トランスベスティズムについて

                     by 立石洋一

3.女装の「現状」

 1)アメリカのTV

 たとえば、インターネットのWWW検索システムとして有名な「YAHOO」で、セクシャリティを話題としたホームページのリストを見ていると、その中に、「TV・TG」という分類があり、膨大な数のホームページがリンクを張られています。そのうちのひとつにアクセスしてみると、たいていの場合、女装愛好家たちが女装に対する考え方を述べていたり、化粧など女装のノウハウが書いてあったりします。そして、まずまちがいなく、自分たちの女装写真が並べられています。あるいは、女装用品専門の通信販売のカタログページということもあります。
 アメリカのTVたちは、今確実に、その数が増えていっているようです。
 ――というより、以前から多くいたのが、そのベールを脱いで前面に出てくるようになったと言った方が正しいのかもしれません。しかも、彼らの多くは、連携し、自分たちの存在をさかんにアピールするようにもなっています。
 各地で、TVたちが集まるコンソーシアムやワークショップが頻繁に開かれているらしく、その「お知らせ」もそれらのホームページによく掲載されていますし、年に一度、全米のTVたちが集まる「大会」もあるようです。
 おそらくアメリカでは、これまで、日本以上に「性的アブノーマル」に対する偏見がきつく、そうした嗜好を持つ人たちは、ひとり秘かに息を潜めていたのでしょう。それが、ここ十年あまりの間にその社会的偏見が急速に薄らぎ、ゲイムーブメントと帯同するかたちで、社会の表面に出てきたと見ていいと思います。長い間抑圧されてきた反動からか、まるで堰を切ったようにアグレッシブに自己主張し出しているのです。

 2)日本のTV

 それにくらべると、日本のTVたちはおとなしいものです。社会に対してそんなに声高に叫ぶこともなく、片隅で、秘かに女装を楽しんでいます。(一方でこれは、伝統的には日本の方が――歌舞伎の女形の伝統や、小姓、陰間などの存在もあり――、男性の女装に対する許容度が広いことを示しているのかもしれません。たとえ女装して歩いていたとしても、それだけで警察に捕まるようなことはありませんから。アメリカの南部などには、未だにそんなところがあるようです。)
 数の問題で言えば、(もちろん正確な数字などつかみようもありませんが)日本にも、アメリカに負けないほど、実際に行為としての女装をしているTVは多いと思います。たいていは鏡の前でひとり秘かに、というパターンでしょうが、それでも、社会の表面に出てきている部分は、少なからずあります。
 政令指定都市級の街なら、少なくとも3つや4つはいわゆる「女装スナック」(客、つまり素人が女装できるバー)という店がありますし、また、酒などを出す飲食店ではなく、同好の士が集まって女装するサロンのような場所も(営利・非営利を含め)、東京、大阪、名古屋といった大都市にはあります。最も有名なところでは、東京の「エリザベス」。これは、ときどきテレビなどでも紹介されますから、ご存じの方も多いでしょう。
 また、この「エリザベス」を経営する同じ会社が、全国の女装愛好家に向けて出している商業誌が「QUEEN」です。他にも、同人誌的発行形態をとる「ひまわり」という女装雑誌も比較的多い発行部数を持っていると思います。こちらは、あの、原宿ホコ天に乙女チックファッションで出没するおじさんとして有名な「キャンディーミルキー」さんという方が中心になって出している雑誌です。
 TV、女装をテーマとするWWWのホームページは、私自身は寡聞にしてまだ見ていませんが、これだけホームページが花盛りなのですから、日本にもひとつやふたつはおそらくあるでしょう。それよりも活発なのは、パソコン通信のBBSです。東京の「Host of Fairy」「EON」、関西の「スワンの夢」など、女装愛好家専門のネットがいくつか存在し、会員数1000人以上というところも少なくありません。
 いずれにしても、日本の場合は、女装愛好家どうしがコミニュケーションを持つ場でも、閉じたネットワークの中でお互いが仲良く交流するという趣旨がほとんどで、アメリカのように社会に対して自分たちの存在をアピールしていこうというような意思はないようです。これはこれで、なかなか日本的だとは思います。
 とは言え、日本でも、TVという人たちはけっして特異な存在ではありません。
 そんな人には会ったことがないというあなたのごく身近にも、週末には秘かに女装しているという人がいる可能性はじゅうぶんにあります。


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