェルは、まだマーガレットのところにいる。とはいえ、最近では、経理課の男ともつき合っているらしい。
 検診からの帰り、僕ら三人はランチを食べながら、「あたし、ドクター・フィルの指に恋しちゃったみたい」というポーラの言葉に笑い合った。

 その日の午後、ビルは、時間をかけ、じらすように僕を全裸にし、CEO室のふかふかの絨毯の上で愛してくれた。しかも、一回では許してくれず、結合したまま、ふたりそろって二度イッた。
 終わったあと、お腹の中いっぱいになった精液がこぼれ出そうになるのを、大量のクリネックスで抑えていると、ビルはそのまま、僕の畦編みのニットワンピースを頭から着せかけた。おまけに、靴まで履かせた。
 つまり、このまま、下着なしでいろという「提案」だろう。
 僕はそれに素直に従い、この日は、そのあとずっと、ニットの胸を大きく揺らして部屋を歩き、デスクでもミニスカートの奥をのぞかせて、ビルのためにシャロン・ストーン(※)を演じた。
 (※訳注 主演映画『氷の微笑』に、ノーパンのミニスカートで脚を組み替え、マイケル・ダグラスを誘惑するシーンがある)

 でも、それだけでは終わらなかった。仕事のあと、ビルは、そのままで週末のデートに出かけようと誘ってきたのだ。
 おかげで僕は、ノーブラ・ノーパンのまま、街でいちばん立派なレストランで食事し、そのあと一時間ほど、高級ホテルのラウンジでダンスするはめになった。
 困ってもじもじする僕を見て興奮したのだろう。ビルは、車で邸に向かう途中から、僕のスカートをまくり上げてきた。邸に着いて車を降りると、玄関に達するまでに、ワンピースを脱がされていた。
 僕が逃げるように寝室に駆け込まなかったら、たぶん最初のセックスは玄関でだったろう。

 翌日、僕らは午前中から出かけた。近所への買い物だけということだったので、僕は、短くてピチピチのホットパンツと、やはり、せいぜい胸を隠すだけのチビTを着て出た。足も、ヒールが高く、細いストラップで編まれたサンダルだけ。ナマ脚をまるまるさらしていた。
 ところが、どうやらビルは、そんな僕を見せびらかしたくなったらしく、次々に、休日の人混みを連れ歩いた。
 動物園に行き、公園を歩き、水上スキーや日光浴する人たちが集まっている湖畔を散歩し‥‥。さらにそこで、フリスビーをしている人たちを見て、僕らもやろうということになった。
 ビルは、どう考えてもわざと、僕がとれるぎりぎりの高さやコースにディスクを投げてきた。おかげで僕は、チビTがまくれ上がりそうなほど腕を伸ばし、また、飛び上がるたびに胸を大きく揺らすことになった。なんとかまる出しにはならずにすんだものの、乳首がTシャツの生地にこすれて痛かった。
 駐車場まで戻ったところで、僕がそう訴えると、まだ陽は高いというのに、ビルは車の中でそこを舐めてくれた。
 それはたしかに効いたようだ。いや、僕の乳首にというより、偶然、車の脇を通りかかった12歳くらいの子どもたちに。驚いて見開いたつぶらな瞳が、車窓に並んだ。

 夜十時、アパートまで送ってもらい、この日のデートは終わった。ビルは、もう一晩邸に来るかと誘ってきたが、明日の朝、着ていく服がないからと断ると納得した。
 じつはお互い、もうお腹いっぱいなほどセックスしていたのだ。

* * *

 次の週、ビルはワシントンDCで、有力な見込み客との商談を抱えていた。ビルはいっしょに行こうと誘ってくれたが、僕が「そんなことしたら、気が散ってビジネスどころじゃなくなっちゃうんじゃない」と言うと、うなずいた。
 今、二人でいっしょに出掛ければ、お互い、片時も離れたくないと思ってしまうにちがいない。それで、彼ひとりが行き、僕は留守番することになった。

 ビルが発った月曜日、ポーラはロジャーから週末のデートを誘われたようだ。
 ポーラとロジャーも、僕ら同様、そういう関係を持ちつづけているが、まだデートに行ったことはなかった。
 その週、ポーラはずっと、まるでローティーンの女の子のようにそわそわしていた。
 ところが、そんな彼女にとって、悲劇と言っていいことが起こった。木曜日、ロジャーの弟が不意に訪ねてきたのだ。

「ねえ、エイミー」
 ポーラが甘えるような声で話しかけてきたのは、金曜のランチの時だった。
「ゆうべから、ロジャーのとこに弟のサムが来てるって言ったでしょ」
 僕がうなずくとポーラはつづけた。
「ロジャーったら、せっかくやって来た弟をほっといて出かけるわけにいかないって言うの。ニューヨーク暮らしのサムと会うのは、せいぜい年に一度だからって」
 僕はそれにもうなずいた。
「だけどあたし、今夜のディナーにはどうしても行きたいの。彼にそう言ったら、それなら誰かサムの相手を探してくれよって。でね‥‥、ビルも出張してることだし、あなたがサムのお相手してくれない?」
 今度はうなずくわけにいかなかった。僕はランチの間中ずっと、他の男とデートなんてできないし、する気もないし、しちゃいけないと思ってると言いつづけた。
 それでもポーラは、僕の気持ちを変えさせようとあれこれ言い、あげく、まるで血統書つきのバセットハウンドのような目で僕を見つめてきた。その、大きくて悲しげな瞳に、結局、僕は負けてしまった。

 いや、まあ、正直に言えば、僕自身、初めてのドレスアップしたディナーデートに心惹かれたのもたしかだ。

* * *

 仕事が終わると、猛ダッシュで帰った僕らは、大急ぎでバスを使い、髪をセットし、メイクし、服を選んだ。
 僕は、黒レースのパンティに、黒の薄くて光沢あるストッキングをガーターベルトでとめ、その上にはやはり黒のミニドレスを着た。ホルターネック(※)だからノーブラで、肩から背中のほとんどが露出している。
 (※訳注 halterneck パーティドレスなどによく見られる前側の布またはストラップを首の後ろで結ぶ形式の襟)
 耳には大きなフェイクダイヤが揺れるピアスをし、やはり大きな宝石がついた指輪をはめた。さらにおそろいのブレスレットとアンクレット。黒のスエードパンプスのヒールは3インチだ。
 ポーラの方は、ゆったりした感じのパンツルックだったが、色は赤で、上はやはりホルターネック。パンティと、気の毒なほど高いヒールも赤でそろえていた。その赤のコーディネートは、裸の肩口で揺れる赤毛とよくマッチしていた。

 ちょうど準備が終わったところへ、男たちが迎えに来た。スリーピースのスーツに、白いシャツとパワータイ。いかにもエグゼクティブという感じだ。
 ただ、身長5フィート11インチ(約180センチ)くらいのロジャーは、そんな格好だと、どうしても財務担当重役という厳めしさがただよう。それに比べ、背の高いサムは、まるでヨーロッパのサッカー選手が正装している感じだった。6フィート3インチ(約190センチ)で190ポンド(約86キロ)というところだろうか。筋肉質だがけっしてごつくない。それにも増してヨーロピアンな雰囲気をかもし出しているのは、長髪気味のブロンドをルーズにまとめたヘアスタイルと、ほほ笑む口もとにきれいに切りそろえたひげのせいかもしれない。
 サムは、僕の全身に三度ほど視線を這わせた末、ため息まじりに言った。
「美人とは聞いたけど、ロジャーの言い方じゃあ、君の美しさの半分も伝わらなかったな」
 それに対し、ロジャーが言い返した。
「サム、それは俺のせいでなく、お前の思い上がりのせいだろ」
 そして、こうつけ加えた。
「ニューヨークの金持ち相手に美容整形外科医として荒稼ぎしてるお前は、どんな美人でも自分の手でつくり出せると思ってるんだろう。でも、世の中にはお前の想像を超えるような美人だっているってことだ」

 僕は二人に「出かける前に一杯いかが」と勧めたのだが、予約した時間に一時間もないとかで、「飲むなら、着いてからにしよう」とロジャーは言った。
 それで僕らがバッグを取ってくると、サムが僕の裸の背中に手を添えてきた。そこから全身に走ったしびれるような感覚に驚いているうち、僕は、濃紺のメルセデスの後部座席へと導かれていた。
 隣に乗り込んできたサムが、ドレスから出た脚を舐めるように見てくるのに気づき、どぎまぎしていると、今度は運転席に乗り込んだロジャーが助手席のポーラを抱き寄せ、濃厚なキスを交わしはじめ、僕はそれにもどぎまぎした。ついさっき急いでいると言ったのを忘れたかのように、ロジャーはキスをつづけ、なかなか車を発進させようとしない。目のやり場に困っていると、今度は、それに気づいたらしいサムが気をつかい、仕事のこととか日ごろのこととか、あれこれきいてきた。
 それにもまた落ち着かず、早く車を出してくれと言いたくなったところで、やっとロジャーはギアを入れた。

 連れて行かれたのは、街いちばんの銀行ビルだった。どうやら、ここのレストランに予約が入れてあるらしい。
 駐車場で車を降りた僕らは、四人それぞれの思いを抱きつつ、バラの植え込みにはさまれた通路を通り、銀行の店舗に面したオープンロビーに出た。そこにあったシースルーのエレベーターに乗り込むと、それが上昇するのに合わせ、ロビーに立っていた警備員が見上げてきた。どうやら、僕のミニスカートの中が気になったらしい。
 街の夜景が見渡せるそのエレベーターは、まるでビルの外壁にへばりついて昇っていくようで、それに目まいを覚えた僕は、気がつくと、サムの体にすがるように身をあずけていた。

 街でも有名なそのレストランの名はもちろん知っていたけれど、しがないサラリーマンの身で来られるような店じゃない。
 でもロジャーは、慣れた感じでチェックをすませ、僕らをラウンジへと導いた。
 窓からのすばらしい夜景を活かすためだろう。そのバーラウンジにはフロアライトだけが灯り、ローテーブルが窓際に配置されている。テーブルが囲むフロアでは、ギターとキーボードとドラムで編成されたバンドのムーディーな生演奏に合わせ、何組かのカップルが踊っていた。
 他のテーブルの客たちが、こちらをちらちらと見てきた。大半は年配のお金持ちらしい人々。接待や待ち合わせらしい実業家ふうもいる。中には若いカップルもいたが、これはおそらく「特別な夜」のための大奮発だろう。また、驚くほどの美人を連れた白髪まじりの男性も3人ほどいた。きっと、やさしい「パパ」にちがいない。
 ロジャーとサムがお酒の注文をしてくれ、僕らはしばらく、それを飲みながら、サムのニューヨークでの仕事や暮らしについておしゃべりした。
 三十分近く過ぎたところで、支配人が「テーブルの用意ができました」と呼びに来た。
 案内されて階段を昇った階も、下のラウンジ同様うす暗いしつらえだが、ディナーテーブルがセットされ、そこにキャンドルが揺れていた。その光を映す銀やクリスタルやボーンチャイナの食器類を、深紅のテーブルクロスが際立たせている。
 大きなメニューをのぞきこみながら注文し、それを待つ間、僕らは三杯目のお酒を飲んだ。僕はもうジンを二杯も飲んでいたからちょっと迷った末、結局マティーニを頼んだ。
 言うまでもなく、サラダが来る頃には、僕はほろ酔い気分でくすくすと笑い声を立てていた。
 いや、正直に言おう。酒に酔った状態でレディらしいくすくす笑いなんてできるものじゃない。あれは、馬鹿笑いに近かった。なにしろ、サムの話が面白すぎたのだ。アンチエイジングに命をかけるお金持ちのおばあさん、大きな鼻を気にしているハリウッドスターの卵、とんでもない巨乳を望むストリッパー‥‥そんな話に僕らは笑い転げた。
 オープングリルになった厨房から運ばれてくる料理もすばらしかった。ロジャーがテースティングしたワインも、ほんとにおいしくて、四人でボトル三本を空けてしまった。たぶん一瓶だけで、僕の週給より高いだろう。
 ポーラがまだ食べたことがないというので、デザートにはクレープ・シュゼットを選んだ。こってりした料理とお酒のあと、オレンジソースのすっきりした風味はまた格別だった。

 ディナーが終わったところで、僕らはふたたびさっきのバーラウンジに戻り、わいわい言いながらお酒を注文した。僕とポーラはブランデーにしたのだが、それはまるでオレンジシャーベットのような口当たりで、ついついグラスが進んだ。
 しばらくするとバンドがアップテンポな曲を演奏しはじめ、僕らはそれにつられるようにダンスフロアに出て、何曲も踊った。
 サムは、女性の扱い方を万事心得ているようだ。その言葉やマナーは、僕をどんどんいい気持ちにさせていった。ダンスのリードもうまく、彼に身を任せていれば、ステップをまちがうようなこともなかった。
 数曲踊っては席に戻って飲み、また踊っては飲み、それが何度も繰り返され、僕はさらに酔っていた。お酒の間に運動がはさまっているのだからなおさらだ。
 そこで曲調がゆったりとムーディーなものになった。それにつれ、サムのダンスのスタイルも変わった。
 露出した背中を抱き寄せる彼の手の大きさに、僕は自分自身をか弱い存在だと感じ、薄い生地だけに覆われた乳首をこする彼のスーツの感触に、いよいよ官能的な気分になっていった。
 耳もとにささやきかける彼の息が、耳の中まで入りこんでそこをくすぐる。さらに強く抱いてくる彼と音楽に身を任せ、僕は揺れていた。
 すべてが心地よく、僕の太腿の間に割り込もうとする彼の膝も、下腹部に押しつけられている硬いもりあがりさえも、すべてがすてきなことに思えた。
 ダンスフロアで初めてキスされたとき、背中にかかる髪が震え、背筋にしびれが走った。
 二度目のキスで舌が口の中に入ってきたとき、僕の舌はまちがいなくそれを歓迎していた。曲が終わる頃には、ほとんど酸欠状態であえいでさえいた。

 レストランを出て、例のシースルーのエレベーターに乗ったとき、僕の体は完全にサムの両腕に包まれ、お尻には、彼の硬いものが押しつけられていた。そして僕は、その欲望をかなえてあげたいと願っていた。
 おかしな話だが、ベンツの後部座席でサムの膝に抱かれキスされている時まで、僕は、自分が大きな秘密を抱えた存在だということをすっかり忘れていたのだ。
 でも、そこで唐突に、このままいけば危ういことになるのに気がついた。
 サムの両手がホルターネックの脇から忍び込み、胸のふくらみを包んできたのに悶え、彼の舌を吸い返しながらも、僕はこれ以上進めるのはまずいと感じた。少なくとも、秘密を明かさずに進めるのは、彼に対してフェアじゃない。
「‥‥ねえ、サム」
 サムのキスが唇を離れ、首筋あたりに移ったところで、僕は悶えながらも言った。
「あたし、あなたに、‥‥ぁん‥‥言って‥‥ぅうん‥‥おかなきゃいけないことが‥‥ぁん」
「ふふ、気にしなくていいよ。わかってるから」
 サムは、僕の耳にキスしながらそう言った。
「‥‥えっ?」
「ロジャーからすべて聞いてるよ。君とポーラの秘密も、それに、君とビルのこともね。安心して」
 サムはそこで、僕の目を見てつづけた。
「忘れたのかい? 僕はその筋の専門医だよ。たとえロジャーが内緒にしてたって、たぶん見破ったよ。僕の患者には、42丁目(※)の美女たちだってたくさんいるんだからね。まあ、美女に変えたのは僕なんだけどさ」
 (※訳注 “42nd street” 現在ではディズニー系の施設を中心とした再開発が進み、超健全な街区になっているが、この小説が書かれた当時、ニューヨーク42丁目通りのタイムズスクエアから8番街あたりは風俗店が並び、ゲイバーも多かった 日本ならさしずめ「新宿二丁目」というところ)
 そこで彼は、さらに僕の目を見つめてきた。
「でも君は、彼女たちとはちがうな。君は模造品なんかじゃない。本物だ。本物の‥‥女」
 そう言うと、サムはふたたび僕の首筋にキスし、肩、さらに鎖骨あたりに唇を這わせた。
「それにね、僕はこの街にずっといるわけじゃない。だから、君の人生を変えようとは思わない。君には他に大事な人がいるんだろ。だけど今、僕は君が欲しいんだ。君も、そう感じてくれてるならうれしいけど」
 そんな言葉に心を揺さぶられているうちに、車は大きな邸の敷地へと入っていた。この街の高級住宅地の一角、ビルの邸からもさほど離れていない場所だ。
 車を降りて助手席側にまわりこんだロジャーは、ポーラの手をとりながら、僕らにも声をかけてきた。
「さあ、家に入ってくれ。車の方が興奮するというなら、それでもいいけどな」
 サムは僕を膝から下ろすと、ドアを開け、先に降りて僕の手をとって降ろしてくれた。
 先に行った二人のあとを追うと、ポーラは、玄関の鍵を開けるロジャーに腕をからめしなだれかかっていた。
「サム、もし、酒やロマンチックな音楽が必要なら、好きにやってくれ。ありかは知ってるだろ。悪いが、僕らは二階に消える。急いでしなきゃいけないことがあるからな」
 ロジャーの言葉とともに、ポーラのハイヒールが大理石の階段に響いた。
 二人が去ったところで、サムは僕に笑いかけ客間へと導いた。
 そこでサムがなにをするつもりなのか、僕には想像がつかなかったし、実際、これまでの経験からは想像できないようなことが待っていた。
 サムがスイッチを入れると、うす暗い部屋の四隅に据えられたフロアランプだけが灯った。
 むき出しの背中の真ん中に置かれたサムの手が撫でるように動き、僕を誘導した。
 僕は、そこにあった白いソファに座るのだろうと思っていた。というか、押し倒されるのだろうと。
 ところが、そうではなかった。サムは僕を、その白いカバーの掛かった背もたれの後ろに立たせると、背後からいきなりスカートをまくってきた。
「ふふ、思ったとおり、下着も黒なんだね」
 サムはスカートの裾をガーターベルトの内側に挟み込み、僕のお尻をあらわなままにした。ソファの背もたれに手をかけながら、いったいなにをするつもりだろうと思っていると、サムはそのままレースのパンティをずり下げた。
 肩越しに振り向いた僕がなにか言うより早く、サムは次の行動に出ていた。たとえ、お酒と車の中の刺激で頭がぼーっとしていなかったとしても、それを止めるすきなどなかっただろう。サムは、両手で僕のお尻を広げるようにすると、そこにしゃがみ込んだ。そして、次の瞬間には、その舌が僕のアヌスの中に浸入してきたのだ。
 僕にできたのは、体を前に折り、背もたれにしがみつくことだけだった。
「あっ、あぁん、サムったら。そんな‥‥、あっ、ああーん」
 彼の長い舌が、震えるように前後し、僕のそこをさらに押し広げ、ついに前立腺に達したとき、僕はがまんしきれず大きなもだえ声を上げていた。
 それがしばらくつづいたところで、また突然、サムは立ち上がった。今のショックにまだ落ち着かない視線で後ろをうかがうと、サムは背広のボタンもはずさず、いきなりズボンを下ろした。
 そこから現れたコックは長くて太く、張りつめて黒光りする先端からは、すでに液体がすじを引いて垂れていた。白いワイシャツの裾を割っていきり立つそれが、僕のそこに押しつけられ突いてきた。その突きが何度も繰り返され、僕を押し広げ、ついには奥深くまで入りこんだ。
 すでに恍惚の域に達していた僕は、あとひと突きだけでクライマックスを迎えていただろう。
 ところがそこで、サムは動きを止め、僕の背中に覆い被さるようにして、ホルターネックの結び目をほどいた。それが前に落ち、乳房があらわになって揺れた。と、サムは僕の体に両手を回し乳首のありかを捜し、そこをつまんできた。
 僕がそれに声をあげると、次にサムは、他の男はまずしないだろうということをした。
 僕の乳房を両手で持ったまま、体を起こし、反り返ったのだ。おかげで、背もたれを持っていた手が離れ、僕の体も、結合したまま、彼の体の上で反り返っていた。つま先も床から離れ、宙に浮いた。
 と、サムはそのまま数歩歩き、家具の置かれていない内装用のレンガ壁の前まで行った。そして、その壁に僕の体を押しつけた。僕は足を浮かせたまま、煉瓦の目地に爪を立て、しがみついた。
 するとサムは、胸を抱いていた手を片方ずつ抜き、その手で両腿を抱え込むようにして大きく開かせた。へばりつくように壁に押しつけられた僕の、内腿や乳房や手のひらに、レンガの冷たい感触が伝わった。と、サムがふたたび速く激しいピストン運動を始め、そのひと突きごとに、僕の体は壁をずり上がった。
 僕はもうがまんできず、スカートの内側に悦びのしるしを噴射しながら、その愉悦に大声を上げていた。そのせいで、僕のお尻が痙攣して絞まり、それがサムのものを絞めつけた。僕の中でも、サムの悦びのしるしが何度も噴射され、僕を満たしていった。
 その熱いものが発射される感覚ごとに、サムもうめき声を上げ、その声にもうこれで終わりかと思うと、さらにまた強く突いてきた。
「あぁー、もう‥‥だめ。‥‥だめよ。あっ‥‥ああ〜‥‥」
 その強烈さとワイルドさに、僕も、わけのわからないことをわめいていた。
 それがやっと鎮まったところで、サムは、僕の体をさらにちょっと持ち上げるようにして結合部分から自分のものを抜いた。そして、ゆっくりと僕の片足を床に下ろしてくれた。おかげで僕は、バランスを失うことなくもう片足も着地した。
 それで終わりかと思っていると、サムは僕の体に密着したまま、今度は、僕のドレスのうしろに少しだけあるファスナーを下げた。腰に引っかかっていたドレスが床に落ちると、次にはガーターベルトとストッキングだけになった僕の両膝の後ろに片腕を回し、そのまま横抱きにかかえ上げた。
 そして、部屋の中央まで運ぶと、そこに敷かれた毛足の長い絨毯の上にそっと降ろした。
 サムが僕の両足を持って差し上げ、ふたたびそこに挿入してきたとき、僕はもう落ち着いた気分でそれを受け入れることができた。さっきのに比べれば、それはずっとふつうのやり方だった。
「‥‥もしッ‥‥君がッ‥‥その気ならッ‥‥手術してッ‥‥あげるよッ」
 ひと突きごとのあえぎにのせて、サムが言った。
 僕は一瞬、その意味を取り違えた。まるで今現在、彼のコックでそこを切り開かれているような気がしたからだ。

 今度もまた、二人同時に達し、その瞬間、サムは僕にキスしてくれた。

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第17章


 ことが終わり、引き抜いたところで、サムは僕の股間を開いたままにして説明しはじめた。
「まず最初に、ここからここまでメスを入れる」
 彼のに比べればずっと貧弱な僕のコックにあてられたその指が、亀頭の下あたりから、陰のうの前の部分まで動いた。
「そこから海綿体と睾丸と輸精管を切除する。そのあと、今度は、陰のうの奥を切りひらく」
 サムはそう言って、僕の股のあたりを撫でた。
「その中にペニスの皮を裏返しにして押し込み、ふたたび筒状に縫合する。ただし、ペニスの神経束だけは陰唇の周囲に配置する。そんなにむずかしいことじゃないよ」
「ほんとに簡単そうに言うのね。なんなら今から、台所に行ってキッチンナイフでも持ってきましょうか?」
「ふふ、簡単とは言わないまでも、たいていの外科医ならできる手術さ。まあ、可能だという意味ならね。でも、芸術の域に達するほどきれいに仕上げられる医者はそうはいないよ。造膣するだけでなく、こことここから脂肪を移植してボリュームある小陰唇をつくる。さらに、亀頭を使って近くで見てもわからないほど精巧なクリトリスを形成する。その表面にある神経もほとんど損なうことなく活かす。そして最後に、この袋を使って、きれいな大陰唇をつくる」
 サムはそう言いながら、僕の睾丸で遊んだ。
「ねえ、それって、こんなに大きなのでもだいじょぶなの?」
 僕も、サムのコックに手をかけ、しごきながらきいた。
「ああ、お好み次第さ。ただ、その好みが18インチ(約45センチ)のペニスだって言うんなら、お尻のあたりの皮膚も移植することになるけどね」
「だけど、時間がかかりそう」
「手術?」
 僕がうなずくとサムはつづけた。
「問題なければ三時間ってとこだよ」
「三時間で退院?」
「いや、いくらなんでもそれは無理だ。手術そのものの時間さ。そのあと、最低でも一日は入院が必要だな。退院後も数日間は安静にしてなきゃいけない。トイレとかは、誰かに介助してもらう必要もあるしね(※)
(※訳注 入院費が高いアメリカでは、日本とちがい、どんな手術であれ、早期退院し家庭療養するのが一般的)
「で、その期間が終われば、すぐに使えるようになるの?」
「一週間もすればね。ただしそれは、君がMで、痛い方が感じるっていうならって話だけど」
 そう言ってサムは笑った。
「リアルな話、1か月近く、セックスそのものはがまんした方がいいかな。まあ、それも医者の腕によるよ。いい医者なら回復はもっと早い。で、僕は、まちがいなくいい医者だ」
「あら、あなたってモハメド・アリの弟子?」
「アイム・グレート‥‥ってか」
 サムは、アリの口まねをしてからつづけた。
「ふふ、冗談じゃなく、僕はもうこの手の手術を何十回もしてるからね。もちろん、失敗は一例もないよ」
「みんな、二・三週間でできるようになったってこと?」
「いや、それだけじゃない。みんな、それ以降の生活もうまくいってるってことさ。つまり、性生活がね。下手な医者にかかると、見かけだけはそれらしくなっても、神経を傷つけて、なにも感じないってことがよくある。僕はそんなへまはしないよ」
 サムはそう言ったところで、なにかを思い出したようにつづけた。
「そうか。口で言うより、僕の腕を信用してもらえる格好の施術例を、君はすぐそばで見られるわけだ」
「え? どういうこと?」
「僕はこの週末を使ってロジャーのところに遊びに来たんだが、じつはもう数日滞在する。かわいいポーラのお願いをかなえてあげるためにね。今度の月曜に、こっちの病院で手術することになったんだ」
「えーっ!」
 僕は思わず大声を上げていた。
「そ、それは、ポーラも承知の上?」
「もちろんだよ。もともと近いうちに来るつもりではいたんだが、急に決まったのは、頼んでたこっちの病院で、ちょうど月曜に手術室のアキができるって聞いたからさ。ロジャーにもポーラにも、なるべく早くって言われてたしね」
 あの子ったら、そんなことなにも言ってなかったのに‥‥。
 そのポーラの決断に、僕はしばしぼう然としていた。
「それはともかく、僕には他に、今すぐしなきゃならないことがある」
「えっ? なんのこと?」
 サムの言葉に我に返り、僕は聞き返した。
「まず、このおっぱいが痛くなるほど吸いたい。それから、この魅力的な体をもう一度犯したい」
 僕は、吹き出しながら答えた。
「だけどあたし、その前に、トイレに行かなきゃいけないわ。じゃないと、さっきのがこぼれて、ロジャーの上等な絨毯を台無しにしちゃうもの」
「そうだね。でも、ここ、完全にぬぐいとっちゃだめだよ。すぐまた入れられるように、滑りをよくしといて」
 サムも笑いながら言った。
「トイレに行ってる間に、酒の用意でもしとくよ」
「あら、だけど、今の話だと、あたしにそれを飲むひまはないみたい」
「いや、終わったあと、のどが渇くだろ」

* * *

 月曜日の午前中、出張から戻ったビルと顔を合わせたところで、僕はポーラの手術のことを話した。ビルは一瞬、あっけにとられた顔をしたが、僕に、病院までお見舞いに行ってきたらとすすめた。彼自身、その手術に関心があり、経過を知りたいにちがいない。

 病院に着くと、すでにそこにはロジャーが来ていた。そして、十五分もしないうちに、手術室からグリーンの手術衣を着たサムが出てきた。
「ポーラは無事?」
 僕がきくと、サムはちょっと心外そうな顔をしてみせた。
「もちろんさ。整形外科界のピカソに向かって、その言い方はないだろ」
 と、それを聞いたロジャーが言った。
「ピカソって‥‥。できればミケランジェロと言ってほしかった」
「あれ? 兄貴は、ポーラにおっぱいが三つ欲しかったんじゃないのか。だったら、先に言ってくれよ」
「ねえ、ポーラと話せる?」
 男たちの冗談を無視して僕がきくと、サムはやっとまじめな顔になり答えた。
「あと三十分くらいしたらね。もう昏睡からは覚めてるが、まだもうろうとして会話できる状態じゃない。しばらく寝かせておいた方がいいだろう」
 そこでサムは椅子に腰掛け、手術の経過を話してくれた。それは写実的で、微に入り細にわたった。
 しばらくすると、看護師が来て、ポーラの意識が戻ったので、病室に移したと告げた。

 僕らが入って行くと、ポーラはベッドの上で起きあがろうとしたが、体に力が入らないらしく、すぐにあきらめた。でも、その顔は笑っている。
 ロジャーが近寄り手を握ると、サムはもう片方の手首に指をあて、腕時計を見ながら脈をとった。僕は、ポーラの頬にキスしながら、「だいじょうぶ?」ときいた。
「ええ、だいじょうぶ‥‥と思うけど。ねえ、サム」
 ポーラの言葉に、サムはうなずいた。
「ああ、だいじょうぶ以上さ。完璧だよ」
「だけど、自分じゃあ、どうなってるのかよくわからないの。なんだか、腰から下がなくなったみたい」
「まだ局部麻酔が効いてるからね。あとしばらくは、そんな状態がつづくよ。でも、二・三時間すると、下半身の感覚が戻ってくるはずだ。激しい痛みとともにね。そしたら、看護師に言って、睡眠薬を飲ませてもらえばいい。眠ってる間に和らぐよ」
「でも、手術は成功だったんでしょ。さっき、完璧って‥‥」
「ああ、もちろんだよ。たいていの女の子は、母なる自然の力で女になる。でも君の場合は、たまたま、母なるサムが代わりを務めたってことさ。君のあるべき姿に、つまり、あるべきところに、あるべきものを、ね」
 サムは、そう言ってから、さらにつづけた。
「だけど、たいていの女の子は、自分のヴァギナになんらかの不満を持ってるものさ。大きすぎるとか小さすぎるとか、他にもいろいろとね。満足している幸運な子なんてひとにぎりだ。で、まちがいなく君はそのひとにぎりに仲間入りできるはずだ。もちろんクリトリスもね。最高に感じるのは標準よりちょっと大きめのサイズだと言われてる。僕が手がけた女の子たちは、みんな、そのサイズだよ。まあ、そのうち、君自身が指で確かめて実感するだろうけど」
 その言葉に、僕らは笑ってしまった。
「膣もそうさ。ふつうの男のものではすぐに満足できなくなる子もいれば、いつまでたっても苦しみを伴う子もいる。でも、僕の患者たちは、そんな心配はない。君の膣は、いつもスリルを味わえるほど絞まっていて、でも、十分な大きさを受け入れるだけの深さも柔軟性もある」
 そこまで言ったところで、サムは、ロジャーと僕の方に視線を移した。
「さっきも言ったが、あと二時間もすると、彼女は痛みに襲われるはずだ。ひどくね。その痛みが今日一日はつづくだろう。でも、それ以降は治まってくる」
 そこで、もう一度ポーラに目をやり、サムはつづけた。
「今夜は薬の力を借りてゆっくり眠るといい。おかしな出血でもないかぎり、それに、君が医者の言うことをちゃんと聞くと約束するかぎり、明日の午前中には退院できるよ」
「そのあとは、僕らが面倒を見るよ。エイミー、いいだろ。半日ずつ交替で彼女についていてやろう」
 ロジャーが言った。
「ビルには、僕から言っておくよ。サムの話だと、木曜には自分で起き出せるらしいから、それまでの間ね」
「じつは、ニューヨークに戻るのが、金曜日に延びたんだ。だから、その日の午前中、ポーラの包帯をはずすのにもつき合えるよ。まあ、その時までのお楽しみってわけだ」
 サムが言った。
「おたのちみ‥‥?」
 まだ麻酔が効いているせいか、ポーラが小さな女の子のように舌っ足らずな口調で聞き返した。
「そうだよ。その日になったら、とびきりすてきなプレゼントがもらえるんだよ。だから、それまで、いい子にしてるんだぞ」
 サムはそう言って笑い返した。
「さて、それまでの間、僕はこの病院で手術をいくつかかたづけなきゃいけない。ここの連中が、ビッグアップルの最新マジックを見たいんだとさ」

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第18章


 会社に戻り、ポーラのことを報告したあと、僕はビルに、サムと過ごした週末のことも正直に告白した。意外にも、ビルはそれを冷静に聞き、「僕のそばにいるときは、僕のものであってほしいけれど、プライベートの時間まで束縛するつもりはないよ」と言った。
 ただ、それが必ずしも言葉通りでないことは、二時のコーヒータイムの時、わかった。いつものとおりソファに対座すると、ビルはいきなり、僕のブラウスの前をはだけ、胸に顔を突っ込んできた。
「で、サムとは、どんなことをしたんだい?」
 ビルは僕に、サムとしたことを細大もらさずしゃべらせ、すべて同じようにしてみせた。最後に、ソファに腰掛けた膝の上にまたがってイカされたところまで一部始終を。
 そのすべての交わりで、僕の中にはたくさんのものが放出された。どうやらこの一週間、ビルの方はがまんしていたらしい。

* * *

 その週、僕は、あれこれとポーラの世話をした。シーツを替え、食事を作り、尿のカテーテルバッグを交換し、ベッド用便器の始末をし‥‥。
 もっとも、そこまで必要だったのは、退院した当日と翌水曜だけで、木曜の午前中には、ポーラはすでに僕の手を借りながらも自分でトイレに立てるようになった。

 その間、サムはずっとこっちにいたのだが、会う機会はなかった。ただ、木曜の夜になって誘いの電話があり、ちょっと二人で飲みに出かけた。こっちでずいぶん手術をこなしたとかで、臨時収入にはなったものの、ひどく疲れているとサムは言った。実際、会っている間、あくびばかりしていたし、早々に切り上げて僕をアパートまで送り、ドアの前のキス一回で終わったところを見ても、うそではないのだろう。

 翌金曜の朝九時、サムはふたたびやってきた。ポーラの包帯を取るためだ。
 といっても、そのこと自体は、ごくふつうのはさみと二分ほどの時間しか要さなかった。
 消毒液を満たした医療皿の上に、乾いたかさぶたが剥がれ落ちると、ポーラは身をすくめたが、それでも、そばで見ている僕同様、そこをのぞき込もうとしていた。
 差し込まれていた尿用のカテーテルも、簡単に引き出された。
 そのあと、ベッドの端に腰掛けたポーラのそこを、サムは注意深く観察しながら、消毒液の入った使い捨ての洗浄器で洗い流した。それを三度ほど繰り返したところで、サムは満足そうにうなずくと、ポーラに、これからしばらくはこの洗浄処理をするように言った。一週目は一日数回、そのあとの二週間も毎日一回は必要だという。
「じゃあ、そのまま、上半身を後ろに倒してくれるかな。体の力を抜いて脚を開いて。目を閉じて‥‥もっと股を広げて‥‥そう、それでいい」
 サムはそう言いながらしゃがみ込むと、ポーラの股間に顔を近づけた。
「神経がちゃんとつながってるかどうか確かめるから、恥ずかしがらずに感じたままを言って。いいね」
 サムの肩越しにそこをのぞき込み、驚いた。そこにあるのは、まぎれもなく女性のプッシーだった。よく見ると、前にサムが言っていたところに数カ所、かすかな縫いあとはあるが、それ以外は完璧に見える。
 他にあえて違和感のあるところを探すとすれば、大陰唇の上の端からのぞくクリトリスが小指の先くらいしかないことだ。でもそれは、ポーラが今、性的興奮状態にないからだろう。
 そう思って見ていると、殺菌クリームを指先ですくったサムは、それをポーラの片方の大陰唇全体に塗った。
「‥‥あッ!」
 ポーラの声が、驚いたように響いた。
 それにうなずいたサムは、さらにクリームをひとすくいし、もう片方のぷっくりしたふくらみにも塗り込んだ。
「あっ、そっちも‥‥。ちょっと冷たいけど、でも‥‥ぁん‥‥感じる」
 白い薬が塗られたせいで、まるで小鳥の翼のように見える大陰唇の上を、サムの指が動くのに合わせ、ポーラは唇を舐めるようにして、恥ずかしげに言った。
「すごく‥‥いい」
 案の定、今のちょっとした刺激だけで、ポーラのクリトリスは見違えるほど大きさを増した。
 と、サムはわれめを開くようにして、その部分に触れた。
「あっ‥‥ぁんっ」
 つづけて、その中に指を入れる。
「ここは、どう?」
 サムの言葉に、ポーラは体を震わせた。
「あーーっ、すごい‥‥すごく感じ‥‥アッ、あ〜んッ」
 サムは、この前の週末、僕のお尻にしたように、その太い指を深くまで入れたあと、内側のあちこちをなでるようにして前後させた。その動きごとに、ポーラは、大きな声をあげつづけた。唇を舐めながら悶えるその姿は、とても、ヴァギナでの悦びを初めて知った女の子には見えなかった。
 サムがその指を抜いたところで、ポーラは大きなため息をついた。
「オーケー」
 サムはそう言いながら、またクリームを指先にとった。そして今度は、まるで、腫れてしまったクリトリスを治療するとでもいうように、そこに塗り込んだ。
 とたん、ポーラはひきつったような声をあげ、体全体をのけぞらせた。それは明らかに、快感に我を忘れるという感じだ。
 さらに、サムがリズミカルにそこを摩擦すると、ポーラはますますのぼりつめていった。ベッドの下におろしていた両足が宙に浮き、ついにはそれが、悲鳴のような叫びとともに突っ張った。
 と、そこでポーラは両手を伸ばし、サムの腕をつかんだ。
 それは一見、耐えきれずにサムの動きを止めたかに見えた。
 でも、そうではなかった。ポーラは、その腕をさらに自分の方に引き寄せ、サムの指をそこに押しつけるようにして自ら腰を激しく上下しはじめたのだ。
 彼女がイク瞬間、プッシーがぎゅっと絞まったのが、サムの目にも僕の目にも、はっきりと見てとれた。かん高い声をあげてのけぞるその姿は、女としてこの上なくセクシーだった。
 ポーラが落ち着くまで、サムはそこに手を添えていたが、やがて、そっと離した。
「うむ、経過は良好だ。しばらくは、この薬を使って、一日三回、今みたいなマッサージをつづけるように。ロジャーかエイミーに頼めばいいだろ」
 サムが言った。
「したくなったら、自分でしちゃだめ?」
 ポーラがきいた。
「もちろん、かまわないさ。でも、ロジャーやエイミーだって、今みたいな君を見たいんじゃないかな。頼めば、きっといやとは言わないと思うよ」
 サムは、笑いながら答えた。
「何日間かは、洗浄する時、多少出血があるかもしれない。少なくとも二週間は、今みたいなのを除いて、男とのセックスは厳禁だよ。いいかい? わかったね」
「え、ええ」
 ポーラはそう答えながら、閉じていた目をやっと開いた。
「こっちの医者に頼んでおくから、もし出血があったら、診てもらえばいい。それから、さっきの薬は、できるだけ奥まで塗るように。体温で溶けて多少は奥に広がるが、いちばん肝心な部分まで効き目を届かせるためには、可能なかぎり奥まで指を突っ込むこと。いいね」
 ポーラは、それにうなずいた。
「もし、君の指では、あるいはロジャーやエイミーの指でもうまくいかないようなら、直径が小さめのディルドーを使うといい。でも、使用には細心の注意を払うこと。それに、くれぐれも太いのは使わないように」
 そこでサムはにやりと笑った。
「少なくとも、傷口が完全にふさがるまではね。二か月後には、黒くて大きな亀頭つきの2フィートのだって買えるさ。もし、それがお好みならって話だが」
 僕は、ポーラがコットンパンティを履くのを手伝い、彼女がゆっくりやすめるように、ベッドの中央に位置を変えさせて、布団を掛けた。
「他に、聞いておきたいことはないね」
 サムがまたにやりとしながら言った。
「それなら、僕には、急いでしなきゃいけないことがある」
 言いながら、サムはすでに僕の手をつかんでいた。そして、別の部屋に入ると、いきなりスカートを脱がせ、半時間近く、僕を激しく犯した。
「ふー、医者といえど、あんな姿を見せられちゃ興奮するさ」
 二度目のクライマックスが過ぎたところで、サムはため息をつきながら、やっとそう言った。
「君も、ロジャーに正しい薬の塗り方を教えるとき、同じ思いを味わうよ」
「うふ、きっとそうね」
 僕はくすっと笑いながら、答えていた。
「じつは来月、こっちで、ある集まりがあってさ。また来ることになったんだ」
 サムの口調が、ちょっとまじめなものに変わった。
「その時、君にも手術をしてあげられる。決心がついたら、それまでに寸法を決めておいて」
「寸法?」
「ああ、オーダーメイドのプッシーだからね。小さめがいいか、君の腕だって入りそうな大きいのがいいか」
 サムはまた、冗談めかして言った。
「大陰唇やクリトリスのサイズもね。S、M、L、LL、お好み次第さ。もちろん、きつめかゆるめか、フィット感とかもね。君のオーダーどおりに仕立ててあげるよ」

* * *

 その週末、朝食の準備でキッチンに立つ時や夜リビングで過ごす時間、それにお風呂の時間を除けば、僕はずっと、ポーラのベッドサイドで過ごした。といっても、土曜の日中はロジャーが来ていたので、例の「傷の手当」の仕方を教え、それは彼に任せた。
 それでも彼女は、すぐに傷口がかゆいとか言いだし、日曜日には、何度もその「手当」を要求してきた。一度など、ベッドから起き出して、むりやり僕の手をつかんでそこにあてた。そして、自ら腰を振り、僕の指と戯れた。あまりに強くこすりつけてくる彼女に、いくらクリームをつけているとはいえ、傷口が開くのではないかと心配になった。

 月曜日にポーラは仕事に復帰したが、それからの二週間、僕は何度も、セックスはまだ早いということを彼女に思い出させなければならなかった。ここまで露骨に欲望に燃える女性を、僕は見たことがない。
 そしてついに、その時(きっかり二週間が経過した夜の十二時)が来ると、なんと彼女は僕のものを激しくフェラして立たせ、僕に「最初の男」になってくれと頼んだ。
 ポーラにとっては処女喪失だというのに、それはなんの問題もなくうまくいった。というより、僕がこれまで女性としたどんなセックスよりすごかった。
 まあ、処女といっても、彼女はもう何度もそこでのオルガスムを経験しているのだし、その上、そのプッシーは、まるで三番目の手と言っていいくらい巧みに動いて僕のものを絞めつけるのだから、僕の方が、自分で腰を振る必要もないうちにイカされていた。

* * *

 その翌日から、あっという間に時間が経過した。
 そう感じるのは、一転して、一人で過ごす夜が多くなったせいだろう。
 今、ポーラは、ほとんど毎晩、ロジャーの邸に行っている。
 僕にはなんのことわりもなしに、自然にそうなってしまったのだが、まあ、今の彼女の欲求を満たすには、僕よりロジャーの方がいいのはたしかだろう。一度、前の晩にロジャーがどんなことをしてくれたか聞かされただけで、僕はそう納得するしかなかった。
 要約すれば、わが社のCFOは、どんな「仕事」にも熱心かつ献身的に取り組み、つねに業務改善の労を惜しまないようだ。そして、彼の秘書もまた、上司のどんな要求にもすすんで応え、上司以上に前向きにその務めを果たしているということである。

 しかし、そこまで惜しげもなくサービスしていては、そのうち、ロジャーがポーラの体に飽きるのではないかと、ちょっと心配になった。そんなことになれば、ポーラは文字通り、体をおもちゃにされた末、捨てられるということになる。
 いや、まあ、今のところ、そんな兆候はまるでないのだが‥‥。

 そんなことまで考えてしまったのは、結局のところ、僕自身の迷いの反映だったのかもしれない。
 そう気づいたのは、ポーラから、サムがまたやって来ると聞かされた時だ。なんでも、ロジャーが地元の名士たちに弟を紹介するためのパーティを開くのだという。それに、僕も出てくれという話だった。
 サムが来るということは、僕にとって、大きな決断を迫られるということだ。
 そして僕は、その決断をつけかねていた。
 ポーラを看病していたとき聞いた話によれば、サムの手術代はおそろしく高いらしい。ポーラの場合は、兄弟のよしみで割り引いてもらった上で、ロジャーが支払ったようだ。
 なにより、その高額な手術料が、僕の決心を鈍らせていた。そんなお金を払う余裕は、むろん僕にはない。かといって、銀行から借りられる可能性もまずないだろう。結局、僕の場合も、ビルに頼るしかない。
 ビルはたぶんいやとは言わないだろうが、たとえ一時借りるだけだとしても、僕はそうしたくないと思っていた。
 僕は、あくまで自分の意志で抱かれているのだ。お金で縛られるような形で彼の“女”にはなりたくない。

 ポーラの衣類の大半はまだ僕のアパートに置いたままだったので、パーティのある土曜日の昼すぎ、彼女は着替えのためにやって来た。ロジャーは、二時の便で到着するサムを迎えに、空港へ行ったという。
 時間はまだたっぷりあったから、僕らはしばらく女の子っぽいおしゃべりをし、途中からは、そのおしゃべりをつづけながら、お互いのヘアをセットしたりマニキュアを塗り合ったりした。
 ちょうどそれが終わった三時頃、ロジャーから電話があった。電話に出たポーラは、なにか話し込んでいた。といっても、ほとんど聞き役にまわり、くすくす笑ったりしながら相づちを打っている。そんな時、何度か意味ありげにこちらを見たのが気になった。
 受話器に向かってチュッと音を立てたところで、その電話は終わった。
「ねえ、ハニー」
 受話器を置きながら、ポーラが言った。
「手術の件、どうするつもりか知らないけど、もし、その気なら、お金の心配はいらないかもよ」
「えっ? どういうこと?」
「ふふ、今夜のパーティで、サムからなにか話があるって」
「話って? 聞いたんでしょ」
「え? さあ、あたしはよく知らないわ。ロジャーはなんだか面白がってたけどね。まあ、どっちにしても悪い話じゃないみたいよ」
 そしてポーラは、話題を変えるというようにつづけた。
「そうそう、ロジャーが、二人ともめいっぱいおめかしして来てくれって。さあ、はじめましょ」
 ヘアやネイルは終わっていたから、メイクと着替えだけならあと十五分もあればこと足りる。でも僕らは、時間をかけ、とっかえひっかえしながら今夜の口紅やドレスを選んだ。
 二人ともガーターベルトをつけ、そこに、持っているうちでいちばん高級かつ薄いストッキングをとめた。
 僕は、下着を着けるのにちょっと手間取ってしまった。じつはこのところ、ビルの命令で、会社には下着なしで行っている。そのせいで、どれを選んだらいいか迷ったのだ。
 で、結局、選んだのは、ある意味いつもと変わらないものになった。パンティは、前の部分だけはかろうじて隠れているものの、薄くて小さなフレンチカット。ブラは、胸を持ち上げてはいても、カップの生地が透けていて、乳首の所在はもちろん、その色や形まではっきりとわかる。
 この下着のセットは、以前試着して買ったものなのだが、ブラの方がちょっときつくなっていた。どうやら、僕の胸は、まだ大きくなりつづけているらしい。
 ノースリーブの赤いワンピースは、上半身だけが前ボタンのシャツタイプ。といっても、襟のカットは深く、胸の谷間が見える。ウエストはぎゅっとしぼってあり、その下にふわりとしたミニスカートが広がっている。ボタンをとめると、やはり胸がきつく感じたが、おかげで、襟からのぞく谷間はさらに劇的なものになった。
 赤の靴は、持っているうちでいちばん歩きにくいものだ。なにしろ、ヒールが4.5インチ(約11.5センチ)もある。しかも先が釘のようにとがっているのだ。つま先も細く、足の指がきつくしぼられる。ゴールドのバックルでとめられたアンクルストラップも細い。
 ポーラの服も僕のとよく似たデザインだったが、色はスパークリングホワイトで完全なシャツタイプ。つまり、胸元からスカートの裾までボタンが並んでいる。
 ポーラは、フレデリックス・オブ・ハリウッド(※)から下着を取り寄せていた。全体が白のレース地で、履いていても下のものを隠してはいない。ブラに至っては、生地が乳房の下側にあるだけで、乳首がまるまる外に出ていた。
(※訳注 ‘Frederick's of Hollywood' 過激な高級ランジェリーのブランド マドンナがステージ衣装に使ったことで有名)
 靴は、僕のよりさらにヒールが細く、僕のよりさらに歩きにくいことはたしかだ。

 ポーラの車でパーティに向かうと、玄関まで出迎えたロジャーは、僕らの着ているものに目を這わせながら、満足そうな顔をした。
 ロジャーが愛情を込めてポーラを抱きしめているところへサムも現れ、僕に近寄ると、やはりぎゅっと抱きしめてキスしてきた。
 そんな時間がしばらくつづき、ふた組の抱擁が解けたところで、サムは、僕に話があるから書斎を借りると、ロジャーにことわった。そして、僕の手を引き、廊下の奥へと向かった。

 書斎に入ると、デスクの端に腰をあずけるように立ったサムは、僕のウエストに手をまわして、また抱き寄せた。
「エイミー、手術の件、決めたんだろ。僕は、月曜を予定してるんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってよ、サム。あたし、まだ決めてないのよ。だいいち、お金のことだって‥‥」
 僕が言いかけると、サムは手をかざすようにして、それを止めた。
「だから、それを今から話そうとしてるんじゃないか。もし今日、君が僕のために働いてくれるなら、手術代のことは心配しなくていいよ」
「働く‥‥?」
 その手術代はそうとうに高いと聞いている。それだけの金額に見合うようなことって‥‥? サムは、いったい、僕になにをさせようというのだろう?
「今夜のパーティの客は、みんな、僕かロジャーの知り合いだ。でも、それだけでなく、僕の将来の患者でもある。あるいは、その患者に大きな影響力を及ぼしうる人物‥‥まあ、要するに、ロジャーに出資してもらってこっちでも始めることになった僕の医療ビジネスの見込み客ってわけさ。その上、彼らは、なんというか‥‥そう、好き者ぞろいだ。ロジャーから頼んでもらったら、ポーラの方はオーケーしてくれたよ」
「え? いったいなんの‥‥?」
 僕が言いかけると、サムはふたたびそれを止め、つづけた。
「だから、君たちに、僕のビジネスの広告塔になってもらいたいのさ」
 サムはまず、ひとことでそう言った。
「君たちの美しさや女らしさを、パーティの参加者にアピールしてほしい。君たちだけが持っている、特別な美しさや女らしさをね。最初は、招待客たちにふつうに紹介するよ。君たちはいつもどおり振る舞っていればいい。それだけでも、みんなの関心を惹きつけるだろう。でも、パーティが進んだところで、君たちの持っているものをもう少し披露してほしい。彼らは驚くにちがいない。そして、強い興味を抱くはずだ。つまり、並みの女とはちがう君たちの個性に、そして、今、君たち二人の間にある個性のちがいにもね」
「もしかして、それって、みんなの前で裸になれってこと?」
「まあ、そういうことだ。でも、それだけじゃない」
 僕は、ちょっとあきれて肩をすくめながらも、さらに首をかしげた。
「まずは、ポーラといっしょに、ビフォア・アフターとしての役割を果たしてほしい。二人のちょっと変わった美人のストリップでね。術前術後のサンプルってわけだ。ただ、パーティが進めば、当然、それ以上の『お楽しみ』も求められるだろう。その上で、来月もう一度この会を開くつもりだ。つまり、君の手術後にね。今日、君たちを味わったメンバーたちは、必ずまた参加するだろう。どういうことか、わかるね?」
「つまり‥‥今夜のは、物好きなセレブたちの乱交パーティ? そして、あたしたちは、いろんな意味で彼らの好奇心を満たす余興ってわけ? しかも、あなたの整形外科医としての腕を印象づける証しにもなる。これほど効果的な宣伝はない。その宣伝費としてなら、あたしの手術代なんて安いもの‥‥って?」
 僕は、さらにあきれながらきいた。
「ふふ、まあ、そんなのは、君たちにしかできないことだからね。どうだい? フェアな取引だと思うだろ」
 サムはそう言いながら僕を抱きしめ、耳の近くの首筋にキスしてきた。
「やってくれるね」
 僕は、ふたたびあきれながらも答えた。
「まあ、とりあえずはね。でも、最後までつき合いきれるかどうかは、わからないわ」
「もちろん、無理強いはしないさ。いやだと思ったら、いつ帰ってもらってもかまわないよ」
 僕はそれにうなずいた。どうしても耐えられなかったら、逃げ出せばいい。
「さあ、それじゃあ、さっそく、ゲストたちに君をお披露目するとしよう」

 ふたたびサムに手を引かれて玄関ロビーを通り、客間に入ると、広い部屋の壁際にいくつかの椅子やソファがセットされていた。そこで上品そうに談笑する人たちより、僕はむしろ、彼らの背後のレンガ壁に目が行き、思わず苦笑してしまった。いつかのサムとの夜を思い出したのだ。
 そんな僕を、サムはテーブルのそばまで連れて行った。
 客のうち男たちが、僕を迎えるために立ち上がり、サムはみんなに僕を紹介した。
 その間、僕はほほ笑みを浮かべたまま客たちを見渡したのだが、その一瞥だけで、これがセレブ中のセレブの集まりだとわかった。そこには、有名な映画女優や資産家、それにプレイボーイとして知られた顔が並んでいたのだ。
 僕の方は、一回の紹介だけでは全員の名前を覚えきれなかった(中には新聞などで知っている人もいた)のだが、男たちは、僕の名をすぐに覚えたようだ。まるでよだれでもたらしそうな笑顔で、会釈したり握手を求めたりした。
 席についたままの女性たちも、にこやかに会釈している。どうやら、全員が男女同伴で来ているようだ。
 映画女優は、マスコミで「年の差カップル」と騒がれた若い夫を連れていた。たしか、彼女のテニスコーチか、ジムのトレーナーだったはずだ。
 年配の資産家も、自分よりずっと若い女と来ていた。そのプロポーションやポーズの決め方から見て、どうやらモデルらしい。
 プレイボーイの連れは彼と同年代だったが、意外とブスだったので、僕は思わず吹き出しそうになり、あわててそれを微笑の範囲にとどめた。
 他に、銀行家だという中年のカップルもいた。妻の方は目尻や口の端に小じわが目立ち、明らかにサムの才能を必要としているようだ。夫の方のエラの張った顔は、サムでも修正は無理な気がするが。
 あとひと組は、30代半ばのいかにも勝ち組という感じのカップル。夫はエリート証券マンらしい。妻の方はかなりの美人だが、いかんせん、広がった鼻がその美しさをじゃましていた。やはりこちらが、サムのターゲットなのだろう。
 ポーラはすでに、ソファの端に座っていた。片手にグラスを持ったロジャーが、もう一方の手を背中にまわしている。
 短い上着を着たウエイターが大きなトレイを掲げて近づいてきたので、僕は礼を言い、スコッチの水割りのグラスを取った。
 と、銀行家がからのグラスを掲げ、ウエイターを呼んだ。それを潮に、僕もサムに導かれ、ソファのあいているスペースに腰を落ちつけた。
 どうやら、僕が来る前にサムが座っていた場所だったらしく、そこに二人で入ったので、僕は隣のプレイボーイと密着するような形になった。
 僕の紹介で、それまで交わしていた会話が途切れたからだろう。お互いに顔を見合わせた客たちは、新たな話題を僕とポーラに求めた。
「君も、ロジャーの会社で秘書をやってるんだってね」
 隣のプレイボーイが話しかけてきた。
「ええ、何ヵ月か前に、CEOのビル・ミラーの秘書として採用されて」
「へえ、じゃあ、その時、初めてこの街に?」
「いいえ。それ以前からここで暮らしてるわ」
 「それ以前」のことをあまり詮索されたくないと思いながらも、僕は答えた。
「おかしいな。この街のことならたいてい知ってるつもりだけど‥‥」
 ちょっとまずいかも知れない。この男が、あちこち首を突っ込んでは、問題をややこしくする人物であることは、タブロイド紙などでつとに有名だ。
「僕はいろんなところに出入りしてるから、一度くらい顔を合わせてたってよさそうなもんだろ。君くらい印象的な女性なら、ぜったいに忘れないと思うんだけどなあ」
「そうかもしれないけど、あたしの方が、あなたのなじみの高級ディスコとかには行ったことないから。奥手で、デートだってほとんどしたことないのよ。男の人とちゃんとしたディナーに行ってダンスしたのだって、たった一回きりだもの」
 そう言いながら、僕はサムの顔をちらりと見やった。あの夜、この部屋でしたことを思い出したかどうか気になったのだ。
 ともかく、ディスコを持ち出したのは正解だったようだ。それをきっかけに、場の話題はこの街のナイトスポットに移り、プレイボーイはその会話に引き込まれた。
 実際の話、そこで話題にされているような店には、男の時にだって行ったことはないのだから、僕は自然に聞き役にまわった。
 得意気に話すプレイボーイの横顔を見ていると、その向こうに座る連れの女が、ちょっと身を乗り出すようにしてこちらをのぞき込んだ。とりあえず笑顔を向けてはいるが、その視線は、僕の存在を警戒するとでもいうように、スカートから出た脚や、胸の谷間をチェックしていた。
 そんな彼女にプレイボーイが話しかけ、視線がそれたところで、サムが僕の耳に口を寄せ、ささやいた。
「服のボタンをもてあそぶようにして。頃合いを見計らって、一つずつはずしていくんだ」
 僕は、部屋の中をなんとなく見まわすようにしながら、言われたとおり、服の一番上のボタンに手をかけた。と、客たちの視線が動くのを感じた。あけすけに見てくる人はいないものの、みんな、ボタンの上で遊ぶ僕の指先をちらちら見ている。どうやら、このパーティで、僕とポーラが担う役割について、とりあえずは承知しているようだ。
「ところで、エイミー」
 向かいのソファに座っていた銀行家が声をかけてきた。そして、僕がそちらを向くのを待ってつづけた。
「ビルとは、うまくいってるかい?」
「ええ、彼のもとで働くのは、とっても楽しいわ」
 僕は、にっこり笑って答えた。
「いいボスだし、あたしの資質を見抜いて、いつも新しいことに挑戦するチャンスをくれるの。これまで味わったことのない興奮するような経験を、いろいろさせてもらってるわ」
 その言葉に身振りを添えるようにして、僕は、はずしたボタンから手を放した。わざとらしくなく見せるには、いいタイミングだった。
 と、案の定、さらに開いたワンピースの襟に気づいたらしい銀行家は、目を泳がせ、顔を赤くした。今、僕の胸の谷間は、さっきより2インチほど下まで見えているはずだ。
「ロ、ロジャーといっしょに働く機会も多いのかい?」
 銀行家は、自分の動揺をとりつくろうようにきいてきた。
「それは、あまりないわね」
 僕はそう言いながら、さらに次のボタンに手をかけていた。
「ポーラとはルームメイトだから、話はいろいろ聞いてるけど」
「じゃあ、ロジャーのことは、君より私の方が詳しいかも知れないな。お宅の会社とは長いつき合いだし。なあ、ロジャー、もう五年になるかな?」
 僕は、またひとつボタンをはずし、そこから手を離した。
「ああ、そんなもんかな」
 そう答えるロジャーの方を見ると、ポーラも、自分の服の二番目のボタンと戯れていた。一つ目のボタンは、すでにはずれている。
 ふたつ目のボタンがはずれると、ロジャーがなにか耳打ちし、ポーラは、すぐに次のボタンに手をかけた。そのボタンは、もう、スカートの近くにあるものだ。
 パーティの参加者たちは、いちおうどこにでもあるカクテルパーティと同じように気楽な感じで飲んでいた。
 交わされている会話も、やはり、どこのパーティでも見かける心のこもらない軽いものだ。たとえば今、参加者一人一人の写真を撮ったとしても、他のパーティ同様、退屈で、変わり映えしない絵にしかならないだろう。
 ただ、唯一ちがいがあるとすれば、それは、誰も、話している相手と視線を合わせていないことだった。
 彼らの目は、さっきから、ポーラか僕に釘付けになっている。より正確には、ボタンの上を戯れる僕とポーラの指に釘付けになっているのだ。
 その目つきは、うろたえ気味だったり興味津々だったりいろいろだが、いずれにせよ、尋常ではない。
 僕のボタンはウエストまでしかない上、間隔が狭くて数が多い。そのぶん、ポーラより、前がはだけるのが遅かった。
 すでにスカートまで達しているポーラの方は、上半身がはだけ、小さなレースで持ち上げられた二つの胸が、すらりと伸びた脚同様、あらわになっていた。
 僕の指に視線を注ぐ銀行家の紳士的な笑顔が、思わずにやつくのを見ていると、どこかから、動物のようなうなり声が聞こえた。女性の声のようだったので、そっと見まわしたが、誰だったかはよくわからない。
 最年長の銀行家の妻さえ、知らず知らずにだろうが、自分自身のドレスの胸に手を当て、乳首のあたりをまさぐっていた。資産家の連れのモデルは、組んだ脚をもぞもぞとすり合わせるようにしているし、証券マンの妻も、ソファに体をこすりつけている。
 見ると、ポーラの方は、ウエストをとめているベルトを除けば、残すところ、スカートのボタン二つだけになっていた。彼女が、その最後から二つ目のボタンをはずしたところで、僕の方も、ウエストにある最後のボタンがはずれた。
 と、サムが耳に口を寄せ、「スカートをたくし上げて」とささやいた。
  僕は、スカートに手をかけ、じらすように少しずつ、その裾を上げていった。
 ポーラは、最後のボタンもはずし、いよいよベルトに手をかけている。
 気がつくと、いつの間にか、場の会話が途切れていた。最後に何の話をしていたかさえ、たぶん誰も覚えていないだろう。
 ポーラがベルトをはずすと、ワンピースが完全にはだけ、全身の肌が露出した。と、ロジャーが、コートでも脱がすようにそのワンピースを後ろから抜き取った。肩をすくめるようにして袖から手を抜いたポーラは、その手を膝の上に置き、脚を傾けてすました感じで座り直した。といっても、身につけているのは、乳首がまる出しのブラとパンティ、あとはガーターベルトとストッキングだけだ。
 そこでサムが、僕に腰を浮かすように耳打ちしてきた。
 数秒後には、ポーラ同様の姿になることを覚悟し、言われたとおりすると、サムの手がお尻の下のスカートをたくし、そのまま、ワンピースを頭の方に引き抜いていった。僕も、両腕を上げ、それに協力した。
「うーむ、いいおっぱいだ」
 すかさず他の席から男の声がしたが、ちょうどワンピースが顔の前を通るところだったので、誰が言ったのかわからなかった。
 ワンピースが両手から抜けたところで、僕は乱れた髪を整え、ポーラを真似てポーズをとった。
 と、そこで、隣のプレーボーイの手が伸びてきて、ブラのホックがはずされた。覚悟してはいたが、いきなりだったので、僕は思わず身をすくめていた。
 それにかまわず、サムが、ゆるんだストラップを腕から抜いた。
「いやあ、じつに見事だ」
 また、さっきと同じ男の声がした。
「つまり、これがあなたの仕事ってわけなの? サム」
 そう聞いたのは、モデルだった。
「いや、残念ながら、これには僕は関わってないんだ」
 そう言いながら、サムは僕の乳房の下に手を当て、持ち上げるようにした。さらに、その親指で、乳首をもてあそびさえした。
「ホルモンだけでメスは入れてない。もちろん、お望みなら、僕だって、これと同様のことはできるけどね」
 僕もふくめ、全員が、サムの指先を見つめていた。でも、その指が引き起こす、全神経を駆け巡るような衝動を感じているのは僕だけだ。
 と、そこでロジャーがポーラのブラをはずしたので、視線の多くがそちらへ移った。
 僕の時と同じような質問が交わされ、サムとロジャーがそれに答えている間、ポーラは、乳首を隠すように両手をあてていた。
 僕の方は、その間もサムが相変わらず指を動かしているので、そうもできず、それに耐え、じっと座っているしかなかった。
 でも、やがて僕は、思わず自分の手でサムの手を抑えていた。意図したことではなかったぶん、それは性急な動きとなり、そのせいで、全員の視線がまたこちらに集まった。
「‥‥あ、いえ。もう、ぎりぎりだったから」
 言い訳した僕の表現に、女たちはみんな、笑い返したりうなずいたりした。でも、男たちには、その感覚は伝わらなかったようだ。
「つまり、その‥‥、イキそうになって‥‥」
 しかたなく、僕はそう説明した。
「そんなに感じるの?」
 きいてきたプレイボーイに、やはりしかたなくうなずくと、さらにきかれた。
「それもホルモンのおかげ? ホルモンを摂る前より、感じるようになった?」
「え、ええ。それはもう‥‥比べものにならないくらいに」
「へえ、サム、ホルモンって、そういう効果もあるんだ?」
「僕は、正確なデータを持ってるわけじゃないんだが、彼女たちにホルモン療法をしたこっちの医者によれば、彼女たちのようなケースでは、たいてい、そうなるらしいね」
「それにしても、まるで手術したような大きさだ」
 今度は銀行家が言った。
「まあ、エイミーの場合、ホルモンが、秘められていた第二次性徴のポテンシャルを引き出したということかな。ポーラの場合は、それが標準的なサイズを超えるものではなかったってことさ」
「つまり、君が言いたいのは、エイミーは、元来、大きな胸になる遺伝子を持っていたということ?」
 次にきいたのは証券マンだった。
「たぶんね。この大きさや形のよさは、もともとエイミー自身が持っていた遺伝形質だと思う。でも、ある事情で、それが表に出ていなかった。ホルモンが、それを刺激し、呼び覚ましたってわけだ。信じられないかもしれないけれど、彼女の胸は、今もまだ大きくなりつづけているよ」
 そのあとしばらく、僕の胸をめぐって話がつづいた。もちろん恥ずかしかったけれど、ほめ言葉ばかりだったので、悪い気はしなかった。
「ねえ、下も見せてもらっていい?」
 会話が一段落したところで、プレイボーイの連れの女が言った。
「ああ、いいと思うよ」
 サムは、僕に確かめることもなく返事した。
 いずれそうなると思ってはいたのだが、僕は動揺した。
「エイミー、立って、パンティを脱いでくれないか」
 サムの言葉に立ち上がりはしたものの、緊張が募った。
 ホルモンを摂りはじめて以来、僕が自分のそこを見せたのは、医者(サムも含めて)を除けば、あとは、ビルとポーラだけだ。
 衆人環視の中で、それもパーティ向きの盛装をした人たちの中で、全裸をさらすこと、特に、今現在の全裸姿をさらすことへの羞恥が、突然襲ってきた。
 パンティを下ろそうとかけた手が小刻みに震えていた。知らず知らずに呼吸も荒くなっていた。
 さらに、それをお尻の下あたりまでずり下げたところで、手が止まった。
 奇妙なことに、僕は、どうしたらいいのかさえわからなくなっていた。毎日、少なくとも一度はしていることなのに、ふだんどうやっているのか思い出せない。人前だから品よくしたいという思いもあり、そのやり方に戸惑った。
 ここでもう一度、ソファに腰を下ろすべきだろうか? それとも前屈みになって下ろすべきだろうか? いや、しゃがんだ方がいいのか? このまま片足ずつ上げて抜き取った方がきれいなのか‥‥?
 パンティを太腿あたりに引っかけたまま、けっきょく僕は、助けを求めるようにサムの方を振り返った。と、サムは、さっさと自ら手を伸ばし、僕のパンティを持って床近くまで下ろした。前屈みになったサムが目配せするように見上げてきたので、片足ずつ上げると、パンティは抜き取られた。
 さらに僕はそこで、自分の体の反応にも戸惑うことになった。
 さっきから僕の乳首はつんと上を向き、痛いほど立っているというのに、パンティの中から現れたものに、予期したようなどよめきが起きなかったのだ。緊張のせいで、僕のペニスは萎え、両腿の間に隠れたままになっていた。
 どうやら、こんなふうに人目にさらされることによって起こる性的興奮は、乳首に集約し、股間のものには、逆作用を及ぼすらしい。
「‥‥ん? もっとよく見せて」
 立っている僕の後ろから声がした。例のプレイボーイの隣の女性だ。
 その言葉に僕が体ごと振り返ると、彼女は至近距離から、食い入るように股間を見つめてきた。
 しかし、先に声をあげたのは、彼女ではなく、プレイボーイの方だった。
「えっ! うそっ、まさか‥‥」
 そこまで言ったところで、絶句した。
 女の方は、あ然とした表情はしていたが、「まあ」と言いながら僕の股間に手をのばしてきた。
「ちっちゃくて、かわいい」
 彼女はそれを手ですくうように持ち、僕の気持ちなどおかまいなしに言った。
「いや、エイミーのは、ポーラについてたのにくらべれば、ずっと大きいよ」
 ざわめきの中、サムがそう言い、さらにざわめきが広がった。
「女性にはわからないだろうけど、萎えてる時は、みんなそんなもんさ」
 そうつづけたサムの顔を、僕はちらりと見た。その視線に感謝と「ウソつき」という非難を込めて。
 ‥‥自分は、「みんな」に含めてないわけね。
 例の女は未だ、興味津々という感じでそれを観察していた。赤いネールの手でペニスをしごいたり、袋を伸ばしたりしながら。そのせいで、僕のものも勃起をはじめた。次第に大きく硬くなっていくそれを見て、女が舌なめずりしたのを、僕は見逃さなかった。
「ふふ、ここも剃っちゃってるのね?」
 ちょっと息を荒くして言う彼女の言葉に、僕はうなずいた。
「君は、セックス経験はあるの?」
 きいてきたのはプレイボーイだった。
 僕は思わず、またサムの顔を見やっていた。
「もちろん」
 苦笑したサムが、僕の代わりに答えた。
「いや、僕が今言ったのは、男性経験って意味で‥‥」
「だから、僕も、そのつもりで答えたよ」
 プレイボーイの言葉にかぶせ、サムはさらに笑いながら言った。
「へえ、そうなの‥‥」
 プレイボーイはどこか上ずった声でそうつぶやき、両手で、僕のお尻をつかんできた。そして、両方のお尻を開くようにしながら、自分の方に向けさせた。
 と、いきなり、彼の指が僕の中に入ってきて、僕は思わず声をもらしていた。
「いよいよ、今夜のお楽しみってわけだ」
 彼はさらに昂ぶった感じで言った。
 体の内側をかき混ぜるその指に悶えながら、僕は、この男が、いつもまわりに美女を侍らせながらも、じつは両刀づかいだといううわさがあるのを思い出した。
「うむ、たしかに楽しそうな趣向だ」
 テーブルの向こうから声をかけてきたのは、証券マンだ。
 そこでプレイボーイが、サムにきいた。
「で、今夜は、どこまでオーケーなんだい?」
 サムは肩をすくめるようにして答えかけたが、そこでにやりとして言葉を飲み込み、ジャケットのポケットに手をつっこんだ。彼がそこから取り出したのは、KYゼリーだった。
 プレイボーイもそれに笑い返し、僕の中から指を抜くと、そのチューブを奪い取るように受け取った。
 そして次の瞬間には、乱暴と言っていい手早さでベルトを緩め、ズボンを膝のあたりまで下ろしていた。
 そこから現れたものは、すでにいきり立っていたが、ちょっと細めで、亀頭も小さく包茎気味だった。
 事の進展の早さにぼう然と見ている僕をよそに、プレイボーイは、それにKYを塗り、しごいた。
 彼があげるうなり声に答えるように、女たちのうめくような声が漏れ聞こえた。はっきりわかったのは銀行家の妻の声だったが、それだけではなかった。
 プレイボーイは、その動物的な声とともに自分のものを数回しごいたあと、また僕の腰をつかみ、自分の前へと導いた。
 そして、ソファに腰掛ける膝の上に引き下ろした。
 それが入ってくる瞬間、僕はたまらず「あっ、あーん」と声をあげていた。
「もう、ずるいんだから、このスケベ」
 言ったのは連れの女だ。彼の行為を非難したというより、僕を横取りされたことへの不満らしい。
 その証拠に、彼女は僕らの前のじゅうたんにひざまずくと、プレイボーイの両膝に手をかけ、その上にのった僕の脚もろとも両側に押し広げた。
「こんなかわいい子を一人占めするなんて、許さないわよ」
 彼女は、いたずらっぽい顔で僕の顔を見上げながら、バックからの突き上げに縮み上がった僕の睾丸をまさぐり、さらに、その口をペニスに近づけた。
 後ろから犯され、前から吸われている僕を、部屋中の人々が見ていた。
 その刺激のせいで、そして、そんな視線にさらされているせいで、たぶん僕の顔は真っ赤になっていただろう。
 気がつくと、プレイボーイの両手が脇の下からまわり、僕の胸をつかんできた。さらに、僕の中で彼のものが上下するストロークに合わせ、激しく揉みはじめた。
 その胸への刺激と、腰への前後からの刺激は、僕になにかを考える余地さえ与えなかった。僕は、もう耐えきれず、女の子の口の中に射精していた。それでも彼女は、うなるような声をあげただけで、攻撃を緩めようとはしない。
 それどころか、ますます激しさを増す二人からの攻めに、僕は翻弄され、悲鳴のような声をあげつづけることしかできなくなっていた。
 プレイボーイのストロークはさらに速く強くなり、彼女の方は、手で自分の股間をこすりながら、僕のものを吸いつづけている。
 やがて、僕の乳首をつまんでいた彼の手が、乳房全体をわしづかみするように動いた。その瞬間、僕の中で大きな爆発が起こった。同時に、女の子もオルガスムを迎えたようで、顔をゆがめた。その顔を見て、僕も、彼女の口の中に、ふたたび絶頂の発射をしていた。

第1章  第2章  第3章  第4章  第5章  第6章  第7章  第8章
第9章  第10章  第11章  第12章  第13章  第14章  第15章  第16章
第17章  第18章  第19章  第20章  第21章  第22章  第23章  第24章 



第19章


 ことを終えた僕らの姿は、きっと壮絶だったにちがいない。
 プレイボーイは、僕といっしょに短い間に二度イッたようで、僕の下でぐったりしていた。もちろん僕も、彼の胸に背中をあずけ、息も絶え絶えになっていた。女は、急速にしぼんでいく僕のものを口から離し、でも、そのまま、僕の股間に顔を埋めていた。
 しばらく目さえ開けられず、朦朧としていたのだが、誰かが「ええ、いいわよ」と言う声に、僕はやっと正気を取り戻した。
「うむ、じゃあ、いよいよ僕の仕事を見てもらうことにしよう」
 今度は、隣からサムの声がした。
 どうやら、さっきの「ええ、いいわよ」は、サムがなにか頼んだことへの、ポーラの返事だったようだ。
 そう思いながら目を開けると、案の定、ポーラが席を立ち、サムの前へと近づいた。
 そこで僕は、プレイボーイの膝から降りてもとの位置に戻ろうとしたのだが、それを察したらしい彼の手が伸びてきて、僕の乳房を包み、そっと抑えた。股の間の女も、顔を上げ、ポーラの方を向いていたが、その手は僕の内腿をいとおしむように撫でている。さらに、僕のお腹に頭をあずけてきたせいで、長い髪が腿を滑り、ペニスを包むように撫でた。
 ポーラが前に立つと、サムは、僕の時と同じように、彼女のパンティを下ろした。
「これが、僕の作品さ」
 そう言いながら、サムは席を立った。
 もうひとつのソファのそばには、予備のスツールがいくつかあり、その前にもコーヒーテーブルが置かれていた。そこまで行ったサムは、床に膝をつき、そのガラストップの上に小さな赤いクッションを置いた。そして、ポーラの方を振り向いた。
 数歩歩いてポーラが近づくと、サムはその手をとり、クッションの上に腰掛けさせ、さらに手を添えて、そのままテーブルの上に寝かせた。ガラストップに背中が触れた瞬間、ポーラは冷たそうに身をすくめた。
 ポーラが落ち着いたところで、サムは、彼女の片方の足を持ち上げ、近くにあったスツールにのせた。すでにそれだけで、まるで検査台にでものせられたように、ポーラの股間が露出した。
 さらに、別のスツールにもう一方の足をのせると、両脚が不自然なほど大きく開き、陰唇からその間の膣口、さらには肛門までがあらわになった。
 そこでサムは、ちょっとおどけた感じで膝立ちのままもとのソファのところへ戻り、そこに置いてあった紙袋を取り上げた。中から出てきたのは、長さ10インチ、直系が1.5インチほどのディルドーだった。驚くほどリアルにできている。そのせいで、見ていた人の中から、もしかしてそれは、手術前にポーラについていたものなのかという質問まで出て、サムは苦笑した。
 ポーラのところに戻ると、サムは、そのディルドーの先を彼女の新しいヴァギナにあて、ゆっくり前後させながら挿入していった。ストロークごとに深くなっていくそれが2インチほど入るまで、ポーラはじっと耐えていたが、そこで膣が絞まったのか、サムはねじったり突いたりしだした。それとともに、ポーラも、声をあげ身もだえた。
 その様相は拷問さながらに見えたが、最後まで入ったところで、サムは冷静な口調で説明をはじめた。
「この膣の内壁も、それに大陰唇も‥‥」
 サムは、そう言って、大きく開いた外側の唇を撫でた。
「さらに小陰唇や‥‥」
 今度は、内側の唇に触れた。
「そしてクリトリスも‥‥」
 サムの指先が、その敏感な部分を撫でたことで、ポーラの脚が痙攣するように震えた。ガラストップのへりを握りしめている手の指も、力がこもり、蒼白になっている。
「すべて、彼女自身の皮膚や体組織を転用して形成したんだ」
「でも、どこを?」
 証券マンの妻が、興味津々という顔できいた。
「もともとここにあったもの、つまり、ペニスと陰のうだよ。ただ、彼女の場合は、他の部分の皮膚にも若干メスを入れてる。このあたりさ」
 サムはそう言いながら、ヴァギナと肛門の間あたりを指し示した。こんなところに手術跡があることに、何度も見ている僕も気づいていなかった。
「ヒップや腿の皮膚を使うことが多いんだが、できるだけ目立たせない方がいいと思ってここにしたんだ」
「そこまで切ったっていうことは、彼女‥‥っていうか、彼っていうか‥‥つまり手術前のポーラには、まるで馬みたいなのがぶら下がってたってこと?」
 資産家の連れのモデルがきいた。
「いや、その逆さ。さっきも言ったように、彼女のは、エイミーのより小さかった。ペニスの皮膚はけっこう伸びるものなんだが、それだけでは膣が浅くなりそうだったんで、ここの皮膚を切りとって足したんだ」
 彼はそう説明し、さらにこうつづけた。
「エイミーの時は、その必要はないだろうね。手術後に、ちょっとした医療器具を装着して通常のエキササイズをするだけですむはずだ」
「エキササイズって、どんなことするんだい?」
 今度は銀行家がきいた。
 サムは、それに答える代わりに、にやりと笑って、ポーラの中に入っていたものを引き抜き、示した。
 そのとたん、かん高い声が響いた。
「あッ‥‥ん、うう〜んっ」
 もちろんポーラだ。さっきまでのトーンとはまたちがい、甘えるような声だった。
「それは、どのくらいの期間、するの?」
「エキササイズ用のディルドーには、電池式の拡張装置が仕込んであるんだ。手術後、包帯がとれた後に入れて、膣が想定した大きさに達するところまで日に何度か電源を入れる」
「ポーラ、それは、どんな感じだった?」
 銀行家の妻がきいた。
「‥‥そ、そうね。包帯をしている間は、ほとんど感覚がなかったし、最初の頃はちょっと痛かったけど、三日目にはそれが使えるようになって、そこから先は‥‥わかるでしょ?」
 体を起こしながら、ポーラが答えた。
「ずっと、ファックされてるみたいな感じ?」
 銀行家の妻は、さらに、ちょっとにやついた顔できいた。
「え、ええ、まあ‥‥」
 ポーラも、照れ笑いしながらうなずいた。
「私も、そのエキササイズ、してみたいわ。ハニー」
 彼女が夫の方を向いて言うと、彼は苦笑しながら答えた。
「君はポーラとはちがうんだから、その必要はないだろう。まだしまりもいいし、よく動く。今のままでもじゅうぶんさ」
「でも、もしお望みなら、僕は、そのしまりをもっとよくすることもできますよ」
 サムが、にんまりしながら言った。
「うむ、それはたしかに、一考の価値ありだな」
 銀行家は、ちょっとおどけるように手を打った。
「あたしも、早く手術したいわ」
 今度言ったのは、資産家の連れのモデルだった。
「ああ、ターニャ。君も、ホルモンの段階が終われば、すぐにしてあげるよ」
 サムは、すかさずそう答えた。
 その言葉に、僕は驚いた。つまり、この美人は‥‥ポーラや僕と同じ?
 男たちの多くも驚いた顔をターニャに向けたところを見ると、やはり知らなかったようだ。
「ねえ、ポーラ、今の様子を見てると、そうとう感じてたみたいだけど‥‥」
 次に声をかけたのは、僕の股間にもたれかかっている女だ。
「本物と同じように感じるの? プッシーとか、クリトリスとか、いろんなとこで」
「本物を持ったことがないからわからないけど‥‥」
 ポーラは、そう言ってからつづけた。
「すごいことはたしかよ。だからあたしは、サムがつくってくれたものこそ本物だと思ってるわ」
「されるのが、大好きになった?」
 女がさらにつづけ、ポーラはまた、恥ずかしそうに笑い返した。
「今の顔でわかったろ」
 代わりに、サムが答えた。
「ねえ、サム。私のためにも、なにかしてもらえることはある?」
 女の言葉に、プレイボーイが「僕らのために」と訂正した。
 それに、サムはまたにんまり笑った。
「リンダ、君の場合は、もっと簡単さ。まだ若いし、たるみもないだろう。クリトリス表面の薄皮を取るだけで、神経をもっと敏感にできるよ。それで、今より数倍感じるようになるはずだ」
 そういえば、前にどこかで、そんな話を聞いたことがある。たしか、クリトラル・ピーリングとかいう方法だ。それにしても、サムの言い方はまるで、バナナかオレンジの皮でもむくみたいだった。
「でも、私、そのエキササイズっていうのもやってみたいわ」
 リンダの言葉に、みんなが笑った。
「あとで、売ってるところを教えるよ」
 サムは、そう言ってディルドーをかざした。
「まあ、論より証拠とも言うし」
 もうひとつのソファから、資産家の声がした。見ると、ズボンのベルトを緩めている。
「ポーラ、こっちへ来て、本物と変わらないかどうか、試させてくれないか」
 その言葉に、ポーラは肩をすくめるようにしてロジャーを見やった。そして、彼が笑い返すのを確かめると、資産家のもとに近づいた。
 すでにズボンをすねまで下ろし、いきり立つコックを持って待っていた資産家は、ソファに浅く座り直し背もたれに体をあずけた。ポーラは、その腿をまたぐように、ソファに膝立ちした。
 やがて、ゆっくりと体を沈めていくポーラの口から「あんっ」という声がもれた。そこで資産家が乳房に手を掛け、ポーラは、その刺激に崩れるように体をあずけた。ポーラがまたゆっくりと腰を浮かすと、今度は、資産家が乳首に唇を寄せ、音を立てて吸いはじめた。彼の頭を抱きしめたポーラも、そのリズムに合わせるように腰を上下しはじめた。
「うむ、じゃあ私も、ご相伴にあずかるとするか」
 二人の姿を見ていた銀行家が、そう言ったかと思うと、すぐに上着を脱ぎ、ネクタイをはずし、靴も脱ぎ、ズボンやパンツまで脱ぎ捨てた。
 ほぼふつうサイズのコックを揺らしながらポーラに近づく銀行家が、席を立つ時、サムからKYゼリーのチューブを受け取ったのを見て、僕は首をかしげた。
 と、ポーラの背後に近づいた彼は、自分のものにゼリーをたっぷり塗り、さらに、上下に動くポーラのお尻をつかまえると、両側に開き、そこにも塗り込んだ。
 ポーラの背中に覆い被さるようにして、彼が挿入したとたん、彼女はひきつるような声をあげた。前と後ろから同時に突かれ、それだけでもう、一度目のオルガスムを迎えたようだ。
 ポーラの両手は資産家の首を抱いていたが、頭はのけぞるようにそらし、銀行家の肩にあずけている。それで、二人の男がつくり出すリズムがそろってきた。その律動の間で、ポーラの体が揺れていた。
 そんな様子を見ていると、僕のお尻の下でプレイボーイのものがむくむくと頭を持ち上げるのを感じた。意識がそこにいったことで、僕は、自分自身のものもふたたび硬くなりはじめているのに気がついた。さらに、それが、体をあずけているリンダの首筋を叩いた。
「‥‥ん?」
 リンダがそれに気づき、振り返りながらにやりと笑った。
「へえ、もう準備オーケーなの?」
 と、そこで、胸に当てたプレイボーイの手に力がこもり、僕の体が浮き上がった。ふたたび彼の膝に下ろされた時には、僕の中にまた彼のものが入ってきた。その瞬間から、僕は、もうポーラのことどころではなくなった。
 新たなストロークに揺れはじめた僕を見上げ、僕のものを撫でながら、リンダがきいた。
「ふふ、また、してほしいのね?」
「んっ、う、う〜ん」
 僕には、あえぎながら甘えたような声を出すことしかできなかった。
 リンダは「もう、しょうのない子ね」とでもいう顔で、体の向きを変え、それに口を近づけた。
 その舌で、敏感な部分をじらすように舐められ、僕のものも、また、完全に立たされていた。
「あっ、あっ、あっ、あっ、‥‥」
 部屋のもう一方からは、ポーラのあえぎ声が絶え間なく聞こえていた。どうやら、二度目の絶頂が近づいたようだ。
「あっ、あ〜〜〜〜」
 ポーラのかん高い叫びに、男たちのうなるような声が唱和した。
 そのあとしばらくして、ポーラはトイレに駆け込んだようだが、僕にはその姿を見やる余裕もなかった。
 僕の中でプレイボーイの三度目の爆発が起こり、僕のものもまた、リンダの攻撃に耐えきれず、新たな噴射をしていたからだ。

* * *

 セックスが、パーティのどこか気取った雰囲気を吹き払ったことはたしかなようだ。僕がトイレから戻ってきた頃には、場の空気は完全になごみ、よりフランクなものになっていた。
 サムの手術の詳しい内容から、さらには、僕とポーラが新しい体や新しい生活にどんなふうになじんでいったかなど、ざっくばらんな会話が交わされた。
 お酒が進むと、そんな内容からもシリアスな部分が消え、さらにうちとけたものになった。
 トイレに行った時、僕はパンティだけははき直していたのだが、部屋に戻りブラやドレスを身につけようとしたところで、みんなからそれを止められた。
 だから、トップレスのまま参加者たちの間を渡り歩き、最終的には証券マン夫妻にはさまれる席に落ち着いた。二人とも僕に好意を抱いてくれているようだったし、偉ぶった言動や気取った態度をとることもなく、僕としても心地よかったからだ。
 二人のうち、夫のデーブは僕の肩を抱き、話しながら、時折、僕の胸で遊んだ。妻のマーサも、僕の太腿をやさしく撫で、やはり時々、その手がパンティの中に忍び込んだ。そして、あたかもそれが自然なことであるかのように、やさしくしごいた。
 やがて彼らは僕に、いっしょに家に来ないかと誘ってきた。
 驚いてサムの顔を見ると、彼は笑ってうなずいた。
 それで、僕が服を着ようとすると、マーサがそれを止め、僕の手を引いた。デーブの方は、僕の服やブラやバッグを手早くまとめ、さっさと車に運んでしまった。おかげで僕は、裸のまま、そのメルセデスに乗せられていた。
 デーブがハンドルを握り、彼らの邸に向かう間、僕は後部座席で、マーサから乳首を舐められつづけた。

 車が邸に着いた時だけは、胸への攻撃から解放されたが、マーサは僕を急かせ、すぐに家の中に招き入れた。
 そのまま寝室に直行すると、二人は服を脱ぎながら、代わる代わる、僕の胸を攻めてきた。
 裸になったマーサが胸にむしゃぶりつくようにして、僕をベッドに押し倒した時には、デーブが、僕のパンティをはぎ取った。
 さらに、ガーターベルトとストッキングを脱がせたところで、デーブは僕に覆い被さり、すぐさま挿入してきた。そして、僕の口を、充血したマーサのクリトリスへと導いた。
 パーティの間、実際の行為に一度も参加しなかったからだろう。二人は激しく燃え、瞬く間にイッた。
 僕がトイレに立ち、戻ってくると、今度は彼ら二人でキスしながらベッドでもつれ合っていた。
 デーブがマーサのものに挿入したところで、僕もそこに加わり、マーサの背中を抱きしめた。
 と、マーサは、「お願い。そのかわいいコックで、バックからも犯して」と言った。

 その後も僕らは、三人で可能な組み合わせのほとんどを試し、やがて疲れ切って、三人同時に眠りに落ちた。
 そこでやり残した組み合わせも、翌朝のシャワー前、シャワーの最中、シャワー後に、ほぼやりつくしたと思う。
 昼頃になって、彼らはやっと僕に服を着せてくれた。
 でも、アパートまで車で送ってもらう途中、マーサはまた僕のワンピースをはだけ、胸を吸ってきた。僕も、お返しに、マーサの中に指を入れていた。

 部屋に戻り、さすがに疲れた僕は、ふたたび寝入ってしまった。
 目が覚めたのは夕方の六時ごろ。ポーラとサムに起こされたからだ。
 二人は入院に付き添うために来たのだと言った。
 手術は、翌月曜の朝に予定されていた。

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第20章


 病室の準備が整い、僕が落ち着いた夜八時頃、サムは、早朝の手術に備え帰って行った。
 でも、ポーラはもうしばらく残り、パーティがあの後どうなったかを話してくれた。
 昨夜、僕がいなくなるとリンダとプレイボーイのカップルは帰ったそうだが、それ以外の連中はそのままとどまり、「ポーラとともに」過ごしたらしい。今朝、ロジャーとサムが救い出すまで、それはずっとつづいたという。
「みんな、できるかぎりのことをしてくれたわ」とポーラは言った。
 そして、「手術が終われば、今度はあなたの番ね」とつけ加えた。
 それにどぎまぎすると同時に、わくわくしている自分もいた。

 ポーラが帰ったのは十時頃だが、その前に彼女は「思い出に」とか言いだし、僕のベッドに入ってきた。
 その「最後のセックス」とともに、僕は「男」に別れを告げた。

 翌朝五時、僕を起こした看護師は、結局また、僕を眠らせるための薬を二錠飲ませた。
 しばらくして、緑色の手術衣を着たサムが入ってきた時には、その姿がぼやけて見えた。
 看護師一人と助手二人が僕をストレッチャーに乗せた時には、いったん、意識が遠のきかけた。
 大きくてまばゆいライトの下に寝かされると、その中に現れた女性がなにか言いながらほほ笑みかけ、プラスチックのマスクで僕の鼻と口を覆った。
 彼女の言葉に答えようとしたところで、僕の記憶は途切れる。

* * *

 混沌とする世界に、なんとか焦点を合わせようとして得られた次の記憶は、同じ女性の顔だった。
「終わったわよ、お嬢さん」
 その言葉に返事しようとして、また、記憶がなくなる。

 次の記憶はサムだ。
「おめでとう、エイミー。君は最高のプッシーを手に入れたよ」
 彼は満面の笑みで言った。
「すべて完璧だ。どんな気分だい?」
「ふぁー、うれしい‥‥」
 まだピンクのもやが立ちこめる頭で、僕はそうつぶやいたと思う。

 次に目覚めると、僕はもとの病室にいた。
 さっきまでの巨大なライトに比べ、部屋の中はうす暗く感じた。
 僕が身じろぎしたのに気づいたのだろう。看護師がのぞき込んできた。
「気分はどう?」
 彼女がきいた。
「のどが、乾いた」
 がさがさになった唇で僕は言った。
 と、看護師は、途中で折り曲げたプラスチックストローを口にくわえさせてくれた。
 飲むと、水がのどを通る感覚で、上半身は実感できたけれど、下半身から先は、眠っている時に感じるようなぼんやりしただるさしか伝わってこない。
 それに顔をしかめたせいだろう。
 看護師が「どこか痛む?」ときいてきた。
 かすかに首を振ると、彼女は「ずっとここにいるから、何かあったら、いつでも声をかけてね」と言った。

 ふわふわしたピンクのもやを抜け、次に目覚めると、下半身のだるさは消えていたが、その代わり、胃のむかつきと、股のあたりに鈍痛を感じた。
 それに、思わずうなり声をあげると、看護師が反応した。
「おはよう。どうかした?」
 そこでまた、のどの渇きを覚え、言おうとすると、それより先にストローが差し出された。僕は彼女に笑い返しながら、それをくわえた。
「‥‥それほどでも、ないみたい」
 ストローから口を離したところで、僕は言った。
「時々、なんとなく痛い感じがするし、胃もむかむかするけど」
 その言葉に看護師はうなずいた。
「ええ。たぶん、心配ないと思うわ」
 彼女はもう一度うなずくと、僕の頭を仰向けにし、錠剤を口に入れてくれた。それを水で飲み下したところで、さらにもう一錠。
「先生は、呼べばすぐ来てくれるから安心して。でも今は、もう少し眠った方がいい」
 それにうなずき、僕は目を閉じた。

「エイミー、女の子の世界へようこそ」
 サムの声に、僕はふたたび目を開けた。
「傷を診させてもらうよ。心配しなくていい。痛くはないから」
 心配もなにも、されるままにしているしかないのだろう。
 そう思っていると、サムがふとんをはだけた。さらに、病院用ガウンを開いたのが、お腹や脚に感じた冷気でわかった。
 そこではじめて、僕は、両脚を大きく開いた状態に固定されていることに気がついた。
 サムが包帯をとき、股の間を触診している間も、僕はそれを見ることもできず、ただ、上機嫌な口ぶりで看護師と話すサムの声を聞いているしかなかった。
 サムの指がそこを触っているのはわかるのだけれど、それがずいぶん遠くに感じる。ちょうど、歯医者で麻酔をかけられ治療されている時の感じだ。
 ただ二度ほど、サムがちょっと強めに押したかなにかした時、痛みが走った。といっても、驚くほどの痛さではない。
 その後、看護師が消毒薬の臭いがするお湯の入った医療皿を持ってきた。
 そのお湯で、ずいぶん長い時間をかけて、そこが洗浄された。その間もまた、サムは看護師と、医療用語ばかりで、僕にはわけがわからない会話を交していた。
 最後に、新しい包帯が前より少なめに巻かれたところで、診察は終わったようだ。
「もう少しすると、ここの感覚が完全に戻ってくる」
 サムが語りかけてきた。
「けっして心地よいとは言えない感覚だと思う。もし、ひどく痛むようなら、言ってくれれば、すぐに鎮痛剤を出すからね。それに、痛みは徐々におさまっていくから、安心して」
「ええ」
 これも、うなずくしかない。
「ともかく、手術は大成功だった」
 サムは、口調を変えて笑いかけた。
「君はまちがいなく、ガールスカウトでいちばんきれいなプッシーを持った隊員になれるよ」
 その言葉に、僕は看護師と顔を見合わせ、笑った。

* * *

 次に目覚めたのは、サムの言葉どおり、股に感じる痛みのせいだった。
 僕がそううったえると、ベッド用便器を準備していた看護師は、それより前に鎮痛剤を飲ませてくれた。
 用を足す世話をしてくれた後、彼女は、今の僕に可能なかぎりの協力をさせ、シーツとガウンを交換した。
 便器や洗い物をかたずけに出て、戻ってきたところで、彼女は、お見舞いの人が来ていると告げた。
 そして、「会う前にしておきたいでしょ」と、軽くメイクし、髪もとかしてくれた。

 入ってきたポーラとビルは、笑顔でキスしてきた。
「だいじょうぶだったかい?」
 ビルがきいた。
「ええ。ほとんど寝てるだけだったから。でも、サムはきっと、チェーンソーを使ったにちがいないわ」
「ふふ、その痛みは、すぐ治まるわよ」
 ポーラが言った。
「あとは、気持ちいいことばっかり」
「誰かさんの場合は、たしかにそうね」
 僕は、苦笑しながら答えた。
 それから二人は、看護師が「これ以上は疲れるから」と止めに入るまで、一時間ほど話していった。
 キスして出ていく二人を見送ったところで、看護師の言ったとおり、ひどく疲れているのに気がついた。

 翌朝、僕は熟睡していた。
 サムと看護師が二人がかりで起こさなければいけないほど深い眠りだったようだ(深夜に痛みが出て薬をもらったから、そのせいだろう)。
「目が覚めたかい、ハニー」
 サムは、いかにも彼らしいベッドサイド・マナー(※)で言った。
(※訳注 ‘bedside manner’本来は「<医者が心がけなければならない>患者への配慮」という意味の慣用句だが、ここでは‘bed’に別の意味も込めている 医者が患者に「ハニー」はないだろう)
「今朝のご機嫌はどうかな?」
 そう言われて、昨日までの不快感がなくなっているのに気がついた。
 胃のむかつきも消えているし、股の痛みもふつうにしていれば感じない。ただ、体を動かした瞬間、針で突くような、より正確には、どこかがちょっと切れるような痛みが走る時がある。
 僕がそう言うと、サムはうなずいた。
「うむ、順調だ。じゃあ、そのかわいいオマンコを見せてもらおうかな」
 看護師がなにか取りに出たのをいいことに、サムはさらに調子に乗って言った。
「あたしも、見ていい?」
 僕が言うと、ちょうどそこへ、医療皿とガーゼを持った看護師が戻ってきた。サムは彼女に、ベッドの上半身部分を起こすように言い、僕の包帯を解きはじめた。
 起き上がり、包帯がはずれたところで、僕ははじめて、昨日からの痛みの正体を目にした。
 それは、たしかにヴァギナやクリトリスの形をしていた。でも、ふつうのサイズの十倍にも見えた。色も、場所により、赤く晴れ上がっていたり、青く内出血していたり、黒ずんでいたりする。ところどころに、痛々しい縫い跡も走っていた。
 僕は、それにショックを受けたが、サムがガーゼを使って洗浄をはじめた時には、なんとか落ち着きを取り戻した。
 腫れて敏感になった皮膚の上を、サムはやさしく、でも手際よく、繰り返し拭いてくれた。
 クリトリスは、ただペニスが短くなり、亀頭だけがそこに残ったように見える。さすがに勃起した時ほどではないものの、ふだんの亀頭くらいの大きさなのだ。しかも表面がひりひりし、触られると鋭い痛みが走る。特に、腫れた陰唇にはさまれた両サイドは、拭かれると、身が縮むほど痛い。
 その作業がやっと終わったところで、今度はベッド用便器が持ち出され、それが、いつもとはちがい、上半身を起こしたままの僕のお尻の下に据えられた。
 そこでサムは、見たこともないほど大きな注射器を取り出した。
「いや、注射じゃないよ」
 僕がおびえた顔をしたのに気がついたのだろう。サムが笑いかけながら言った。
「これは、ルべージというんだ。先に針でなく、この細いチューブをつけて使う。このチューブを君のオマンコの中に差し込むのさ」
 さっきの会話のつづきで言ってしまったらしいその用語に、看護師が顔を赤らめた。
「これで、洗浄液を送り込んで、中をきれいにするんだ。どうだい、すてきだろ」
 その言葉に笑い返しはしたが、とてもそうは思えなかった。
 その懸念が正しかったことは、二日前まではなかったその新しい“穴”に、チューブの先が入ってきたところで、もう証明された。
 前後しながら少しずつ送り込まれるそのチューブに対し、僕は「痛ッ!」を口走りつづけた。
 どうやらそれが奥まで入り、サムがもう一端に例の注射器をつけた時、僕はほっとため息をついていた。
 サムが注射器のピストンを押すと、一瞬、体の中が液体で満たされる感覚があり、そのあとすぐに、ベッド用便器にそれが流れ出た。
 注射器がからになると、サムはいったんそれをはずし、また新たな洗浄液を吸い込んで同じようにし、それが何度か繰り返された。
 股間から流れ出てくる液体は、最初は真っ赤で、とても直視できなかったが、四回目か五回目には、入った時と変わらない透明なものになった。
 いずれにせよ、とてもすてきとは言えない治療だ。
 それが終わり、チューブを引き抜いたところで、サムは僕の下腹部を強く押した。残った洗浄液をすべて排出させるためらしい。
 看護師がベッド用便器を始末するために出ていくと、サムは、もう一度患部の表面をていねいに拭き取った。戻ってきた看護師は、きれいになった便器を通常使うための所定の位置にセットした。
 消毒薬が塗られている時、僕は、クリトリスの下あたりから尿用のカテーテルが出ているのに気がついた。
 薬が乾くのを待つ間、サムは、神経は正常につながっているようだし、新しくできた膣やその他のものも、順調に定着しはじめていると言った。
 満足そうにうなずき、新しい包帯を巻いてくれたところで、彼は僕にキスしてきた。
 その、けっして医者らしいとは言えないやり方に、今度こそ、看護師は顔をしかめた。

 翌朝も同じ治療が繰り返されたが、それは、肉体的にも精神的にも、前日より楽なものだった。赤かったり青かったり、場所によっては緑や黄色にも見えた表面の肌も、全体が暗い紫のトーンに落ち着いてきていた。大きさも、前日が通常の十倍だとしたら、この日は五倍くらいになっていた。

 さらにその翌朝には、腫れはもっと引き、せいぜい二倍程度という感じになった。色も、もう、ショックを感じないものになっていた。
 洗浄の処置が終わったところで、サムが、立てそうかときいてきたので、僕はうなずいた。
 でも実際には、サムと看護師が両側から支えてくれなかったら無理だったろう。ベッドを出たとたん、立ちくらみし、床の上に崩れそうになったのだ。
 とはいえ、僕は、そこで数歩歩くだけでよかった。車いすが用意されていて、診察室までの廊下は看護師が押してくれたからだ。

 診察室に入ると、僕はまた二人に抱きかかえられるようにして検査台の上に寝かされ、脚を開いた形で固定された。
「ちょっと痛いかもしれないけど、必要なことだから、がまんして。いいね?」
 もちろん僕には、拒否する権利などない。
 そこで、サムは金属製の器具を使い、僕の新しい「穴」になにかしはじめた。それがどこかに触れた瞬間、サムの言葉どおり、地獄のような痛みが走った。思わず声をあげると、サムは「この器具は、成人女性用じゃなく子供用なんだよ」と言った。そんなことを言われても、何の救いにもならない。
 それで終わるかと思っていたら、その後も三十分近く、サムはさまざまな器具で、内側のあちこちをつついたり押したりした。そのたび僕は、鈍痛から激痛まで、さまざまな痛みを味わった。
 それらの器具と、さらに尿用のカテーテルも抜き取られたところで、やっと新しい包帯が巻かれ、僕は車いすに戻された。

 病室に帰ったあと、僕はベッドに戻るのだと思っていたのだが、そうではなかった。その代わり、サムが、車いすに身を寄せ、話しかけてきた。
「なんであんなひどい目にあわされるのかと思ってるんだろ。何のためだと思う?」
「‥‥えっ? もしかして、退院?」
「毎日の洗浄は、ポーラが手伝ってくれるだろうしね」
「ええ、まちがいなく」
 ポーラと約束しているわけではなかったが、なにより早くここを出たくて、そう言っていた。
「オーケー、ポーラとビルが迎えに来てる。さて、そこで君の使命だが‥‥」
 サムは、ミッション・インポッシブルの声色でつづけた。
「飲み物や食べ物は必要以上にとらず、節制に心がけること。もうカテーテルをはずしてしまったのだから、今後は、おしっこの後もきれいに拭く習慣をつけること。もちろん、大きい方の時も、これまで以上にていねいに。今後一週間、毎朝九時に通院し、診察を受けること。携帯用のルべージのセットをビルに渡しておいたから、それを使って、日に数度、欠かさず洗浄を行うこと。いいね」
「はい、先生」
 僕は、患者らしく答えた。
「退院と聞いて、今回は、さっきより楽に立ち上がれるんじゃないかい?」
 その言葉どおり――また二人の手を借りたものの――僕はしっかりと自分の脚で立ち上がった。
 腰全体に包帯を巻いているからパンティは必要なかったが、看護師は僕にブラをつけ、スカートとブラウスを着せてくれた。
 着替えが終わったところで、ふたたび車いすに座ると、サムがそれを押し、僕は、ポーラとビルが待つ待合室に向かった。

「お待たせ。われらがヒロインの登場だよ」
 二人の前まで行ったところで、サムが言った。
「僕はまだ仕事を抱えてるからここで失礼するけど、今夜、帰りに様子を見に寄るよ」
 駐車場までは看護師が車いすを押し、そこでビルが抱きかかえて車に乗せてくれた。

 アパートに着くと、僕が部屋まで歩くと言ったにもかかわらず、ポーラとビルが両側から抱きかかえて連れて行かれた。
 たしかにまだ、がに股気味にはなるものの、それくらいなら歩けないわけではない。
 部屋に落ち着いてしばらくしたところで、トイレに行こうとすると、ポーラがついてきて、拭くところまで、あれこれ世話してくれた。

* * *

 戻って三日目にはもう、僕は、日々の繰り返しにうんざりしていた。
 朝の洗浄。通院。帰宅。安静。食後のトイレと洗浄。就寝前の洗浄。安眠。
 でも、土曜の朝には、そんな生活にも変化が訪れた。

 その日の診察で、サムは抜糸をした。それは、慎重を要する作業らしく時間がかかり、ちょっと痛かったが、この一回ですべてが終わるということだった。ちなみに、膣の奧の縫合には溶ける糸が使ってあり、それはもう消滅しているらしい。
 抜糸のあと、いつもの洗浄が行われ、さらに、いかにも高級そうな消毒剤が、あらゆる部分に惜しげもなく塗られた。そして、そこでサムは、僕のプッシーに小さなディルドーのようなものを挿入し、その使い方を説明しはじめた。
 まずは、そのディルドーを入れたまま固定するための装着具のつけ方からだった。
 それはX状に交差したナイロン製のストラップで、その交差部分を股にあてがい、四つの端を、ウエストに巻いた幅2インチほどのベルトの金具に留めるのだという。サムの指示に従って装着してみると、交差部分に押し上げられたディルドーが体の奥に入り、納まった感じが伝わった。
 さらにサムは、ディルドーの根本から垂れ下がったケーブルの先の、小さな装置を取り上げた。裏についたクリップをウエストベルトかスカートにとめて使うのだというそのリモコンには、三つのダイアルが並び、それぞれに「0」から「9」までの目盛りが刻まれている。
 サムは、そのうち、「円周」と書かれたダイアルをゆっくりと「2」までまわした。目盛りが「1」まで行った段階で、膣の内部に何かが密着した感覚があり、「2」に達した時には、自然に股が開き、僕は小さな叫び声を上げていた。
 サムはそのダイアルを「0」に戻すと、次には、「長さ」と書かれたダイアルを、やはり「2」までまわした。今度は、それが奧に向かって伸びてくる感覚が伝わり、やはり僕は悲鳴を上げていた。そこでサムは、目盛りを「0」に戻した。
「最初の段階では、今のように『円周』と『長さ』の目盛りを手動で調節しながら、慣れていってほしい。充分に慣れたら、次には、この『速度』ダイアルを使う」
 サムはそう言って、その「速度」と書かれたダイアルを「2」までまわした。しかし、今度は何も起きなかった。
 それに首をかしげていると、サムは、さっきの「円周」ダイアルを「2」にした。と、さっきと同じように僕の中のディルドーがゆっくりと太くなり、またゆっくりとしぼんだ。「円周」を「0」に戻し、次に「長さ」を「2」にすると、やはり同様のスピードで、ディルドーが伸び、そして縮んだ。
 どうやら「速度」ダイアルをセットしておくと、そのスピードで自動的に動作を反復するということらしい。
「今日から、少なくとも一時間に一回はこのエキササイズをすること。そのたびに、各ダイアルの数値を少しずつ上げていってほしい。少なくとも、それぞれ『5』か『6』くらいまでは持っていきたい。『速度』ダイアルで自動運転にしておけば、誰にも知られずにできる。いや、それとも‥‥」
 そこでサムは、にやりと笑ってつづけた。
「ダイアル調節を誰かに任せるのもいいかもしれないな。いずれにせよ、最初は不快かもしれないが、だんだん快適に‥‥というか、快感に変わっていくはずだ。そこに達するまでの早さも、それに、快感の大きさや長さもお好み次第。まさに現代テクノロジーの奇跡ってわけさ」
 その言葉に苦笑しながらリモコンを装着し、服を整えていると、サムが僕を抱きしめキスしてきた。
「それをはずすまでに、君がそのテクノロジーのとりこになるんじゃないかって、ちょっと心配だよ」
「ふふ、そうかもね」
 僕はそう答えたが、そこで、いたずらっぽい目で見返した。
「だけど、たとえそうなったとしても、誰かさんが、それ以上のテクで連れ戻してくれるんじゃないかしら」
「たぶん、その頃には、君は、自分がポーラ以上に感じる女になってることに気づくと思うよ」
 サムは、意味ありげなにやにや笑いで言った。
「そうかも‥‥でも、どうしてそんなこと言えるの?」
「どうやら君は、まちがいなく名器の持ち主だ。骨盤の形状から察するに、君の膣にははっきりとしたGスポットが形成されるはずさ。しかも、膣の入口近くにね。突かれる時はもちろんだが、引く時にさえびんびん感じる。セックスが好きでたまらなくなるんじゃないかな」
 さらにサムは、クスクスと笑いながらつづけた。
「いや、その前に、指だけでも簡単にイケるはずだから、オナニー中毒になるのかな」
 僕はそれに赤面しながらも、言い返した。
「あら、あたしがそれを覚える前に、まずはあなたの指で試すんでしょ」
「ああ、その時の診察が楽しみだよ」
 サムも、そう言い返してきた。

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第21章


 その週末いっぱいを、僕は寝間着のままで過ごした。
 そんな僕に、ポーラも、あれこれと世話をやいてくれた。食事や飲み物、トイレやそのあとの洗浄はもちろんだが、僕が新しい楽しみに挑戦することにも。
 例の「エクササイズ」は、手動で「円周」や「長さ」を調節しているうちは多少の痛みを伴ったものの、「速度」を加え、自動に切り替える頃には、すでに楽しみだと思えるようになっていた。
 そばで観察していたポーラによれば、僕は、三つのダイアルの目盛りすべてを「2」にした時点で、もう、女としてのオルガスムを堪能していたという。だから、一時間もしないうちにはじめた次のエキササイズでは、各目盛りを「3」まで上げてくれた。

 日曜の夜、僕は、自分を患者と見なすのをやめようと決めた。
 大陰唇やクリトリスの腫れは多少残っているものの、見かけだけなら、もう、ふつうの女性と変わらない。多少赤みがさし、過敏な感じはするのだが、その過敏さは、あきらかに痛みとは別のものになってきていた。

 月曜の朝、僕は長期欠勤に終止符を打ち、仕事に行くための着替えをした。
 なぜだか、できるだけホットな女に見せたいという気分になり、選んだのは、太腿で留めるストッキングにほどよいヒールの赤いパンプス、やはり真っ赤なミニのスーツという組み合わせだった。この細身のテーラードスーツは、胸の下あたりにボタンがひとつだけついている。それをとめれば、胸をきつく持ち上げ印象的な谷間ができる。しかも、襟の間から、その谷間が、上から下まですべてのぞいた‥‥つまり、ブラは着けていなかった。ちなみに下も、例の「エキササイズ」装置とその装着具を着けているから、パンティなしだ。

 会社に着くと、先に出社していた何人かの秘書仲間にあいさつしたあと、いつもどおり、ビルのためにスケジュールのプリントをし、コーヒーの用意をした。
 そのコーヒーを持って部屋に戻ると、ビルはすでにデスクについていた。そして、入ってきた僕に気づいたとたん、その顔がぱっと輝いた。
 すぐに席を立ち駆け寄ったビルは、僕の手からコーヒーのトレイを奪うように取り、それをデスクに置くと、抱きしめ、熱いキスをしてくれた。
「戻るまでには、まだ何日かかかるんだと思ってたよ」
 唇を離したところで、ビルは弾んだ声で言った。
「どう? だいじょうぶ? 無理はしてない?」
「ええ、だいじょぶよ」
 彼のやさしさがうれしくて、僕も笑顔で答えた。
「もう、すっかり元気。痛みもほとんど消えたわ。9時には、サムにみてもらいに行かなきゃいけないけど」
「僕も、見せてもらえるんだろ?」
 その言葉に、僕はクスッと笑いながらうなずいた。
 ソファに腰掛け、スカートをたくし上げると、前に座ったビルは、身を乗り出すようにして、中をのぞき込んできた。
 ただ、そのままでは、例の装着具がじゃまして、彼の見たいものはよく見えないだろう。それで僕は、ストラップの前側の留め金をはずし、それを股の間に落とした。
 すると、すぐにビルの手が伸びてきた。
「そおっとね。まだ、ちょっと痛いから」
 抜糸のあとはもう消えていたし、もちろん傷口もふさがっているが、よく見れば、まだ縫い跡は残っている。
「すごい。こんなにきれいなのは、見たことがないよ」
 ビルは、ため息をつくように、そう言ってくれた。
「すべて順調?」
「ええ。ちゃんと使えるようになるまでには、まだこのディルドーで、中を広げるエキササイズをしなきゃいけないんだけど」
「それは、日に何度くらいしなきゃいけないの?」
「何度も」
「次はいつ?」
 僕には、ビルの思っていることの察しがついた。
「ふふ、今からでもいいわよ」
 僕は、また笑いかけながら言った。
「見たいんでしょ?」
 ビルの顔には、予想したとおりのにやにや笑いが広がった。
 僕は、簡単に例のリモコンの説明をしたあと、ストラップを装着し直し、リモコンの速度と円周を「4」にセットした。すでに、ここまでは経験ずみだった。
 そこで僕はひとつ大きく深呼吸してから、長さもゆっくりと「4」まで上げていった。これは初めてのことで、その圧倒するような迫力は想像以上だった。体の奥に向かって押し入ってくるその力の前に、僕は思わず股間を開き、ソファの背もたれにのけぞっていた。
 そこにもうひとつ驚きが加わった。ビルの手がスーツのボタンをはずしたのだ。乳房が弾けるように揺れ、上着の襟が両脇に開いた。そのとたん、ビルが、片方の乳首を吸い、もう一方の乳首をつまんできた。
 それは、体の中の初めての感覚をさらに圧倒的なものにし、たちまち僕はオルガスムに達していた。しかもそれが、つづけざまに何度もやってきた。
 そのせいで、ビルの手がリモコンに伸び、3つのダイアルすべてを「5」に上げるのを止めることさえできなかった。
 けっきょく僕は、それから何度もオルガスムを迎え、ビルがダイアルを「0」に戻したあとも、スーツの前をはだけ股を大きく開いたみだらな姿のまま、動けなくなっていた。
 そんな僕を見て、ビルが言った。
「ふふ、エキササイズの仕上げをしてあげる時が、待ちきれないよ」

* * *

 やっと正気を取り戻し、前室に戻った頃には、もう、通院しなければいけない時間になっていた。
 急いで病院に着くと、サムは、僕の股間をあちこち触診し、「うむ、完璧だ」と言った。
 それが終わったところで、サムはふたたびエキササイズ装置を所定の場所に挿入し、円周を「4」にセットした。しかし、長さの方は、痛みを感じるぎりぎりのところまで上げてきた。僕はそこでも、何度もオルガスムを迎えることになった。
 サムは、「もし君が、男から犯されるスリルを味わいつづけたいなら、円周を『4』でやめておくのもいいかもしれないよ」と言った。

* * *

 会社に戻り、午前中の仕事をかたづけ、ポーラといっしょにランチを食べたのはいつもどおりだが、その間にも何回か、僕は例のエキササイズをした。自分があられもない姿になるのはわかっていたので、さすがにデスクではできず、トイレの個室でやることにした。

 二時になり、いつもどおりコーヒーを持って、奥の部屋に入った。
「疲れてないかい?」
 ソファに座り、コーヒーを飲みはじめると、ビルは、そう気づかってくれた。
 それにうなずき、いつもどおり、仕事もプライベートも区別のない会話がつづいた。
 そのコーヒータイムが終わり、カップをかたづけている時、ある考えが浮かんだ。
「ねえ、ビル」
 僕は、思いをめぐらせながら言った。
「手術のあと、あたしの下半身はまだ完全には回復してないけど、よく考えてみると、問題があるのは、新しい方だけなのよね」
「ん? どういうこと?」
 デスクに戻ったビルは、そう言いながらも、興味津々という顔をしてきた。
「つまりね‥‥、そろそろまたエキササイズの時間なんだけど、もうひとつの方なら、これまでどおり使ってもらえるかなって‥‥」
 僕の言いたいことがわかったようで、ビルはすぐににんまりした。
 ソファを離れた僕は、そのまま、ビルのデスクをまわりこんだ。そして、例のリモコンをはずし、デスクの上に置いた。
 さらに、そこに胸をつけるように上半身をあずけ、突き出したお尻のスカートををたくし上げた。と、思ったとおり、ビルがストラップの後ろの留め金をはずした。
 それが、股の下に垂れ下がると、ビルは時間を浪費することなく、舐めて湿らせた指を、後ろの穴につっこんできた。
 ポーラの時もそうだったが、手術からこっち誰にも触らせていないそこは、いつも以上に敏感になっている気がした。
 でも、だからこそ、ビルの長くて太いペニスが入ってきた時、僕はこれまで以上に感じていた。
「ああ〜っ、そのまま、ちょっとじっとしてて」
 それが最後まで入ったところで、僕は言った。
「いい? 始めるわよ」
 僕の体に両手をまわし胸のふくらみをつかんできたビルが、うなずくのがわかった。
 僕は、リモコンをとり、速度を「2」に円周を「4」にセットし、長さを、さっきは痛みを感じた「6」まで上げた。
「ああっ、‥‥うっ、くそっ! まるで他の男と、いっしょに犯してるみたいだ」
 ビルはあえぎながら言った。
「うう〜んっ、ビル、あたし、あなたのものよ。誰よりあなたに犯されたいの」
 ビルの下で悶えながら、僕は言った。
 ビルが腰を振り始め、そのストロークのスピードを増して行くのを挑発するように、僕も、速度のダイアルをじりじりと上げていった。
 それが「4」に達した時、最初のオルガスムが来て、「5」まで来た時には、ビルも射精した。その瞬間、ふたたび最高のオルガスムが訪れ、それでも僕は、ダイアルを戻すことなく、その悦びを味わいつくした。

 やっとことが終わり、ぐったりした僕を抱き起こしたところで、ビルは、精液があふれ出そうな僕の股間に、クリネックスをあててくれた。

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第22章


 ディルドーを入れているのをいやだと思ったことは一度もないのだが、金曜日の診察で、もう常時装着の必要はないと言われた時は、やはりうれしかった。
 長さはすでに「8」に達していたから、今後は、日に二度ほど挿入してエキササイズすればいいというのが、サムの診断だった。
 つまり、僕のヴァギナは、外見も中身も、ほぼ完成したというわけだ。

 もちろん、その診断が下される過程では、例の金属製の装置に両足を掛け、股を大きく広げなければならなかった。
「心配いらないよ。この前みたいな痛い思いはしないから」
 検査用ベッドの横に立ったサムはそう言った。
「新しくできた君の器官に、まちがいなく神経がかよってるか、それを検査するんだ。自然の摂理に逆らってまで追求してきたのは、なにより、そこだからね。その結果が今出るってわけさ」
 そう言いながらサムは、大きく開いた僕の股間側に移動した。
「恥ずかしがらず、感じたままを言って。万が一、感じない時にもね。まあ、その心配はないだろうけど」
 そこでサムは、片方の手を僕の下腹部にあてた。
「いいかい? いくよ」
 僕がうなずくと、もう一方の手を股間に近づけ、指先で、左の大陰唇にそっと触れた。それだけで快感が走り、僕は、言われたとおり「ぁッ、感じる」と口にした。
 その指が大陰唇の上から下へ、撫でるように動いた時にも、同じようにつぶやいた。
 もう一方の大陰唇にも同じことがされ、僕はまた、同様に伝えた。
「うん、いいね。じゃあ、これは?」
 サムはそう言いながら、ふたたび左の大陰唇に指を戻し、今度はさっきより強く、しかも円を描いてこねるように移動させた。
 今度はもっとよかった。
「ぅう〜んっ、いいっ」
 つづいて、右側にも同じことが繰り返された。
 次にサムは、新しい穴のまわりの小陰唇にも同じように指を這わせ、僕は、さらに大きな声を上げていた。
「ふふ、ちょっと起き上がって見てごらん」
 その言葉に上半身を起こすと、サムは、大陰唇を上下に繰り返し撫でた。
「ほら、こうすると充血して膨らんでくるのがわかるだろ。ちょっと赤っぽくなるのは、大量の血液が送り込まれてるからだよ」
 女性なら誰でも多少はこうなるのかもしれないが、ここまではっきり盛り上がってくるのを、僕は見たことがない。
 サムがふたたび穴の周囲をチェックしはじめ、それに耐えられなくなった僕は、声をあげながらふたたび後ろにのけぞっていた。
 そこで、サムの指がクリトリスに軽く触れた。
「あっ、ぁん、すごい」
 今度は伝えようと意識しなくても、自然に口走っていた。
 と、サムはKYゼリーをとりだし、それを指先に塗って、クリトリスを強く刺激しはじめた。摩擦する速さが増していき、僕は、瞬く間にオルガスムに導かれていた。
「オーケー、ここはまちがいなく機能している。まあ、それは知ってたけどね。じゃあ、次はいよいよ‥‥」
 ふたたび指にゼリーを塗ると、サムは、できたてのプッシーの中に挿入してきた。そして、その内壁を押し広げるというように指をまわした。えもいわれぬ昂ぶりが、僕の中で起こった。
 口をついて出るもだえ声の途中、悲鳴のようなかん高い叫びが混じったことで、サムにもきっと、彼自身が前に言っていたGスポットの所在がわかっただろう。それは、クリトリスのすぐ奥のところにあった。他の場所もすべて感じるのだが、そこだけは段違いに強烈だ。
 案の定、サムの指はすぐに、その感じやすい部分を攻めるように往復しはじめた。僕は、検査台のシーツに押しつけた頭が垂直に立つほど、のけぞっていた。
 それでもまだ充分でないとばかりに、サムはなんと、クリトリスに顔を近づけ、キスしてきた。さらに、指のストロークとリズムを合わせ、舐めたり吸ったりした。
 そこでふたたびやってきた強烈なオルガスムに、僕はもう、なにがなんだかわからなくなった。それでも彼はやめようとせず、気が狂うのではないかと思うところまでつづけた。
「‥‥うむ。手術の成功を宣言するために、残す検査はあとひとつだな」
 サムがそう言った時、僕はまだ今の昂ぶりから覚めやらずにいた。だから、彼がズボンを下ろしたのにも気づかなかった。
 でも、彼のものが入ってきた時には、さすがに、それがなんであるかわかった。
「あ、ああっ、あ‥‥あーーーっ」
 それが奥深く突いてきた時、僕の声はついに悲鳴になった。もちろん、ディルドーですでに訓練ずみなのだから、それは苦しみの叫びではない。
 でも、それで終わりではなかった。サムのものが膣口近くまで後退した時、亀頭のカリが、例の神経が束になった場所を強く撫でた。そのとたん、体中に閃光が走った。
 そして次の瞬間には、ふたたびそこをこすりながら、胃まで達するほどの勢いで突進してきた。僕は一気に、これまで経験したことのない高みへと突き上げられ、脳裏には見たことのない光景が広がった。
 ぶつかってきたサムの体が、クリトリスに押しつけられ、ごわごわした陰毛が、局部全体を覆うのを感じた。
 僕は、両手を伸ばしてサムの首をつかまえ、ぶら下がるようにして、開脚台の上の両脚をさらに高くさし上げていた。そして、その脚をサムの背中にまわして足首をからめ、激しく上下しはじめたサムの腰にしがみついた。
 うめきながらぶつけてきた最後の四回のストロークで、サムの体内のものすべてが僕の中に放出され、その瞬間、僕はまた、これまで行ったことのないところまでイカされていた。
 そこで僕は、おかしな感慨を抱いた。もちろん初めての強烈な体験なのに、前にもこれと似た感覚を味わった気がしたのだ。
 そう、あれは、大きくなった乳首をはじめて吸われた時だ。
 後ろの穴と前の穴では、男の乳首と女の乳首ほど感じ方がちがう。
 今日からは何度もこれが味わえるのだと思うと、僕の顔は自然にほころんだ。

 そのあとサムは、僕を座らせ、いつものように――でも、今回は自分の体から出たものを洗い流すために――洗浄処置をした。
 僕は、はじめてそれを、楽しいものだと感じた。

* * *

 病院へは例の装着具を着けて行ったのだから、会社にはパンティなしで戻ることになった。
 前室に入るとすぐに、ビルが気づき、席を立ってきた。
「どうだった?」
 僕の肩を抱きながら、彼は、このところ日課になっている質問をしてきた。
「ふふ、もう、完治したって」
 僕が微笑みながら言うと、ビルが聞き返した。
「完治? それは、どういう意味で?」
「サムの最終チェックがすんだってことよ。手術の傷はもう問題ないし、正常に機能するって」
「深さや広さも‥‥?」
「ええ、それに、神経もね。まちがいなく感じてるって満足してたわ」
「感じてる? 満足? ‥‥彼はいったい、どんな診察をしたんだい?」
「そうね。最初は、いろんなとこを触診して、あたしの様子をみたわ。それから、痛みが残ってないか、もう少し強く触ってきた」
 その言葉に、ビルが眉をひそめるのを、僕はかわいいと思った。
「そういえば、大事な場所を調べるときは、唇や舌まで使ったかしら。それから‥‥」
「ストップ! もう、いいよ」
「あら? きいてきたのは、そっちでしょ」
 僕が言うと、ビルは、不機嫌そうにうなずいた。
「最後に、サムは、それが目的どおり働くかどうかを実地で調べたわ。要するに、あなたが楽しみにとっておいたおやつを、先に試食しちゃったってわけね」
 僕は、ビルがイライラするのを楽しんでいた。身をよじらんばかりのしかめっ面に、ほくそ笑んでいた。
「その上で、奴は、自分の偉業を他人にけがされないよう、あのいまわしい機械で、また封印したってわけか?」
「ううん、それはちがうわよ」
 僕はにっこり笑って言った。
「あの機械は、袋に入れて預かってるわ。あなたに渡せって。あなたが自分でできない時だけ使えばいいって」
 僕は、ビルの首に両腕をまわして抱きつき、片脚を股の間に入れた。できたてのプッシーをビルの腿に押しつけ、それが彼のものであると伝えようとしたのだ。さらに、もう一方の脚を、ビルの脚の後ろにまわし、絞めつけさえした。
「ねえ、そろそろ、コーヒータイムじゃない?」
 僕は甘えるように言った。
 ビルはまだ仏頂面をつづけようとしたが、結局はそれに負け、にやりとした。
「で、サムとのメイクラブは、よかったかい?」
 ビルがきいてきた。
「え? メイク‥‥ラブ? そんなふうに思ってたの?」
 僕は、あどけない顔をつくって言った。
「あれは、ファックよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。そりゃあ、これまであたしが経験したどのファックより感じたけど、それを超えるようななにかがあったわけじゃないもの」
「ふふ、なるほどね」
 ビルは、そう言ってさらににやりと笑った。
「それなら、僕がこの日のためにずっと考えてきたプランが進められるってわけだ」
「ねえ、ビル、早くぅ。あたしもう、完全な女よ。ここは、信じられないくらい感じるわ。あなた自身だって、これまでとは全然ちがうと思うはずよ。これまでが100パーセントだとしたら、今のあたしは、120パーセントの悦びを与えてあげられる」
 僕は腰を上下し、プッシーをビルの腿にこすりつけるようにしながら言った。腰骨の片側で、硬くなったビルの盛り上がりを摩擦するのも忘れなかった。
 これで、ビルはひとたまりもないだろう。
 ところが‥‥。
「じゃあ、まずは二人で相談しなきゃな」
 ビルはにやにや笑いながら言った。
「でも、今はまだ午前中だ。仕事をつづけよう。二時になったら、いつものようにコーヒーを飲みながら‥‥話そう。今夜のデートプランをね」
「ええっ、今夜?」
「ああ、そうさ。まずは、君の気に入るようなレストランを決めなきゃいけないな。あとはあれこれあって、明日の朝、僕の家のベッドでどんなふうに目覚めるかをね」
「ぅん〜ん。いちばん大事なとこが抜けてるじゃない」
 今度身もだえるのは、僕の番だった。

* * *

 ビルは、僕をじらそうとしていた。
 おそらく、僕のがまんの限界まで待った方が、その時をより堪能できると思ったからにちがいない。
 もちろん僕は不満だったが、でも、それは、ビルのためだけでもないだろうと思い直し、耐えることにした。
 僕は、この数ヶ月、毎日そうしてきたように、ビルの正面に座り仕事をはじめた。ビルもまた、この数ヶ月、毎日してきたように、僕のスカートの中をのぞきながら過ごした。ただ今日は、いつも以上にその光景を楽しんだにちがいない。
 赤いスーツのスカートは超ミニで、座るとノーパンのプッシーを隠してはくれない。おまけに、そこにはまだ多少手術後のかゆみが残っていて、股を閉じているのがつらい。ついそこを開き、掻こうとしてしまうのだ。
 それに気づき、はっとして目を上げると、たいてい、ビルの視線がスカートの奧に向いていた。
 それでもビルは、先刻宣言したとおり、コーヒータイムにもがまんしつづけ、僕にもそれを強いてきた。
 そして、これまでの金曜日にもよくそうしたように、僕に早めに仕事を切り上げさせ、退社させた。部屋に帰って、デート用のおめかしをしろということだ。

 バスで体を磨き、ゆったりとお湯につかっていた5時頃、ポーラもいつもより早く帰ってきた。そのうきうきした様子は、やはりロジャーからデートに誘われたらしい。
 ポーラには僕ほど時間のゆとりはなかったものの、体を拭いている僕とおしゃべりしながら、バスタブでフレグランスオイルの香りを楽しんでいた。
 お湯でピンク色に上気した僕の肌には、もう消毒薬の臭いは残っていない。手術の傷もすっかり癒え、最後まで残った抜糸あとの変色も、ほぼ、そのピンクの中に溶けていた。
 そんな新しい「装置」の上に、はじめて履いたパンティは、白いレースのTバックだった。股下の柔らかなふくらみを透かしながら包むそのレースの感触に、僕はうっとりした。
 パンティとセットのブラも同じ素材で、ふたつの乳房をもちあげ寄せていたが、それは下側からだけで、乳首と乳輪は、その透けるレースからさえ解放されている。
 この前ブラを着けたときも胸がふくらみつづけているのを感じたが、今回も、あの時以上にきつくなっている。きっと、また少し大きくなったのだろう。おかげで、その谷間のながめは壮観で、自分ながらため息が出た。
 アイブロウ、マスカラ、グリーンのアイシャドウ、チーク、口紅‥‥夜用のメイクを終えた頃には、ポーラも鏡の前で僕に追いついていた。
 そこで僕は、彼女のヘアセットを手伝い、両サイドをツインテールに束ねて、前髪を強調した少女っぽいスタイルにまとめた。
 やはりポーラの手を借りて仕上げた僕の方は、ロングヘアをソフトに巻いて肩にかけたスタイルだ。
 僕にはまだ、男としての感覚が多少なりとも残っているから、どんなメイクや髪型が男の気をそそるか、わかっている。
 お気に入りのランジェリーショップで見つけたレースのガーターベルトを着け、薄手の白いストッキングを履く。ガーターベルトは、今も細くなりつづけているウエストラインを強調し、そこからストラップで吊られたストッキングは太腿までの長めのカットで、Tバックのパンティラインを際立たせている。
 その上に着た白のドレスを買ったとき、試着した姿を見た女店員は、スリップもいっしょにすすめてくれた。でも、僕はそれをことわった。
 今、鏡の中で、そのランジェリーのような薄い生地を通し、ブラやガーターやパンティがかすかに透けている。白の下にピンクの乳輪もぼんやりとわかり、その中央がつんと突き出ている。エレガントなデザインのそこここに“女の体”をほのめかしているのだ。
 オフショルダーのネックラインは、露出した肩にかかるストラップで吊され、もちろん谷間もしっかり見せている。ブラの生地は下側にしかないのだから、角度によっては、乳首だって見えるかもしれない。
 肩をはずれてついた袖は、蜘蛛の糸で織ったような生地がふんわりと腕を取りまき、ひざ丈のスカートも、柔らかく波打っている。
 全体としては信じられないくらい女らしいそのシルエットに、僕の中の男の感覚が、また興奮していた。
 ポーラの方は、白いブラウスに、ハイウエストで胸当てがついた黒のプリーツスカート。太めのストラップが背中でクロスしている。スカート丈はかなりのミニで、そこから伸びたナマ脚に、履き口をロールさせた白いショートソックスと、ヒールは高いけれど先が丸くなった黒いエナメル靴を履くという、やはり少女っぽいスタイルだ。ただし、ブラウスは透けていて、その下にブラを着けていないのがはっきりわかる。それだけでなく、腰掛ければ、パンティを履いてないことだってわかってしまうだろう。
「そうだ、エイミー」
 何か思いついたように、ポーラが言った。
「あたし、二日前に、いいことを覚えたの」
 そう言ってスカートをまくり上げながら、彼女が手に取ったのは、ルページだった。この間、僕も、膣洗浄のためにさんざんおせわになったあの器具だ。
 そのピストンを押しながら、ポーラがそこに注入したのは(洗浄液ではなく)KYゼリーだった。
「あなたにも、入れてあげるわね」
 自分の分がすんだところで、ポーラは言った。
「ふふ、毎晩の経験から学んだ、生活の知恵ってとこね」
 ポーラは、僕のパンティを下げ、同じように、それを注入してくれた。
 冷たいゼリーの感触が、僕のそこを満たした。
「気をつけてないと漏れてきちゃうけど、いろんな意味で、効果抜群よ」
 ポーラがそうつけ加えるのにちょっと首をかしげながら、僕はパンティをもとの位置に戻した。

 飲み物を飲みながらテレビを見ていると、「今日のヘッドライン」が終わり、世界で起きたことの概略がわかったあたりで、ばらの花束を携えたビルとロジャーが到着した。
 受け取ったばらを花瓶に生けてから、僕らはアパートを出て、ビルの車に乗り込んだ。
 どうやら今日のデートは二組で行こうと、ビルとロジャーは決めていたらしく、僕らを連れて行く場所も、すでに相談ずみのようだった。
 助手席に着くとすぐに、後部座席からポーラのあえぎ声が聞こえてきた。ロジャーは、ポーラがパンティを履いてないことを、さっそく発見したようだ。
 ビルもまた、僕の内腿に片手を差し入れてきて、パンティがTバックなのを確認したところで、にんまりした。
 ただ、そこに手を当てられたままでのドライブは、正直つらかった。何しろこっちは、昼からずっとがまんしているのだ。

* * *

 車が向かったのは、「グリーンウェイ」という名のカントリークラブ(※)だった。入口で、うやうやしくメンバーズカードの提示を求められたところを見ても、かなりハイクラスなクラブらしい。
(※訳注 日本でカントリークラブといえばゴルフ場ということになるが、本来は、郊外の会員制スポーツクラブ セレブの社交場としてさまざまな施設を備え、ゴルフ以外での利用も多い)
 18番ホールらしい小高い丘をまわりこんだ松とポプラの林の間に、田園風ではあっても格調高そうなクラブハウスが現れた。張りだした大きなバルコニーから、全ホールが見渡せる造りのようだ。
 駐車場に並んでいたのはやはり高級車ばかり。いちばん安そうな車種でもキャデラック。ポルシェやランボルギーニがあちこちに停まっている。
 ‥‥ちっ、金持ちのお坊ちゃんたちのおもちゃってわけか。
 それとは正反対の男として人生を送ってきた僕は、ついそんなふうに思ってしまう。
 でも、そんな僕のねたみは、一瞬後、それとは別の羨望に変わっていた。後部座席から、これまで以上に甲高いポーラのもだえ声が響いたからだ。
 ちらりと振り向くと、ロジャーの膝の上に抱かれたポーラが、悲鳴とも悦びともつかない声をあげていた。
「ふふ、君もあとでかわいがってあげるから」
 車を降り、助手席のドアを開けてくれたビルが言った。

 ビルの腕につかまってクラブハウスまでの階段を昇り、玄関を入ったところで振り向くと、ポーラとロジャーがやっと車から出てくるのが見えた。
「やあ、フィリップ」
 レストランの入口に立っていた男に、ビルが声をかけた。
「いらっしゃいませ、ミラー様。四名様とお伺いしておりましたが‥‥?」
「ああ、あと二人はもうすぐ来るよ。先に案内して」
 ビルの言葉にうなずいた給仕長らしいその男は、豪勢なつくりの室内を横切り、僕らを窓際の席へと導いた。
 窓から見える夕焼けが、息を呑むほど美しい。
 その夕陽に照らされた椅子を給仕長が引いてくれ、僕が腰を下ろすと、彼はナプキンの帯封を切り、すぐ膝にかけられるようにして渡してくれた。
 給仕長が席を離れる前に、ビルは、四人分のマティーニを注文した。
「あとから彼も説明するだろうけど、ここのコース料理は三種類あってね。ステーキ、スペアリブ、ロブスターのどれかから選べるんだ。ほら、あそこに、ロブスターのいけすがあるだろ」
 まだ手元にメニューが届いてないからだろう。ビルが先に教えてくれた。
「どのコースを選んでも、まちがいなくうまいよ」
 ビルが指さした大きなガラス張りのいけすは、かなり離れた場所にあったのだが、それでも中のロブスターがはっきり見える。あんなに大きなロブスターは初めてだ。その気味悪い甲殻類にも、僕の口の中はだ液でいっぱいになった。
 しばらくすると、頬をほてらせたポーラとロジャーがやってきた。給仕長がすかさず近寄り、ポーラの椅子を引いた。
「ちょっと後始末に手間取ってたんだ」
 席につくと、ロジャーは言わずもがなの言い訳をした。
「なにしろ、ポーラの内腿がぐしょぐしょになっちゃってさ」
「ふふ、膝の近くまでね」
 ポーラは、僕に目配せするように笑いかけた。
「まあ、そんなわけで‥‥」
 ロジャーは、さらににやつきながら言った。
「生ガキがあるなら、ぜひ頼みたい。今夜のためにね」
 たぶんこれが、ポーラの言っていた効果のひとつなのだろう。
 と、そこへ、ウエイターが、銀のふちどりがきれいなグラスに、マティーニを運んで来た。
 ロジャーはそれを一気に飲み干し、あらためて食事用の高級ワインを注文した。
 それが白ワインらしかったので、僕は、魚料理かロブスターを注文すべきなんだなと頭をめぐらせた。
 ところが、誰かがオーダーの口火を切る前に、ロジャーが、そんな僕の気づかいを蹴散らした。
「最近気に入ってるワインさ。フランス人の有名なソムリエからの受け売りなんだが、料理とワインの決められた組み合わせなんて、じつはないんだそうだ。好きな料理に好きなワイン。それがいちばんだとさ。このワインなら、どの料理を注文するにしても、みんなきっと気に入ってくれるはずだ。すぐ二瓶目を頼むことになるよ」
 そこでウエーターが、コースを説明しだした。
 ウェールズ風リブのチーズ焼き、ウエリントン風ビーフステーキ、そしてロブスターというのが「本日の三コース」だそうだ。
「たしかに、シャトーブリアンなら、ステーキにも合いそうだね」
 ビルの言葉に、ウエイターがうなずいた。
「他に頼む人は?」
「あたしも、それにするわ」
 すぐにポーラが応じた。
「あたしは、あのロブスターの中で、いちばんおいしそうなのを」
 僕が言うと、ウエイターが微笑みながら答えた。
「よろしかったら、ご自身で選んでいただけますよ、ミス」
 その言葉に、思わず頬が火照った。
 こんな暮らしをしているのだから「ミス」と呼ばれるのは初めてではないのだが、実体を伴ったのはこれが初めてだった。
「うむ、じゃあ、僕もいっしょに選ぶとしよう」
 ロジャーが言い、さらに注文をつけ加えた。
「あと、生ガキの冷製を。一晩中がんばれるほど」
 そこでロジャーが立ち上がり、ウエイターとともに、僕の椅子を引いてくれた。そして、僕の腕をとり、その大きないけすのところまでエスコートした。
 他の客たちの視線を浴びながら、僕とロジャーは、大きくて活きのよさそうなロブスター二匹を指さし、それをすくい上げたウエイターが厨房へと運んだ。
 席に戻ったところで、椅子を持って僕を座らせたロジャーが、肩口のあたりからのぞき込むようにした。
「本当にすてきなドレスだ」
 ロジャーの言葉で、僕はやっと、その角度からだと乳首が見えてしまうことに気がついた。
 そういえば、さっき、給仕長も同じようにしていた気がする。
「まるで、天国のような眺めだ」
「あら、それを言うなら、あたしにじゃないでしょ。だって、あたし、パンティは履いてるもの」
 ポーラの方をちらりと見ながら言い返した僕に、全員が声を立てて笑った。

 僕らはマティーニを飲みながら、丘の向こうに夕陽が沈んでいく光景を楽しんだ。空は、瞬く間に青から黄色へ、さらに赤に、そして、薄紅から紫へと変わり、濃紺に変化する頃には、星もまたたきだした。
「君しか見てないのに、空の色が変わっていくのがわかるよ。瞳に映るからね」
 耳もとでささやいたビルの言葉に、僕はうっとりした。
 二杯目のマティーニとともに、生ガキの皿が運ばれてきた。
 ロジャーはその半分をビルにも勧め、僕とポーラも一つだけつきあった。僕は、生ものはいまひとつ得意でない。
 と、ビルがまた耳に口を寄せ、ささやいた。
「プッシーみたいな味がする」
 僕は、それに笑いかえし言った。
「だったら、あたしのが、ずっとおいしいのに」
 それぞれの料理が運ばれてきて、食事が始まった。ちなみに僕のロブスターは、ウエイターが、しっぽを開いてくれた。
 食事が終わると、男たちが相談し、ストロベリー・フランベとかいうデザートを注文してくれた。アイスクリームの上にのったイチゴが、リキュールの炎に包まれるのを見たあと、僕らはそれをスプーンですくった。もう満腹だったにもかかわらず、それは本当においしかった。
 ビルが食後のカクテルを注文した時、建物のどこかからオーケストラの演奏が聞こえてきた。
 レストランは広くて、客が多いわりに静かだったから、漏れ聞こえてくるのだろう。
「よし、そろそろサムの診断が正しかったかどうか、確かめる時間だな」
 ほおづえをついてその音楽に耳を傾けていた僕に、ビルが言った。一瞬、何を言われたのかわからなかったのだが、テーブルの下の僕の腿に、大きな手が置かれたことで、意味がわかった。その手が内腿にすべり込んできたときには、人目が気になり、あわててレストランの中を見渡していた。
 と、ビルの指がパンティ越しにそこに触れてきて、僕はぴくりと体を震わせた。
「だめよ、こんな‥‥」
 僕が言いかけたのを無視し、ビルの手は、股をこじ開けるようにしながら、パンティの脇から浸入してきた。太い指が二本、そこを探り、僕の中に入ろうとしていた。僕は、椅子の脚に両足首をからめるようにして、それに耐えた。
 Gスポットのことなど話した覚えはないにもかかわらず、ビルの指は、まるでその所在を知っているかのように、そこに向かっていた。核心に近づくその感覚に、僕は息をつめた。
 今日一日、ビルに見られつづけ、性的な言葉でじらされつづけ、僕はもう、ちょっと触られただけでイキそうなところまで追い詰められているのだ。
 すべり込んだ指が、その敏感なスポットに触れた瞬間、僕の体組織はすかさず反応し、ビルの指をぎゅっと絞めつけていた。
 でも、もちろん、そのオルガスムをビルが共有したわけではない。彼にとっては、僕の表情に浮かんだほんの30秒ほどのエンターテインメントにすぎなかっただろうし、さっそく、僕の「攻めどころ」がわかったということでしかないだろう。
 ビルの指は、そのスポットを通り越してさらに浸入し、大陰唇にあてた親指との間で、ちょっと握るようにした。漏れそうになる声を抑えようと、僕は唇を噛んだ。
 今、僕にできるのは、その手の動きに反応してテーブルの上のコップを倒したりしないよう、注意を払うことだけだ。
 と、二度目のオルガスムがやって来た。それは、さっき以上に強烈だった。思わず体がびくっと震え、椅子やテーブルが大きな音を立てた。
 おそるおそる目を上げると、ポーラとロジャーが驚いたようにこちらを見ていた。しかも、その視線は、彼ら二人だけではなかった。彼らの背後からも寄せられたたくさんの視線に、僕は、今しがた僕に起こったことをどこまで勘づかれたのかわからず、ただ、真っ赤な顔でふたたび目を伏るしかなかった。

第1章  第2章  第3章  第4章  第5章  第6章  第7章  第8章
第9章  第10章  第11章  第12章  第13章  第14章  第15章  第16章
第17章  第18章  第19章  第20章  第21章  第22章  第23章  第24章 



第23章


 以前なら考えられないことだが、つづけざまに二度もクライマックスを迎えたというのに、僕の体は未だ満たされていなかった。現に、スカートの奥では、プッシーが身もだえるようにふるえている。
 おそらく、この気持ちを落ち着かせるには、ほんものの、首尾一貫したセックスしかないのだ。
 これまで生きてきて、こんなにもなにかを渇望したことなんてなかった。
 だから僕は、ビルの耳に口を寄せ、つぎつぎに懇願した。でもビルは、そんな僕の「苦しさ」を知らぬかのように、首を振りつづけた。
 はじめに僕は、もう帰ろうと言った。ビルの家に行き、すぐにでも抱かれたかったからだ。でもビルは「いや、まだ早いだろう」と答えた。
 次に僕は、車に戻ろうと言った。せめて5分でいいからと。でもビルは、だめだと言った。
 それで僕は、今から二人でトイレでもどこでもいいから行きたいと言った。そこで犯してほしいと。答えは、やはりノー。
 ついに僕は、18番ホールのグリーン上でもいいからと言った。もちろん、ノー。
 そこのバルコニーでいいとも言ってみた。ノー。
 最後には、みんなに見られてもかまわないから、今すぐこの場でファックしてと頼んだ。それにビルが笑ったので、期待して見返したのだが、やはり彼は首を振った。

 代わりに連れて行かれたのは、先刻から聞こえていたオーケストラが生演奏するダンスフロアだった。
 そこでは当然、ダンスすることになった。僕はビルにしがみつき、プッシーを彼の腿にこすりつけた。両手をその首にまわし、首筋にキスし、あごを噛み、耳の中に舌まで入れた。
 それに応えてビルがしたことは、僕をさらに苦しめた。抱いた指先で、ドレス越しに乳首をころがしてきたのだ。
「‥‥あッ。う、うぅ〜ん‥‥そんなんじゃなくて。すぐに‥‥。こんなドレス、この場で脱ぐから」
 僕がうめくように言っても、ビルはただ笑って、その指を動かしつづけている。
 もうがまんできなくなった僕は、ダンスをやめ、ポーラの手をとってトイレに駆け込んだ。そして彼女に、お願いだから指でイカしてと頼んだ。
 ところがポーラまでが、それはできないと言う。ロジャーから、そんなことをしたらクビだと釘を刺されたというのだ。実際には、CEO命令にちがいない。
「もう、ビルったら、あたしをどうしたいの」
 僕は、体の奥から突き上げる欲求に悶えていた。
「気が狂いそうよ」
 廊下に出たところで、僕らのテーブルを担当したウエイターを見つけた。すかさず駆け寄り、僕は体をすりつけるようにして言った。
「ねえ、あたしがほしくない? 今すぐ、犯していいわ」
「も、申し訳ございません、ミス。望外のお言葉ではございますが、そんなことをすれば、私のクビがとびます」
「誰にも言わないって約束するから。あなたは場所さえ見つけてくれればいいの。あとは全部、あたしがしてあげる」
「す、すみません。ど、どうか、お許しください。特に今夜は、当クラブにとって大切なお客様がいらっしゃるので、くれぐれも失礼のないようにと上から言われております。そのお客様というのが、じつは、あなたなんです」
 僕は、すり抜けようとするウエーターの前に立ちはだかり、片方のストラップに手をかけてずり下げた。彼の目から、裸の胸がはっきりと見えるようにしたのだ。
「これでも?」
「うっ、ぐ、くそっ!」
 彼はうめくように言った。
「わ、私も本当につらいんです。こんながまんを強いられたのは、生まれて初めてです。で、でも、どうかお許しを」
 僕は、もう叫びだしそうだった。
 すべてを見越し、ビルが先手を打ったにちがいない。つまり僕には、ビル以外に道はないということだ。
 もう、どうなってもいい。
 僕は、半狂乱になっていた。
 いちおうストラップだけはもとに戻し、僕はダンスフロアにとって返した。
 ビルとロジャーとポーラが座っている席を見つけると、その革張りのソファに膝立ちで飛びのった。そして、今度は両肩のストラップをずり下げ、ビルの頭にしがみつくようにした。露わになった両方の胸でその顔を包み、さらに片側の乳首をビルの口もとに押しつけた。
「ねえ、ビル、お願いだから。おっぱいを吸って。今すぐファックして」
 僕は、身もだえながら言っていた。
「してくれなきゃ、あたし、ダンスフロアの真ん中に飛び出して、真っ裸になるから。最初に襲いかかった男に、あげちゃうから」
「わかったよ。じゃあ、まず、パンティを脱がなきゃな」
 ビルは、いともあっさりと言った。
 やっとこちらの気持ちをわかってくれたのだと思い、僕はすぐにソファを下りて、かがみ込みながらパンティを脚から抜き取った。
 それをビルに手渡し、そのまますがりつくように彼のズボンに手をかけた。もちろん、その邪魔ものをすぐにでも取り除きたくて。
「おいおい、焦るなよ」
 その手をつかんだビルは、僕の体を起こしながら自らも席を立ち、僕をフロアへと押しやった。
 ビルが何をしたいのかわからないまま立ち上がりはしたものの、僕の両方のストラップは肘のあたりまで下りたまま。ドレスのトップラインは、乳房の下側だけを支えるブラのところまで落ちていた。
 ビルは、それにお構いなしに、僕をダンスフロアの中央まで連れ出した。当然、そこで踊っていた半ダースほどのカップルのぎょっとするような目が、僕に集中した。
 ビルは、僕の腰に腕を回し、自分の方に向けギュッと抱きしめると、スローテンポな曲に合わせて優雅に踊る人たちの輪に加わった。僕はひどく落胆し泣き出しそうだったが、それでも、彼の腿に押しつけたクリトリスをダンスの動きに合わせて上下し、とりあえずその飢えを鎮めようとしていた。
 そんな僕を見て、ビルは笑いかけてきた。僕は、なんとかそれで満足しようとした。
 でも、むき出しの乳首をこするタキシードの感触に、もやもやした気持ちが増幅していき、これはけっして僕が行きたい場所ではないという思いばかりが募った。というか、オルガスムのすぐ近くまで導かれながら、そこに到達できないというもどかしさが、興奮をますますかき立てた。
 気がつくと、ビルが、抱いた手で僕のスカートの後ろをたくし上げはじめた。そして裾を上までまくると、ふたつのおしりを両手でつかみ、自分のものに向かって力強く引き寄せた。おしりが露わになったことでやっと、僕は、今自分がどんな格好をしているかに思い至った。
 見まわすと、案の定、部屋中のすべての人がこちらを見ていた。ダンスする客たちはもちろん、バーテンやウエイター、ドアボーイ、厨房の中の二人のコックまで、すべての人が。
 と、そこで、ビルが動きを止め、大きな声を張り上げた。
「さて皆さん、今夜ここで、私がこれまで見たうちで最も美しいものをご披露したいと思います」
 ビルはあ然とする僕を見下ろし、笑いかけると、その腕の中で僕の向きを変えさせた。こちらを見ている人々と対面させるようにしたのだ。ついでに、スカートの前の部分をもまくり上げていた。
「皆さん、これまで、こんなにきれいなプッシーを見たことはないでしょう」
 ホール中の人々の目がその一点に集中していた。そして‥‥、気がつくと、僕が立っているのは、オーケストラ前のスポットライトの中なのだった。
「なんと、まあ‥‥」
 男のひとりが、なにか言いかけて絶句した。
 ひとりの女は、その一点を見つめ、つばを飲み込むようにすると、隣に立つ夫らしい人物の腕にしがみついた。夫が駆け寄るのを、本能的に阻止しようとしたのかもしれない。
 と、次の瞬間、僕は、頭をビルの肩の上に激しくのけぞらせ、半開きにした口からうめき声を上げていた。ビルの両手の指が、第二関節までプッシーの中に差し入れられ、そこを開くようにしたからだ。だが、その指先は、例の敏感なスポットには達していなかった。切羽詰まった思いが若干報われた感覚を覚えながらも、そのことが僕をさらに悶えさせた。
「あぁあ、ビル、お願い」
 その悶え声で、僕は言った。
「私を、連れてって。私を、イカせて。じゃなかったら‥‥、じゃなかったら、他の誰でもいいから‥‥ファック・ミー! そこの‥‥あなた」
 僕は、フロアの中に、先刻のウエイターを見つけ、肩をくねらせた。
 若いウエーターは、顔を真っ赤にして口を開け、その膝をがくがくとふるわせた。
「ダメだ。君の処女は、僕がいただく約束だろ。あのクソ医者は別にして。で、その場所は、僕の家のベッドの上だ」
「だからッ! 早く、そこへ‥‥イカせて」
 僕は、ついに泣き叫ぶように言っていた。
「今、すぐに。‥‥お願いだから」
「ビル、もう、それくらいにしとけよ。有頂天になる気持ちもわかるけど」
 ひとりの男が言った。
「早く、彼女の願いをかなえてやれよ」
 女たちの多くが、それにうなずいた。そのうちのひとりは、わざわざ僕のところまで近寄り、両肘のストラップを持って、突き立った乳首の上を滑らすようにしてドレスを所定の位置まで戻してくれた。
「悪ふざけもほどほどになさいな、ビル。すぐに彼女を連れ帰ってあげて」
 その言葉に、さらに多くの人がうなずいた。
「ふふ、そうですね」
 ビルはちょっと照れくさそうに笑うと、僕のものから指を抜いた。スカートも所定の場所まで下り、やっとそれを隠した。

 車に向かう途中、僕は、ビルの腕にぶら下がるようにすがりついていた。
 乗り込むと、ビルは片手でハンドルを握り、もう一方の手で僕の体全体を包むように抱き寄せた。いや、彼のズボンのジッパーをねらう、僕の両手の自由を奪うためだ。
「もう少しのがまんさ」
 ビルはそう言ったが、そこに座っている時間も、ベッドまでの道のりも、僕にとっては「もう少し」なんてものじゃなかった。

 僕ら四人を乗せた車がビルの邸に着くまで、僕は、ビルのタキシードの胸に体をこすりつけ、悶えつづけた。やっと到着し、ビルがドアを開け、玄関の灯りをつけた時には、ふたたびビルの腕にしがみつき、先をせかせた。でも‥‥。
「とりあえず、なにか飲もうか」
 ポーラとロジャーを振り返り、ビルがそう声を掛けた時には、その胸を両手で連打し、わけのわからないことをわめいていた。
 それにビルは大声で笑い、つづけた。
「‥‥ということだから、君たちは好きにやってくれ。もてなしは、することをすませてからになりそうだ」
 寝室へと向かう廊下で、僕はドレスの背中のファスナーを下ろし、ドアを入る時には、すでにそれを脱ぎ捨てていた。
 すぐにベッドまで駆け寄ると、靴を脱ぐのももどかしく、飛びのるようにその上に膝立ちした。そのまま、向き直ると、ビルが上着を脱ぎながら近づいてきた。
 ベッドサイドに立ったビルが、シャツのボタンをはずしたり肌着を脱いだりするのが待ちきれず、僕はズボンに手を伸ばし、ベルトをはずして床に落とした。
「そんなに、あせるなよ」
 そう言いながら、ビルはやっとパンツに手を掛けた。
 彼は、僕を失望させなかった。その下から跳ねるように現れたものをつかまえ、握ると、それは、長く、堅く、力強く脈打っていた。ビルは、下着から脚を抜きながらベッドに上がってきた。
 僕はそのまま、膝を開くようにして仰向けに倒れ、「彼」を引っ張ってその間へと導いた。
 ところが、それがプッシーに達しようというところで、ビルは、また寸止めした。
「‥‥も、もうッ、ビル!」
 僕はほとんど悲鳴を上げていた。
「ふふ、どうしてほしいんだい? 言ってよ」
 ビルは、にやつきながらきいた。
「だ、だから‥‥お願い。あたしを、犯して」
 僕は、息がつまり、咳き込むように言っていた。
 そこでやっと、ビルは、今夜、僕と彼との間にあったギャップを埋めてくれ、そこからは、素直に僕の中に入ってきた。
 それが奥まで達した時、僕は体全体に満ちてくるエクスタシーに、大きくのけぞった。
 ビルの下で、躍動しはじめたそのリズムに打ちつけられながら、最初のオルガスムを迎えた時、白いストッキングとハイヒールを履いたままの僕の足が、ビルの背後の中空へと跳ね上がった。
 体の奥で感じたそのひと突きとともに、ビルの体がのしかかり、動きを止めた。やがて、僕の全身に広がった波動もおさまっていったが、それとともに、また新たな欲望がむくむくとわき上がってきた。にもかかわらず、ビルのコックが僕の中から出て行くのを感じ、僕は、「ダメ、これだけじゃがまんできない」と言いそうになり、それをためらった。でも、そんなためらいは必要なかったようだ。
 本能的なものなのか、先刻のレストランでの体験を思い出したのか、亀頭が出かかる寸前の場所で、ビルは,それを留めた。僕は、思わず、その、僕らがつながっている場所を見下ろしていた。
 と、ビルはそこで、細かく速いストロークで腰を前後した。亀頭のカリの部分で、例のGスポットを摩擦しはじめたのだ。そんなビルに操られ、僕の体はふたたび燃え上がり、悶え声は叫びに変わり、これ以上ないと思ったさっきのオルガスムを忘れさせるほどのクライマックスへと導かれていた。
 遠のきそうになる意識の中で、僕は、自分の体を稲妻が貫き、雷鳴が轟いているような、えもいわれぬ感覚を覚えていた。その雷鳴は、動脈のパルスとなって耳まで届き、脳細胞を破壊しているほどに感じた。と、そこで、Gスポットの皮膜をこすっていたビルのものが、まるで、膣の壁を突き破り横隔膜に達するほど激しく突進してきた。
 ビルの恥骨が僕のクリトリスにぶち当たったところで、僕らは2人とも、絶叫していた。そのひと突きは、僕の経験値を、また、ひと目盛りアップさせた。でもそれはまだ、始まりに過ぎなかった。
 僕になにか言うひまさえ与えず、腰を引いたビルは、また、三・四回、例のスポットあたりで細かいストロークを繰り出した。波が岩にあたって砕けるようなその感覚は、ピーク近くに昇りながらも、そのピーク自体を、高く、もっと高く、さらに高く上げていくような感覚だった。
 そんな僕の感覚が直接伝わっているかのように、ビルはその細かいストロークと、クリトリスを押しつぶすほどの深い突きを、何度も繰り返した。
 もし、僕にまともな意識が残っていたのなら、その突きごとに、自分自身が上げる悦びの叫びを聞いたのだろう。そう、僕は、おそらく大声で叫んでいたにちがいない。でも、僕にはもう、そんなことさえわからなくなっていた。
 僕にわかったのは、その繰り返しの果ての最も深いひと突きで、ビルがイッたということ、そして、僕の中で熱いものがほとばしったということ、その熱いほとばしりは、僕の体を突き抜けて、顔にさえ降り注いでいるように感じたということだけだ。そこには、想像を絶するほどの悦びがあったにちがいないのだが、僕はそれすら認識できなくなっていた。
 そこで僕がどんな声を上げ、どんな姿をしていたかさえはっきりしない。ぼくだけでなく、ビルにしてもそうだろう。ことが終わったあと、僕の上に崩れ落ちたビルは、僕以上にぐったりしていた。
 あとでポーラやロジャーが語ったことによれば、彼らは、離れた部屋で僕らの声を聞き、助けに行かなければと思ったらしい。ただ、自分たちの身の危険すら感じ、踏み込めなかったという。絶叫、ヘッドボードを激しく打つ音、悲鳴、床がきしむ音‥‥。
 僕の意識がかろうじてまともに戻った時、僕のハイヒールを履いたままの足はビルのお尻の上にあり、ビルの長いコックは、僕の新しい穴の奥深くで、次第に柔らかくなっていた。
 そして僕は、これまでの人生の中で、こんなにすばらしい瞬間はなかったと感じていた。
 さらに、人間存在をも超えるようなこんなすばらしい体験は、これから先、死ぬまでないだろうとも。

 もちろん、それがまちがいであることは、翌朝にはもう証明されるのだが。

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第24章


 以前、この夜のことをうきうき想い描いていた時、僕は、きっと夜通しビルとセックスしつづけるのだろうと思っていた。しかし、現実には、すてきなワインやお酒、ディナーのコースと、一回きりの、でも長くつづいたファンタスティックなセックスだけで、そんな思惑は吹っ飛んだ。
 この夜、ぼんやり覚えている最後の記憶は、ビルがハイヒールやストッキングやガーターベルトを脱がせてくれ、背後からやさしく抱いてくれたということだ。その大きくて温かい体に包まれ、僕はすぐに眠りに落ちていた。

 翌朝、目覚めた時も、僕は同じポジションにいた。そのビルの腕からそっと抜け出し、僕はまず、トイレに立った。
 小用を足し、もう日課になっている膣洗浄をし、昨日覚えた潤滑ゼリーの装てんをすませた頃には、僕は、ビルを「朝の一戦」にどう誘い込もうか頭をめぐらせていた。
 でも、実際にベッドに戻ったところで感じたのは、昨夜以前の燃えるような欲望ではなく、疲れ切ったビルをもう少し寝かせておいてあげようという思いだった。そんな気持ちを抱きながら、ビルに寄り添うのもすてきだと思えたのだ。
 ビルは僕がベッドを出た時と同じ格好で寝ていたから、僕も、布団カバーとブランケットの中に体を滑り込ませ、さっきと同じ体勢で横になった。そして、あれこれ考えながら、ちょっとうとうとした。
 ただ、思考というのは、どうしても置かれたシチュエーションに左右されるものだ。
 横になる時、僕はビルの片方の腕をそっと持ち上げ、さっき同様、後ろから包み込まれるような体勢をとっていたから、背中にはビルの胸毛を感じていた。お尻の下には、たくましい腿を感じていた。
 さらにそこで、ビルがちょっとむずかった。相変わらず寝入っているようではあったが、脚を僕の股の間に差し入れてきたのだ。おかげで、お尻の穴あたりに、やはりたくましく朝立ちしたものが押しつけられた。首すじには、髪の毛を通し、ビルの寝息が這った。
 結局僕は浅い眠りから引き戻され、思考の方向も、背中に感じるビルの体や、僕を抱くその腕に向かった。僕はいつしか、昨夜の出来事を反芻していた。あのカントリークラブ、そこでのダンス、そして僕がウエイターにまで言い寄ったこと、その結果、最後の最後に、このベッドの上でビルがかなえてくれたこの世のものとも思えないすてきなセックス。僕は、いつしか思い出し笑いしていた。
 そんな思いに導かれ、知らず知らずのうちに興奮していたようだ。
 突然、耳の近くで声がしたのに、驚いた。
「せっかくいい気持ちで寝てたのに、君がお尻をごそごそ動かすから、目が覚めちゃったじゃないか」
 僕の髪に顔を埋めたビルが言った。
「‥‥ふふ、それはお気の毒さま。つまり、あそこが先に起きちゃって、あなたは、睡眠をじゃましたふとどき者にファックせざるを得なくなったってわけね」
 その言葉に、ビルはクスクスと笑った。
「ふとどき者を懲らしめるために? 残念ながら、僕はそんなに腹を立ててないよ」
 その言葉に、僕は、さらにお尻をごそごそさせた。と、そこに触れるコックが堅くなるのを感じた。だから今度は、お尻の間にはさむようにして、それをしごいてみた。
 それに応え、ビルは、僕を抱いていた両手を胸まで移動させ、ふたつの乳房を包んだ。そして、乳首からなにかを絞り出すとでもいうように、揉んだ。
 僕は、ビルがもっと僕をほしいと感じるように、片手をビルの裸のお尻にまわし、爪を立てた。
「ねえ、じゃあ、あなたにもっと腹を立てさせるためには、どうしたらいいの?」
 もう一方の手を、胸を揉むビルの手に重ね、僕は甘え声できいた。
「うーむ、それはなかなかむずかしいことだな」
 ビルは、僕の首すじに口を添え、つぶやいた。でも、僕のお尻の間では、彼のものがぴくぴくと動いた。
「そうだなあ、今いちばん腹が立つのは、キスされることかな」
 僕はさっそく、ビルの腕の中で向きを変え、唇で、そのにやにや笑いの口をふさいだ。
 向き直ったことで視界に入った僕の乳房を、ビルはあらためて握りなおし、僕は、ビルの腰の上に片脚をからめた。
「どう? 腹が立ってきた?」
 僕は、さらにキスをせがみながらきいた。
「うん、そうとう」
 そのキスに応えながら、ビルが言った。
 そこでビルは、僕を抱いたまま仰向けになり、さらに僕の体をずり上げるようにした。口もとに、僕の乳首を持っていったのだ。そんなビルの動きにバランスを失い、あわてていると、ビルは、ふたつの乳首をかわるがわる吸いはじめた。もちろん、僕の気分はどんどん高まっていった。
 結局、ビルの上にまたがるような形で四つんばいになった僕は、その口の動きに合わせ、悦びの声を上げていた。いや、感じたのはもちろんだが、いろんな意味でビルを起こすのに成功したのがうれしかったのだ。
 僕は、すでに奮い立っているにちがいないものを僕の中に感じたくて、少しずつ体を下にずらしていった。
 ビルは首を起こし、名残惜しそうに乳首を吸いつづけていたが、コックが自ら入るべき穴を見つけ、半インチほど侵入したところで、それも限界に達した。というか、そこで僕が、かん高い声を上げのけぞったせいで、乳首がビルの口から離れたのだ。
 それでもまだ、ビルは乳首を追おうとしたが、コックが僕の中にほぼ入ったところであきらめたようだ。代わりに、腰を跳ね上げ、僕を突いてきた。
 さらにのけぞり、完全にまたがる形になると、そんな僕を追うように、ビルは両手をさし上げた。突き上げのリズムにあわせ揺れる乳房をつかまえるためだ。そこをぎゅっと握られるのと同時に、ビルのコックがさらに深いところまで突き刺さり、僕はまた、頭を後ろに投げ出すようにのけぞった。
「あら、まあ。今朝は二人ともぐっすり寝てると思ったのに、もうすっかりお目覚めなのね」
 突然、ポーラの声がした。いつ入ってきたのか、すでにベッドサイドまで来て、さらにベッドの上にのってきた。
「‥‥もおッ!」
 せっかくのところをじゃまされ、僕は失望の声とともに腰を浮かせかかったのだが、そんな僕の腰を持ち、ビルはもとに戻させた。
 このままセックスをつづけるつもりらしいビルにあ然とし、それ以上に、さらに深く入ったコックに感じながら、僕は、ポーラをにらむように見やった。彼女はベビードール姿だったが、生地は完全なシースルーで、その下になにも着けていないのがよくわかった。気づけば、裸のロジャーも、ポーラの後ろでベッドの縁に腰掛けていた。
「ハニー」
 ポーラがそんな僕を見て言った。
「セックスしてる時のあなたって、ふだんにも増してきれいね。うらやましいわ」
「君だってそうさ、ベイビー」
 ロジャーがそれに答えた。
「その時の君を、君自身は見てないから知らないだろうけど。そうだ、寝室の天井に、鏡をつけるのもいいかもしれないな」
 ポーラはその提案にまんざらでもないように笑うと、今度はビルの顔を見下ろし、首から肩への筋肉をなでた。
「ふふ、セックスしてる時のあなたも、すごくすてきよ」
 さらに、上体を傾け、なんと、「僕の上司」にキスした。
「KYはどこにある?」
 ロジャーがきいた。
「バスルームだけど‥‥」
 僕は、悶え声の中に、不機嫌さをにじませ、言った。
 と、ロジャーは、すぐにバスルームへと向かった。
 その間も、ビルはゆっくりとしたストロークをつづけている。そして、ポーラはといえば、相変わらずビルとキスしつづけていた。
 僕はそれに、ちょっとやきもちを焼きイラっとしたが、でも、僕の奥を突き上げてくるコックの快感の方が、そんな感情に勝った。
 結局僕は、ポーラの上に折り重なるように倒れ、その首筋にキスし、僕自身も腰を上下して、さらにゆったりしたストロークを楽しんだ。
「なあ、ビル、君さえよかったら、私もいっしょに、このベイビーを味わいたいんだが」
 ロジャーの声がした。
 いつしかビルとポーラとの行為に夢中になっていた僕は、その言葉をぼんやりと聞いていた。でも、さすがに、アヌスにひやりとしたジェルの感触を感じ、あわてて体を起こし振り向いた。
 すると、いつの間にかベッドにのっていたロジャーが、にやりと笑い、僕がなにか言うより先に、アヌスの中に指を入れてきた。
 文句を言おうとしていた僕は、その代わりに、ふたたびポーラの上に倒れかかり、悶え声が漏れる唇を、彼女の背筋から首筋へと這わせていた。
 もちろん、お尻に感じる感覚は、僕の新品のプッシーとビルのコックがつくり出す快感にかなうものではなかったが、ここしばらく慣れ親しんできた感触でもあり、僕の体をさらに興奮させた。
 ただ、その体勢から、ロジャー本人がそこに入るのは、簡単ではなかったようだ。実際の話、ビルのものがこれほど長くなければ、僕の腰を持ち上げたロジャーは、僕とビルを引き離すことになっていただろう。
 なんとかそれが入り、僕の体がふたたび下に下りたところで、ビルとロジャーが同時にうめいた。おそらく、僕の中のけっして広くはないスペースで、お互いの圧力が鉢合わせしたのだろう。
 そのあと二人は、僕の表と裏から出たり入ったりし、その中でせめぎ合うようなストロークをしはじめた。
 僕のふたつの胸は、揉みしだくビルの手に独占されていたから、肌の上をさまよったロジャーの指は、やがて、クリトリスへとたどり着いた。
 と、僕の絶頂が近づいたのを察したらしく、ビルとキスしていたポーラが寝返りを打つように向きを変えた。そして、今度は僕の頭に腕を回しにっこりと笑いかけた。
 その瞬間がきた時、僕はポーラと激しいキスを交わしていた。

* * *

「ねえ、ねえ、今度はあたしの番ね」
 僕の下半身が二人の男の精液で満たされ、まだ三人とも息づかいが戻らないうちから、ポーラが言ってきた。
 まあ、その気持ちはわからなくもないけど‥‥。
「だ、だけどポーラ、もう忘れちゃったの?」
 僕はまだ荒い息のまま言った。
「男って、そんなに簡単には回復しないものでしょ」
「だってぇ〜」
 ポーラは、僕にしなだれかかるように甘え、さらに、僕だけでなく、三人の肌を抱きしめた。汗をかき、ちょっと冷えた体に、それはとても温かく感じた。温かく、そして愛に満ちていた。
 たしかに、小さくてかわいいポーラが寄せてくる愛は情熱的だったが、男たちにはやはり、それに応える準備はできていないように見えた。ビルはまだ、僕ら三人の下でぐったりしているし、ロジャーも、僕の背中に覆い被さるようにへたばっている。
 この体勢から、いちばん先に開放されるべきなのはビルなのだろうが、そのためにもまず、ロジャーが動く必要があった。
 ロジャーが体を起こし、僕のお尻から彼自身を引き抜いた。
 そこで感じた感触に、僕の体が思わす震えた。そしてそれが、ビルをも悶えさせた。その瞬間、僕のプッシーが絞まり、ビルのコックを絞めつけたようだ。
「ねえ、エイミー」
 ポーラが、さらに甘えた口調で催促してきた。
「早く、代わって」
「ビル、もっと、できる?」
 僕は、ビルにもう一度抱きつきながらきいた。
「へえ、君は、僕が、彼女ともっとすごいのをしてほしいのかい?」
「もう、意地悪!」
 僕はそう言いながら、もう一度「彼」をきつく絞めた。
「おいおい、ポーラ」
 横から、ロジャーの声が聞こえた。
 見ると、ポーラがロジャーのものをくわえ、首を激しく振っていた。
「これが、さっきまでどこに入ってたのか、わかってるのか」
「うぅ〜ん、だってぇ‥‥」
 ポーラはちょっとだけ口を離し、言った。
「早くしてほしいんだもん」
 僕はまた、頭がぼーっとなるような一瞬を味わいながら、ビルの上から体を浮かせ、その脇に転がった。
 すでに中にあった時から感じていたが、手を伸ばして握ると、ビルのものは、すでに勃起していた。
「さあ、こっちへ来て」
 僕は、ポーラを呼び寄せた。
 もちろん、ここでイカせる気はないようだったが、ポーラは、もうしばらくロジャーのものに奉仕してから、ビルの脇へとやってきた。
 僕はビルの体越しに手を伸ばし、ポーラの脚を上げさせて誘導し、もう一方の手で、ビルをポーラのアヌスへと導いた。
 すぐに、彼はポーラの括約筋を押し広げて突破し、その瞬間、ポーラの体が弓なりになった。
「おぉ!」
 後ろから犯されたポーラのリアクションを見て、ロジャーは、雄叫びとも何とも言いがたい声を上げた。
 でも、動いたのは僕の方が早かった。ビルがポーラの体をつかんで引いたことで、ポーラはビルの上に背中から倒れ込んだ。それに合わせ、自分のものが抜けないように、ビルは膝を折り、腰を浮かせた。それで、ポーラの脚が開いたのを見て、僕はすかさずその間にまわりこみ、彼女のクリトリスをなめたのだ。
 ポーラは悲鳴を上げ、さらに、両脚が直線になるくらいに、股を開いた。
「おいおい、それは私の役目だろ」
 ロジャーが、ちょっと恨めしそうに言った。
「他にもあるでしょ」
 僕は、以前よりずっと大きくなって揺れるポーラの胸を指さしながら言った。
 ロジャーは、ポーラにキスしたあと、さっそく、その左の乳房に口をつけ、吸い上げた。
 それに合わせて、僕もクリトリスを吸ったことで、ポーラは、最初のオルガスムに達したようだ。もちろん、下から突き上げるビルからの刺激も、合わさってのことだ。
「あぁあ〜、あッ、あ〜ん」
 ポーラは、股の間の僕の顔を両手で包むようになで、悶えた。
「もう、いいだろ。代わってくれよ」
 ロジャーが、僕に言った。見ると、笑顔を向けてきた彼のものはふたたび勢いよく勃起している。
 僕は、脇にどき、でも、彼女のプッシーのすぐ近くから、ロジャーが彼女の中に入るのを見守った。
「ちょ、ちょっと待って」
 そこで、ビルがうめくように言った。
「ここは、もういいよ」
 その言葉に、僕は一瞬、ビルが、ポーラの前のものをファックしたいと言ったのかと思い、ちょっとむっとした。でも、すぐに、それが体位のことだとわかり、納得した。さっきからずっと、二人以上の人の下敷きになり、腰を持ち上げつづけているのだ。
 その言葉に、三人は、つながったままベッドの上で横向きに倒れた。
 僕も、ビルの背中にすがりつき、その背筋から首、耳へと、唇を這わせた。ビルもそれに応え顔をこちらに向けると、ポーラのアヌスへの突きをつつけながら、僕にキスしてきた。
 さらにそれに応えて、僕は、ビルの下半身へと手を這わせ‥‥、そして、指をビル自身のアヌスの中へと滑り込ませた。
 ビルは、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにくすぐったそうに悶えた。
 僕は、ポーラの中に入っているものが、さらに大きくなり、効果を増すようにと思いながら、指を動かした。うまくいけば、今後、僕とビルの可能性を、さらに増してくれることにもなるだろう。
 さらに、指をもう一本入れると、ビルの動きが激しくなり、それが伝わって、ポーラやロジャーの動きも野性味を増した。
 僕は、それを楽しんでいた。
 ポーラは、そのワイルドな前後からのファックに、気も狂わんばかりに悶えている。
 不思議なことに、僕も、その感覚を共有していた。
 そして、その瞬間、実際、僕もイッたのだ。
 僕の中にはなにも入っていないというのに。
 僕の性感帯を誰も触れてはいないというのに。
 他のみんなが強く結ばれることで感じている、至高のオルガスムをシェアしていた。

* * *

 二週間後、僕は、ブライドメイドの衣装に身を包んでいた。もちろん、ポーラのウエディングのためだ。
 その午後、僕らは、すてきな友人たちを招いて、すばらしい時間を持った。
 教会での式のあと小一時間、おきまりの写真撮影が終わると、そこで招待客たちは、しばらく待たされることになった。
 ふたたびみんなの前に現れた時、僕が身にまとっていたのは、この日のために選んだウエディングドレスだった。今度、ブライドメイドの衣装で僕に付き添ったのは、もちろんポーラだ。
 僕の方の式のあと行われた二組合同の披露宴は、盛大だった。すてきなダンス、すばらしいワインやお酒‥‥。
 でも、そのガーデンパーティに、照明が灯されることはなかった。
 僕らは、新婚初夜を、ハワイで迎えることになっていたからだ。

 部屋に着くと、僕とポーラは、さっそくお互いの服を脱がせ合った。そして、次には、それぞれの彼の服を。

 プライベートビーチの砂の上に横たわり、すてきな男たちにファックされながら、僕とポーラは、顔を見合わせ、笑い合った。


END




CopyRight(C)2002 by Amy Brett
Based on the text FictionMania
Translated by Rino Maebashi

この「ニュー・セクレタリー」は、エイミー・ブレットさん作のオンライン小説“The New Secretary”を、前橋梨乃が翻訳したものです。原作著作権はエイミー・ブレットさんが、翻訳著作権は前橋が保持します。個人で楽しむ以外、無断でのコピーを禁止します。